見出し画像

(12) 策士、 再び。

甲板でのトレーニング、救命ボートの搬出等の作業で、大臣とSP(と思われる)2人は自衛官に劣らない動きを見せて、自衛官達も関心の眼差しを注いでいた。

「息子がセリエAに居るだけの事はあるな」と自衛官が囁いているのを、先任伍長の山本は耳にした。確か一人っ子だったな、と思いながら。

山本は大臣が全力を出して訓練に食らいついているのに、SPの2人はまだ余力があるかのように流しているのに気がついていた。陸自のSWATチームか、特殊部隊なのでは?と視野の端で確認していた。
ただ、メガネを掛けた一人は異父兄の官房長官に顔が良く似ているな、と思っていた。丸刈りで眉毛も無いので、全くの別人なのだろうが・・。

お試し気分だった自衛官たちも、「大臣に負けない」「大臣に良いところを見せよう」と思ったのか、真剣に訓練に取り組んでいる。いい傾向だと山本は捉えていた。

昼食を食べ終わったところで山本が呼び出され、大臣の護衛が交代すると聞く。直に交代要員を乗せたヘリが飛んでくるという。前を通りがかった通信室の扉が開いて、交代するらしい、眉なしメガネ坊主頭が出てきた。通信員が並んで敬礼して見送っているので「?」と首を傾けたら、男は会釈して歩き去っていった。

「お前ら、そこで何やってんだ?」陸自の自衛官に最敬礼はないだろう?しかもいつまでも態勢を崩さないでと山本は思った。

「先任伍長、あの方は大統領です。台北で爆破事件が起こったので、離艦されるのです」と耳元で囁いた。「はぁあ?」と大声を上げながら、山本は踵を返すとダッシュして、坊主頭の男を追った。「先任!艦内を走らんで下さい!」と走り去る背中に、通信員の罵声を受けながら。

食堂のテレビニュースで、事件がトップニュースになっているのは、山本も見ていた。
中南米軍のSP2人が死亡して、ベネズエラの新任大使が連れ去られた。怪我をしているのは拉致時の映像で確認されているが、バリケードや検問は全てスルーして車両逃走中だという。

後部甲板に上がると、大統領を囲んで武蔵艦長と防衛大臣ともう一人が話をしていた。

「山本先任伍長、持ち場に戻ってくれないか?」

「あの、事件が起きたのは台湾ですから、犯行グループが逃亡するには2択です。空なら私の出る幕ではありませんが、海ならば何かしらお役に立てるのではと思いまして」
「しかし、自衛官に同行いただくわけには・・」そう言う彼は、大統領の護衛、中南米軍の軍人なのだろうと山本は察していた。

「同盟国ではありませんか。何も遠慮する必要はありません!白井艦長、武装許可をお願い致します!」

「山本くん、海軍の特殊部隊も台湾に急行してるんだぞ・・」

「どちらの到着が早いのかまでは分かりません!逃走ルートによっては、我々の方が早いかもしれません。今は、駒は少しでも多い方が良いと自分は考えます!」山本は胸を張った。

白井艦長のタブレットから、艦橋に居る艦長チームの一人、掛下が発言する。

「大統領閣下、山本のチームを連れて行って頂けませんでしょうか。彼はテロリスト対策のスペシャリストなのです。あの信濃の先任伍長ですので自信を持って推挙いたしま・・」
「待ちたまえ、掛下艦長・・」白井艦長が掛下の発言に重ねると、護衛役が白井艦長を手で制しながら、大統領と頷きあってから山本に向き合った。
フル空母の先任伍長ならば・・と通常は前向きになるだろう。無人機を搭載したフル空母が敵の手中に獲られようものなら、国の1つや2つ、瞬時に藻屑になりかねない。オレはそんな空母の守護神だ!と山本が再度胸を張る。

防衛大臣が左右の2人の大男の肩を叩いて、微笑んだ。
「分かりました。ヘリに乗れるのは3名です。お手数ですが人選をお願い致します」と言って護衛役が頭を下げた。中南米軍のお偉いさんなのかなと山本は思った。

「了解しましたぁっ!」山本は踵を返すと艦内に戻っていった。

ーーー

大使は人質だ・・。逃走を終えるまでは取引材料として生かしておく必要がある。

この揺れる車中で、大使を犯そうとし始めた部下が、大使が隠していた薬物を浴びて使い物にならなくなったので、止む無く、殺した。
人質は暴れると面倒なので、腹を殴って気絶させて身包み剥がせて穴という穴を、身体検査中だ。

モデルだっただけの事はある、助手席から眺めてもいい女だ。時間さえ有れば、ご相伴に預かりたいもんだと思う。ただ、島からの脱出が今は最優先だ。「身体検査が終わり次第、猿ぐつわしてシーツで包んでおけ。ヤリ捲くるのは安全地帯まで逃げ切ってからだ、今は周囲の監視に集中しろ」と死んだ部下を指差して、こうはなりたくないだろう?と2人を頷かせる。

頭上にはヘリが飛んでいる。手出し出来ずにこちらの出方を伺っている。さほど速度を上げずに、進路を変えて、追尾する車両を困らせるだけに留める。最新のナビは逃走ルートまで弾いてくれる。土地勘の無いドライバーでも袋小路に追い込まれる事はない。

島内なので、台湾の軍と警察の管轄内で今の所はラクだ。外国の大使が居るのに強行措置には出ない。問題は島を出てからだ。中南米軍がどう出て来るかだ・・。

「ボス、女の目が覚めました。写真撮ります。
何時でも送れますぜ」そう言いながら女の胸を弄っているが、そのぐらいならいいだろう・・。

「よし、台湾政府に送っとけ」

「了解! さぁ、大使さんよぉ、撮影会だあ。とりあえず、上半身だけにしといてやっからなぁ」

右手で乳房を揉まれながらも、パメラは男をキッと睨みつける。反抗の姿勢を目ヂカラに込める。男の左手がスマホをパメラに向けてシャッターを押す。彼以外の男に初めて触られちゃったなと、送られる写真を想像して、一瞬 気落ちした。
ダメよ、諦めちゃ。犯人が3人生存で、拳銃二丁所持と言うのを、どうやって知らせれば良いだろう?とひたすら考える。

殺された2人の仇は必ず取るんだ、と何度も復唱する。
両親を殺した犯人を追い詰めて、報復したあの時を思い出せ・・。
パメラは嘗ての経験で、憎しみと闘志が生存意欲を掻き立てる事を知っている。
「チャンスは必ずある。ひたすら機を狙うだけ」と、ひたすらに憎悪を掻き立てる。

「まったく、いいパイオツだぜ。後でタップリと味あわせて貰うからよ」
男はそう英語で言って、白い布を掛けた。再び視界は妨げられたが、男の手が股間に当てられ、指が動き始める。前席からは死角になって気付かない。

指の動きはヘタクソだが、彼が弄っていると思い込む事にする。あれ?微かにヘリの音が聴こえる。手出しを躊躇しながらも、この車は追尾はしている、ということだろう。
「そう、私は一人じゃない !」と後ろ手に縛られた手を強く握って、あの人と子供達を想い、一粒の涙が頬を蔦った。

ーーー

逃走車両を追っている映像が映し出された警察本部に、台湾総督一行が入って来ると、台北市の警視長官が走り寄って、説明しながら頭を下げる。

「我々の失敗なのは、もう分かってます!経緯はもうどうでもいいのよ。どうやって人質を救出して、犯人を捕まえるのか、手段なり、対策案を説明しなさい!」
総督がフロア全体に響くように大声を上げる。騒々しい空間が静まり返った。

「モリ大統領が直に到着されます。私達、台湾が解決するスタンスを提示してください。武器を奪われ、SPの2人を見殺しにしたんですよ。中南米軍に解決を求める立場には無いって事を理解して下さいね、皆さん!」

「これは参ったな」と警視長官は首を覚悟した。

誤算は、大使を警備していたドローンを台湾警察が独断で移動させてしまった事で起きた。

スタンガンを持っていた3人組が交番を襲撃して、警官の銃を奪い取ると、警官二人を殺害して交番ごと爆破した。この爆破を上空から見ようと、事件現場近くに居た大使用のドローンを交番方面に、移動させてしまう。

中南米軍が「契約違反だ。至急ドローンを大使の上空に戻せ!」と台湾警察に抗議した時には、大使たちは既に狙われていた。プラスチック爆弾と思われる爆発が起こり、3人は爆風に巻き込まれてしまった。次なる爆破を検知してドローンが慌てて戻った時には爆風を生き延びたSPの一人は頭を撃ち抜かれて死亡し、大使はミニバンに押し込まれて走り出した後だった。

ドローンが大使一行を検知し続けていれば、SPも被弾せず、犯行グループを殺傷していた可能性が高い。銃を奪われた過失と交番爆破を、中南米軍のドローンで至急確認しようとした台湾警察の過失だった。

中南米軍は逃走車両を衛星で追いながら、車両の行先で待機している船舶や航空機の捜索を始めていた。フィリピン・ルソン島スービック基地と尖閣諸島の潜水空母が台湾沖に先行して急行し、ルソン島のクラーク基地と北朝鮮・新浦基地からは哨戒機と戦闘機がスクランブル発進していた。

台湾沖を航行中の民間船、漁船は全て監視下に置かれ、船舶所有者と所有会社、全ての把握が始まっていた。台湾側とバッティングしようがお構いなしだった。軍人2人が殺されて、ベネズエラ大使が拉致されているのだから。

「犯行グループから連絡が来ました!画像とメッセージを投影します!」

台湾警察の大型モニターに猿ぐつわされて胸を揉まれているパメラの上半身が映し出されると、総督が絶叫した。
「消しなさい!あなた一体何やってるの!」と言ってから、早足で投影した職員の席に移動して頬を叩いた。 

その模様をヘリの中で見て、怒りに震えながらも、パメラの睨んだ目が垣間見えたので、幾らかホッとする。取り合えず、生存の確認は出来たと前向きに捉えて、深呼吸する。

中南米軍とAIは、犯行グループの逃走パターンを幾つも想定し始めていた。

同時に隠密行動と強襲計画をプランニングしてゆく。犯行グループが前進する度に逃走ルートが絞り込まれてゆく。船舶を使うパターンが多くなるのは、台湾に駐留している「中南米軍は陸軍だけ」と知っているからだろう。既に部隊全員が逃走車両を囲んでいるので、何時でも襲撃できるのだが、相手の人数と人種、所有する武器の一切が分かっていない。

「閣下、逃走車両のハッキング手法が分かりました。瞬時にエンジンを停止させる。もしくはブレーキを無力化して、アクセルハックして、そのまま海に飛び込ませる事も可能です」

護衛が大統領に伝える。

「犯人を一度車外に晒すのもいいかもしれんな・・代替車両を用意するように至急交渉してくれ。台湾側には特定の場所で車両故障を発生させる、我々に交渉権を全て渡せと伝えてくれ」

「了解です」男が大きな手でPCの操作を始める。中南米軍はそんな事が出来るのか、と山本先任伍長は驚いた。連れてきた隊員2人もあからさまに驚いた顔をしている。

「それと、ヘリの行く先を我軍の駐屯地に変えてくれ。そちらで指揮を執る。台湾政府にはその旨伝えて欲しい」

「分かりました!」

これで台湾は蚊帳の外になってしまったなと、海自の3人は思った。

ーーー

「どうした!何が起こった!」助手席のリーダーが異常を察した。
エンジンが突然止まった。ギアは勝手にニュートラルにシフトしており、車両は惰性で動いている。路肩に寄せて車を停止させると、運転役が何度もスターターボタンを押してみるのだが、エンジンが掛からない。頭上に居たヘリの音がしない。リーダー役が周囲を見るが、何も飛んでいない。給油にでもいったのならラッキーだ。

「おい、ボンネットを開けてエンジンを見てこい !」想定していない事態なのか、パメラの体をいじり続けていた手が止まり、車外に男が出て行った「エンジンが止まって、ヘリの音がしない? 
衛星でも追ってるはずだから、意図的なもの?」パメラは考える。そこで前科学技術省副大臣は思い至った。「まさか、ハッキングした?」と。

「仕方ない。ヘリを用意させろ。パイロットは要らん。ここに着陸できないのなら、代わりの車を持って来いと伝えるんだ!」

ヘリの音はやはり聞こえない。代わりに高度をドローンが飛んでいるのかもしれないが。「監視の目」が無い方が、犯人も慌てない。偶発的な事態として認識されたのかもしれない。車両から降りれば、犯人の人数と人物特定が出来るかもしれない。ひょっとすると、この場所で強襲するのかもしれない・・ならば、やはり今は動かない方がいいだろう・・パメラは冷静さ を取り戻しつつあった。

ーーーー

「犯人は3名。銃を持っているのは2人、車両内の生物反応は1人で大使と推定。犯人のひとりは既に先行しているのか、車内には不在」と車両を監視している陸軍チームから報告が入る。

「よし、ハッキングはこれで終了。開放してくれ。エンジンを再度試さない場合を想定して、車両提供チームは待機。隠しカメラとマイクのセッティングはどうだい?」

「完了しています。何時でも行けます。
車両提供チームがエンジンの再起動をするパターンも考えられますが、どうしましょうか?」

「どうせ、離れた場所に止めさせて、車両の受取のコンタクトする犯人は一人になるだろうから、こちらで敢えて再起動する必要はないよ」

「なるほど、そうですね・・」

「不審な船舶と航空機の情報を纏めておいてくれ、さぁ、諸君ブリーフィングルームまで一斉に走るぞ、私に付いてきてくれたまえ!」

ヘリが駐屯地にゆっくりと降りてゆく。大統領が軍の最高指揮官だと言う噂は、本当だった。
「武蔵に乗り込んできた理由が分かったよ。大統領は現場主義なのね・・」
山本先任伍長は納得した。

ーーー

「中南米軍が基隆港の第二第三埠頭の船舶の接収を始めました。個別に確認していたのでしょうか、所属のはっきりしない船を一斉に捜索しています!」

蚊帳の外となった台湾警察が、中南米軍の治外法権活動を見学していた。逃亡車両をハッキング出来る中南米軍にも驚いたが、代替車両に隠しカメラとマイクを潜ませてしまう迅速さ。そして、手当たり次第に逃亡先の選択肢を潰してゆく、手際の良さに驚かされる。

AIの違いなのだろうか・・
「ねぇ、次はどうすると思う?」総督は周囲に先の展開を尋ねて、今では半ば楽しんでいるように見える。人が死んでいる事件なのだが・・。

車両を乗り換えた犯人たちがモニターに映し出されている。今度は赤外線カメラだろうか、国籍までは分からないが南洋系で浅黒い肌をしているようだ。時々前を覗くパメラの肌との対比でよく分かる。車両乗り換え時の大使は白い布を体に纏い素足で右足に傷跡が確認された。足を庇うような歩き方をしていた。犯人たちは長袖長ズボンでフードを被っていたのでよく分からなかった。ただ大した武器は持っていない。少なくとも爆発物は所持していないと分かって、一同安堵した。

そして彼らが向かっている先は基隆港であるのは、もはや間違いなかった。

中南米軍の駐屯地から3機のヘリが飛び上がり、基隆港方面へ向かった。

車両が第三埠頭の入り口を越えると、大きく迂回していたヘリ3機が第三埠頭の先へ急行し、その海域にウエットスーツを纏った男達がドボン ドボンとヘリから飛び降りていった。

「まさか、車ごと水没させるつもりなのか!」
台湾軍の大佐が立ち上がった。そうか、有り得る!と誰もが思った。

埠頭の先端に近づくにつれ、車両が速度を落としてゆっくり走り始める。

周囲を警戒しているのか、誰かと落ち合うのか、何かを捜すような動きだった。

暫く走って埠頭の先端部に来ると、幾つかの船舶が泊まっているのだが、全船、中南米軍が乗り込んで制圧しているので、仲間であっても船外には出てゆけない。

先程から埠頭一帯では複数台のドローンが低空飛行してジャミングによる電波障害が起きており、通話不可区域となっている。

クルマの中の犯人達は慌てふためいていた。リーダーらしき人物がマレー語なのかスールー語なのかで「落ち着け」と繰り返しているが、本人が動揺しているのは明らかだった。

そこでエンジンの回転数が急に上がった。

ギアはローで固定され、ブレーキは制御不能。ハンドルも固定されて、もう動かない。

ドアはロックされて車から飛び降る事も出来ない。ギアがシフトして3速になった時に、クルマはダイブしていた。コントロール不能となった車内では叫び声で満ちていた。

パメラも型の良い胸を露わにして、犯人達と一緒になって叫んでいた。銃声が響いたら慌ててシーツを纏った。

「何があったんだろう?」と映像を見ている誰もが、息を呑んだ。

ーーー

「どの船だ?」「どうして電話がつながらないんだ?」と犯人達が言っている?とパメラは思いながら、シーツをそっと捲ると、窓の外は倉庫が立ち並んでいた。

アジトに着いたのかな?とも思ったが、現在地を把握されているのは知っている筈だ。犯人達が立ち止まるハズがない。スールー語とポルトガル語のイントネーションに、似通った箇所があると感じたのかもしれない。マラッカ王国、アチェ王国はポルトガルに占領され、統治された歴史がある。
犯人達の焦りを感じながらも、周囲は今まで以上に静かなので、最終局面かもしれないと思い、少しでも鋭気を養おうと思い、シーツで顔を隠した。
直ぐに異変は起こった。

ブオーンとエンジン音が車内に響くと、犯人たちはパニックに陥った。恐る恐る座席とヘッドレストの隙間から前方を覗く。

ある者は銃のグリップでガラスを割ろうと叩き、ある者は後部座席からハンドルを握って運転手に力を貸そうとしていた。誰も後ろを振り返らないのでパメラは起き上がる。

そこで思わず声を上げて叫んでしまった。

助手席に居るリーダー役の男がフロントガラスを銃で撃った。ガラスにヒビが入って真っ白になり、前方が見えなくなった。
前が海だったので覚悟は決まっていたが、フロントガラスが割れて砕け散ったらヤバイと察して、パメラは慌ててシーツを被った。後にバックミラーの内蔵カメラの映像に映っていたのだが、リーダーが銃艇でガラスを叩くと、粉々になったガラス片が降り注いで、リーダーは血だらけになって絶叫した。自業自得。
それでも男は切り傷から血を流しながらも逃げ出そうと車外に身を乗り出した。しかし、既に車体は埠頭先端部からダイブしていた。

埠頭のコンクリートの繋ぎ目をタイヤが踏むたびに「トン、トン」と定期的なロードノイズが無くなり、浮遊感を体感したパメラは「海水が一気に入り込んでくる!」と思い、深呼吸を繰り返して着水に備えた。
割れたガラスが水圧で室内に飛び散る様を想定をして、「脱出は暫くしてから!ヤツラの後にしよう」と決断する。
事故直後の道路を走ってパンクした事があるので、割れたフロントガラスの脅威は身に沁みて知っていた。貧乏人には4本分のタイヤの交換費用は身に沁みた。

しかし、それも杞憂だった。

着水前にドアのロックが解除されていたのか、浸水が始まるやいなや、4枚のドアが一斉に開いた。ウエットスーツを着た人達が犯人を棒で突いて無力化すると、器用に縛り上げているのが、汚れた海水の中でも朧気に見えた。

突然、腰を掴まれてぐいっと引き寄せられた。

「あ、あの人に似ているな」と海の中なのにベッドに居る感覚思い出したら、ボンベを口に突っ込まれ、次に目にシートを貼られた。

簡易水中メガネだろうか、視力が一気に快復する。自身の水中メガネを外してウィンクしたのは、大統領だった。ワッと声を上げて泣こうとしたら、海水を飲み込んだので、慌ててボンベを咥え直す。

カレの眉毛が無い?なんでだろう?と思いながら、水面に浮上したら、本当に眉毛が無かった。それでもワンワン泣きわめいて、しがみついていたら、

「ジャーン!」と彼が言いながら、顔を被っている鼠色のマスクを捲った。

ほぼスキンヘッドなので、一瞬驚いてから「えー、なんでぇ?」と日本語で言ってから、それでも愛おしくてキスを求めた。

「あー、あのさ。ちょっとだけ、潜ろっか?」とスペイン語で言われて、水の中に引き込まれて再び荒々しく抱きしめられる。

左手で臀部を揉まれ、右手で腰をグイッと引き付けて、私の胸の膨らみを味わっている。

いつもの様にゆっくりと濡れてゆくのが分かる。明らかに海水とは異なる分泌物だ・・。

「ごめんね、ジョアン、エミル・・
私、まだ死ねないみたい・・」と懺悔して、海水と同じ塩分濃度を目から流しながら、パメラは積極的に舌をからめていった。

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?