体操の技を覚えよう【あん馬05】フロップ・コンバイン
あん馬において最も理解が難しいのがフロップとコンバイン。
実況解説付きの中継でも、「○難度のフロップ」「○難度のコンバイン」という技名は聞きますが、どれがその技なのか理解できている人は少ないように思います。
しかし、このフロップとコンバイン、あん馬の得意な選手から苦手な選手、ジュニアからシニアまであまねく使われている技なので覚えておいて損はありません。
フロップとコンバインを理解できたら「体操に詳しい」と胸を張って言っていいくらいです。
それを披露する場があるのかは分かりかねますが。
▼フロップ・コンバインの構成要素
まず前提として、「フロップ」「コンバイン」という技は、複数の旋回技を組み合わせてひとつの技とするという特殊な性質を持ちます。
その構成要素となる技というのが以下です。
フロップの場合…
◉ループ(ひとつのポメル上で縦向き旋回)
◉シュテクリB
◉シュテクリA
コンバインの場合…
◉ループ
◉シュテクリB
◉一把手上下向き(ロシアン)転向
これらの技をひとつのポメル上で連続して行うことで、フロップ・コンバインは成立します。
これらの構成要素をを一つひとつ確認していきましょう。
これらの技はチャプター02でも紹介しています。
◉一把手上で下向き(ロシアン)転向
フロップ・コンバインを演技構成に入れている選手は、そのほとんどが「ループ」と「シュテクリB」を使って技を構成しています。
「シュテクリA」もフロップを構成する要素のひとつですが、これを使ったフロップはレアケースと言っていいくらいには実施数は少ないです。
▼ループ
ここで複雑なのがループです。
僕は呼びやすいようにループと呼んでいますが(実際にもそう呼ばれています)、採点規則に載っている技の正式名称は「一把手上縦向き旋回(前または後に1/4転向を伴っても)」というもの。「把手」とはポメルの事です。
この「(前または後に1/4転向を伴っても)」という部分が厄介なのですが、まずは「一把手上縦向き旋回」の部分から理解していきましょう。
これまで「一把手上縦向き旋回」として紹介してきた動きは下の画像のような、ひとつのポメルの上で行う縦向き旋回でした。
この技は広く解釈され、片手がポメル上、もう片方の手が馬端に着いた縦向き正面支持から技を始めても一把手上縦向き旋回、同じ技に当たります。
そして震え上がるカッコ書きがありましたね。
「(前または後に1/4転向を伴っても)」これはいったいどういう事か。
チャプター02:旋回技の記事で転向技という要素が出てきました。シュテクリBやシュテクリAも転向技の類でしたね。
これらの技は元の体の向きから1/2転向させることで、技終了時点で反対の方を向くという技の類でした。
しかし、上の画像のようにひとつのポメルの上で旋回をする中で、前後いずれかのタイミングで体の向きを1/4だけ転向させてもループと同じ技になります。
正面支持~背面支持~正面支持と旋回をする中で、前半の正面支持~背面支持部分で1/4転向をしても、後半の背面支持~正面支持部分で1/4転向をしても一把手上縦向き旋回として扱われます。
それでは、1/4転向を伴うループのパターンを見てみましょう。
先に紹介した2つを【パターン1】【パターン2】として、
まずは【パターン3】。
片ポメル上で縦向き正面支持~縦向き背面支持~1/4転向して片ポメル上で横向き正面支持
【パターン4】
片ポメル上で横向き正面支持~1/4転向して片ポメル上で縦向き背面支持~片ポメル上で縦向き正面支持
片方のポメルのみを使うループは【パターン3】【パターン4】、そして一番初めに載せているひとつのポメルの上での縦向き旋回【パターン1】の3つです。
それとは別に、【パターン2】のように、片手がポメル上、もう片方の手が馬端に着いた旋回から技を始めるパターンにも1/4転向を伴うものがあります。
【パターン5】
片手が馬端、もう片手がポメル上で横向き正面支持~1/4転向して片ポメル上で縦向き背面支持~片ポメル上で縦向き正面支持
両ポメル上横向き旋回から入って、片ポメル上縦向き正面支持で終えても同じです。
【パターン6】
片ポメル上で縦向き正面支持~1/4転向して片ポメル上で縦向き背面支持~片手が馬端、もう片手がポメル上で(または両ポメル上で)横向き正面支持
画像は両ポメル上横向き正面支持に収めるパターン
【パターン7】
片手が馬端、もう片手がポメル上で縦向き正面支持~片ポメル上で縦向き背面支持~1/4転向して片ポメル上横向き正面支持
【パターン8】
片手が馬端、もう片手がポメル上で縦向き正面支持~片ポメル上で縦向き背面支持~1/4転向して片手が馬端、もう片手がポメル上で横向き正面支持
これがループ「一把手上縦向き旋回(前または後に1/4転向を伴っても)」です。
▼シュテクリB・シュテクリA
次にフロップ・コンバインの構成要素として使われる「シュテクリB」、「シュテクリA」についてです。
「シュテクリB」、「シュテクリA」ともに、横向き正面支持から1/2転向して逆を向いた横向き正面支持で終わる技です。
ループを見てもわかるように、フロップとして使われる技は、
《1》片手が片ポメルに着いた横向き支持から始まって、両手が片ポメル上に着いた横向き支持で終わる
《2》両手が片ポメルに着いた横向き支持から始まって、両手が片ポメル上に着いた横向き支持で終わる
《3》両手が片ポメルに着いた横向き支持から始まって、片手が片ポメル上に着いた横向き支持で終わる
…という3つのパターンが考えられます。
ループの場合、《1》《2》《3》のどれも当てはまりますが、
「シュテクリB」の場合は、これらの内、《1》《2》が該当します。
まずは、《1》片手が片ポメルに着いた横向き支持から始まって、両手が片ポメル上に着いた横向き支持で終わる パターン。
これはチャプター02で紹介したものと同じです。
この場合は両ポメル上横向き正面支持から始まっています。
片手が馬端、もう片手がポメル上で横向き正面支持から始まっても同じです。
そして《2》両手が片ポメルに着いた横向き支持から始まって、両手が片ポメル上に着いた横向き支持で終わる パターン
これはフロップの構成要素として「シュテクリB」を使用する時特有のものです。しかし、このシュテクリBを実施したうえで仮に「フロップ」が成立しなかった場合は、単発のシュテクリBとして認定されます。
残る《3》両手が片ポメルに着いた状態から始まって、片手が片ポメル上にある状態で終わる パターンは、「シュテクリA」が当てはまります。
チャプター02で一度載せたように、シュテクリBはひとつのポメル上で終わるのに対し、「シュテクリA」は両ポメル上で終わります。
フロップで使われる「シュテクリA」は…
両手が片ポメル上で横向き正面支持~1/4転向して片ポメル上で縦向き背面支持~1/4転向して両ポメル上(or片手が馬端、もう片手がポメル上で)横向き正面支持 の形をもって成立します。
「フロップ」という技は、複数の旋回技をひとつのポメル上で連続して行うことで成立する技でしたね。
つまり、両ポメル上横向き正面支持で終わる「シュテクリA」は、連続の一番最後にのみ使うことが出来ます。
▼ひとつのポメル上で下向き(ロシアン)転向
ひとつのポメル上でロシアン転向をします。
あまり単体で見られる技ではありません。「コンバイン」を構成する要素として見られることがほとんどです。
以上の構成要素を踏まえて、フロップ・コンバインそれぞれについて見ていきましょう。
▼フロップ
まずはフロップから。
フロップの構成要素はこの3つ。
◉ループ(ひとつのポメル上で縦向き旋回)
◉シュテクリB
◉シュテクリA
フロップという技は、上に挙げた旋回技のいずれかをひとつのポメル上で3つ、または4つ連続で実施することで成立する技です。
3つ連続だとD難度、4つ連続だとE難度の価値が認められています。
しかし、ただ連続させれば良いというわけにはいきません。
フロップとして技を成立させるための条件として「同じ旋回技を3つ以上続けてはならない」というルールが設けられています。
つまり、同じ技を連続できるのは2回まで。少なくとも「フロップ」として技を成立させるには、上記要素から2種類を組み合わせなければなりません。
それを踏まえて、よく使われる「フロップ」の組み合わせの例を見てみましょう。
まずは「ループ」と「シュテクリB」を3つ連続させたD難度のフロップの組み合わせから。
例1:ループ+ループ+シュテクリB
下の画像では、ループ(パターン1)+ループ(パターン3)+シュテクリBですが、なにもこのループのパターンでなければならないわけではありません。下の画像はあくまで一例です。
例2:シュテクリB+ループ+ループ
ここでは、シュテクリB+ループ(パターン4)+ループ(パターン3)
これらのほかにも、D難度のフロップは以下のようなパターンが考えられます。
例3:ループ+シュテクリB+シュテクリB
例4:ループ+シュテクリB+ループ
例5:シュテクリB+シュテクリB+ループ
ここでは紹介しませんが、3つ目の旋回にシュテクリAを使うパターンも考えられますね。
次に、「ループ」と「シュテクリB」を4つ連続させたE難度のフロップの組み合わせの例を見てみましょう。
例1:ループ+ループ+シュテクリB+ループ
ループ(パターン1)+ループ(パターン4)+シュテクリB+ループ(パターン3)
例2:ループ+ループ+シュテクリB+シュテクリB
ループ(パターン5)+ループ(パターン4)+シュテクリB+シュテクリB
例3:ループ+シュテクリB+ループ+ループ
ループ(パターン7)+シュテクリB+ループ(パターン4)+ループ(パターン3)
例4:シュテクリB+シュテクリB+ループ+ループ
シュテクリB+シュテクリB+ループ(パターン4)+ループ(パターン3)
例5:シュテクリB+ループ+ループ+シュテクリB
シュテクリB+ループ(パターン4)+ループ(パターン3)+シュテクリB
ほかにも下記のような例があります。
例6:ループ+シュテクリB+シュテクリB+ループ
そして連続の最後に「シュテクリA」を使ったフロップの例も見てみましょう。
例1:シュテクリB+ループ+ループ+シュテクリA
例2:ループ+ループ+シュテクリB+シュテクリA
ほかにも、下記のような例が可能です。
例3:ループ+シュテクリB+シュテクリB+シュテクリA
▼フロップの難度を上げる要素
ここまで紹介したフロップはD難度とE難度のものでしたが、ある要素を加えることで難度をひとつ上げる事ができます。
その要素というのが「開脚旋回」です。
前述したD難度のフロップ(ひとつのポメル上で3つの旋回技を連続するフロップ)を開脚旋回で実施することでE難度になり、
E難度のフロップ(ひとつのポメル上で4つの旋回技を連続するフロップ)を開脚旋回で実施するとF難度になります。
こちらは開脚旋回を使ったE難度のフロップの実施例。
シュテクリB~ループ~ループ
そしてこちらはF難度のフロップ。
シュテクリB~ループ~ループ~シュテクリB
そして開脚でのシュテクリAを使ったフロップのパターン
シュテクリB~ループ~ループ~シュテクリA
フロップの難度を上げるための要素はまだあります。
先にループ・シュテクリB・シュテクリAと、3つの構成要素を挙げましたが、実はフロップを構成する要素はもう2つあります。
◉ベルトンチェリ(3/4ショーン)
◉ダフチャン(3/4ベズゴ)
この2つの技は2022年から新たにフロップを構成する要素として追加されたものです。
チャプター02で「ショーン」「ベズゴ」という技を紹介しました。
このふたつの技をそれぞれ「全転向」せずに、「3/4だけ」転向させる技があります。それぞれ以下の通りです。
◉ベルトンチェリ:一腕上上向き270°(4/3)転向(横向き~縦向き)
◉ダフチャン:一腕上下向き270°(4/3)転向(横向き~縦向き)
この2つのどちらかをフロップの1つ目の技に実施することで、難度を一段階上げる事ができます。
例えば①ベルトンチェリ→②ループ→③シュテクリBというふうにベルトンチェリを含めて3つ連続させるとE難度。
①ベルトンチェリ→②ループ→③シュテクリB→④シュテクリBと、ベルトンチェリを含めて4つ連続させるとF難度が認められます。
実際に実施された例を見てみましょう。
例1:ベルトンチェリ+ループ+シュテクリB+シュテクリB
例2:ベルトンチェリ+ループ+シュテクリB+ループ
例3:ベルトンチェリ+ループ+ループ+シュテクリB
両ポメル上横向き旋回でスタートするという技の性質上、ベルトンチェリまたはダフチャンは連続の1つ目にしか使う事ができません。
そして当記事執筆中現在で、「ダフチャン」を使ったフロップの実施例は私には確認できていません。
以上が「フロップ」についてです。
▼コンバイン
ついてこれてますか?
さて、ここからは「コンバイン」についての説明になります。
コンバインを構成する要素は
◉ループ
◉シュテクリB
◉ひとつのポメル上で下向き(ロシアン)転向
以上の3つだと先に記述しました。
(厳密には「シュテクリA」も要素に含みますが、ここでは「シュテクリA」の事はないものとして考えていただいて構いません。)
フロップと異なる点として、「ひとつのポメル上で下向き(ロシアン)転向」が追加されている事が挙げられます。
コンバインとは、ひとつのポメル上で旋回技をした後に直接ひとつのポメル上での下向き(ロシアン)転向を連続させることでひとつの技として成立するという技です。「組み合わせ」を意味する「combine」から来ていると思われます。
まずは実施例を見てみましょう。
このように、ひとつのポメル上で2つの旋回技をし、直接ひとつのポメル上で下向き転向(ロシアン)を1周(360°)回っています。これが「コンバイン」です。
コンバインは、ひとつのポメル上で何回旋回したか(1回or2回)、その後、ひとつのポメル上で下向き転向を何周回ったかによって難度が変わってきます。
では、どの組み合わせがどの難度になるのか見てみましょう。
表を見てわかるように、片ポメル上での旋回(フロップ)の直後、ロシアン転向を半周、1周、2周、3周と、より多く回る事で難度が上がっていきます。
ただし、ロシアン転向を3周以上回っても3周と同じ扱いになります。
例として挙げた実施は、「片ポメル上で2回の旋回(2フロップ)」と「ロシアンを1周(360°)回っている」ことからE難度として判断されます。
これでコンバインの技の構造が理解できたでしょうか。
実際の競技において、コンバインは1フロップで実施されることは皆無で、今日では基本的に2フロップでのみ実施されると考えていただいて構いません。
つまり、ここから先の組み合わせの例を覚えればコンバインについてはカバーできたことになります。
◉2フロップ+ロシアン180°=D難度
◉2フロップ+ロシアン360°=E難度
◉2フロップ+ロシアン720°=F難度
◉2フロップ+ロシアン1080°=G難度
このように、コンバインはあん馬では貴重なG難度を得ることができる技なのです。
上に挙げた例ではループを2回やっているパターンばかりですが、シュテクリBを使ってもコンバインは成立します。
▼コンバインの難度を上げる要素
フロップと同様、コンバインにもここから難度をさらに上げることができる要素があります。それが、
◉ベルトンチェリ(3/4ショーン)
◉ダフチャン(3/4ベズゴ)
この2つです。
「フロップ」と同様、2022年から新たにコンバインを構成する要素としてもこの2技が追加されました。この2つのどちらかを、コンバインを構成する2フロップのうち1つ目の技に入れることで、コンバインも難度を一段階上げることができるようになったのです。
技の性質上、「ベルトンチェリもダフチャンも共通して1つ目のフロップにしか実施できない」+「ベルトンチェリ・ダフチャンともに次の旋回技はループになる」という絶対条件が生まれます。
この事を踏まえると、ベルトンチェリもしくはダフチャンを使ったコンバインと難度の関係は下のようになります。
◉ベルトンチェリ+ループ+ロシアン180°=E難度
◉ベルトンチェリ+ループ+ロシアン360°=F難度
◉ベルトンチェリ+ループ+ロシアン720°=G難度
◉ベルトンチェリ+ループ+ロシアン1080°=H難度
こちらもフロップと同じく、当記事執筆中現在で、「ダフチャン」を使ったコンバインの実施例は見つかっていません。
ですが、2022年のあん馬世界チャンピオン、アイルランドのリース・マクレナガンが「ダフチャン」を使ったHコンバインの練習動画をアップしています。試合でも使ってほしいですね。
フロップでは開脚旋回によって難度が上がりましたが、コンバインは、開脚での実施が求められていないロシアン転向を含むので、開脚で実施しても難度が上がることはありません。
ここまで、フロップ、コンバインについて、説明してきました。
ひと口に「フロップ」「コンバイン」と言ってもこれだけ種類があることを理解していただけたでしょうか。
もちろんここに書いているものがすべてではありません。
全5回に渡ってあん馬の技について解説してきました。これらが理解できていると、現地観戦で実況解説がなくてもどの技をやっているのかがわかるようになるはずです。
あん馬でそこまでのレベルに達したならば、もう体操競技を理解できたも同然です。
画像出典
https://www.gymnastics.sport/site/rules/#2
https://youtu.be/XDVW4hR_8Ps
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