(8) 富山の薬売り、ビルマ見参!の巻 (2024.3改)
「北アフリカ人、もしくは南欧系?」応接室に居る男を始めて見た際にそう思った。
同時に嫌悪感が湧いてくる。忌んでいる少数民族の少女を連れていたからだ。何故かオーバーサイズの軍服を纏っているのが解せなかった。
「お会いできて光栄です。プルシアンブルーという企業で顧問をしているモリと申します。偽装の為、髪と眉を染めておりますが日本人です」
下人に渡された名刺で、家に上げる許可を出した。何故、こんな日に、しかもこのような時間帯にネピドーに居るのかが分からないが、「軍の検問と表の監視をパス出来る伝手がある」その点も有り、許可を出した。
彼の東海岸訛りの英語は聞き取りやすかった。隣に座っている他民族の少女が、彼が名乗った際に驚いているのも不思議だった。
「アウンサンスーチーです。モリさん、何故あなたがこの国に居るのですか?しかも物騒な物を持って」
家に入る際に武器は取り上げており、銃を持った護衛がソファの背後で万が一に備えているのに、彼は全く動じる素振りを見せない。しかし護衛も自分も、彼の予想外の返答に驚いた。
「十日前に金正思を狙撃して、核施設を爆破したのは私です。米軍の宇宙軍所属の人工衛星の支援を仰ぎましたので、表向きは米国CIAの作戦となっておりますが、作戦を立案し、実行し、手を下したのは私です。
このような時間での訪問で申し訳なく思いますが、今回のクーデターを阻止する為に馳せ参じた次第でございます」
「あなたが実行犯なのですか? どうやって北朝鮮に潜入して、脱出したのです?」
「その話を最初からご説明していると時間が掛かりますので今は割愛させて頂きたく存じます。端的に申し上げますと弊社では人工知能を持った無人機を製造しております。その無人機に保護されながら、闇に乗じて移動し、爆破し、金正思を狙撃したのです。
今回は偽名で貴国へ入国しておりますが、北朝鮮では完全な不法侵入でした。
本題に入らせて頂きますが、然るべき準備を整えて 我々は貴国へ参りました。
閣下とウィンミン大統領のお二人に、クーデター阻止の手段をご提案申し上げるのが訪問した目的となります。
我々の提案が必要無いというお話でしたら、ヒルトンホ〇ルで保護している貴党NLD議員の皆様全員を開放して、それぞれの宿舎にお戻りされるよう施してから、何もなかった様に貴国から撤収致します」
「事態は切迫しております。是非、話を聞かせて下さい。然るべき準備とは、どのようなものなのでしょう?」
「軍事クーデターを阻止する為の万全の準備を整えてると言う主旨です。この国のガン細胞、軍の幹部を全員逮捕するまでの作戦を用意しております。興味がお有りであれば、簡潔にご説明申し上げます」
言い終えたあとで笑みを浮かべている彼に腹を立てる。当方が縋るより術がないのが承知しながらの物言いに、一言言わずにいられなかった。
「何故、今になって現れるのですか?もっと早く来てくだされば良かったのに」
「それは貴国の軍に言ってください。彼らが事を起こさねば、我々もこうして隠密な形で参上しませんでした。我々は商人です。ビジネスにならない場所には伺いません。それでも、アクションを起こした事に感謝しております。一人の少女を、兵士達の毒牙から救う事が出来ましたので」
「毒牙と言いますと?」
「彼女は表で監視している兵士の手により、車両に引き釣り込まれたのです。未遂で終わったのは不幸中の幸いですが、恐怖感はまだ残っているはずです」
ソファの隣で座って居る少女を、左手で引き寄せて頭を撫でる。
「その兵士とやらは如何しました?」
「少々痛い目に遭わせて、縄で縛りました」
「そうですか・・ビジネスが目的と貴方はおっしゃいましたが、武士のような正義感もお持ちなのですね」
「保護したのは偶然です。普段はビジネスを優先して行動しております。
まず、事を起こそうとしている一国の軍隊の動きを封じ込める為に、どれだけの用意と資金が必要となるか、ご想像下さい。
我々の本業は富山の薬売りです。商人は争い事は本来不得手としていますが、商いの為であれば、死力で臨む気概も持ち合わせているのです」
「ご自分たちを死の商人だとおっしゃってます?」
「今こうして国の行く末が掛かっているタイミングで現れるのですから、そう呼ばれても仕方がありません。今回の作戦は死亡者ゼロを目指していますが・・」
「あの・・、「Toyama no kushuri」って、どんな意味なのでしょうか?」
「”富山の薬売り”、ですね。200年前の日本の富山という地方で起こった、恐らく世界初のサブスクリプションモデルです。貴国は王国で、日本は侍の国だった頃のサービスですが、今もこうして続いています。
必要な時に、お客様のご要望に沿った最適且つ最良のソリューションをご提案し、受注後は迅速に実行する、そんな仕組みでございます・・おっと、大変失礼しました、コロナ用の薬と検査キットも、ソリューションの中に含まれております。私の裏の顔は死の商人なのかもしれませんが、表向きの顔は製薬営業、MR、Medical Representativeなのです」
「分かりました。では早速ご紹介して下さい。契約はサインだけで宜しいのかしら?」
「大変申し訳ございません。契約書をご用意しておりません。「任せた」と仰って頂ければそれで結構です、早速取り掛からせて頂きますので」
輝かしい笑顔に腹がたったが・・結局、我々は軍が押さえているガス油田管理を託す等の諸条件を全て飲み、彼に頼る決断を選択した。
あの時点では選ばないという選択肢は無く、彼に頼らざるを得なかった。提案を聞いて、その内容に感心し、条件内容に安心したのも事実なのだが・・
***
深夜1時前、ホテルの庭に5機の飛行体が垂直着陸しようとしていた。
ホテルを包囲しているミャンマー軍兵士が騒いでいるのが見える。
自宅にウィンミン大統領、アウンサンスーチー国家顧問が居なくなっているのと、監視していた兵士達が縛られ、その場に放置されているのを軍は漸く知ったのだろう。
このホテルに与党NLDが集結しているので、ここへ逃げ込んだと見るのが普通だろう。
「あの小さな機体は なんだね?」
「UAV といいまして、無人戦闘機です。
アンダマン海に浮かぶ船に搭乗しているエンジニアの指示により飛行します。
このホテルを主に警備するUAV5機の他に、各種ドローンが15機、ホテル内の各所に配置されて、軍の襲撃に備えております」
ビルマ解放戦線カレン族代表のダフィー司令が、ウィンミン大統領に説明する。
UAVを見るのはダフィー司令も初めてだった。軍のレーダーに引っ掛からずにヤンゴンの海上から侵入し、そのまま北上してネピドーまでこうして飛んできたというのだから、驚きだ。
「ビルマ解放戦線」を構成する少数民族の反対政府組織には、航空部隊は居ない。
元々、古い装備と数個小隊の陸戦部隊しか存在していない。
それ故に組織の勢力圏内である一帯は、軍のヘリや爆撃機からの空襲を受けて、手を焼いてきた。
今回は多数のUAVを含めた無人機が参戦し、軍の制空権を獲得するのがポイントだとモリが唱えたので、部族同士が手を携えて決起した。ダフィーを始めとする各部族の司令達には、地上戦では引けを取らない自信もあった。
「あなた方 少数民族を、我々プルシアンブルー社は未来永劫支援し続けると約束しよう。軍事面だけではない。農業、教育を始めとする生活面を含めての話だ。
今回の目標は軍を制圧するだけに留まらない。あなた達が正規のビルマ軍に取って代わり、各部族のリーダーがビルマ議会で発言するのだ。
NLDに拮抗する政党となり国を運営し、新しいビルマを作るべきだ!」と熱く語る発言と、その姿に打たれ、総司令官としてのモリを各部族が受け入れた。
あんな機体が、まだ45機もある・・カレン反政府組織のダフィー司令は「イケるぞ、この戦い!」と確信しつつあった。
一方の大統領はこのホテルへの移動する迄を邂逅していた。
「ビルマ解放戦線」と名乗る男が押しかけて来て説明を聞いても納得出来なかった。しかし、スーチー最高顧問が携帯で知らせて来た内容は驚いた。
日本のモリとスーチーが応対中であり、CIAの支援の元でクーデターを阻止するという提案をされたばかりだと言う。
「全ての責任は私が取る」と彼女が言うので、従うしかなかった。合意するや否やトラックを改造した車両に載せられて、スーチー一行と共にホテルまで運ばれた。
モリが荷台に乗り込んだ際に近寄ってきて、「私が反体制派組織を束ねています」と言い出すので驚いた。日本人がCIAの局員になっているのか?という疑問はまだ払拭されていなかった。
しかし、このホテルには米国大使館の連絡事務所があり、米国人の所員も一緒になっており、我々NLDはアメリカの庇護下にあるのは間違いないと受け止めていた。
ーーー
「軍事クーデターは失敗に終わった模様。軍幹部は全員捕縛されたと現地メディアが発表」
第一報から1時間経たずして続報が伝えられると、安堵の声が知事室の母娘から漏れた。
プライベートの携帯が同級生の前田外相からの受信を知らせる。緊張しながら出ると「全員無事だってさ、良かったね」と伝えられ、母娘はホッと一息ついてから抱き合った。
前田外相に連絡したのは米国駐日大使で、大使はミャンマーの大使館事務所に居るモリと、僅かな時間だったが、2言3言会話したと言う。
負傷者は多数出たが、負けた軍と、勝った解放戦線で死者は現時点で確認されていないと聞くと 大使も半信半疑だったので、日本の外相には伝えなかった。
「後でXX人の死亡が確認された」と訂正があるに違いないと思い込んでいるからだ。
これだけの規模の作戦で、死者ゼロは前代未聞。誰もそんなおとぎ話は想定していない筈だ。
いずれにせよ、”ライアン”は再び偉業を達成した。
第3国の地方議員が2つの国の最大組織を完全に無力化したのだから。
マーロン駐日大使は祝杯を上げる為に、戸棚からバーボンのボトルを取り出す。まだ午前中だが、構いやしなかった。
***
サザンクロス航空機でバンコクに向かっていた、北朝鮮作戦終了後に内部昇格したサミュエル・アッガスCIAアジア局主幹も機内でクーデター失敗を知り、ファーストクラス席で絶叫していた。
エコノミー席に居るモリの養女たちにも、男の叫び声が届く。
「何事?」「騒がしいヤツが居るな」と思われていたようだ。
村井 幸だけがスマホでクーデター未遂の情報を必死になって集めては、探していた。
当然ながら、プルシアンブルー製の無人機と日本人関与の報道は皆無だった。
サチはミャンマーでのモリの関与を半ば確信しつつ、10日前の北朝鮮政変劇にも何かしら関与しているのではないかと疑い出していた。
***
マレーシア・クアラルンプールで4カ国会議で北朝鮮を論じていた場にも、ミャンマーでのクーデター失敗の報が伝えられた。
中国特使の補佐役の劉 璋は、自国の特使の表情に注目した「嘘だ・・」と呟いて目の焦点が泳ぎ始めていた。
米国大使のマイゲル・ボルドンは死者ゼロの報告に驚く。
「一体何があった?」と詳細の内容を国務省のスタッフに求める。「軍の幹部殺害を、モリは何故止めたのか?」とボルドンは訝しんでいた。
それはさて置くとして、ボルドンは予定されていた行動に移る。
「まさかとは思いますが、貴国はビルマに兵を向けようなどと、お考えではありますまいな?」
中国の特使の目を見据えて、そう発言する。
「そのような内政干渉を、我々は考えもしておりません」
まだ動揺の色を隠せない中国特使は、辛うじてその場を取り繕おうとする。
「ミャンマー軍を制した軍事組織はビルマ解放戦線と名乗っていますが、貴国は何らかの支援をその組織にされたのでしょうか?」
ロシア外交部のセルゲイ特使がボルドンに言う。
「いえ、ビルマ解放戦線という組織自体が初耳です。どなたかご存知であれば、是非ともご教授頂きたいのですが?」
ボルドンが発言すると、当然ながら誰も知らない。モリが急造した組織なので知る由もないのだが。
ミャンマーは中国以外はノーマークだったのかもしれないとボルドンは思うのと同時に、元々の疑問が再び湧いてくる。
「どこでモリはクーデターの情報を手に入れたのか?」という点だ。国防総省、国務省、CIAが最初に抱いた疑念にどうしても戻ってくる。
その時、会談の場を運営しているマレーシア外務省の担当者が新たな情報を提供する。
ASEANの安全保障部会は国連と連絡を取り合い、国連安保理決議に先行してベトナム軍とインドネシア軍を治安維持目的でミャンマー入りさせると伝えて、国連事務総長の了承を得たという。
また、与党NLDのウィンミン大統領は、ビルマ解放戦線のタンシェク大佐と共に国営放送のスタジオに入りし、軍のクーデター失敗と軍関係者の逮捕と、事態の沈静化を宣言したという。
「民主主義は保たれた。我々は議会開催を来週月曜に延期し、事態の掌握と軍関係者の処分内容を決める」と述べたそうだ。
ベトナムとインドネシアが迅速に手を上げたのに驚き、ボルドンは大使補佐官に確認するが
「アメリカは全く関与していない」と言うので、これもモリの根回しか?とボルドンは疑う。ASEANが先行して動いたという報に驚いているのはボルドンだけではなく、中国もロシアも驚いているように見えた。
タイは軍事クーデターを起こした政権なので、ビルマ派遣に向かないと判断したのだろう。ビルマ人とタイ人は水と油の関係なので、ビルマ人に歓迎されないというのもあるだろうが。
後になってボルドン達、4カ国会議の特使達のも知る所となるのだが、ASEAN内部で率先して働きかけたのは、ブルネイの国王兼務首相外相だったと言う。
ベトナムはモリが関与しているならと国王の要請に即時に応じて積極的に動き、インドネシアはブルネイが派遣費用を負担すると言う、国王の発言もあって動いたという。
両国では既に田植えと稲刈りのシーズンに突入しており、プルシアンブルー社のバギーが農作業で活躍していた。
英領ビルマ元宗主国のメディア、英国BBCcの駐在員ジーン・マクガイバー記者がネピドー入りして、真っ先にヒルトンホ〇ルに向かっていた。
クーデター未遂後の主役は、NLDだと見込んでの突撃取材を敢行する為だった。
その頃、モリと源 翔子・屋崎由真に加えて、保護したシャン族の少女の4名は、そのホテルの一室で泥のように眠っていたという。
(つづく)