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(2) 慣れない演技を強制される (2023.11改)

「間もなくです。起きて下さい」

目を開けると翔子の後方の車窓に水滴が糸を引いて流れている。既にスピードを落として走行しているのだろう。飲んでいたビールの空き缶も片付けられており、臨時秘書様の献身に感謝しながら座席を起こす。
新幹線は博多駅に到着した。2人でホームへ降り立った。民間機が飛んでいればいいのだが仕方がないので新幹線で新横浜から4時間半かけてやって来た。

都議会には今日明日の欠席届を送った。
欠席理由欄に「狙撃された人物の見舞いの為」と記入したので、多分受理されるだろう。

台風が長崎を掠めるように北上し、朝鮮半島へ向かうと言う予報のとおりに九州北部に雨を齎せていた。荷物をコインロッカーに預けて、タクシーに乗り込む。オススメの果物屋さん経由病院コースをお願いする。

駅にほど近い店に着くと、翔子が遮って運転手さんに右側のドアを開けてもらい出ていった。申し訳ないと思いながら後ろ姿を見送る。

「お客さん、台湾の社長さんですよね?」
右座席に移動している時に言われ、「よくご存知ですね」と調子に乗ってみた。
「そうか、台湾からの飛行機は何本か有るんですよね?」と仰るので「ええ」と答える。

「病院にはお見舞いですか?」

「そうです、同郷の友人が入院していまして」

「その病院なんですが、マスコミが大勢いますから裏の救急センターの方に回りましょうか?」

「マスコミって、有名人が入院してるとか?」

「元首相の孫の議員が銃で撃たれた事件は、ご存知ですか?」

「ニュースでずっとやってましたね。あの方ですか・・」

「そうです。こっちじゃ大騒ぎで、しっかり体に当たってるのがネットで拡散していて、あれじゃあ駄目だろうと誰もが思ったんですけどね」

「良かったですね。流石、日本の医師は凄いです。あー、でもちょっと見てみたいので正面で下ろして頂いて構いませんよ」

「そうですか・・分かりました」
残念そうな顔をしているので救急車の止まる方が料金が上がるのかもしれない。

暫くすると、運転手さんが左のドアを開ける。雨より風が出てきたのか翔子の髪が舞う。
果物のバスケットを受け取ると、優雅な所作で翔子が座った。
ドアを締めてタクシーは走り出す。正面玄関前には確かに大勢のメディア関係者が居る。都内から見舞い客が到着する頃なのかもしれない。

「わぁ、凄いですね・・」

「旦那さんを恨んでください。私は救急側をオススメしたんですが・・」

翔子の頬が赤く染まったのを見ながら、現金で払ってお釣りを受け取らずにレシートだけ貰った。

「さぁ、降りて」翔子がフラッシュの餌食になる。「ほら、ご覧なさい。言わんこっちゃない」

「まぁ、一生に一度くらいはいいんじゃないですかね」と言って降り立った。
記者がどよめき、先程より多くの光が集まった。果物バスケットと鞄を持ったモリが先に歩き、2本の傘と鞄を持った翔子が後に続く。

運転手が発進しようと前を向くと、記者が行手に立ち塞がっている。運転席側にスライドしてきたのでパワーウィンドウを下げる。

「お客さんとはどんな話をしました?」と記者が聞いてくる。千円札を出して来たので素直に受け取る。

「台湾のコロナの話ですね・・それと台湾の観光客とタクシー業界に関して、その位です・・」

「分かりました。ご協力ありがとうございました!」記者が車の前の連中に手でバッテンをしたので、一斉に目の前から引いた。「あれで千円プラスと釣りなら、悪くない」と成果を誇った。

ーーーー

2人で神妙な顔をして、記者たちの質問に答えず足早に歩く。面倒なので隣の記者に部屋番号を聞いて病院窓口をスルーしてエレベータに乗り込んだ。
世間では重傷患者扱いになっているので、2人で無言で通した。

「中々の演技でした」

「タクシーの中で亮磨さんに成り切ってる先生の方が凄かったです。台湾に何度も行かれてたんですか?」
「いいえ、今も昔も、空港でトランジットした経験しかありません」
「じゃあ、想像してのお話ですか?」
「そういう事です」

フロアに降りると党の職員だろうか、身分をチェックしてほぼ顔パスで病室に入った。

ーーーー

「政治家が暗殺対象になる」

戦後の日本ではあまり考えられないが、実際は犯人が特定されずに未解決になっている事件もある。メディアは戦後4人の政治家が他界しているケースを持ち出し、説明している。
モリの事件は結果的に未遂で終わり、本人も生存しているのでカウントされていなかった。

今回は演説中の事件、しかも与党の議員でSPも警察もいた中での犯行で、警察の警備体制の不手際の方に集中していた。犯人が狙撃後に自破しており、素性の特定に至っていないというのもあった。
犯人が総入れ歯だったこと。何らかの手段で指紋が消されていたこと。今の顔が犯罪者と一致せず、整形の可能性がある事などの情報は秘匿され公開されていなかった。日本人なのか、分からないからだ。

「被害者からの要望で」党にも秘匿されていたのが、被害者が防弾チョッキを着用していた点だ。一命を取り留めた理由がソレなのだが、街宣車の車上にいた被害者の映像では、銃が当たった箇所を特定出来ないカメラ角度の映像となる。そのままうつ伏せに倒れ込んだからだ。次弾の襲撃を避けた、とも言える。

「出血が酷く、医師団の懸命の対応で一命を取り留めた」巷ではそう言う事になっており、執刀に当たった医師が「銃弾が胃にある部位に当たったのが不幸中の幸い」と会見で述べ、暗殺自体は失敗に終わった事になっていた。

梅下陣営、と言っても本人と秘書の宮崎二人が企んだのだが、党が総裁選は延期か?と言っている最中に、意識を取り戻した梅下が総裁選を辞退する形で予定通りの日程で行って貰い、数日後に候補者の一人が病院を訪問した際に、梅下陣営が全面的に支援をする形を取る。
・・そんな話を秘書の宮崎から電話で聞いた上での博多入りだった。

面会謝絶で与党議員も入れない筈の病室にモリと翔子が入って、初会談の運びとなっていた。

「ヤザキさん!」翔子を見た梅下が驚いた顔をして言うので、モリも秘書の宮崎も驚いた。

「あっ、屋崎ですと私の従妹になります。由真と真麻の何れかをご存知なのですか?」
と翔子が驚いた顔で言う。

「ユマさんです。大学の後輩でした・・」梅下が残念そうに言う。宮崎の顔を見てモリは察した。梅下の想いが伝わらなかった相手なのかもしれない。同時に従兄弟同士でそんなに似るものか?と思うが、自分には従兄弟も兄弟も居ない。
「由真は今も大阪におります」

「そうですか・・すみません、屋崎さんがお見えになったと勘違いしてしまいまして」

「いえ・・あ、私は源と申します。由真と私の母親が姉妹になります」

「ミナモトというと、源氏の系統のお宅なのですか?」宮崎氏が翔子に訊ねる。

「皆さんからよく聞かれるのですが、残念ながら全く関係はございません」そう言って笑う。

暫く蚊帳の外だなと思ったモリは個室のカーテン越しに外を眺める。残念ながらビルしか見えない。地上を見ると人々は傘を普通にさしているので風は収まったか、台風の進路が西に転じたのだろうかと想像する。
そういえば、部屋には誰もいないので梅下は独身なのか?と思って振り返る。
3人で会話しているが、宮崎を梅下が叱責している絵柄に変わっていた。
「よさないか、失礼だろう」と言っている。

梅下が急に思い出したようにモリに近づき、自己紹介を始めたので応じる。大きなテーブルに移動する。宮崎がお茶を入れようとするのを翔子が制して、自分でやり始めた。宮崎もテーブルに戻り、梅下の隣に座った。

ーーー

ちょうど15時前で、モリが沈痛な表情で病院に到着してエレベーターで上がるまでの映像がワイドショー番組で何度も使われる。
これも梅下と宮崎の想定した通りとなった。与党の誰も会えないのに、モリはエレベーターで上がっていったまま、一向に降りてこない。

「恐らく本人以外の方と話し合っているのではないでしょうか、杜氏が降りて来たら伺おうと思います」とレポーターが言っている。

「総裁選を延期すれば、梅下が当選するかもしれない」誰もがそう思う。
公衆の目前で狙撃され、一命を取り留めた議員への同情票と合わせて、ノコノコやって来たモリが梅下陣営の重要な一員なのだと、誰もが「錯覚」してしまう。
バツが悪いのは暗殺を企てた首謀者達だが、自身が追求される可能性は低いにせよ、結果的に相手に花をもたせてしまった。

「総裁選の延期を退院するまで待っていたら、政治の空白だと野党から追求され兼ねない」

「本人には、遺憾ながら総裁選を期日通り行うと、言えば良いではないか」

与党本部は総裁選日程の延期と予定通りの実施の2つに分かれていた。

ーーーー

コロナで寂れた中洲を歩きながら、それでも空いている居酒屋を見つけて座敷に座る。
「用意出来るもので構いません」と伝えてお任せにしたら、豪勢な刺盛りが出てきた。
「テレビ、見ました。ようこそ中洲へ」と店長さんが挨拶に来た。笑顔で頭を下げると、厨房へ戻っていった。

「すみません。母と叔母が来る事になってしまって」

「いいえ、本来ならこちらから伺わなければいけませんでした。しかし、テレビの反響というのは凄いですね」
厚いハマチの切り身を口に運び一口で食べる、満足だ。モリはマグロより、ブリ刺しハマチ・カンパチ系の方を好む。嬉しそうに食べるモリを見て、翔子は貝を口に運び、鮮度に驚く。

「お母様と叔母さまはお幾つなんですか?」聞いてから、ジョッキを流し込みカラにしている。

「えっと、母が61で叔母が54になります。叔母は先生より老けて見えると思いますよ」

「他にご兄弟は?」​2人姉妹の間が少し空いてると思った。

「2人叔父がいたのですが、漁で亡くなりました」 旦那さんと同じ船だったのか・・​

「そうですか・・」暫く間をおいてからジョッキを頼んだ。

「でもお見えになってもコロナのお陰で東京見物も出来ませんよね。翔子さんは年休取って、車で富士山とか草津とか行かれるのはどうでしょう?」「そうですね。ちょっと考えてみます」

梅下との会談を終えて1階の病院ロビーに降りると、待ち構えていた記者たちに囲まれ、梅下の様態をまず聞かれた。
「ガラス越しに手を振られたが、直ぐに寝てしまった。思ったよりも血色がいいので驚いた」と、用意されたシナリオ通りに喋った。

「総裁選について、事務所の方から何か聞かれましたか?」マイクや小型の録音機がモリの方に一斉に向けられた。

「秘書の方の見解ですので どうなるか分かりませんが、今回の総裁選は辞退するしかないだろうとおっしゃってました」

「今回の事件について秘書さんは何かおっしゃってましたでしょうか」

「それは怒ってました。お爺さんの秘書でもあったベテランの秘書さんですから、言語道断だと真犯人を探し出してやると息巻いてました。私も微力ながらお手伝いするつもりです」

「何か方法があるのですか?」

「万が一を想定して監視用のドローンを梅下さんの陣営に貸与していました。捕縛機能の有るドローンだったら、撃たれずに済んだかもしれないと反省しています。
犯人の特定が出来たのは射撃後だったのですが、犯人は単独犯ではなく、チームで行動していたのが分かっています。この映像データは既に警察に提出済です」

ドローンの貸与などしていない。ハッタリだった。
この報道を受けて首謀者達が電話で連絡を取り合うのは分かっていた。警視庁公安部・篠山に貸与した盗聴システムが通話をハックし、記録する。ロートル議員はIT音痴で学ばない。梅下が生きているだけで怯え、仲間内で支え合い、縋り合う。撒いた餌に食らいつくのは、放映後だ。

「誰も自殺した人物など注目してません。
突然羽振りが良くなった家族や渡航先が限られた海外に高跳びした人物を追いかけたほうが早いかもしれません。航空料金って正規の値段ですよ、誰も買えません。よっぽど渡航する事情がある方に限られるでしょうからね」

聡い記者は既に調査に入ってるかもしれないが、渡航者の極めて少ない今だからこそ出来る調査方法を伝授する。大勢で病院を張っていても無駄だろう?と思ったので。

そんな映像がスクープ映像として全国に流れ、モリの後ろにいる美女が話題になり、親戚中が翔子の居場所を知って、慌てて連絡してきたという訳だ。

梅下が知るという翔子の従妹はバツイチらしく、梅下次第では 少々ややこしい話になるかもしれない。

(つづく)


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