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(6)新たなフィールドに挑む人々。(2024.2改)

この日のニュースは大学センター試験のニュースと、富山空港を主な拠点とする新航空会社が、コロナ禍から営業再開出来ずにいる航空会社に先駆けて事業を開始したというニュースだった。
ウラジオストックと、バンコクを経由してシンガポールから到着した2便のB747から観光客822名が、空港で富山市の商工会議所と観光協会から歓待を受けている映像が報じられた。

サザンクロス航空のB747は薄グレー色をベースに、所々で青が用いられる塗装が施され、プルシアンブルー社の経営する店舗を彷彿させた。乗客がSNSで投稿した評価も航空会社にとっては好ましいものばかりだった。機体は古いが、機内はどの国のフラッグキャリアにも劣らない、華やかでありながらシックな落ち着いたトーンで纏められ、最新の座席はゆったりと配置され、座席モニターでは映像とゲームそして音楽はAsia Visonのメニューをそのまま使い、エコノミー席であってもビジネスクラス並みの食事と酒が提供され、それでも価格はLCCなどの低価格路線よりも若干高い程度とされている。

サザンクロス航空は2月から、成田発往復の4路線、ハノイ経由ホーチミン路線と、バンコク経由プーケット島路線、クアラルンプール経由ランカウイ島路線、ジャカルタ経由バリ島路線と、富山空港発の鹿児島、岡山、成田、青森間の国内線も就航する。国内線はプロペラ機で58席と限られた座席数だが、国内最安路線を目指すというのでそちらも話題となっていた。
富山の人々は成田でサザンクロスの国際線に乗り換えてリゾートに行けるが、富山ー成田間の費用は、東南アジアリゾート便を予約すれば500円で搭乗できてしまう。鹿児島、青森、岡山から富山を経由して成田に向かうと、プラス500円の1000円で成田まで搭乗出来る。
遠回りであっても国際線が殆ど飛んでいないので、北陸周辺県、南九州、北東北、中国地方の人々は富山経由で東南アジアのリゾート地を目指すようになる。

子会社のサザンクロス旅行社が主催元となる東南アジアリゾート地のパッケージツアーも魅力的で、開業したばかりの4つ星ホテル「ロイヤルパシフィックホテル」コロナ明け価格とサザンクロス航空の航空券がタイアップキャンペーンとするツアーが3月末まで完売状態となっていた。
国内大手の旅行会社と航空会社は指を咥えてみているしかなかった。コロナ明け宣言を出した富山にしか出来ない芸当だと理解はしながらも、提示された破格な内容の数々に、到底追随出来るとは思えなかった。
対策会議の結果、「サザンクロス旅行社のパッケージツアーと、サザンクロス航空の航空券を販売しよう」という話に落ち着くしかなかった。誰も現地の状況が分からないからだ。

一方、サザンクロス旅行社にとってはロイヤルパシフィックホテルは関連会社でもあるので、現地のホテルスタッフから、的確な情報を得る事ができる。
東南アジアのリゾート地が乾季本番を迎えてベストシーズンとなるタイミングに合わせるように、どこの旅行社でも「サザンクロス」の名前が取り上げられるようになる。

中国人の情報ネットワーク網も凄かった。国際列車でウラジオストックに移動して、サザンクロス航空に乗れば東南アジアに行けると知る。
2月から中国は春節だ。プルシアンブルー社がサザンクロス航空のリゾート便を2月から就航としたのには、春節を見込んだ思惑が有ったのだ。

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平泉里子はPB Mart社長とサザンクロス航空の会長職を兼務することになった。
PB Martの社長職は3月末までとなる。事実上、里子の母の理美と、シンガポール、バンコク、クアラルンプール、ジャカルタ、バンダルスリブガワンの店舗を統括する、部下の志木佑香の2人に移行しつつある。

富山県庁で金森知事との共同会見を終えて、空港へ向かう。
そして、プルシアンブルー社・総務担当の山下智恵副社長と、バンコク経由シンガポール行きの便に搭乗する。副社長の山下智恵はビジネスクラスのシートに座ったが、平泉里子とバンコク支店・シンガポール本社に転属する社員達はエコノミー席の最後部に座り、元同僚のCA達の振る舞いに最後尾から視線を注いでいた。

バンコクでの採用絡みでの出張とは言え、自社フライトのチェックは会社幹部として当然で、日本のフラッグキャリアでCAの育成担当だった里子にとっては習慣のように染み付いたものだった。 部下のCAには敬遠される嫌な役まわりだと思いながらも、任されたからには新会社を成功に導く覚悟をしていた。中古とはいえ、内容的には最新鋭機と言っても過言ではない機体をエンジニア達が用意してくれた。
残りは移動中の空間の環境作り、サービス提供側である我々の出番だ。CA歴18年の自分に課せられたミッションだと自負していた。

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機体が離陸し、緩やかに旋回を始めると、富山新港と北アルプスの峰々を眼下に見下ろす。
山下智恵には驚きの光景だった。
外資企業の人事部門に属していたので北米の国際空港はほぼ利用してきたが、輝く海と光る雪山の連なりというツートップの眺望は初めて見た。智恵は子供の様に窓から外を眺めていた。
敢えて言うならカナダのバンクーバー、アラスカのアンカレッジだろうか、ただ両空港も富山のように、山と海がここまで近い配置と距離感では無い。

コロナの為に空港を使わず、北陸新幹線ばかりだったので智恵は知らずにいた。
社長のサミアが「富山空港にランディングするなら、日中の時間帯に到着する便を選ぶべき」と言っていたのと、海外からの到着便は全て明るい時間帯にするように厳命したサミア拘りの理由が良く分かった。この眺望を見ただけで観光客の富山の第一印象は最良なものになると確信した。
「サミアが遣りたがる訳だ・・」
智恵は思わず涙ぐむ。

「富山空港をベースにする航空会社を作る。ビジネス客が利用するだけの産業を起こし、観光産業を活性化するために、街並みを整備する。実現する為のポテンシャルが富山には十分にある!」
起業して早々に数十人の従業員を前にして、事業計画を説明していたあの日から、まだ半年で航空会社を持ち、小型機とはいえ製造会社設立を実現してしまった。

米国のOppenAI社がサービス利用者との柔軟な受け答えを実現しようとチャット型の生成AI「ChattGPT」なるサービスを開発中で、2023年リリースを計画していると言う。
サミア達は生成AIを包括してしまう大規模言語モデルAI(LLM AI)の開発を既に成功させていた。智恵がプルシアンブルー社に転職を決めた理由の一つでもある。大規模言語モデルAI(LLM AI)は生成AIの上位モデルにあたり、高度な推論タスクを実行するAIとなる。

一般的なコンピュータと比べて、より曖昧な指示を解釈して実行できるのがLLM AIの最大の特徴だ。唯一のデメリットとして、システム可動時に生成AI以上の大量の電力を必要とする。
AIの可動時だけでなく、大量のデータをAIが読み込んで学習し、言語モデルを制作する段階に於いても膨大な電力を消費する。

サミアは、モリのアイディアである海上ソーラーパネルによる発電とアンモニア火力発電を実現しうる環境として、富山湾と膨大な水資源が最適と判断した。電力会社に頼らずに電力を使いまくる・・そのインフラ整備の為には富山県の首長に理解ある人物を擁立する必要があった。
サミアが富山湾をベースに研究していた海洋生物学者に近寄って行ったら、モリの義母だったと言うのは今となっては笑い話だ。
モリと金森知事とサミアのトライアングルが成立したあの日、成功は半ば達成したようなものだったが、3人は課題の電力問題に奔走する。

LLM AIを可動させる為のスーパーコンピューター開発と製造、スパコン開発用とAI可動用の為のCPUとGPU等の半導体開発・製造のためにも大量の電力が必要となる。実際、プルシアンブルー社以上に電力を使っているのは米軍か、スイスで素粒子の研究をしているCERN(欧州原子核研究機構)くらいではないだろうか?

大容量の電力が必要だからこそ、人口が少なく、消費電力量の少ない富山でスモールスタートから始めて、段階的なクラスアップを構想した。
首都圏、関西のメガシティで創業するなど愚の骨頂と言える。ト〇タが大きくなれたのは豊田市がベースだったからで、名古屋で創業していたなら、あそこまで成長しなかっただろう。
尤も、ITの無かった時代では消費電力量という発想は無かっただろうが。

「Mother」というLLM AIを完成させたサミアは、ヒトとの対話を可能とするAI「Eileen」を派生させた。カーナビに搭載してアジア中の道路を走行してEileenが進化し始めると、「道路」と「都市」を知ったAIをドローンに搭載して、バードビュー、空から都市と道路を俯瞰して学習を重ねていった。ヒトの何万倍も学習能力のあるAIが俯瞰とともに「飛行」を覚えるまでの時間は短いものだった。
Eileenが移動手段に特化したAIとして進化を遂げて、派生型の家電用AI「Anna」が家庭用電化製品に組み込まれて行った。

そしてサザンクロス航空のデビューだ。アジアの国家間の飛翔を繰り返してEileenは更なる学習を重ね始める・・

「生成AIなんてまどろっこしいもんはパス、そんなのは他社に任せておけばいい。インフラとプロダクツをAIが担うようにする方が先決。その領域を取ったAIだけが生き残る。OSだけのマイク〇ソフトなんて目じゃないわ」
サミアから勧誘されたあの日のコメントを智恵は思い出す。そして確実に現実のものになりつつある事態に震撼しているのも事実だ。

基幹AIとも言える現在の「Mother」は、サミアクラスのS級エンジニア約150人の能力があり、富山とブルネイに「2人」存在しているに等しい。
現在、青森、奥日光、岡山・蒜山高原、鹿児島・志布志湾にデータセンター建設中で2人から春には「6人」となる。
三浦半島、岐阜、タイ東部、ベトナム南部で倍の能力のS級エンジニア300人分のAIを年内中に建設し、アジアに於ける絶対的なポジションを確立する。

「サミアが300人も居て、まだまだ増殖するだなんてどんなホラー映画よ・・」
座席のモニターでは大量のゾンビが現れて、智恵が射撃していた。AIが開発したゾンビ物のゲームソフトに智恵はハマっていた。バンコクに到着するまで6時間もある。一気にクリアーしてやろうと意気込んでいた。

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エコノミー席の食事は寿司と能登牛のステーキの2択だった。

寿司はPB Martで販売しているものと同じなので、里子はステーキを頼んだ。この日のエコノミー客220名中64%がステーキを選んだそうだ。AI予測65%はほぼ的中したと言っていい。乗客の国籍、性別、年齢をデータ分析して確度を高め、季節ごと、路線ごとにメニューを変えてゆく。

高岡市にPB Air社とPB Martで共同出資してケータリング製造工場を建設し、機内食と富山県内のスーパー向けの惣菜作りを始めた。「beef or chiken?」の ”機内食あるある” ではなく、富山発の便は「富山湾の魚と北陸産の食肉」の2択にして、楽しんで頂く。

提供する肉もおかしなステーキソースで煮込んで肉の素材を誤魔化すのではなく、旅館の料理のように焼き立て・・・火力では無くギャレー内の電磁調理プレートで焼いたものを出すので、肉を焼く匂いが仄か機内に漂う。この調理時の匂いが人々の食欲を掻き立てる。料理の評価を左右すると言っても過言ではない、と調理師の翔子と菓子職人の志乃と3人で決めた。
最高の食材を活かす料理には「匂い」は極めて重要だった。

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ビジネスクラスは富山湾の季節の刺盛りと富山のます寿司と能登牛ステーキが出た。  
山下智恵は、金沢の酒を何度もお替りしながら、料理を愉しんでいた。

機内からは喜びの声しか聞こえてこない。
ファーストクラスとビジネスクラスはベテランのCAが対応しているが、エコノミー席はCAと配膳ロボットのペアで料理と飲み物の提供をしている。飲み物を配膳ロボットが用意して、CAが配ってゆく。
この日の配膳ロボットの音声は、英語、ロシア語、中国語、日本語をそれぞれの国の有名女優さんの声で対応する。CAはニコニコ笑顔を浮かべながら配膳係に徹していればいい。

機内表示は機体がAIによるオートフライト状態にあり、正副の機長2人も食事中と表示されていた。オートフライトと言うより、「アイリーンが操縦中」と表記した方が良いのでは?と智恵は思っていた。
この日の機長、副機長は千歳基地で政府専用機を操縦していた2人で、自衛隊機で培った操舵技術に感動し、アユタヤで時間を共にしたモリが常務待遇で2人を引き抜いた。パイロット採用と教育を担当して貰っている。
「離発着ではAIにまだ負けない」と豪語するだけの事はあって、見事なテイクオフだった。そのうちにAIがマスターしてしまうのだろうが。

デザートに志乃が監修したモンブランとモリの好きなベトナム産のアラビカ種コーヒーが出た。「この絶妙なバランスは何なの?」
智恵は2人のチョイスを羨むような気持ちになった。喫茶店でこのセットを出されたら、ノックアウトされる客はどの位のパーセンテージになるだろう?と智恵は思っていた。

ーーー

大学センター試験から名前が代わり、初めての”大学入学共通テスト”の2日間が終わった。
燃え尽きたような達成感を胸に秘めつつ、試験会場の横浜国大から徒歩30分の自宅へ火垂が帰ってきた。

去年まで母親役を演じ続けてきた、異父姉にあたる蛍が、家の前を掃き掃除している。
さり気なく火垂を出迎えた風を装っているが、試験場の国大からの距離から、帰宅時間を計算して外に出ていたのだろう。

「おかえり!どうだった?・・お、この顔はやりきった感じだね」

「ただいま。まぁまぁって所かな。悪いんだけどちょっと寝たいんだ。夕飯前に起こしてくれる?」

「了解した!その前に冷蔵庫にケーキが入ってるよ。それと眠りが浅くなるかもだけど、コーヒーもお父さんのポットに入ってる」

敬礼しながら語る蛍を見て、何時もと変わらない対応を取ってくれるので、後ろ姿に頭を軽く下げてから玄関に入ると、大きなダンボールが幾つも積み上げてある。そのダンボールを見て火垂は驚いた。

「ベビーベット? お?ベビー服? ええっ?」大方、東南アジアでたっぷりと愉しんで来たのだろうが、それにしても10日やそこらで妊娠って分かるものなのか?と思いながら、冷蔵庫を覗いて白い箱を取り出す。

箱を上から覗くとケーキが沢山入っていた。

「誰かが来るのかな?」家には2人しか居ないのでそう思いながら、モンブランとイチゴのショートケーキのどちらにするか暫し悩む。

「元・母さん」はショートケーキだろうと思い、火垂はモンブランを皿に載せ、父親の愛用ポットを持ってテーブルに移動する。

「ウマっ、何、この組合せ?」

一口食べてコーヒーを啜った火垂はサザンクロス航空の乗客と同じ状態になっていた。ポットのコーヒーのお替りを繰り返して空にしてしまう。

玄関から賑やかな声が聞こえてきた。
「誰だろう?」火垂は速攻でケーキを食べ終えて、立ち上がると新たにコーヒーを作り始めた。

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試験会場から火垂の後を付けて来た同じクラスの酒井未来は、母親らしき人物と話した後、家に入った火垂を見届けていた。

杜家の場所を何度も確認してから、それでは帰ろうと踵を変えようとして、曲がり角で人とぶつかりそうになる。
高2の生徒会長の安東実花とその妹、紗季、そして安東姉妹の母親らしき3人組だった。

同じ学校で、互いに見知った顔ではあるので、詫びを述べてから簡単な挨拶を交わしてその場を去るふりをして、酒井未来は見守っていた。3人がモリ家に入ろうとすると、箒を持った母親らしき人物が3人を家へ招き入れた。

「安東家もモリ・ファミリーに加わったの?」 

未来は羨むような、妬むような、得も言われぬ感覚に囚われながら、横浜大空襲を免れた古い家を見続けていた。

(つづく)

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