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(4) 閑話休題。娘のライフワークは父の歴史を紐解くコト・・だった。(2025.2改訂)
全国の農家さんと工芸品の生産者さんから届く段ボールも、3日目以降から減少していった。
モリ事務所所長の源 由紀子の思惑通り、収穫可能な作物が限定される6月は「送る対象の農作物が殆どない」からだ。
それでもハウス栽培の野菜は時期が関係ないので、何かしらが入った段ボールは届いてはいた。
中国から帰って来たモリは与那国島の牧場作りに取り掛かろうと当初は思っていたが、段ボールの数を見て、生産物配送に掛かりっきりとなっていた。「モリ宛に送っていただいた農産物を配るのに、本人がタッチしない訳には行かない。国会も開かれていないのだから」と周囲に話していた。
この日は日曜日なので郵便物は休みだが、幾らか数は減ったとはいえ午前中の宅配便が相応の箱数を残していった。
日本人秘書さん6名プラス元秘書さん2人による協議により、トマトとジャガイモを3箱づつ事務所消費分に使わせて頂き、それ以外を日曜日にやっている少年少女のソフトボールチーム、サッカーチーム、沖縄空手の道場の練習場や道場、そして孤児院と老人ホームに持っていくことになった。
老人ホームは日本人女子の方がウケが良いらしいので、大学生養女の源 玲子と第6秘書の安藤喜代美と6月から名古屋市長臨時秘書となる屋崎由真の3名に、高2と中3の3人娘をそれぞれ付けて、老人ホーム廻りに旅立って貰った。
モリはモン族のネネとピニャとチームとなり、段ボールをワンボックスタイプのバンに積み込むと孤児院へ向かった。
玲子と共に老人ホームへ旅立った中3の村井彩乃曰く、
「異世界モノの漫画だと孤児達の中に魔術や剣術に優れた少年少女が居たりして、不遇だった主人公を支えたりするですけど、やっぱり漫画のようには行かないです。何かしらの支援が必要だと私は思いマス」と、
明け方に言われたのを思い出す。
中3生と高校生2人と土曜の晩から過ごし、共に朝を迎えるのはどうかと思うが、それはさて置くとして、どんな支援が必要なのか、孤児院を支えている支援団体や職員にも話を聞くつもりで出掛けた。
今回の孤児院行きでモン族の少女達とチームを組んだ理由は、ビルマ山地の土着信仰を信奉している2人なので、既存の宗教とはあまり関わっていないからだ。2箇所の孤児院はキリスト教徒によって支えられ、企業などの特定の支援者は居ないらしい。
「センセ、ゴム跳びって日本にもあるの?」ピニャ、ピーと呼ばれている娘が聞いてきた。
「僕の子供の頃は同級生の女の子たちがやってたけど、今はあまり見ないな。バンブーダンスは多分沖縄には無い」
小学低学年の頃、ゴム跳びをしている夕夏をこっそり見るのが好きだった。まだ胸も膨らんでいなかった夕夏のお子ちゃまパンツが、時折ガッツリ見えたからだ。
「スカートの方が可愛いってイッセイが言ったから、毎日スカート履いて登校したんだぞ」とお互いが50を過ぎた今になって、小生のパンツ姫だった夕夏さまが教えて下さった。実はパンツをワザと見せるように、過剰に飛び跳ねていたのかもしれない・・
「剣術はお見せしなくていいの?」ネネに言われて、我に返る。
「日本の子供に剣術は危ないと思うんだ。叩かれた相手がどれだけ痛みを感じるのか、基本的に日本の子供は分かってないと思って欲しい。
下手に武術を見せると、ひょっとしたらだけど、孤児院内のイジメを助長するかもしれない」
バンのフロント席に3人で横並びに座りながら、横に居る2人が頷いた。
「イジメ」という日本語を用いるだけで、状況を想像させてしまう様だ。そのうちに世界言語になってしまうかもしれない。
ーーー
中3の村井彩乃は養女筆頭の源 玲子の進学指導を受けてから、既に那覇高校一択だと告げる。同校に進学すれば高3に進級する安東咲希と池内智代が同校に居るからだ。富山高校に在籍中の杜あゆみもカリア王女も那覇高に転校してくるつもりでいる。
「あゆみちゃんもカリア様も含めてだけど、色んな民族や国の人がいる環境の方が関係が密にならずに、フランクな間柄になるから、インターナショナルスクールの方が彩ちゃんには向いてるかもよ?」と玲子が言う。
「どうしてです?」
「私の経験談になっちゃうんだけどね。高校生になると、男性と関係のできた女子は誰だか直ぐに分かるようになったの。
具体的には化粧を変えたり、身嗜みをそれとなく相手の男性の好みに合わせるでしょ。先生の好みがノーメイク、ブラとパンティは白がご希望だったから、私も杏も樹里に、樹里の大親友の彩ちゃんのお姉ちゃんも、教師と付き合ってるのバレずに済んだんだけどね。
で、先生と裏でじゃれ合っていた私は、同級生の男の子には全く興味がなかった。でも男性の思考ってものを誰かさんを通じて知っちゃったもんだから、自然と男子の先手を取り続ける様になったのよ。一刻も早く開放して欲しかったから」
「えっと、色は白でいいんですか?」
「うん。制服や体操着を脱がした時に大人の下着だと興醒めするって言ってたよ」
「おや、体操着とは?」
「あぁ、スクール水着とか浴衣とか季節物は大事にした方がいいかもよ。外見はイケオジでも、中身は思いっきり変態スケベなおじさまだから」
「・・大変、参考になります。で、話はなんでしたっけ?」
「あぁ、ワタシが近寄ってくる男子を敬遠するマウントを取り続けたって話だったね」
「放課後にファミレス行こうとか、今度の土曜に映画に行かないかって何度も誘ってくるとか、ですか?」
あゆみが「そんな感じで高校生男子が積極的すぎて、かなり面倒くさい」と言っていたのを彩乃は思い出していた。
「そうそう、本当にしつこいのよ。
それで面倒だから、ある日大学生の彼氏が居るって防御のつもりで言っちゃったの。そしたら、会長は実はヤリマン女だったって陰で言われる様になっちゃった。まぁそれは確かに事実ではあるんだけども、その代わりに一発やらせてっていうセフレ系男子が集まってくるようになってね。
それは杏と樹里の姉妹もそうで、あの二人はハーフで周囲と雰囲気が違うから、特にトロフィー扱いになるのよね」
「トロフィーって?」
「姉妹は先生以外の男性を知らないけど、仮の話として説明すると、とある男子の誘いを受けて合意して行為に及んだとします。その男が仲間に言うの、杏と樹里の姉妹と、ついでに会長も加えて4Pしたぜ!っていう低レベルな男同士のくだらない勲章のことを指します。
君たち、ヤリチン野郎を誇ってるけどさ、先生以上のテクニック持ってんの?おととい来やがれ!って話なんだけどね」
「なるほど。凄く勉強になります・・あの、先生は高校生の頃からあんなにお上手だったんでしょうか。夕夏さん、由布子さん、そして紗季さんとの間で学ばれたというか・・」
「お上手になられた理由は未だに謎になってるんだけど、アユちゃんの調査が最新版なのよね。
まず高校時代、大学時代はバンドの3人との間で体の関係は全く無かった。これは3人が認めたから、多分本当の話。高校、大学を通して女性と付き合っていた形跡も無かったって3人が言ってる。3人は高校の頃から何度も告白し続けて、その度に断わられ続けていたみたいなの」
「えっ、それじゃどこであんなになっちゃったんですか?」
「あんなにって、どんな感じになっちゃうのかな?大人の仲間入りした彩乃ちゃん?」
「あ・・そのう、ごめんなさい、やっぱり言えません・・」
「いろんな体位もだけど、トリックプレイやフェイントを効果的に挟むのよね。想定していない方向から突然攻められて、次第にワケが分からなくなっちゃう・・でしょ?」
「・・はい、緩急の付け方とか、パターンに全然捕らわれていなくって、自由自在に操られて、幻惑の中に漂ってる自分を見ていたら、怒涛の攻撃を突然食らって頭が真っ白になって・・なんと言うか、流れが見えないし、体力的にも全く底が知れないと言うか・・」
「中学生相手でも平気でやっちゃうからね。3度目位から小出しにされて徐々にバリエーションが増えていったでしょ?」
「です です」彩乃が何度も頷く。彩乃の初々しさを見て、中学時に抱かれ始めた頃の自分を思い出す。
「すごーくイヤらしい男だよね・・私は大好きだけどさ。
で、これは私が偶々知ったんだけど、本人の口から聞いた後で、先生の被害者Aに実際に遭遇したの。
大学2年から3年に進学する春休みに、バリで日本人相手のビーチボーイをやっていた。要は、現地の男を買いに来た女性への売春行為。被害者Aは、元外務省外交官で、現在は前田元外相筆頭秘書の里中さん。
学生の頃、3日間ホテルの自室で全身くまなく焼けた彼に抱かれまくってたんだって。里中さんもずっと英語が話せるインドネシア人だと思ってた。
ほら、日焼けしててもパンツの下の肌は白いでしょ。でも、前も後ろもおチンチンも真っ黒だったんだって」
「えーっ!びっくりです!」
「里中さんもね、バンド活動始めて都議になって、そこそこ名が売れてたのに先生に再会してもインドネシア名で話しかけるのよ、コザックだったな確か・・」
「そうすると、他にも被害者っていうか、くじ運の強い人が居るんですね・・」
「そうね、1ヶ月間バリでビーチボーイしてたから、1人3日間としてマックスでも十人位は彼に貢いだんじゃないかって里中さんがタイで言ってた。
母と2人で聞いてたんだけど、思わず笑っちゃった。私達母娘がもしビーチで大学生の先生を見かけたら、凄く悩んでただろうなって。欲求と倫理感で葛藤して、結局欲求が勝っちゃってただろうなって。取り敢えず一晩お試ししてみたら、速攻で契約更新して、毎日お願いします!みたいな」
「バリに一人では行けませんよ、まだ・・」
「そりゃそうだ、ゴメンね、変な例えで。
でね、アユちゃんは東南アジアの風俗の女性を相手にしていたかもしれないと想定したのよ。というのも、先生は毎日日記と小遣い帳を付けていた。
どうやら記載内容には間違いがない。残金をしっかり書いて、次の旅の資金に「前回旅行時の残金XX」って書いてたから、収支に間違いはなさそうだった。でも、どの日にも特に大きな出費が見当たらなかった。バリでの臨時収入の額面はものスゴかったけど、その後も節制を続けていた。
それでも日本よりも商売の女性の費用も安いだろうからって、新宿オフィスや品川オフィスのタイ人スタッフに、小遣い帳のコピーを見てもらったの。
返って来たタイ人の反応に、アユちゃんは凄く驚いたんだって。
「物凄くケチな旅行者」
「30年前の最安値のオンパレード。今も残ってるゲストハウスは無いよ、絶対」
「誰なの、このドケチなタイ人は、日本人なワケがないでしょ?」
って感じでめちゃくちゃ言われて、涙が出そうになった。
「父です」って、とてもじゃないけど言えなくなったんだって。
でもね、有るタイ人、王族のパウンさんなんだけど、こんな話をしてくれたんだって。
「ストイックな旅行は、現状の何もかも全てが嫌になり、傷心を胸に抱いていたからかもしれないよ」って。
「気分が落ち込んでいたら、誰だって人が大勢いて乱痴気騒ぎをしている店や、カップルが集うようなお洒落な店は避けて、人の居ないビーチみたいな静かな場所で悩みながら過ごす。
一人で自問自答を繰り返して、何度も同じ反省をして、そして一人で居るのを確認して、その場で思いっ切り泣くの。
サメット島、パンコール島、サムイ島って、30年前は地元の人達が泊まるような小さなコテージやバンガローしか無かった。開発された今の姿からは想像も出来ないほど、時間軸がゆったりしていた。島での滞在中はビールの本数が増えてるでしょ。それもお店で飲んでなくって、島の商店で売ってるビールを購入している。きっと思いっ切り酔っ払いたかったんだろうね、静かなビーチで。
そもそも、この人はバリ以外の大きな観光地には足を向けていない。遺跡巡りも凄く多いし・・この人って、あゆみちゃんのパパでしょ?」
ってパウンさんに言われて、思わず泣いちゃったんだって。
後日、アユちゃんは同級生の3人に再び尋ねた。
大学生になるかならないかの頃、父が好きだった女性は居ませんでしたかって。そしたら急に暗い表情になって3人は押し黙っちゃったんだって。
居たんだよ、きっと。先生が好きになった女性がね。 それが何らかの理由で叶わなくなったから、バリに流れ着いた先生はバブル景気に浮かれている日本人女性に敵意を抱いた・・最後の想像はワタシなんだけど、杏も樹里もそうだろうって言ってる。
今の私が傷心の若い先生を見たら、全額貢いでカードキャッシングしまくって、股を広げまくって先生を抱きしめ続けるって樹里が言うのよ。あー絶対に樹里ならやりそうだよねって、杏と2人で大笑いしたの」
彩乃が途中から笑わなくなったので、強引に話を変えてみたが、笑いに乗ってこなかった。この子は「何か」を知っているのかもしれない・・
「あの、アユちゃんはその人が誰なのかもう目処が付いてると思いマス。
先生のアルバムに貼られていない写真が何枚か封筒に入っているのを見つけたんです」
「誰だろう? どんな写真だった?」
「凄くキレイな人です。
この春の時点ではアユちゃんもまだ誰かなのか分かってませんでした。
先生本人に聞かないと恐らく分からないでしょうし、もし、凄く悲しい別れ方をしていたなら、聞くに聞けないでしょうし」
「樹里みたいなノーテンキ娘が、「ダディ、この人だーれ?」って聞くのが一番害がなさそうだね」
「どうでしょう、写真が挟まっていた場所がちょっと問題なんです」 彩乃が真面目な顔になったので、アプローチを大きく間違えた事に玲子は気付いた。
「え? 待ってよ、まさか・・」
「・・はい。仏壇のお経の本に挟まっているのを、アユちゃんが見つけたんです」
決して想定していない訳では無かった。
モリが結婚する30過ぎまで、現名古屋市長以外の女性の影が全く見当たらないので、壮絶な別れ方を経ている可能性は養女の誰もが想像していた。
もし、何らかの理由で想い人が亡くなっていたなら・・新しい恋が出来る心情にまで、至らずに居たのかもしれない。
ーーーー
父の事務所が、食料を連日届ける動画の4本目、孤児院を訪れた際の映像を長女のあゆみは母の蛍と見た。
ゴム跳びを演って見せたモン族の少女達の真似を、子ども達が始める。 父は比較的大きな男の子を集めると、バンから降ろしてきた大きなクッションを芝生の上に敷いて、コンクリートに支えられた2つの物干し棒にゴムを掛けた。そして高跳びを始めた。本人の背が大きいので、ベリーロール飛びが妙に映えた。
何度かゴムの高さを目見当で引き上げても、随分軽々と飛びこえるなと思っていたら、いきなり背面跳びをしてみせたので、あゆみは母と共に驚いた。
キレイな放物線を描きながら飛ぶ父の姿を、今まで知らなかったからだ。
母は明らかに興奮していた。まるで芸能人スポーツ大会で推しのアイドルを見るかのような輝かしい眼差しだった。
最後は呆気なく訪れる。2m近い父の身長よりも高い高さにゴムを引き上げた。長い助走で綺麗にジャンプしたものの、どこががゴムに触って震えてしまった。そこで模範演技というよりも、自己満足タイムは終了した。
眼の前で見ていた子ども達には更に衝撃だっただろう。みんな目を輝かせている。
父がゴムをグッと引き下げると、子ども達が次々と飛び始めた。
ゴム跳びやバンブーダンスに飽きた女の子が、私も飛びたいと父のもとに駆け寄ってきた。
「スカートだと、パンツ見えちゃうぞ。ズボンに履き替えて来たら?」と父が言うと、
「エッチな人」と女の子が指を指しながら言うので、母と共に吹き出してしまった。
暫く笑った後で、あゆみは映像の中で子ども達を見守る3人のシスター姿の一人の女性に釘付けになる。
女性は頭に黒い被り物をしていたが、例の写真の人によく似ている様にあゆみには思えた。
突然のように背面跳びをしてみせたのは、彼女にカッコいい所を見せたかったからかもしれないと娘は唐突に思った。
母が寝た後で、携帯で撮影した写真と、この動画の女性を比べようと決めた。
(つづく)
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