2021年東京オリンピック 中国男子の予選の演技
今回は中国チームの予選の演技を振り返っていきます。
長年日本の団体金メダルを阻んできた最大のライバルです。ロンドン五輪後から個人総合に力を入れて、世界選手権個人総合チャンピオンも輩出しました。
体操王国中国の揃えた最強メンバーが予選でどのような演技をしたのか、見て行きましょう。
※当記事では、動画資料としてNHKの見逃し配信を使用しています。配信期間が未確定のため、しばらく経つと配信停止により見られなくなる場合がございます。ご承知ください。
第1ローテーション:跳馬
▼林超攀(00:10:05~)
中国団体唯一の五輪経験者が先陣を切ります。
空中姿勢の脚割れが目立ちますが着地は片足を小さく1歩に収めました。
高さも申し分なく、着手時の脚の開きも小さいものです。
▼肖若騰(00:11:50~)
2017年の個人総合チャンピオン。
ゆったりとした助走から繰り出すキレキレのロペス。
林のロペスと比べると高さと飛距離は劣りますが、空中姿勢は美しさを維持したまま着地に向かいます。
片足がラインオーバーによりペナルティで-0.1が科せられます。
国内大会ではロペスに半ひねりを加えたヨネクラも実施していましたが、ここは確実に決めました。
▼孫煒(00:13:40~)
高さも飛距離も素晴らしい跳躍。Eスコアも決定点もチーム最高得点です。
勢いあまって片足ラインオーバーがありましたが、決定点は十分高いスコアが出ています。
特に着手時に脚がほとんど開いていないところが素晴らしいですね。
▼鄒敬園⇒棄権
中国は跳馬からのスタート。全員がロペスを跳んでしっかり着地するという強さを見せました。
中国団体は2018、2019年の団体総合でも全員がロペスを跳んでいます。
ラインオーバ―こそあったものの、予選種目別で全体2位の好成績です。
先に空中姿勢に難のある林が跳ぶことで後続の空中姿勢の美しさが際立つ、この演技順も作戦のうちかもしれません。
第2ローテーション:平行棒
▼孫煒(00:32:15~)
2019年にはDスコア6.2だったものを、⑤屈身モリスエを入れて6.5まで上げて仕上げてきました。
Dスコアを上げてもEスコアが下がることなく高いスコアを維持しています。
体線の美しさが際立つ倒立姿勢ですね。
一つひとつの技を丁寧にこなしています。着地は小さく1歩。
▼肖若騰(00:35:20~)
肖も2019年にはDスコア6.2だったものを、終末技をF難度にして0.2上げています。
肖の①アームツイストは世界一うまいんじゃないかと思うくらい滑らかに決めています。ノーマルなC難度のツイストと遜色ないくらい精巧な実施です。
2回宙返り系の②ドミトリエンコと⑦ベーレは腕支持で受ける前に明確な体の開きが見えて理想的な実施です。
終末技では脚の開きが見えますが、それがありながらEスコアは9点台に乗せます。
15.400は予選全演技中6位の成績ですが、後続が肖よりも高い得点を出しているので、1国2名ルールにより種目別平行棒決勝へは進めません。
厳しい世界です。
▼林超攀(00:38:30~)
2013年の世界選手権種目別平行棒チャンピオンでもある林。
③棒下ひねり倒立で手ずらしがあり、⑤車輪ディアミドフが倒立にハマらず流れてしまいます。直後の⑥爆弾宙返りは、国内大会では懸垂にしてササキをやっていたのでここは本当はササキをやろうとしたのかなと思います。
中国選手としてはただ1人終末技を⑩屈身ダブルで下りています。
もはや屈身ダブルの方が珍しくなる時代になりましたね。
▼鄒敬園(00:41:30~)
団体メンバーには、オールラウンダーとは別に、種目を絞って出場する選手もいます。
鄒敬園は平行棒のスペシャリストとしてだけではなく、あん馬、つり輪もこなすマルチタレントとして団体メンバーに入っています。
Dスコア7.0を持つ平行棒の怪物ですが、今年に入ってからティッペルトを構成から抜いていました。
さらにこの予選ではササキではなく⑦爆弾宙返りに難度を下げています。
Dスコアは6.8と、下げてもなおトップレベルのスコアです。
着地が1歩動いてもEスコアは9点台で決定点は16点超えと驚異的なスコアを見せます。
▼尤浩(00:44:55~)
種目別ワールドカップシリーズを勝ち抜いて代表になった尤。Dスコアは鄒と同じ6.8。
2回宙返り系の技が多く、後処理が難しい技が多いですが、そこもうまくこなしてEスコアは高く出ています。
リオ五輪で金メダル有力とされながら着地で転倒してメダルを逃してからは、得意種目が被る鄒の登場により世界選手権の代表からも外されました。
2016年以来となる中国代表としての出場で会心の演技を見せました。
鄒とともに種目別平行棒決勝に進みます。
鄒の爆発力でもって驚異の46点台を叩き出します。46点台は全チーム全種目通じて中国の平行棒だけです。
ここで爆発力は団体戦には強力な武器になります。
肖の15.400ですら日本選手は誰も届いていないのに、16点台まで出されたらもうお手上げです。
しかし、これだけの爆発力を持っていても予選トップには日本が立つわけです。
得意があれば不得意があります。それが体操のおもしろいところです。
第3ローテーション:鉄棒
▼孫煒(00:52:55~)
冒頭に2つのトカチェフ系①伸身トカチェフと②リンチを連続で実施して0.2の加点を得ます。
直後の③アドラー1回ひねりで脚割れがありましたが、その後の⑤モズニク、⑧ヤマワキの手離し技はどれも伸身姿勢が綺麗です。
かなり良い実施に見えましたが、Eスコアは7点台まで減点されています。
孫は手離し技以外はどれもひねり技を多用しています。ひねり技は限りなく倒立に近い位置で技を終えるのが好ましいのですが、⑥⑦のひねり技でかなり減点されているのではないかと思われます。
それでもギリギリ14点はキープしました。
▼肖若騰(00:55:45~)
毎年のように演技構成を変える肖の鉄棒。国内選考の演技構成からも少し変えて臨んでいます。
得意としているF難度のリューキン(伸身トカチェフ1回ひねり)は2019年から使わなくなり、2019年にやっていたトカチェフ系の連速技もやめ、だいぶ質素な演技構成に落ち着きました。
国内選考では⑧アドラー1回ひねりを両逆手で実施してE難度を得ていましたが、ここでは片逆手でD難度になっています。
2020年からは⑤順手背面車輪も取り入れていて、厳しくなるEスコアへの対応もできています。
孫がやっていた大逆手で握るひねり技をやらなくなった事もEスコアへの対策なのかもしれません。
対策バッチリでEスコアは8点台に乗せています。
▼林超攀(00:58:55~)
中国選手の鉄棒といえばトカチェフ系が主流ですが、林は②カッシーナや③コールマンといったコバチ系の技を使います。
以前はトカチェフ系の連続を入れたD6.5の演技構成も持っていましたが、ここではカッシーナを入れてD6.3の演技構成。A難度がひとつ入っているので、従来入れていた伸身トカチェフを入れてD6.6まで上げられそうです。
国内大会では15点も出していましたが、ここはEスコアが厳しく8点を割ってしまいます。
▼鄒敬園⇒棄権
平行棒で爆発できる反面中国にとっては我慢の種目となるのが鉄棒でした。
日本は平行棒で離された点をここで巻き返すことでその穴を埋めるという一連の流れです。
近年はコバチ系を実施する選手が少なく、トカチェフ系の連続でDスコアを稼ぐという手法を使う選手が多いです。
孫もその1人であり、肖と林はかつてその手法を使っていました。
コバチ系は最大I難度まで発展形があるのに対してトカチェフ系は発展できてもF難度。それも滅多にやる選手のいないリューキンという技です。
肖はかつてリューキンを使っていましたが、近年ではやらず、林もカッシーナを入れたことで結果的にDスコアを下げています。
高い得点は見込めない種目ではありましたが、全員が14点台を守り抜きました。
林はもうちょっと点が出てもいいかなと思いましたが、やはりひねり技がEスコアに響きましたね。
第4ロ―テーション:ゆか
▼孫煒(01:15:00~)
F難度の③伸身新月面、E難度の④抱え込み新月面と、ビッグタンブリングは良好。直後の⑤後方2回半+⑥前方1回ひねり、⑥前方1回ひねりで膝が曲がっているのでB難度の抱え込み1回ひねり判定になるかと思われましたが、しっかりC難度の伸身1回ひねりで取られているようです。
脚割れもなくつま先までまっすぐ伸びた空中姿勢は絶品です。
▼林超攀(01:19:25~)
➀屈身ダブルハーフと④屈身ダブルの実施はきれいにまとまっています。
②後方2回半+③前方2回はD難度+D難度で0.2の加点を得ます。着地も止めました。
やはり空中姿勢は脚割れと膝の緩みが気になりますね。
開脚座から力倒立はC難度が取れる技ですが、難度不認定になってしまいました。脚が一度落ちたり、2秒止めなければいけないところを静止時間が短ったりでEスコアからも減点がなされます。
ゆかでは得点源となれる選手だっただけに、ここでの13点台は痛いです。
▼肖若騰(01:22:40~)
②後方3回半ひねり+③前方半ひねりの実施は滑らかに着地。④新月面の着地はピタリと止めます。
⑤後方2回半+⑥前方2回ひねりで0.2の加点もぬかりなく取り、旋回技で⑦シュピンデルゴゴラーゼと⑧ゴゴラーゼを綺麗に決めます。
あん馬の得意な肖らしく、ゆかでも旋回技でDスコアを稼ぎます。
ゆかのアクロバット以外の技は主に力技と旋回技に分けられますが、力技ではD難度を獲るのが難しく、旋回技ではこうしてシュピンデルゴゴラーゼでD難度を取る選手がいます。
肖はこの演技で種目別決勝に進みました。
▼鄒敬園⇒棄権
林の難度不認定があり13点台に沈みましたが、肖が高得点を出してカバーしました。
孫は爆発力こそないですが、安定して14点台を出せるので頼りになりますね。
平行棒が爆発的に取れる種目なのに対して、鉄棒とゆかは中国にとっていわゆる穴の種目とされていましたが、林がいることと肖がゆかを強化したことでその穴を埋めています。
予選では林の演技は奮いませんでしたが、孫の安定感と肖の爆発力で何とか持ちこたえました。
第5ローテーション:あん馬
▼鄒敬園(01:37:10~)
美しくしなやかな旋回を終始途切れさせません。
今では珍しい⑤閉脚での横向きシュピンデルを実施します。
この技は開脚でひとつのポメルを挟んでやる選手がほとんどで、閉脚で実施するのは五輪出場選手中、鄒だけでした。
今回のDスコアは5.9ですが、2019年の世界選手権では6.0、同種目別決勝では6.3も披露しています。
⑩終末技で若干の停滞がありましたが、さしたる問題ではありません。
Dスコア5点台でもEスコアが高く、14.600という高得点をマークしました。
▼孫煒(01:39:40~)
足先までピンと伸びた美しい旋回が持ち味の孫煒。孫の爆発どころがここです。④Eコンバインで若干脚割れがありましたが、その後は崩れることなく演技を完遂。⑤⑥⑦の下向き転向(ロシアン)系の技は勢いがあって良いですね。
高得点を記録して種目別決勝に進んでいます。
▼肖若騰(01:42:10~)
2018年世界選手権で種目別あん馬チャンピオンにもなっている肖。
セア系から入らない演技は中国選手ならではです。
高いDスコアを涼しい顔で通し切ります。
以前は②番目にD難度のロスを使っていましたが、難度を上げて②ウ・グォニアンに変えています。
しかし、所々②ウ・グォニアンや④Eフロップで旋回の乱れがありました。
それが影響してEスコアは7点台。それでも14点台は守ります。
2018年に世界選手権で優勝した時は、大技ブスナリを入れたDスコア6.6の演技構成を披露していました。種目別決勝に進んでいたらブスナリが見られたかもしれません。
▼林超攀(01:44:30~)
ここでもA難度が入っていてDスコアは高くはありません。林にとっては得意種目ではありませんが、実施は会心の出来と言ってい良いでしょう。
Eスコアが高く評価され14点台に乗せました。
前の3人が林より高い得点を出しているので林の得点はチーム得点からはカットされます。
ここまで安定して14点台を出し続けていた孫が得意種目で爆発しました。
鄒は平行棒に続く得意種目でしっかり仕事をやってのけます。
2人の活躍のおかげであん馬の得意なイギリスを上回って全体1位の得点を獲得しました。
林の好演技も団体の士気を上げる良い影響を与えていたことでしょう。
得点には直結しなくても意義のある演技だったと言えます。
第6ローテーション:つり輪
▼孫煒(02:00:20~)
➀振り上がり上水平から②中水平に下ろす。この流れは中国選手がよく使っていた手法です。力技の手の握りによる減点をなくすために取られている作戦です。それを差し引いても孫の中水平は美しく止まっています。
一つひとつの技を丁寧にこなす印象が良いですね。
⑧伸腕伸身力倒立はあまり見られない珍しい技です。腕と体を伸ばしたまま力を使って倒立まで持ち上げる難しい技です。
ここでも14点台に乗せる素晴らしい演技。
▼肖若騰(02:03:05~)
2020年から①後転中水平を入れて難度を上げています。
つり輪を強化したことでいよいよ穴という穴がなくなった肖。オールラウンダーとしても団体要員としてもこれ程頼りになる選手は貴重です。
力技は2秒以上止めなければなりませんが、中水平の静止が短かったように見えます。
着地も大きく前に1歩動いてしまいました。
Eスコアはそれほど高く出ませんでしたが、それでも14点台にはのせています。
▼林超攀(02:06:25~)
最終種目で疲れがあったのかもしれません。②ナカヤマ十字は力ではなく勢いを使っているような実施。③ホンマ十字では若干肩の位置が輪の高さより下になっています。倒立の静止も短く、着地も大きく動いてしまいました。
Eスコアは7点台まで沈み、13点台にとどまります。
▼鄒敬園⇒棄権
肩の不調から得意種目であるつり輪を回避。これにより林の得点がチーム得点に反映されます。
▼尤浩(02:09:25~)
種目別ワールドカップの種目別平行棒を勝ち抜いてきた尤のもう一つの得意種目であるつり輪。冒頭につり輪のスペシャリストならではの②バランディン3を実施します。滅多に使う選手のいない⑤オニールで振動技でもE難度を稼ぎます。⑤オニール⇒翻転支持⇒⑥アザリアンはかつて富田洋之さんがやっていた流れですね。
これだけモリモリの力技をやった最後に終末技はF難度の⑩伸身新月面で降ります。体力無限くんです。
着地で大きく動いてしまい15点台には乗りませんが、それでも種目別決勝進出です。
▼劉洋(02:13:15~)
➀後転中水平、②バランディン2、④ホンマ十字、どれも他と一線を画す独特のさばきを見せます。特に②バランディン2での十字倒立はほかの誰もマネできない完璧な十字倒立です。
終末技はD難度の伸身ムーンサルトからE難度の⑩抱え込み新月面に上げて着地も小さく抑えています。
これだけの演技構成を持ちながらEスコアは8.900と9点台に迫る実施を見せています。
もちろん種目別決勝進出です。
鄒が棄権したことで林の得点がチーム得点に反映されています。
孫や肖よりも高得点が見込める鄒の代わりに林の得点が入ることで、1点近く点を失う事になります。
本来なら43点は見込めるチーム得点は42点を割り、41点台。つり輪の得意な中国らしからぬ得点になっています。
しかし、団体決勝では温存していた鄒を召喚し、つり輪の得意な中国を見せつけられることになるのです。
個人総合のエース、肖と孫は期待取りの活躍で個人総合決勝に進みます。
孫は4種目でトップバッターを任されるなど、日本の萱選手のような役割を任されています。
団体唯一の五輪経験者である林が精彩を欠く形にはなりました。
大過失なく予選を終えた中国はつり輪で鄒を温存したことで本来の得点は取れず、およそ0.2日本に届かない点数で予選を2位通過です。
種目別で見ると、あん馬、跳馬、平行棒の3種目で日本を上回っています。うち、あん馬と平行棒は全チームトップの得点。平行棒の爆発力があっても、日本に大過失が出ても、わずか0.2及びませんでした。
種目別で出場した2人は出場した全種目で決勝に進出。
団体メンバーもゆか、あん馬、平行棒で種目別決勝に進んでいます。
中国の得意種目は長年変わりませんが、穴だったゆかで肖が力を付けてきたことで、その穴がふさがりつつあります。
日本が予選を1位通過、中国が予選2位通過という事で、団体決勝は日本と中国が同じ組でゆかから始まる正ローテーションを回ることになりました。
日本と中国が正ローテーションを一緒に回るのは2015年以来のことです。
長年のライバルが再び同じ条件で団体を戦います。