(10)日本のカーボン技術が 進化する
平壌と北京から、ご一行様がやってきた。
客人代表の阪本さんと面識がある、玲子と杏が空港へ客人達を迎えに行く。
AIロボ アンナが運転するミニバスが、迎賓館に到着する。
大統領と首相が、北韓総督長・中国顧問の阪本君枝、中国内務省次官、梁振英と秘書の梁美瑛を出迎える。基本的に日本政府と中国政府の要人なので、迎賓館で寝泊まりして貰うつもりでいる。しかし、3人は私邸に来るだろう。中国・吉林省の家と作りを比較したがる筈だ。
迎賓館を見て、3人が呆然としている。石油を無尽蔵に消費する金満国家だったベネズエラが建てたので、過剰な内容になっている。壊したいんだけど、資産価値だけはあるので、壊せない。そんなモドカシイ建物だった。
ベネズエラスタッフが3人の荷物を預かると、敷地内にある大統領府まで徒歩で移動する。その大統領府がまたとんでもない建物だった。
「彼、ここの建物を苦手にしてるでしょう?」阪本が杏に聞くと、ニコリと頷いた。
大統領府の隣にある小屋に入ると、大臣達が立ち上がって挨拶しに寄ってくる。全員、同じ年に議員当選した同期でもある。梁振英も美瑛も、まさかこの日本人女性達が、モリの内縁の妻だとは思わないだろう。でも、子供達を見かければ、あれっ?と疑問視するかもしれない。美瑛が鋭いだけに、その際の反応が怖かった・・
「大統領閣下、隣に見事な建物がありながら、みんなでここで、こうして仕事しているの?」
「まぁ、こっちの方が落ち着くんです」
「モリさんらしいや」梁振英と美瑛が笑う。
「カリブ海の別荘も、期待を裏切りませんよ〜」里子が最低限度の外相の役割を果たす。
「別荘・・ようやく春節らしい単語が出てきたわ・・あ、美瑛、後で水着買いに行きましょうね」
「そうしましょう!」阪本と美瑛が目で会話する。美瑛の仕上がり具合に、興味がある・・
そのまま、モリが3人を預かって、大統領府内の応接室に移動する。
スタッフがお茶と菓子を出してくれて、一同で歓談する。途中から中国と北朝鮮の国内事情の話となり、玲子と杏が美瑛をどこかへ連れて行った。
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中国の春節に合わせて3人がやってきたが、乗ってきた音速旅客機は日本の航空会社からの機体レンタルを受けて、特別便を3便用意してカラカスへやって来た。
それでも100人少々となるが、全員、中国の超富裕層だそうだ。機内でも、ドンペリやコニャックがバンバンと開封されたらしい。前もって、この為の店をカラカスのデパートにオープンさせておいて良かった、と思った。ニュースを加工して、以下の内容で動画投稿していた。
「ベネズエラ、ダイヤモンド採掘事業を再開、ジュエリー販売へ進出」
「産油国・鉱物資源国でありながら、全ての資源を凍結しているベネズエラが、ダイヤモンド採掘の再開を宣言しました。春節の休みを利用して、ベネズエラへ訪れている中国観光客の皆さんの目的は、カリブ海リゾートと各国の美食と、この、オープンしたばかりのダイヤモンドショップです。既に中国でも話題になっているようです。
石油事業と水素発電事業を手掛ける国営会社PDVSAが採掘し、加工して販売するので、中間費が抑えられ割安だとベネズエラ側は説明します。
PDVSA社が、ダイヤモンドの販売を手掛けるのは今回初めてですが、生産量世界一を誇るロシアで加工技術を学び、販売まで漕ぎつけました。
ホタル・モリ経産大臣の会見の模様を御覧ください」
「これまで、老朽化した鉱物の採掘機しかなく、効率的ではなかったので採掘を中断しておりました。ここへ来てベネズエラの経済成長に伴い、最新の機器を調達し、年明けから採掘を再開致しました。先にカナモリがコンゴ民主共和国に訪問した際に、両国で共同出資会社を作る事に決めました。共にダイヤモンド生産国ですので。また、加工技術の取得に関しまして、ダイヤモンド生産で世界一の、ロシア政府とロシア宝飾企業のご支援を頂きました。国内の宝飾デザイナーと鉱石加工企業の職人の再研修を行い、それで新たに店舗を構えるに至りました」
ここでパメラとスーザンが宝飾品の数々を映像で紹介してゆく。若者向けのデザインも多いのが「Blue Planet」の特徴となる。どこから見ても天然ダイヤにしか見えないが、実はプルシアンブルー社の開発した人工ダイヤモンドだ。人工なので、遠慮なく大胆にバンバンと削ってしまう。そんな斬新なデザインも、研磨加工も、AIで行っている。
天然ダイヤをこんな勿体無い加工をする業者は居ない。おそらく、ベネズエラとコンゴ民主共和国だけだろう。「blue planet」は従来には無い、デザインが受けて遠い中国まで知れ渡るようになった。
人気が出たのはブレスレット、ブローチ類だ。ベネズエラとコンゴは各種宝石と鉱石の産出国でもある。ダイヤモンド以外の宝石の人工製造は順次取り掛かるが、流石にプルシアンブルー製の最新のスパコンであっても金・銀を創り出す技術は見出だせないでいる。その2つはアンタッチャブルだろう。しかし、金と銀は南米の重要輸出品でもある。ポトシ銀山で有名なボリビアと、インカ帝国で名を馳せた金塊がペルーの重要資源でもある。南米中の資源を集めて、デザイン、加工に取り組んでいた。
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鮎首相は空港で、日本の首相を出迎えていた。こちらは式典を行う。
日本の代表者を迎えるので、体裁を整えたのだが、今回ばかりは趣が異なる。
自衛隊の楽隊が「ふるさと」の演奏を始めた。ベネズエラの人々は「いい曲だな」と思いながら聞いていた。妙に感情が篭られているように聞こえた。
柳井首相とカナモリ首相が柔らかな表情で口ずさんでいるのも印象的だった。2人は異国で日本を想うには最良の曲だと思いながら歌っていた。これは、いいと。
双方の思惑が合致して、君が代を敢えて使わない格好でやってみる事になった。金森と柳井は、歓迎式典そのものを変えたかった。君が代よりも、遠く故郷を想う曲が日本にはあるじゃない、と。この曲を使えないだろうかと。北朝鮮でも、同じようにしようと柳井首相は決めた。
以降、この曲を日本政府が多用し、第二国歌的な位置付けとなっていく。
まず、アジアの国々を訪問する際に使われてゆく。北前社会党らしい。余計な問題は、極力事前に省いておく。効率と結果を重視するのが、今の日本政府でもある。
今回は自衛隊員が奏でるだけに、感情がより隠る。2番まで斉唱する。途中から2人が本気で歌い始めた。自然と気分が高揚した、そんな印象だった。
演奏と斉唱が終わると、両首脳が抱き合うのが今回の式典のハイライトとなる。柳井首相も議員になる以前は、台湾で生活していただけに歌詞に感慨深いものを感じていた。海外に居る日本人にとって、日本に想いを馳せるには最も相応しい曲だ、と。
太朗とヴェロニカ、そして子供達も後ろに控えている。モリの初孫達が祖母と共にカリブ海リゾートへ初めてやって来た。ただ、このメンバーでこの曲に胸を打たれていたのは、太朗だけだったが。
式典を終えて、大統領府へ移動する。訪米前にみんなでベネズエラで集結して、明日ワシントンへ向かう。アメリカから帰ってきて、全員でカリブ海の別荘で寛いでから、各自、国へ戻ってゆく。日本の各地を統治する代表者達が、一堂に会してアメリカへ表敬訪問に行く。
勿論、初めてで恐らく最後となる集団の訪問だ。雑多な感じは否めないが、このメンバーでアメリカを訪問する意味があった。
このチームそのものが、「ニッポン」なのだと世界に知らしめる為に。
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迎賓館の厨房では、アマンダがチーフとなって夕食の準備をしていた。そこに杏と樹里も加わっていた。東京と平壌からやってきた2人は、モリが初めて付き合った女性達だと樹里から知らされ、ベネズエラ調理チームが妙な所で気合いが入っていた。柳井太朗が、杜 圭吾とよく似ている事で分かる。リクやレイ達が、太朗と初めて出会って動揺している。火垂や歩よりも、年上なのは間違いないからだ。一体、何歳なのか?と。しかも、その子供は自分達と同世代で、5年生と3年生で、父さんの孫に当たると言う。「孫?って事は、父さんはおじいちゃんなのか?」「そういう意味では火垂の子供達だって孫じゃないか。それに俺たちより年上だぞ、シズカなんか・・」とにかく突然現れた親戚筋に動揺しまくっていた。暫くすれば、一緒になって遊びだすのも子供らしい文化でもあるのだが。
アマンダ総料理長のメニューは素晴らしかった。彼女のレシピで官庁街と国営ホテル内に店を構えているのだが、今や国を代表するレストランとなっている。とは言え、今回は勝手知ったるメンバーなので、乾杯はビールだし、飲んでる酒は焼酎や日本酒とバラバラのマナー無視の無礼講だ。迎賓館を宴会場のように使う、初めての日となった。
国の晩餐会会場に、子供達も、ベネズエラのスタッフも調理クルーも全員が加わる。そんな、型破りな晩餐会だったが、盛り上がった。
今日の調理を統括したアマンダは白衣を着たまま夕飯を食べ、そのまま壇上に上げられて各自から称賛された。
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翌日、昼食を取って日本の政府専用、音速旅客機に一同搭乗する。
太朗・ヴィー夫妻も東南アジアの顧問として、アメリカへ向かう。夫婦の子ども達は、梁振英と梁美瑛にあゆみと圭吾が引率者となって、5人の弟達と太朗の子供達を連れて、別荘へ向かった。
新型政府専用機は登場者数が限られるので、ベネズエラの音速旅客機を2機用意し、そちらにベネズエラと日本のマスコミを押し込んで、3機編成でカリブ海を渡ってゆく。この政府専用機、新開発のステルス機能を新たに付けたので、米軍のレーダーに映らない。
それで、やむを得ず、現在の飛行位置を絶えずアメリカの管制へ連絡して、航路を確保した。他の旅客機と接触交錯しない為だ。この旅客機には、最新鋭のレーダーが装着されていて前方の視界は良好だった。
ただ、マイアミやオーランド等の東海岸の空港から飛び立つ航空機だけは、どうしても予測が付かない。
そこで接触・衝突の回避策だ。操縦自体はAI任せで飛んでいるが、航空管制とのやり取りに機長と副機長は忙殺されていた。最も、編隊を統率する日本機だけが大変なだけで、後続の2機はついて行くだけなので楽だった。
白地に赤いラインの入った日本専用機と、同じ白地に青いラインを使ったベネズエラ専用機が、アメリカの空港に初めて着陸する。
日本の最新鋭機の揃い踏みに、米軍はデフコン並の体制で警戒していた。しかし、最後まで3機をレーダー網で補足する事が出来なかった。単機ではなく、3機がV字編隊で飛んでいたにも関わらずだ。その状態で飛行しているのを知ったのは、機に搭乗していたマスコミ達から齎される情報だった。
最新の政府専用機に興奮して、内部や隣で飛んでいる機体を撮って、機内からネットに投稿しまくっていた。マッハ3.3という音速飛行により到着までの1時間、米軍が日本のステルス機能の解析に必死に取組んでいたと言うのに、辛うじてこの編隊を捉える事が出来たのも、記者達が人工衛星経由でネットにアクセスしっぱなしの電波が確認出来だけだ。
つまり、余計なアクセスをしなければ、完全に補足できないと言う事になる。現に、日本専用機の太平洋上の移動を誰も把握していなかった。首相一行は知らぬ間にベネズエラに居たのである。最先端のレーダーを兼ね備えたハワイの米軍基地が、捕捉に失敗した初の事例となり、米軍のレーダー技術は失墜した。日本の航空技術の更なる進化に、衝撃を受けていた。少なくとも、今後、日本の政治家は隠密理に世界中へ移動できるというのが一つ。
この機体の客室を撤去して、ミサイルと弾薬を積み込めば、戦略爆撃機に様変わりする。
前者も後者も、恐ろしい話だ。現に、日本政府はこの専用機で秘密裏にロシアとウクライナへ何度も向かうことになる。世界中の誰も知らぬ間に会談が開催されてゆく。
ワシントンDCの空に忽然と3機が現れた。ようやく目視出来るようになったが、ペンタゴンのスタッフは忌々しい思いだけが先行する。日本が、アメリカの制空権を無力化しながらやって来たからだ。いつでも、何時でも侵入可能だと思い知る。屈辱だった。こんな事があっていいのかと、国防大臣は、滑走路に降りてきた映像を呆然と見つ続けていた。アメリカの防衛能力が全否定される日がまさかやって来るとは思っても見なかったからだ。
しかし、日本にも言い分はある。何故、ステルス機能を加味したのか、それは要人保護の為だ。この機体に日本の重要人物達が乗り込んでいる。どこに居るのか補足ができなければ、迎撃される心配は無くなるからだ。
実際、アメリカに対しては飛行場所の情報を絶えず送り届けてきた。他意はないのだ と、日本には同盟国であるアメリカに対して、そんな気は毛頭無いと管制に知らせる事に徹底した。
新型機の外観は米空軍のB1B爆撃機がプロトタイプとなっているので、外観は似ているが、翼は嘗てのB1-Aのように可変化するようになっている。B1-AはF14トムキャットのように翼を畳んで空気抵抗を減らし、より高速飛行が可能だった。しかし、翼が稼働する事で耐久性そのものが弱く、早々に退役機となった。日本は炭素・カーボン技術の向上により、鉄を使わずに翼を作り上げた。完璧な人工ダイヤモンドが完成した理由は、世界一の炭素開発技術によるものだ。この「可変翼」が、F3主力戦闘機、プルシアンブルー社のA1,A2等の日本の戦闘機に改良モデルとして使われてゆく。同じ戦闘機でありながら、飛行速度が倍違う戦闘機がラインナップに加わる可能性が高い。
それぞれがステルス戦闘機なので、高速化されれば、敵地や敵陣地に侵入して、ピンポイントで空爆・破壊し、高速離脱する。自衛隊の防衛能力というより攻撃能力は一層強化されるだろう。
滑走路に着陸した3機の機体を、米軍が記録に収めて分析を加えてゆく。ベースモデルとなったアメリカのB1よりも機体自体が大きくなり、翼の形状が三角翼に近い形状まで可変する。出力エンジンには初めて見るターボ過給器が備わっているのが目視出来た。従来の音速旅客機よりも高速なのは、この過給器によるものだろう。記者達の投稿動画を見ても、コンコルドの頃に比べれば、騒音も燃費も桁違いの進化を遂げている。この日の最速速度はマッハ3.3だが、実際はもっと早く飛べる筈だ。実際の能力は、記者達が搭乗している際に披露しないはずだ。
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副大統領と、国務長官に復帰したモートンが出迎える。
日本は先頭がカナモリ、脇をヤナイとサカモトが固め、後方からモリとモリに似ているヤナイタロウ夫妻が付いて来る。
このチームの真のトップはモリだが、対外的なフォーメーションはこう「見せる」。これも日本の安全保障上の配置だ。護衛の自衛隊員の今回の保護優先順位は、モリ、柳井首相、阪本北韓総督、カナモリ首相、柳井太朗・ヴェロニカ夫妻となる。
「ありがとう、なんとか戻ってこれた。君のお陰だ」モートンがモリの手を掴んで離さない。
「何よりだ。紹介しよう、柳井首相の長男だ。もう知っているとは思うが・・俺の子でもある」
「初めまして、国務長官のモートンです。しかし、このクソオヤジにそっくりだね・・」
「この顔ですから、誰の子なのか隠し通すことが出来ません。もう諦めました。国務長官、ご紹介させて下さい。妻のヴェロニカです」
「これまたお美しい方だ。これでは首相達が霞んでしまうじゃないか・・失礼ですが、お生まれはどちらなのですか?」
「イタリアのジェノバになります。彼の妻になって、国籍は日本になりましたが・・」
「ジェノバ。私もイタリア移民の末裔なんです!」モートンが今度はヴィーを離さない。そこへ副大統領がやって来て、国務長官を誂い始めた。
モリがニューヨークに長年居て、カナモリが長年首相としてアメリカと交流を重ね、今回、次の世代のリーダーを伴ってやってきた。そんな関係がよく分かる映像だった。
このチーム ”ニッポン” が、アメリカ経済に大きな影響を与えている。アメリカ人の誰もが理解し受け止めていた。アメリカ合衆国は最恵国待遇で今回、日本とベネズエラの首脳を迎え入れていた。アメリカを活かすも殺すも、彼らの胸先三寸のようになりつつあるではないか、と。ウォール街では「ジャパニーズ・マフィア」が、やって来ただけで株価が上がった。日本政府を指す隠語として最近、経済界で使われ始めていた。今回の訪米で、どんなサプライズが齎されるのか、その期待値だけで簡単に株が上がる。
そこに、日本の政府専用機の話が重なってゆく。米軍のレーダー網に引っかからない新型機というユニーク性で、ソコカシコで話題の中心となる。
そして、タロウ・ヤナイという人物もアチコチで取り上げられる。日本の未来のリーダーとして、紹介しに来たのだろうと。今までの日本の世俗主義とは意味合いが異なる人材だと、既に評価されていた。実際、アユムの見舞いに寄っただけなのだが。
しかし、カナモリとヤナイの両首脳には、タロウを連れてきた理由がある。タロウの母親が日本のリーダーに就任し、柳井首相をモリとカナモリが支える姿勢であるのが、誰にでも理解出来る。何故、ヤナイ氏を選んだのかも朧げに想像できる。取り分け、ヤナイの国際舞台での経験不足や知名度の低さを、周囲でカバーすると、そこかしこで知らしめていた。
「#モリ氏とヤナイ氏の長男、初の米国入り」「#モリ次男の外交官氏は、ボストンで足の手術を行う」と報じられる。この記事を見て面白くないのは日本に居る長男の火垂だ。政治に関与していないので、存在感が無くなってしまうのも仕方がないのだが。「俺が長男だ!」という自負だけは強い。
「タイとビルマの運営で実績を上げたタロウ氏は、今後は北朝鮮で政治活動を始めると、日本政府が報じています。いずれは議員となって、国政にも携わるようになるのでしょう。もっと若く見えますが、40代です。日本は次の指導者を、アメリカに紹介に連れてきたのです。在韓米軍や韓国政府とのパイプを担うのかもしれません」
そこで式典が始まった。米軍楽団の演奏は「君が代」では無かった。日本側のリクエストで楽譜と自衛隊の映像が、事前に管弦楽団へ送られていた。ヴェロニカを除く日本人が目を瞑って、右手を胸を抑えていたのが印象的だった。日本人記者達は絶句してこの光景を見ていた。政府が式典で君が代を使わないのは初めてだ。それでも、茶の間でこの映像を見て感動した日本人は少なくなかった。この旋律、この歌詞・・確かに世界に誇れるものだった。怒ったのは、恐らく右翼くらいだろう。
「ふるさと」を日本政府は使い続けてゆく事になる。まずはアメリカから始める。このタイミングを、政府は虎視眈々と狙っていたのだ。
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アーリントン墓地で、先の大戦でのアメリカ人戦死者と10年前のコロナ死亡者50万人に向けて献花を済ませた一行は、ホワイトハウスに向かう。ここから、アメリカ政府関係者からの歓待が始まる。今度はニッポンの先頭を歩くのは柳井首相だ。日本側は「見られ方」を計算していた。映像を見て、人々がどう思うかを。今のリーダー達は全員が絵になる人々で構成されていた。
チンチクリンジジイや、直視できないイボ顔野郎など一人もいない。全員が立ち寄ったベネズエラで、Rbyの服でコーディネートされていた。
ホワイトハウスに横付けされた車から降りたヤナイ首相が先頭を歩き、斜め後ろからカナモリ・ベネズエラ首相が続く。カナモリが「さぁ、その豊かな胸を張って!」と純子に声を掛けると、柳井首相が笑ってから吹っ切れたように歩き出す。「流石、大先輩。ありがと」と思うと、落ち着いた。首相達の後ろにサカモト北韓代表とタロウ・ヤナイが談笑しながら後に続く。この2人が北朝鮮を変える事になる。最後にモリが、嫁のヴェロニカをエスコートしながら、殿を付いて行く。
「ねぇ、パパ。 私、なんでこんな所に居るのかな?」ヴィーの頬が高揚している。初めてこんな所に連れられて来たのだ。少し混乱するのも無理はない。
「俺も10年前に初めてここに来たときにそうだったよ。確か、陰謀と権力の中枢に遂に来ちゃったなぁ、とか思ってた・・」
「ホント、パパのせいで私の人生、変わっちゃった。しがない車のデザイナーだったのにさ・・」
「デザイナーにしておくのは勿体無いと思ったんだ。最初っから、タロウに夢中だったしね」
「ホント。ラオスであんな男に出会うなんて、これっぽっちも想像していなかったもの」
「あんな男か・・」
「うん。すっごくラッキーだった。絶対に手に入れてみせるって、一目見た時に決めたの」
「ご馳走様・・」
「その決断で、こうなったんだもの・・」ヴィーが腕を絡めてくる。
「おい、テレビカメラが何台廻ってると思ってるんだよ・・」
「いいじゃない、私の大事なパパなんだから!アンとジュリとレイコ達だけのパパじゃないもん!」
「コラ、そこの仲良し親子! 大統領が声を掛けられないで、お困りよ!」
ヤナイ首相がニヤニヤした顔で言って、ヴィーがパッとモリを掴んでいた腕を離した。モリがヴィーの背中を押しながら、大統領に近づいてゆく。
「息子の嫁のヴェロニカです。ジュエリーデザイナーをやっています。大統領閣下、どうぞ ご贔屓に・・」
「ちょっと! パパ!」ヴェロニカがパニックになってるのを、義理の母と阪本が見て吹き出した。
「あーそうなのねえ。ダイヤモンドの加工をやってらっしゃるの・・ベネズエラダイヤモンドはデザインが有名ですものね。折角お会い出来たのだから、私に似合うようなデザインを施して頂こうかしら・・」
「ええっ?・・は、はい!分かりましたぁっ!」ヴィーがそう言ってから、下からモリを睨みつけてくるので、モリはニヤッと笑ってから、ヴィーに背を向けた。
誰もが、モリが嫁をからかっているのが分かって、この場に笑い声が広がってゆく。階段の下で、カメラを構えている記者たちは日米の政治家がどんな話をしているのか分からなかったが、両国政府の関係はメチャクチャいいなと感じていた。
こうして車のデザイナーだったヴィーは、リゾートホテルのデザインも始めたんだった・・と10年前を思い出して、タロウは笑った。
ヴィーなら 確かに出来そうだな、と思いながら。
(つづく)