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(3) 三本の矢に、更に三本追加してみた。(2024.7改)

「ビルマの動きに世界が注目している」、そんな状況になりつつある。3つの地域に相応の軍事力を派遣して、相手の出方を見定めているという状況だ。
将棋やチェス文化圏の人々は こう喩えた。
「王手」を3つのボード上で出して、相手が手も出せず「参りました」「降参します」とも言えない そんな状況にある、と。
一矢報いようと中国が動くとするなら、既に両陣営が対峙しているアフガニスタンだろうと誰もが考えていた。
パキスタン・インド国境に展開している人民解放軍141師団が軍事顧問をタリバンへ派遣し、タリバンの幹部達と協議しているという未確認情報も出ていた。
中国軍人がアフガニスタンでの作戦に関与すれば、タリバンの幹部が居るエリアにも中国人が滞在していると見做され、米軍やASEAN軍による幹部居住エリアの空爆を避ける事が出来るかもしれない、というタリバン側・中国側の目論見とも考えられる。

毛利元就の3本の矢の如く・・実は元就を相当意識して3箇所を選び、緻密な計画を立てて・・攻勢に出た。この外交戦略を立てた人物は、決して順調漫歩の状況ではなかった。外交戦略に特化する反面で、国内政策と家庭内での主導権を元々持っていないので、帰国後の自身を取り巻く環境のイメージが思い描けずにいた。

カブール市内のホテルで、秘書の源翔子からの妊娠の報告が届いた。翔子から「私の勝ちです」と言われている様な気がした。
翔子の産休以降は、翔子の母の由紀子が後任となる、と妻の蛍が知らせてきた。
由紀子も7月には出産予定だが、双子なので早産の可能性がある。
間もなく産休入りする由紀子の後任の気仙沼工場の工場長には、モリの第3秘書の安東咲子の妹の咲実が総務部長から昇格となる。

同時期に産休入りする村井 幸乃岐阜県知事の場合は、元岐阜大 理工学部教授の副知事が代行するらしい。
サザンクロス航空・海運の社長の平泉里子の後任は里子の母の理美だと聞いていたのが、理美は副社長となり、社長は"直に決定"とある。

「ママの後釜の社長、誰になるか聞いてる?」
杏が食事中に、サザンクロス社の後任社長を聞いてくる。

「おばあさんだと思ってたんだけど、副社長だったね」 事実上の社長なら、社長は名誉職の可能性もある。航空/海運会社ならあり得る。

「実質、おばあちゃんが社長の仕事をするんだけど、社長は名誉ポストになるみたい」
「名誉ポストって・・官僚が天下りしてくる?・・いや、それは流石にないよねぇ」 
「諏訪家のママがドイツの航空会社のCAだったから、とも思ったけど、名誉職っていうのが合わない。そうすると王族なのにCAだった人が居るでしょ?きっと、それだ、と思ったんだ」杏が言うと、彩乃がビクッと反応する。

“何だ、今の反応は?”と思う。まさか中学生が人事情報に関心を持っているとは思えない・・ 
しかし、タイの王女の2人なら確かにしっくりする。コロナで待機中のタイ航空のパイロットやCAを引き抜いたのは王女達だし、同航空会社と業務提携が出来たのも、彼女たちの王族営業によるものだ。実績としても申し分ない。良い人事だと感心する。その一方で産休中の杏と樹里の母、里子の復職は叶わなくなる・・里子は議員になってもらおうと、この時思った。

***

彼が狡賢く、抜け目が無いのは分かってはいたが、まさかアフガニスタンでも“やる”とは思いもしなかった。
この日は日本のNGO・ペシャワール会を皆で訪問した。彼はその前々日に、アフガニスタン入りしている各国の軍関係者に案内状を出していたのだ。
「井戸で住民の生活環境を変えようと取り組んでいる日本のNGOに特殊バギーを提供して、実際に井戸を掘るので、宜しかったら見に来ませんか?」と。 

案内状を貰った方はこんな風に思ったのかもしれない。
「今話題の渦中の人物が、政府間協議にも出ず、米軍との打合せも全て国防相に任せて、井戸掘りだと?何を考えているんだ?でも、モリに会うチャンスはここしかなさそうだ。話をしてみよう。こんな機会はまたとないかもしれない」と。

そして、その3か国はやってきた。嘗てイランとイラクは戦争もしたけれど、湾岸戦争後は3か国の仲もそれほど悪くない。シリアにイラク、そしてイランの軍関係者、恐らく諜報部隊に属する人物たちだろう。

一方で、ヘジャブを被ったモリの養女達は、愛想を振りまいて村人の女性と子供達の心を掴む。
彩乃ちゃんは小さな子供たちを集めて、折り紙教室を始めるし、大学生の杏と翼は村の女性に頼み込んで調理場へ入り込んでゆく。

杏はイタリア人亡父の娘なので、イタリアンを得意としているらしい。
持参した乾燥パスタやトマト缶、オリーブ油など、カブールで手に入れた肉と野菜で手際よく作り、調理場を貸してくれた家の周辺の人達に振る舞う。
翼は、村の人々が食事している表情や子供たちが折り紙を折っている様を撮り続ける。「美味しい?」「良かったねぇ」と現地語で語りかけ、村の子供達の満面の笑みを引出す。

井戸掘りに同行している村の男達と軍関係者が作業を終えて帰ってくると、まさかのイタリア料理が腹を空かせた男達を待っている。養女の3人が天使(イスラム圏では偶像崇拝対象が無いので、適切な表現が思いつかないのだが・・)の扱いを受けるのも当然だった。

井戸掘りに行っていたモリは、ちゃっかりとテヘラン行きの約束を取り付けていた。
シリアとイラクは近々訪問する話になっている。後者の2か国は両国の国境を支配圏としているIS(イスラム国)がターゲットなのだろう。
この3か国を招いて会話している状況に、カメラマンも音響担当も驚く。
イランへの電撃訪問は瑠依もスタッフも養女たちも完全に想定外だった。

「カブールで待っててくれ、ちょっとテヘランへ行ってくるから」と言われても、誰も従わない。養女達も私達アジアビジョン社も、この男を手放さない。アジアビジョン社の撮影クルーと養女達と共に、急遽イランへ向かうことになった。

***

悲痛な顔をした中国外交部の日本分析官 劉氏が、20時過ぎにホテルのロビーに現れる。
ホテルのバーへ誘い、劉氏はバーボン、モリはビールを飲み始める。乾杯をすると、劉氏は即座にバーボンを流し込み、追加のオーダーをする。

「90年前後に留学中によく飲んでいたのがバーボンでした。バブルで円高でしたから、洋酒がもの凄く安く購入出来ました。私は一番安かったアーリータイム○ばかり飲んでました。バイト代が纏めて入った時にIWハーパ○とかワイルドタ○キーを買いました・・バーボンはそれ以来の習慣なんです」

確かに地方の場末の店でも、サントリ○のダルマに代わり、シーバスリ○ガルやハーパーをボトルで飲むようになっていた。学生でさえ、それが当たり前だった・・モリも当時を回想していた。

「モリさんはビール派なんですか?」    「“とりあえずビール”っていう、当時の広告代理店のCMの刷り込みにすっかり感化されてました。途中で別の酒にします」
「そうですか・・モリさん、タリバンを掃討できると思われていますか?」

「難しい質問ですね・・でも、掃討はおそらく無理でしょうね」 
劉氏が驚いた顔をする。
「どうして無理なんですか?」
「兵士の命を奪わず、兵士の手足を狙い撃ちするからです。タリバンの兵力自体は次第に奪えるでしょうが、生存するタリバン兵は恨み辛みを抱いたまま、いずれ、作戦参謀や将校、部隊長になるでしょう。ヒトの世界では、手足に故障を抱えれば名誉の負傷になりますから、階級が上がって出世する兵士も出てくるでしょう」
・・劉氏が息を飲むのが分かる。

「兵士の手足を狙って、命中するほどの精度なんですか?AI兵器って?」
「手足だけではないですよ、貴国の戦車や装甲車で言えば、エンジンや燃料タンクを狙って爆発させず、走行不能になる様にキャタピラ等の足回りを破壊します。
今回、戦闘ヘリ複数機や貴国のAI兵器をタリバンに提供したようですが、それらが飛び上がる前、活動する前に全機を木端微塵なまでに破壊します。我々は旧ミャンマー軍を先制攻撃で無力化しましたが、基本的なスタンスは同じです。クーデター時は軍の兵器を捕獲するのが目的でもあったので、かなり残しましたが、今回は欲しい兵器が一つも見当たらないので、兵器は全て破壊します。どの様にして用意された兵器だか存じ上げませんが、全てスクラップにする予定です」
タリバンに兵器を提供しているのが知られているのを、劉は認識する。予め分かっていたとはいえ、全て破壊する発言には降参するしかない。

「圧倒的、いや一方的な展開になるのですね・・」 
蒼褪めた顔の劉氏に、にこやかに微笑み返すと、質問を重ねてきた。

「もう引き返せないのでしょうか?」
「いえ、タリバンには引き返していただきたいと願っているんです・・貴国が早期降伏を奨めるというのは如何でしょう?これ以上は無駄だと悟ったタイミングで、タリバンに白旗を上げて貰うのです。兵力を温存し、領地を放棄し、パキスタン領内に逃げ込んで頂きたいのです。
来年、ASEAN軍はアフガンから撤退しているでしょう。相応の部隊が台湾にも駐留し、南太平洋にも進出しようとしているので、アフガニスタンに長く留まるのは、ビルマには無理なんです。
再起の芽をタリバンに残しておけば、また領土奪還のチャンスは訪れます。何といってもアフガン政府と軍がだらしないですし、腐り切っていますからね。お灸を据える存在は残しておいた方がいい」

「白旗・・降伏せよとおっしゃってるのですよね? それも痛手をこうむる前に・・」
「そうです。一方的な状況になるのは間違いありませんから」
劉氏が息を飲む音が聞こえた様な気がした。

「我々も出来れば弾薬と燃料は使いたくない。駐留が長引く分だけ暫定政権から受け取った金が減りますから、出来れば避けたいのが本音です。早期に決着して、利益を得る。ビルマは途上国ですから開発資金はあればあるほど助かるのです」 「なるほど・・、なるほどですね・・」 
頭を垂れて日本語で呟く姿に、お前日本人だろ?と思いながら劉氏の横顔を見る。

「分かりました。この件、早急に北京に持ち帰り、撤退準備を必ず講じておくように指導する様にします。ASEAN軍は君たちの手足を確実に狙ってくる。中国製の兵器はとっくに分析されていて、何の役にも立たない。仕切り直しだ。一旦引け、と」
「賢明な判断ですが、劉さんに共産党幹部を説得できる材料はお持ちですか?」    
「いえ、モリさんの話を信じてもらえるように、誠心誠意伝えます」

・・去年までの自分を劉氏に見ていた。なんの力も無く、理路整然と説明して、理解を得ようとしている。懇切丁寧に説明しても、聞く耳を持たぬ相手は頷かないし、相手に寄り添っても、寄り添う人物が胡散臭ければ、ただの変質者となる。
劉氏はイケメンなので、それでも成功したことはあっただろうが。
しかし、それでは国・国家は動かない。
ましてや攻略対象が中国の男性社会で、幹部は長老だらけの老人ホーム、中国共産党だ。分かりやすい内容でなければ「分かった、やってみろ」とは言わないだろう・・
“やってみようじゃないか”的な自分が関与する類の発言は、共産党のジジイどもは口が裂けても言わない。計画が失敗に終われば「聞いていないし、許可した覚えも無い」といって逃げるのが、関の山だ・・・

「そうですか、誠心誠意の姿勢を示す・・それって、幹部を説得するには弱すぎると思いませんか? もし、私が嘘をついていたらどうするんです。撤退する兵士たちに十字砲火を浴びせて惨殺する。もしくは、手足を狙うと言っておきながら、頭と心臓を狙って殺戮を始めたとしたら? そういう腹積もりで私が居たとしたら、あなたには2度と会わずに避け続けるでしょうし、あなたは、モリに騙された人物として今の立場から失脚して、一生不遇な人生を歩むのですよ」

「それはそうですが、私はモリさんを信じたい。あなたは嘘を言う人ではない」
「嘘は言います。後方支援と言いながら、アフガニスタンの地理に不慣れだとか、道に迷ったとか言って、最前線で暴れようとしているんですから」
「それは嘘とは言えないです。戦いに勝つための方便であり、手段、つまり戦術です」

「劉さん、あなた、人を疑ったこと有ります?」
何故、ここまで媚びる?何故、へつらう?この男に本心、本音はあるのだろうか・・

「ありますよ。モリさんが明日イランを訪問するっていうガセネタが、カブールの中国大使館に持ち込まれました。テヘランの中国大使館からです。どうしてそういう話になるのか全く理解できません・・」
・・その話、か・・

「親日国だったイランとの関係は、大統領が経済制裁の解除を求めて訪日した際に、前の日本のどアホ首相がアメリカと何の交渉もせずに、制裁解除は出来ないと明言して、友好関係は霧散しました。
私は明日テヘランに出向いて、政府関係者と会い、ビルマ社会党とその関連企業がASEAN圏内向けの石油ガスを仕入れて、供給すると提案してまいります。
信頼できる日本人も居るじゃないかと、今一度イランの方々に思っていただくためです。ついでにこんな提案もしてみようと思います。
“中国経済が暗転し始めている。ここで中国の資金がショートするとアジアで大混乱が起き、世界経済がブラックマンデーならぬ、チャイナショックで傾きかねない。そこで提案ですが、市販価格以下で中国に石油を供給し、市況価格と中国向け特別提供価格の差額は、借款とするのです”、と。

中国は安価な石油を手に入れて、プラスチック樹脂製品や国内石油消費量から差額の利益を得、親中を掲げている国への融資を継続する。従来程の経済成長は叶わなくとも、成長し続ければ不採算事業や停滞産業のカットやテコ入れは出来る。
“貴国が中国を助けて、国際社会をあっと言わせてみませんか?“って感じです」

「ちょっと待って下さい、イランに行くって本当の話なんですか?」
「あなた、さっき、目の前の男を嘘を言わない人だっていいましたよね?」
すると、聞きなれた笑い声が聞こえた。しかし“マズイ”と思ったのだろう、笑い声を慌てて押し殺した。店内に瑠依が居る事に、ようやく気が付いた。
慌ててカウンターの下を弄ると、何かが手に触れた。瑠依を見ると申し訳なさそうにピースサインをしている。コイツ盗聴していやがった・・・

「あれ?お知り合いですか?」
「ええ、前前職の部下だったんです。今は記者ですけど、今月末にどこかの市長になってます。
必ず口止めして口外させませんので・・劉さん、本当に申し訳ありません・・」
そう言って、張り付いている盗聴器を毟り取ってカウンターにバキッと叩きつけて、破壊する。
イヤホンが大きな音を出したのだろう。イヤホンを慌てて外して耳をポンポンと叩いているので近づいてゆく。こちらの顔が大魔神状態なので瑠依が怯え始める。瑠依の右腕をグイッと取って顔を近づけ、「口裏合わせをするんだ」と囁くと、怯えがやや消えた。

劉氏にも聞こえる声量に戻す。
「録音は?」
「していません・・」
「おい、記事にしたらどうなるか、分かってるんだろうなぁ?」そういって顎を掴んで引く。いい女だなと心から思う・・
「はい、絶対に口外しません・・」
モゴモゴ言うような口で言う。
・・この口に性器を突っ込んでやる・・というのは演出上の話で、実際には自発的に咥えて頂く。そっちの方がよっぽど興奮する・・と信じている。

「書くな、と俺は言っているんだが・・」
可哀想に、白い顔が益々白くなってゆく。怯えているのが良く分かる。
「はい、分かりました。全て従います!」
瑠依が涙目になってきた。同時に劉氏が近づいてくるのを背後に感ずる。

「劉さん、すみません。コイツは私の・・女なんです。ちょっと人気が出て舞い上がってまして」
“女”と言ったら潤んだ目のまま喜んでいるので、右腕を強く握って、瑠依の顔を歪ませる。

「そうですか、ではお任せします。・・テレビで拝見しています。コシキ記者ですよね?初めまして、中国外交部の劉と申します。どうです、一緒に飲みませんか?」 
そこで瑠依の手を解放した。

瑠依が加わってプラスになったのかマイナスになったのかまでは分からないのが、劉氏が饒舌になったのが救いとなった。それもこれも、瑠依がホステス代わりになったからだろう。
彼女がセールス畑の出身で良かったと思った。

後半で、劉氏が日本人女性だと言う人をバーに呼んだ。そういえば、女性を連れてゆくと言っていた。
お見えになった方は元女優さんで、最近、中国芸能界で再起しようと大陸に渡ったが、経済減速の煽りで芸能界も急速に冷え込み、仕事が無くなった。
早速祖国にお帰り下さいという話かと思えば、それだけでは無かった。共産党の幹部たちの愛人だった日本人を含む外国人女性が一斉に捨てられたという。
日本人女性だけで24名になり、中国での滞在歴を消すなどして、日本での生活に戻れないだろうか?と相談される。
コイツ、国を助けて遣ろうって言ってる男に対して、人命救助も押し付けようというのか・・と怒り始めていたら、瑠依が何をトチ狂ったか発言する。

「同胞の女性が困っている。由々しき問題です・・分かりました。暫しお時間を下さい。既に中国を出国しなければならないようなら、そうですねぇ・・・ビルマ社会党に一旦身を寄せて下さい」

「おい、いい加減にしろ!」 この日最大級の睨みを利かせたのに、今度は負けずに睨み返してくる。あぁ、これだ。反骨心、一度決めたらやり抜く姿勢、“元部下”はちゃんと身に付けていた・・「勝手にしろ。ただし、全て君の責任だぞ。もし周りを巻き込んだら・・どうなるか分かってんだろうな?」
「勿論です、ボス」
笑みを浮かべて言うので、少々腹が立ち、瑠依の額に軽くデコピンを喰らわせる。

元俳優さんと言うか女優さんは、瑠依の手を取って頭を下げたままワンワン泣いている。
"同胞"と瑠依は形容したが西洋人の血が入った瑠依を、女優さんは日本人とは思っていないかもしれない。

捨てられた子猫や子犬を拾うのとは全然違うのだが、大丈夫なんだろうか?と思いながら2人を見ていた。

(つづく)


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