(4) 世界の潮流を変えたのは、誰なのか?
20世紀末に高波を受けて転覆したチリの商船会社のコンテナ船と、パナマ船籍の車載運搬船、先の第2次フォークランド紛争で沈んだアルゼンチン海上保安庁の巡視船の3隻が所々、錆びたままの姿を見せながらも少し離れて2等辺三角形を作るように浮かんでいた。空身のコンテナ船は下部船底に備えた風船で辛うじて浮上しており、片面が浸水したまま傾いているが、巡視船と運搬船は外観はともかく、船としての威厳を放っていた。再度この場で沈船になる前提でオイル類は全て抜かれており、水没したエンジンが稼働するはずもなく停船した状態だが、立派に浮かんでいた。この演習の為に、曳航されてきた3隻の船を敵艦標的と見立てて、フランス、ニュージーランド、オーストラリア、台湾、中南米軍の5軍のパイロットが、空中で待機しながら順番待ちをしている。自分達の出番となると、ここぞとばかりに思い思いの角度から突入し、実弾を放出、命中させてゆく。流石にミサイルを発射されると直ぐに沈んでしまうので、機銃掃射のみで艦を攻撃する練習を重ねていた。各軍にある攻撃訓練用のシミュレーター機を使っても得られない、飛びながら実弾を放つ感覚は、実際に体験しなければ分からない。パイロットからは一様に喜ばれていた。3隻は各機から相当数の弾を受けても、耐え忍んでいるかのように浮かんでいた。その後、中南米軍を除く各艦から艦砲射撃され、最後は潜水艦が放った魚雷によって沈められると、この日の訓練メニューの1つが終わった。 ーー 沈船を引き上げた方法は、ベネズエラ製の海洋探査ロボットによるもので、2もしくは3体で、船の前後左右を巨大なアーム4本で掴んで、ゆっくりと海底から持ち上げると、事前に決めていた光が十分に届く浅瀬まで船を掴んだまま移動して、一旦そこへ置いて船の状態を確認する。バルーンを船内に入れて、浮上できるかどうかの判断をする。浮上は出来ないと判断されると、その場で船体を切断して回収し、運搬船に積み換えて鉄屑として再生鉄鋼会社に売却する。再生鉄に生まれ変わるのだが、これが戦艦・タンカーになると1隻で5億円位にもなる。回収するたびに宝くじに当選したのと同じ状態になる。状態の良い船は海に浮かべると曳航し、軍事演習で求められれば、実弾の的としてを利用し、海水に浸っていた年度が短ければ、船として再生する。艦船のサルベージの他の事業として、メキシコ、グアテマラ沖からスペインまでの航路、ブラジル沖からポルトガルまでの航路、ペルーからスペインまでの航路と、大航海時代の航路を辿ってゆく。大西洋の大海原は時間に余裕が出来た際に取り掛かるとして、カリブ海、南米の沖あいをトレジャーハンターのように探っている。欧州に運ぼうとして天候急変や高波等で運搬に失敗したインカやマヤの財宝を引き揚げて、略奪者のスペイン、ポルトガルを詫びさせると、メキシコ、グァテマラ、ペルー、ボリビア政府から許可を得て、財宝返却するまでの猶予期間で、引き上げたお宝を世界各国の美術館や博物館で展示して興行収入を得る。誰も拾うことの出来ない「海の落とし物」を率先して拾い続けていた。2年前からは太平洋戦争で沈んだ3000隻とも言われる日本の船をサルベージ対象として始めている。鉄屑だけでも単純に3000億円を越える計算となる。米国に沈められた船からは骨はもう残っていないかもしれないが、遺品は見つかるかもしれない。そういった海洋に廃棄されたままの船を回収し、人類の遺産を海から引き揚げて、時にはイタリアや日本、台湾に出向いて、漁業関係者のお手伝いをしながら、本来の目的である、海底地下資源の探査・発掘作業を行い、海底プレート部に観測機器を設置するといった、本業の海洋調査活動「も」行っていた。 既に26体の大型ロボットが、それこそ24時間365日体制で、世界の海のどこかで作業をしていた。他が出来もしない事を先行して行うのが、最も効率の良い商いとなる。海底探査ロボットを持つ独占企業となっていた。社長名はファン・ルイス・タイラーという、ベネズエラ人だと登記されていた。 各国の諜報機関がファン・ルイスなる人物を捜索するのだが、パナマ、コロン市内の自宅からは30代の白人女性と子供達だけが捕捉できている。この企業におけるモリとの関連性は掴めないままでいた。そんなモリの動静を唯一捕捉出来る場がベネズエラ海軍となっていた。3度目となるパシフックリム、今回はタヒチの沖合いで実施されていた。沈船を再利用する演習は、各国の軍隊が実弾を使う場面が殆ど無い状況で、有効な手段だと喜ばれている。 軍艦を用いると日本人の一部からは「英霊を冒涜するものだ」と騒がれるのだが、遺品が見つかればその国の政府へ届けているし、90年前以上ともなれば、御霊を食した魚も世代交代が進んでおり、今更所在の掴みようもない。霊もとっくに霧散しているのだろうが、不幸な沈められ方をした船では、作業に入る前に、ロボットに袈裟を掛けて僧侶として、読経を欠かさないようにしている。 2035年の第二次フォークランド紛争後、イギリスが要請する形で日本とベネズエラとの3国会談が北朝鮮・平壌港で行われた。イギリスは平壌港の統治を日本に要請し、イギリスのアジアからの完全撤退が決まった。日本とイギリスは平壌港をベネズエラ太平洋艦隊の寄港地として使ってほしいと「提案」し、ベネズエラはこの提案を受け入れた。戦に負けたくせに恩着せがましく、会談の主導権を握ったつもりでいるようで、どこまでも履き違え続けている、残念な連中だった。 フォークランド紛争で沈船となった英国艦隊を海底探査ロボットで引揚げ、穴を塞いで曳航し、水でオシャカになった電子機器類を全て刷新し、11隻をベネズエラ海軍 東シナ海艦隊として平壌港を母港と定めた。旧英国海軍艦船は全て有人艦で、ベネズエラ軍の日本軍人・北朝鮮軍人ばかりが東シナ艦隊に配属となった。圧巻は旧原子力空母クイーンエリザベス改め、水素デュアルエンジンに積み替えた旗艦「ボリバル」だ。原子力動力ユニットを外し、水素タービンエンジン2基を搭載した。艦載機は全てロシア機に変わったが、外観は英国空母そのままだ。その旗艦空母を護衛艦、フリゲート艦14隻が支える。これにベネズエラ製原潜2隻を加え、今年2039年から、潜水空母2隻が新たに加わり、北朝鮮に英国海軍を超える空母打撃群が突然現れた。ベネズエラは台湾との間で国交国防協定を締結し、同時に、日本は台湾との防衛協定を憲法遵守目的で破棄した。直ぐに予想通りの反応が「某国」から来る。事実上の日本による台湾への軍事介入だと、中国は猛反発した。日本政府は「台湾とは防衛協定を排除した。不当な言いがかりはやめて頂きたい」と反論した。公式な記録の文言上や、言葉じりでは日本側に説得力があった。これで中国が台湾へ「仕掛けてきた」ならば、逆に国際世論を敵に回すだろう。日本政府はフィリピン、ベトナム、ラオス、タイ、ビルマ、マレーシア、インドネシア、東チモール、パプアニューギニア、ブルネイとの間の防衛協定も破棄し、その穴埋めをベネズエラ軍が全て請け負った。来年2040年には、遂に韓国軍もベネズエラ軍を米軍の代わりに駐留受け入れと決まった。日本の自衛隊は北朝鮮・旧満州とチベットの防衛を担うだけとなる。この段に至ると、中国も流石に黙り込む。ベネズエラが豊富な資金力と軍事力を東アジア人とASEANで使い始めると、自衛隊を上回る装備なので、日本政府がどうこう言えるレベルではなかった。このアジア防衛の担い手の交代に伴い、自衛官のベネズエラ軍への異動が進み、日本の2039年度の防衛予算は、最も高額となった2030年の1/5に縮小した。約1兆円と,昭和末期の頃の水準だ。日本政府は自衛隊の規模を必要最低限のものとすると、その分の費用を、国内のインフラ整備と宇宙開発の予算へと回した。税金を上げず、借金をせずに、国内の古いトンネルや橋や道路等を一斉に刷新していった。柳井政権、阪本政権は、憲法遵守の姿勢を金森政権時よりも、更に強く打ち出した。一方でベネズエラ軍はロシア、アメリカ、カナダ、NATO各軍以外のエリアで防衛を担当することになる。ロシア軍はベネズエラの友軍と世界各国からは認識去れていた。ベネズエラ軍は、核兵器を除けば、軍事的には規模も戦闘力も世界最強となった。同時に、原子力潜水艦や、原子力空母を多数保有しており、何時でも核弾頭は製造できるだろうと見られていた。ベネズエラではウランを採掘している。 もし、米中2カ国の軍事力がベネズエラに勝っていれば、第2次フォークランド紛争で、米国は何らかの関与する姿勢を打ち出したはずだ。モリというパイプが有れば中国も頼ってきたはずだ。しかし、モリは完全に政治とは縁を切り、隠居して子作り・子育てに励んでいるという情報が実しやかに流されていた。日本が防衛費を大削減し、憲法遵守の平和国家を打ち出しているので、日本にはとやかく言えなくなった。米国が少なからず携わった日本国憲法を、掲げられると言いたくても言えなくなる。ベネズエラにモリを据えたのは現職の大統領でもある。まさか、日本の自衛隊から手を切って、ベネズエラ憲法下で軍拡に乗り出すとは夢にも思わない。そもそも、誰もが、日本に北朝鮮、ベネズエラを押し付けて、日本を落とし込める手段と受けとめていた。誰もが日本はもう2度と浮上できないと考えていたのだから。 「防衛協定に則ってイギリス海軍を制圧した」国連が安全保障理事会を急遽開催する前に、イギリス海軍は海の藻屑になり、イギリスはアルゼンチンに土下座した。ベネズエラ軍をお願いだから止めてほしいと。ミサイルと実弾をベネズエラ軍に無数に発射しておいて、この第三者的な仲介を求めてくる。どこまで行っても、いつの時代になっても、ロックとウィスキー以外で一貫したものがないこの国に、鉄槌を更に加える。数日後にはイギリス艦隊を全て引き揚げて、ベネズエラに持っていってしまった。「ミサイル124発、実弾3万発以上、放たれました。その代償として、賠償金代わりに11艦、確かに貰っておきます」国連安保理で櫻田外相が言い放った。それだけの近代兵器をブチまかされても、ベネズエラ軍は無傷だった。戦艦や空母を現代の技術でサルベージすれば、何兆円も使って何年も掛かる作業を、1週間で楽々と終わらせた。そんなベネズエラに、挑む国などなかった。 ベネズエラの軍拡は米中2か国の経済再建にも、大きな効果を齎す。軍事費を大幅に下げざるを得なくなる。現時点でベネズエラ軍に勝てもしない兵器を増やしても意味がないと、米中の国防チームは遂に悟った。ロシアは今の日本政府になってから、国防費を下げ続けた。日本に修理とメンテナンスを依頼して、装備を長く使えるように心掛けるようになっていた。日本に様々な兵器を提供してきた。その分、ロシア経済再建が進み、今ではドイツ、フランスに匹敵する経済国に成長している。そのロシアをいち早い見切りを決断したのも、当時の外相・副外相のセルゲイ首相とアルティシア外相のコンビと言われている。今回の紛争で兵器AIの能力がはっきりし、米中もロシアに倣った格好となった。イギリス艦隊を死亡者ゼロのまま壊滅する能力のある軍隊に勝つには、核を使うしかないのだが、核なら3ヶ国は既に腐るほど持っていた。果たして核を使って勝てるのかと悩むのも、日本は拠点をあちこちに持つようになった。その拠点を一斉に攻撃する能力は3カ国にもない。逆に3カ国がそれぞれ、日本と北朝鮮とベネズエラを一度に攻撃しても、タイとビルマと、イギリスの艦隊を加えて、11となった空母打撃群が世界中の海に居るのだ。フォークランド紛争の圧勝劇で、世界の軍事バランスを大きく変化したのだが、紛争だけが要因ではなかった。 ーーー イタリアの総選挙で生まれた新社会党が、その後、米英の議会でも新社会党が発足し、それぞれ十数議席を確保し、アメリカでは2年おきの選挙で順調に議席を増やしている。 立候補者は全員当選している脅威の党となっている。英国では保守党政権には与さずに、野党労働党陣営の支持に周り、英国議会は野党陣営が多数を占め、与党の法案が尽く廃案になり、野党の政策が浸透し始めている。野党はEU復帰を議会で審議すべきだと主張し始めた。 多数決を取れば負けるのは間違いないのだが、その採決の前の段階で、議論を大いに奨励する英国議会で、完膚なまでに負ける。正論を掲げて、世論を味方に付ける新社会党議員の演説の数々で、与党はものの見事に破壊され続けていた。そんな与党の焦りが生んだのが、第2次フォークランド紛争とも言える。米国議会でも同様だ。圧倒的な支持率を得て当選した新社会党の議員の追求から、逃れることは出来ないでいる。この英米伊3ヶ国での新社会党の勃興は、2037年3月の韓国大統領選挙、総選挙でも大いに影響を及ぼした。社会党の第3党への躍進と、どっちの大統領候補者からも一緒に改革をしようと誘われながら、選挙が始まると同時に、候補者両陣営を罵倒した。罵倒したのが故・金正恩の子供達であり、姪っ子達、今の韓国の国会議員であった。罵倒はさすが親譲りで、下品極まりないのだが、韓国は嘗ての北朝鮮から呪文のように耳に馴染んいたので、懐かしい気持ちの方が先行した。「ああ、血は争えないな」と。言葉は酷くても、話は理路整然としていた。 忽ち、新社会党が議会の中心となってゆく。まず、徴兵制の撤廃とベネズエラ軍の駐留が決まった。アジア各国の防衛施策に迎合するためだ。キム氏達は言った「韓国の有名校よりも平壌、新浦の日本の大学の方がよっぽど学力は上だ。教授陣もいい。韓国の小中学校の名門校に入れなかった子供達は、北朝鮮の寄宿舎学校に入学しなさい。食費も学費も一切掛からないから。韓国の財閥に就職するより、北朝鮮・満州の企業の方が未来がある」「65歳以上の家計の厳しい生活困窮者世帯のお年寄りは、北朝鮮の無償介護施設に入居しよう」と、極めて社会主義的な提案をしてゆく。一向に政策が打ち出せない韓国政府に頼らずとも、隣国同胞の支援を仰ごう、という姿勢を打ち出してゆく。議会決定などせずとも、隣国に行けば、単に享受できる制度の数々を提案してゆく。そう説いているのは、嘗ての対戦国であり、隣国の将軍家の子供達だった。ー ベネズエラ軍の東シナ海艦隊は、現在ではアジア方面艦隊と名称を変えて、太平洋艦隊と共に演習に参加していた。アジア方面艦隊はベネズエラ軍の中でも、人員を必要とする艦が多いので、各国の海軍との意思疎通役を担当していた。太平洋艦隊旗艦の大和の後部艦橋で網を垂らし、時には釣りをしている2人組が各国の海軍から目撃されていた。無人艦である大和を漁船のように使っている光景を見て「あれは一体誰なのか?」と話題になっていた。ベネズエラ海軍司令は「国防省の職員だ。訓練のコスト管理の担当者だ。沈船を引き上げたりしているからね」と、コスト管理者である事実だけを伝えて誤魔化した。 この「コスト管理者」はヘリを自分で操縦して後部艦橋を自在に活用して、食料を持参し、ゴミも持ち帰る。何度も利用しているのでお手の物だ。大和の兄弟艦の長門や陸奥で、家族同伴で南極探査とパタゴニア観光を行い、イースター島を往復するのにも使っているのが、確認されている。大統領か首相か、いずれかが同行したのでこの2つの動静は判明したのだが、今回の演習にも言えるのだが、特に公表されなければ、漁をしている姿を見られなければ、誰にも分からないだろう。艦橋室の下には艦長室と浴室、キッチン、トイレに、フェリーで言う大部屋が設けられているというのも、公開されていないので知られていない。無人艦なのだから、部屋は無いと公言しているので。今現在はこの部屋の鍵は政府関係者が持っており、自分達で自在に利用している。流石にベットメイクや清掃も、炊事洗濯も調理も「無人艦」なので自分達でやらねばならないのだが、「政府関係者達」にはお手の物だった。 パシフックリムが終わると、各国の船が自国へと戻ってゆく。フランス軍はそのままタヒチに留まる。中南米軍の太平洋艦隊とアジア方面艦隊は、アジアの母港・平壌港へ向かう。大和の後部艦橋から飛び立ったヘリは空母加賀に着艦する。加賀までやって来るのに利用した4人乗りの小型ジェット機を甲板下の格納庫から出してもらった。クルー達と握手を交わすと政府関係者2人は小型ジェットに乗り込んで、タヒチの空港へ向かった。 ーーー アルゼンチンのラシンFCと他に3クラブと、コロンビアの4クラブ、ベネズエラの11のクラブチームが南米のシーズンを終えた後のキャンプ目的で、北朝鮮と旧満州の主要都市へ訪れていた。その丁度1週間後、中南米のウィンターリーグを終えた、ドミニカ、キューバ、ベネズエラ、プエルトリコ、キュラソー、バハマ等の野球代表チームが平壌へ到着した。来年から「カリブ・東シナ海リーグ」が開幕するのだが、そのプレリーグが、中南米の野球シーズンが始まる9月まで行われる。日本、韓国、台湾はプロ野球各チームの2軍選手から、代表選手を選抜し、北朝鮮・旧満州連合と中国・香港連合は代表チームを送り込む。中米と東アジアの人々はプレリーグとは言え、興味津々でいた。Angle社の「Sports Angle 」という放送局で、各代表チームの試合が中南米、東アジア向けに全試合が放送される。 サッカーも来年から北朝鮮・旧満州のプロリーグが開幕する。日本海から取って「Nリーグ」と名付けられた。N1の参加チームが夏頃までに絞り込まれてゆく。Nリーグは野球よりも期間が長く、4月から12月の週末に開催される。選手は世界各国の2部や3部の選手にオファーを出して、海外選手を中心としたチーム作りをし、30名の登録選手の中に北朝鮮・旧満州の選手を必ず10名を加えて、5名以上がベンチ入り、2名以上が必ずピッチに居るというユニークな設定でスタートする。レベルの高い試合を実現することで観客動員数と野球とサッカーの競技人口を上げ、北朝鮮・旧満州選手の育成環境を整えていくようにしようと動き出した。
野球とサッカーに限らず、北朝鮮・旧満州で8000万人の人口なので、冬の競技も含めてスポーツ全般が行われるようになってきた。野球、サッカー、バスケ、バレー、ラグビーと韓国リーグのチームへ北朝鮮・旧満州の選手が加わるようになっている。韓国の倍近い人口比率なので、韓国スポーツ界を次第に席巻していた。韓国のスポーツ庁は、当初は同じ朝鮮族だからと、ウェルカム体制で受け入れたのだが、次第にウイグル人、クルド人、インド人、モンゴル人等と様々な人種の選手達が増えていった。全員、北韓統治領の国籍も持っている2重国籍者だ。ー 韓国のスポーツ界で、北朝鮮・旧満州の有名選手が出て来ると、日本の各競技団体がその選手に擦り寄っていき、日本国籍取得を勧めるようになる。日本人になれば、オリンピック等の国際大会に日本人選手として出場できると囁きながら。1億人の人口を近年中に切るかもしれない日本では、スポーツ競技人口の減少が課題だった。政府としてはロボットの活用と浸透により、人口減少への対策が講じられても、スポーツでロボットを使うわけには行かない。各種競技協会には8000万人を超える人口を抱えた北韓統治領は魅力的に見えた。その上、潜在的な可能性は高い。何しろ日本の野球のように図抜けた競技がまだ無いのだから。各協会は平壌に事務所を置いて、競技の普及に乗り出していった。体育館や、競技場は旧体制の時に作られたものもあり、北韓総督府も改修して使えるように整えていた。まずは学校教育からだと、高校・大学の部活動へ、柔道、空手、剣道、ボクシング、テコンドーと、武術系個人競技から進出していった。素質がある選手を見出し、他競技に取られまいと動き出してゆく。その後でチーム競技が後を追う。日本の景気が良いのでそこだけはバブル状態で、スポンサーの寄付金や日本のスポーツ庁からの助成金を投入していった。 北朝鮮に赴任した柳井治郎総督も、前任の阪本総督、現在の日本首相時代からの多額のスポーツ予算計上の恩恵を受けた。平壌、新浦、長春市など旧満州で開催されるKリーグや韓国プロ野球の盛り上がりで、儲かっていた。韓国のチームからも興行収入が得られると喜ばれている。韓国の球場やスタジアムの収容数は2−3万人以下が主要な大きさなのだが、平壌・新浦・長春市、ハルビン市のように5万人以上の収容施設が利用できて、しかも連日満員になる会場で試合できるのは大きかった。韓国内で試合するより収益が高いので、北朝鮮・旧満州でのゲーム日程が韓国チーム同士の戦いであっても組まれて、2039年は6割強が北朝鮮・旧満州での開催試合となっていた。北朝鮮・旧満州の人達もスポーツ観戦を好み、テレビの視聴率も上昇傾向にある。
北韓総督府はこの盛り上がりを次につなげようと、文部科学省とスポーツ庁を中心にプランを練っていった。一つには各地にある球場やスタジアムのスタンドの他都市での建設と既存のスタジアムの増床を計画し、野球とサッカーは韓国のリーグとは別のリーグを立ち上げようと動き出した。ここに、日本のサッカー協会と日本野球連盟が加わり、一時期はややこしい事態になっていた。世界7位の経済規模となった北朝鮮・旧満州に進出、移転しないかと、J1,J2,J3、JFL,各球団、各地方リーグや日本企業に打診をはじめた。
新浦市にクラブハウスを構えて、平壌と新浦のスタジアムをホームとして使っているTCスティーラーズに、日本の各クラブが最初に近寄ってきた。Kリーグでの常勝クラブチームであり、欧州の選手もレンタルで抱えているスティーラーズは、北朝鮮でのキャンプで滞在中の南米のクラブチームとも積極的に練習試合を組んで、選手の引抜きも頻繁にやっていた。スティーラーズの下部組織の選手をレンタルさせて貰い、強いチームを作りたいと画策するクラブや企業が湧いて出て来た。北韓総督府のスポーツ庁や、スポンサーとなる北朝鮮企業を日参して、勝手に話が進み始めていた。TCスティーラーズ、オーナーのモリ・アユムの考えは簡単なものだった。スティーラーズの下部組織に、中米や南米の若い選手をレンタルで集めてチームを作り、日本海リーグでスタートするイメージでいた。話は極めてシンプルだ。 「スティーラーズとしてチームを出すので、あなた方とは組めない。勝手にやってくれ」と突っぱねた。外人比率を、当時の総督府の柳井太朗に提案したのも歩だった。その基本路線で日本海リーグ、Nリーグの準備が進んでいた。柳井太朗は2035年にEU大使に転じても、中米各国の野球協会と折衝し、4−9月の期間で代表チームでリーグ戦を戦ってもらうのはどうでしょうと交渉し続けた。代表チームの練習施設や宿泊先も全て、北韓総督府が負担し、各選手の給料も、総合順位やその日のヒーロー選手のボーナス額も提示すれば、相手も乗ってきた。各国の野球選手の支援にも繋がるし、代表の2軍的なチームであっても中南米を始め、各国企業がスポンサーになりたいと集まってきた。中南米向け、東アジア向けにTV放送しても収益が見込まれる。野球とサッカー放映だけは日本の放送のように回の表裏、前半後半の合間と前後にCMを入れる事になった。
そんな構想を北韓総督府が考えていると聞くと、Jリーグ、Kリーグの金銭的に余裕があるクラブや日韓、台湾の野球球団は飛びついてきた。外人選手から目ぼしい人材を集めるにはいいチャンスだと、各チーム毎に戦略を立て始めた。代表プレリーグの始まる野球では、スカウトチームが集まり始める。そんな中に米国メジャーのスカウトも入り込んできていた。
北朝鮮・旧満州の人々は、野球とサッカーのシーズンがやってきたと喜んでいた。Kリーグと日本海側のJ2、J3チームも加わって、南米チームとのフレンドリーマッチや練習試合があちこちで行われる。ベネズエラチームやKリーグ、J2,J3のチームには、北朝鮮・旧満州の選手も居るので、人々も心待ちにしている。KリーグのTcスティーラーズにしてみれば、南米のチームと試合する方がレベルが高く、チームコンディションを世界標準に維持する、いい環境だった。数年前まではJ1クラブやK1リーグのクラブも多数、加わっていたのだが、明らかにレベルが違いすぎ、補強の為の南米選手の獲得の場に利用するだけになっていた。南米のクラブから相手として弱すぎると苦情を受けた北韓総督府が「日本・韓国へ帰れ」と退出させた経緯もあった。 柳井治郎総督は、日本のプロ野球やJリーグが出来る前は、こんな感じだったのかなと思っていた。総督府の仕事の2割近くが野球とサッカーのプロリーグ設立と、その他スポーツ競技がらみが占めていた。それでも治郎は思わずにやけてしまった。Jリーグやプロ野球のお株を奪ってしまうかもしれないぞと。北朝鮮の夏は気温は北海道並で、熱帯夜なんて蒸し暑い夜は存在しない。毎年のようにキャンプにやってくる南米のクラブが増えているのも、気候と環境の良さが評価され、それが自然と広まっていた。北朝鮮という国ではない曖昧な中立地域に向いているのかもしれない、と。 ーーー アルゼンチン・ラシンFCには33歳と、杜兄弟の最年長選手となった火垂が所属しているが、若手主体のキャンプな為に、本人は参加を見送り、帯同していない。長兄の火垂も、このシーズンを最後と密かに決めていた。それ故か、4月上旬で終わったアルゼンチンリーグでは12得点と、得点王こそ逃したものの、結果を残していた。得点王で引退というのが理想としているストーリーなのだろう。
北朝鮮・新浦でキャンプ中のラシンFCに、スペイン・バレンシアFCの下部リーグの杜 零士と一志の異母兄弟と柳井ハサウェイ、柳井雄大の従兄弟の4人が練習生として加わっていた。偶然だが、柳井雄大の父親は、北韓総督として赴任しており、頻繁に新浦を訪れるようになる。 Angle社の「Sports Angle 」で南米、東アジアに配信されている各チームの試合は、Jリーグ、Kリーグよりも視聴率が高い。南米のシーズンが始まるまでの賞味3ヶ月間の短期メニューだが、毎日のようにどこかのチームが試合をしているので、「Soccer」の項目は、特に、チェックされていた。
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北韓総督府に就任したとして、柳井治郎が北京を訪れ、歓待を受けていた。太朗はモリの実子だが、血の繋がりが治郎とは無くても、モリは先に自分の市の市長に据え、太朗よりも先に議員にし、重要ポストを与え、これまで重用してきた。前書記長はこのモリの行為を絶賛した。「”人に与える”を優先するモリは間違いなく成功するだろう。彼の決めた人事をこれからも注目しよう」と、幹部達に何度も話した。その柳井治郎が、今後のパートナーになる。梁振英外相は、会談が終わったあとで治郎を連れて、街へ飲みに行った。兄の太朗と同じもてなしをしようと決めていた。 治郎に今回確認したかったのは、モリの動静だ。引退してメールアドレスも携帯も、公的なものが無くなった。何とか、個人的にやり取り出来る手段が欲しかった。ロシアの首相も外相も、寂しがっていた。ひょっとしたらアルテイシアは本当は知っているのかもしれないが。中南米で次々と誕生している新興企業の後ろに、モリが居るのだろうと梁振英は見ていた。治郎ならば、知っているに違いない。 「ベネズエラ軍のシステムは実は日本製なのではないですか?」 「そうだったら、良かったのですが・・平壌港に配備されたアジア方面艦隊・・元イギリス艦隊ですね、そこをエンジニアを連れて訪問したのですが、全く違うプログラムでした。 日本のモノを流用したり、改修したものでもないそうです。軍事用だから、尚更なのでしょうが」 やはり、違うのか・・ 「その違いをモリさんはなんと説明したんでしょう。気になりますね」治郎は、梁振英の「振り」に付き合う事にした。 「私も同じように気になったので、AIの責任者のサミア社長に聞いたんです。モリはなんて言ってたの?と」 「ほう・・」 「同じ仕組みにしたら自衛隊のまんまだ。こっちは軍隊なんだぞって、言ったそうです」「なるほど。別物というのは本当らしい・・でも、日本がシステムで負けたと言うのは嘘ですよね」 「隠しても仕方がありません。負けどころか、大敗みたいですよ」そこまで言うか・・では・・「どこが勝てなかったんでしょう。特定の箇所だけですよね?」「いえ。分かりやすいのは海洋探査です。深海は言うまでもありませんが水中は電波が届きません。でも、あの大型ロボットが動くのは、AIそのものをロボットに積んでいるのです。日本がやったら、データセンター1棟分のシステムが必要になるそうです。それが恐らく2から3ラック分のサーバー群だけで動いている。これは、石器時代と戦国時代位の差があります」「ケーブル類で水面で停泊している船と繋がっているのだと思ってました・・」・・実際、ケーブルは利用している筈だが・・ 「船と通信し合うのと、海底の映像を確認する為にケーブルは利用しています。僕もあのケーブルで船のWifiを介してデータセンターのシステムとやり取りしているのだと、思い込んでいました。しかし、作業の大半はケーブルを使わずに映像は録画になり、ロボットの事後報告になるそうです。自立型ロボット、いや人類初のアンドロイドと読んだほうがいいのかもしれませんね」治郎が寂しそうに笑った。 なぜ、そこまで明かしてくれるのか。国益を損ねるのではないか、と思って治郎の顔をチラッと見る。その顔はやつれているようにも見えた。 まさか、情報共有・共犯関係となって、共同調査をしたいとでもいいだすのだろうか・・いや、それはありえない・・・ (つづく)