![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/27885870/rectangle_large_type_2_2e14d73a42917b2c99bfc68a02ac6da9.jpg?width=1200)
(8) 波及効果の波、勢いを増す (2023.9改)
モリとサミア、そして調印を済ませた経営者夫妻がスーパーの駐車場に現れた時には100台近く駐車できる駐車場は満車で、国道8号線には駐車待ちの車両が並んでいた。
スーパー店舗内もまだ変更前の従来通りの品揃えなのに大勢の人が買い物をしている。
「ウソでしょ?」モリが一番驚いた。テイクアウトの店を構えただけでこうなるのか?
「2日前から初めていただいて、この状態です。お嬢さん方の投稿動画の影響だと思うのですが、今日が一番多いですね」
「明日は金沢に移動するんですよね、大丈夫なんですか?」
スーパーのオーナー夫妻がそれぞれ発言される。奥方がさらに踏み込む。
「夕方からは屋台を出して、カレーとフォーのスープの鍋だけ御社から提供いただいて、ウチの従業員が販売します。他の2店舗でも屋台を投入して、始めようと考えております。このカレーとフォーとサンドイッチは、富山にありませんでした。鹿肉も実に美味しい。本当に驚きました」
と専務・・奥さんの方に向かって頷く。
なるほど、屋台なら投資も抑えられる。キャンピングカー、別に要らなかったんじゃないか?とも思ったが、この人気なら回収も計画案より早いだろうと思って一人で納得する。
「金沢のスーパーは屋台系で昨日から始めている。富山ほどじゃないけど、客引きパンダの役目は果たしている。それに会長はキャンピングカーは要らなかったって考えているでしょうけど、あの子達は次のメニューを考えている。メキシコ料理のタコスやタイ料理のガパオライスとか、新メニューを投入する際はキャンピングカーを使う。売れそうなら屋台で始める、売上が落ち始めるであろうカレーかフォーの代わりにね」
サミアが得意げな顔をしているので、後で褒めておこうと決めた。
バギーやドローン運搬用のハイエースバンが駐車場にハザードを点けながら入ってきてキャンピングカーのそばで止まった。バンから鮎と幸乃と里子が降りてくる。娘たちと同じウニクロのポロシャツとチのパンにスタンスミスのスニーカーにボストンレッドソックスの赤いベースボールキャップを纏って、エンジニアたちと鍋をおろして荷車に載せている。
・・売り子を交代するのだろうか・・
「ほら、会長さん。突っ立ってないで手伝いに行くわよ。では、皆様ここで失礼いたします。また改めて伺いますので」と、サミアが経営者夫妻に頭を下げるので、慌ててモリも頭を下げる。
サミアに引っ張られるように、その場から辞去した。
ーーーー
国道8号線は新潟から福井、日本海側の京都まで繋がる北陸の幹線道路だ。スーパー、サンフラワーの前で駐車場待ちの車が並んでいると、目立つし、目に止まる。
コロナ渦で閑散としたロードサイド店で、食料品を販売するスーパーは比較的影響が少ないとはいえ、駐車場に入れないほど混雑はしない。
「特売品でもあるのかな?」と知らない人は思うだろう。富山の商工会、商工会議所では噂が早速広まる。
「サンフラワーの本店の駐車場で、料理販売始めている」
「買って食べたが、値段もファストフード店より安いし、美味い」
「鹿肉はさっぱりしていて、思ったより食べれた。料理を渡された時には、こんな仰山の肉、食えるかいなと思ったけどな」
「金森さんが店に立っとったで。若い子に混じっても見劣りせんな、あの人は」
といった塩梅だった。
駅前のロータリーで県知事と与党の幹部は、サクラの統一教(会)員を前にして、今回初めての演説会を催していたが、盛り上がっているのはサクラだけで一般の人々は素通りしていた。
金森陣営はスーパーで売り子をしているという情報を得て、知事陣営のスタッフがスーパーへ向かうと、駐車場待ちの列に止めて、運転手だけ残して駐車場に向かうとキャンピングカー2台の片方で金森が食品を渡し、金を受け取っていた。当然ながらビラも選挙ポスターも貼っていないが、客の大半が金森に「頑張って!」「あなたに投票します」と言っている。県知事のスタッフ達は不安に苛まれ始める。今回は勝てないのではないか?と思いながらムービーでこの状況を撮影していた。
「あの背の高いシャツ姿の男が息子で、黒い肌の女がIT会社の社長で選挙参謀です」
スタッフの一人がモリとサミアを見つけると、カメラを廻しているスタッフと共に近づいてゆく。2人共美男美女だなと気後れする。男も女もプレスの効いたシャツ姿、ブラウス姿だが、身に纏っているズボンとスカートと靴は富山では売っていないブランドだろう。外観的に完敗だった。売り子のバイトもハーフや美人を揃えている。イメージ的には統一感を醸し出していた。
米国滞在時の2人は成功者だったという報告書を思い出す。彼らには起業などお手の物、選挙などオマケみたいなモノと考えているのかもしれないと思いながら眺めていた。
男がカメラに気付いて、女を抱きかかえてピースサインを促している。顔をハニかみながら、両手でピースしている映像と撮影が終わると、女がポカポカと男を叩き出し、慌てて地面に下ろして逃げ去った男のあとを女が追っていった。
周りで見ていた人々は、笑顔で2人を見ていた。空間を掌握する能力を自然に演じられる能力があると、自分も笑顔で見送りながら「知事は引退するしかない」と悟った。
この華やかさ、若々しい雰囲気は絶対に我々には作り出せないと認識したからだ。
「富山からこの国が変わるといいな・・」実は広告代理店の出向者である選挙担当の男はそう口にして、漸く駐車場入りした車の方に退いていった。
ーーーー
ベトナム入りしていたタイの農水相とその一行は、チャオプラヤー川下流域デルタ地帯の耕作放棄地31haの田んぼをプルシアンブルー社に売却する用意があるのと、8月前半まで続く田植え作業を同社に支援してほしいと、直々にゴードン達に要請する。
観光立国のタイの都市部ではコロナが広がりロックダウン中だが、感染のほとんどない郊外の田園地帯で、コロナを恐れて農業作業者が集まらず田植えが十分に行えない状態となっている。少しでも田植えを終わらせて4ヶ月後の収穫を迎えたいとSOSにも近い要請を受けた。
タイの農民銀行(Thai - FarmersBank)がプルシアンブルー社の土地を購入資金と、バギーロボットの配備支援、デルタ地帯のサラブリ県への事務所開設、メンテナンス工場の建設資金の融資を行うので、何とかして欲しいと直訴してきた。
タイは軍事政権なので仕事が早い。空軍の輸送機2機を富山空港へ飛ばして、バギー500台を緊急輸送するプランを立てた。日本のタイ大使から外務省と国土交通省に要請され、日本政府も緊急事態との認識で受け入れた。
コロナ絡みのニュースとなるので、世界中に美談として流れたのが騒ぎを呼ぶ、インド、スリランカ、バングラデシュ、カンボジア、ラオス、インドネシア、マレーシアからも、同じで田植え可能な労働者が集まらないとの要請が飛び込んでくる。
バギー用の部品を製造するメーカーも増産体制を敷くがそこまでの対応には限界があるとしていると、中国と韓国の企業が部品製造の支援をすると次々と表明する。各国の自動車生産が止まる中で、苦境化にある自動車部品会社、農機具部品会社が手を上げた格好になってゆく。
モリとサミアは即決して、バギーの部品図面とCAD/CAMデータなどの情報を各社に配送し対応の是非を確認すると、中国、韓国、マレーシア、台湾の自動車会社、バイク会社にバギー組み立ての可否を求めてゆく事になる。
コロナ禍の利害関係を越えて、大プロジェクトに発展するとはこの時点で誰も思ってもいなかったし、5万台近いバギーを1ヶ月強で完成させるとは思っても見なかった。
バギーという車やバイクから比べれば単純な構造とパーツ点数の少ない製品だったからという背景はあるにせよ、実現は難しいだろうという見方が一般的だった。
しかし、問題がコメだけに「何とかしたい」というアジア人としての想いと、とにかく暇だった自動車会社の時間的余裕がハマって歯車のように動き出してゆく。
サミアをトップとするエンジニア達は台湾とマレーシア、タイのメーカーに注目し、バイク製造とモーターボート製造の協業を見出し始めてゆく。
日本のメーカーは話に乗って来なかったのも経産省と与党の行政指導が介在した故なのだが、サミア日本法人社長は「日本人のコメ離れって、ものすごく深刻な問題なんだと思いました」と明後日の丁で皮肉を込めて言い放ち、笑いを取った。
そんな事態の急変を誰も予測しないまま、土曜日が終わろうとしている時に、モリにゴードンからの緊急事態の一報が入った。騒動の始まりだ。
ーーーー
タイ政府、タイ農務省からの要請が土曜の夕方にゴードン経由で届き、日本のタイ大使館に月曜の夕刻訪問することになった。日本の外務省の担当者もやって来るという。
この時点ではあまり焦っていなかった。
既に100台近くのバギーは在庫としてあったし、400台分の部品も部品会社間のオンラインシステムで1週間で組み立て可能だと分かっていた。
あとは国の対応となるがタイ空軍が富山空港を離発着する手続きや、自社内としてはまだ事業展開していない国へ製品を輸出するにあたって、メンテナンスや管理をどうするか、エンジニア数名をタイ・サラブリ県へ派遣する方向で社内調整する程度だと楽観視していた。
事務所から五箇山に戻る車中でサラブリ県を調べるとアユタヤの隣でバンコクから北へ100kmだと分かる。小さな河川や滝が多く、飲料メーカーの工場が集中していると分かるとニヤリと車で笑う。
助手席の杏が既に寝てるので、後席の中央に座る樹里が「何をニヤニヤしてるのよ、昨晩を思い出してるのかしら、イジメたんでしょう?」「このヘンタイ」と面倒くさい位にちょっかいを出してくる。
「あのさ、4人の大学で東南アジアからの留学生の知り合いは居ないかな?」
自分の学生時代はバブル絶頂の80年代後半なので、留学生は多かった。円高で生活が苦しいとよく洩らしていたが・・
「見たことないな・・学生課に問い合わせてみる」と国立2位所属のサチが言うと「私も学生課に聞いてみます」と国大トップの玲子が言う。渋谷の私学の樹里は「私も聞いてみる」と締めた。四谷の私学に通う杏は寝ていた。
「なんで?」樹里が訊ねてきた。
「音声認識を利用した翻訳ツールをサミアの配下の部隊が作ってるんだ。それで稲作文化圏に進出し始めるから、東南アジア出身の学生さんにタブレットを渡して日常生活の中でタブレットを使ってもらう。GAFAの翻訳ツールとの違いはAIが言葉を認識して、翻訳する。
各国語毎にサーバを立てて日本語と英語の翻訳に特化するのが目的だ。
うちのエンジニアがアジアに向かうのにどうしても必要だからね」
「そうか、シンガポール企業だもんね・・」
「親会社って、どんな会社なんですか?」ハンドルを握りながらバックミラー越しにサチと視線を合わせる。・・まだ、言えないよな・・
「コロナが終われば君たちに出掛けてもらう機会も増えると思う。PR画像を増やさないといけないからね。その時にシンガポールにも行ってもらうけど、まぁ、至って普通の会社だよ」
五箇山に到着すると横浜のミニバンが停っている。蛍が一人で乗るには大き過ぎだろうと思っていたら、家からあゆみと彩乃が出てきて、あゆみは鮎に、彩乃は母親の幸乃の元に駆け寄っていった。
「やっぱ、こうなるよね」「仕方ないよ」サチが降りながら言うと玲子が返しながら車外にに出ていった。
「あのやり取りの意味はなんだろう?」樹里に聞いてみる
「動画の影響だと思う。午前中だけでもお店を手伝うつもりで来たんじゃないかな」
「なるほどね・・」と言って助手席のドアを開けてシートベルトを外すと寝ている杏の膝裏に左手を入れて、右手を背に通してを引きながら抱きかかえる。腰に負担が掛かったが、重量は理解してるので何とか腕のポジションを確立する。
「あっ、すいません。起こして構いませんのに・・」前の車に乗っていた母の里子が慌てて娘の頬を叩こうとするので、フェイントで躱してみる。
「えっ?」躱されて手のやり場を無くした里子はキョトンとしている。
「今度はもっと強く叩いていいですよ。お嬢さんはなんとネタフリをしていました」
「うーむ、バレてたか・・」
「二十歳になるっていうのにねぇ・・」左腕から下におろして、杏をゆっくりと立たせる
「二十歳になったら、晴れてあなたの娘ですわよ」と杏が胸を張る。
「だってさ」モリは妹の樹里に振る。
「この4人で家族っていうのが、まだピンと来ないのよね・・」
樹里が母親を押してモリの隣に立たせる。里子さんはどんな顔をしているのか髪で表情が読めない。
杏と樹里が向かいに廻って、モリと里子を眺める。
「ママもっとくっついてみて」
「いや、それより、お姫様抱っこして見てよ先生。日中サミアさんを抱っこしてたでしょ、あれママが羨ましそうな顔して見てたのよね」と杏が言うと、下を向いたまま踵を返して家に入っていった。
「お前ら、お母さんに対してリスペクトとセンシティブな感情、どっちも無さ過ぎだろ?」
「そうじゃないって、ママが3人の中では一番真っ直ぐになってるんだよ」
「まっすぐ?何に?」
「恋する女ってやつだね。ママを宜しくね、パパ」杏が肩をポンポンと二度叩いて家に入ってゆく。
「昨夜は久々の二人っきりで燃えたって言いながら、今はパパ呼ばわり。援交みたいでヘンだよね?」
そうなのだ。
激しく樹里に同意した。
(つづく)
![](https://assets.st-note.com/img/1694363810593-gmqBWiSE1P.jpg?width=1200)