(5)被弾を浴び、自壊してゆく国
平壌港の香港資本のホテルへ到着する。英国統治領だった一帯のシンボルマーク的なホテルで北朝鮮でも最も格式高いと言われている。この日はスポーツ選手を対象とする謝恩会に参加する。主催者側である中南米諸国連合が出席者に対してフォーマルの必要は無いと連絡したのも、中南米諸国からの出稼ぎ目的の選手たちを対象としているので、フォーマルどころか、スーツすら持っているのか疑わしいと担当者達が勘ぐったのが発端らしい。
この日は北朝鮮スポーツ界で活躍する、中南米選手47名を会食に招待していた。
北朝鮮ではまだプロ競技が少なく、サッカー、野球、バスケットボールの3競技だけとなる。中南米各国のリーグが、オフシーズンとなるこの時期に、北朝鮮、日本、台湾といったアジア諸国のチームに在籍して、「2重に稼いで、良い暮らしをしてみませんか?」と選手達に案内して来た、これまでの経緯がある。
日本や台湾の場合、ドーム型の競技場や室内競技であればまだ良いのだが、大半は屋外での競技を強いられるので、アジアの真夏がオフ期間に重なる南米の選手達に負担を掛けてしまうので敬遠される傾向にある。その点、北朝鮮には梅雨も無く、夏場に高温になっても多湿ではないし、熱帯夜も無いので体に負荷は掛からず、運動するのに適した環境だと選手達から評価されている。サッカーとバスケットボールに関しては、中南米の選手だけでなく欧州からの選手も多く含まれている。
北朝鮮でプロのスポーツを立ち上げるに当たって、ネックとなると想定されたのが、選手層の薄さだった。サッカーでは北朝鮮選手の少なさを補う為に「外人選手枠」を撤廃し、逆に「北朝鮮選手枠」を設けた。ベンチ登録22名中10人は北朝鮮人選手を登録し、4名以上の北朝鮮人選手が常時ピッチに出ていなければならないと定めている。
自国選手を中心に据えて、選手とリーグの強化を図るのが通例なのだろうが、競技人口云々以前の問題として、スポーツをする余裕のない環境下にあった人々なので、先ずは「競技観戦」から馴染んで頂くのを優先した。リーグ開催時から世界各国のプロ選手を集ったので、結果的にアジアの中でもレベルの高いリーグとなり、北朝鮮の代表チームも中々のレベルに成長した。北朝鮮が国家として認められれば、晴れて国際大会にも出場可能となる。
例えば、ワールドカップのアジアの出場枠の一つを北朝鮮が奪うのは間違いないので、サッカーを国技とする中国は、出場出来るまで長い年月が必要となり、出場常連国だった韓国ですら毎度の出場は難しくなると想定されているのも、北朝鮮のプロリーグのレベルが高いレベルにあると認知されているからだ。サッカー、野球、バスケに至っては、日本よりも上だとモリが感じているのも、この3競技がオフ期間の欧米、中南米で北朝鮮の各リーグの試合の放映権争いが起こり、高い視聴率を誇るからだ。少なくとも、日本のリーグの放映を見たいと考える国は極めて少ない。日中韓でも高視聴率となっているので、将来的には北朝鮮がアジアのプロスポーツを席巻しているかもしれない。
クラブチーム、球団の経営も、スポンサー企業の数と規模、財政面では日本以上の質を誇るので、海外選手も積極的に関与したがるリーグの一つになっている。この日も、選手と個人契約を結んでいるスポンサー企業が、北朝鮮と旧満州の芸能人を伴って会場入りしていた。 北朝鮮では儒教社会の影響なのかスポーツを嗜む女性がまだ少なく、アマチュアチームも極めて少数で、リーグ化からプロに至るまでには暫く年月が掛かる。それ故に、会場に集まる選手は男性しか居ないので、スポンサーが気を効かして綺麗どころを連れて来るのかもしれない。ラテン国の男達の餌食になるのではないかとあらぬ心配をしながら、選手達のテーブルを大統領が廻って、酌をしながらスペイン語で会話をしてゆく。女優さんやアイドルさん達が、AI翻訳で聞き耳を立てているので、下世話な話も出来ないのだが。
中南米諸国の平均年収は日本の3/5なので、欧米並みの年収を稼ぐ1軍や1部リーグのプロスポーツ選手は「成功者」のカテゴリーに入る。中南米の子供達にとっては憧れの職業でもある。年収換算で並べると、サッカー、野球、バスケットの順となり、アメリカに近い中米・カリブ海周辺では野球、バスケが花形で、南米ではサッカーに置き換わる。経済成長にともなって中南米諸国のスポンサー企業が6,7年前から増加し、サッカーであれば欧州を目指す必要もなくなり、野球とバスケもアメリカへ渡らず、中南米各国のリーグでも充分な年俸を得る事ができるようになった。しかし、1軍や1部リーグプロデビューしたての選手や、二部や三部リーグに所属していて、まだ十分な収入が得られていない選手からすれば、北朝鮮のリーグで活躍して強豪チームのスカウトの目に留まったり、中南米のリーグ中断期に副収入を得られるので、格好の場となる。
更なる副収入のチャンスもある。この日も様々なスポーツブランド企業の北朝鮮事業所の役員達が会場に訪れ、自社のスパイクやシューズ、グラブやバッドをPRに来ていた。
若い選手には有り難い仕組みだ。スパイクも自腹だったりする選手が多い中で、北朝鮮のリーグに出場すればテレビ放映されるので、メーカーにとってもPRができる。北朝鮮リーグに出場する南米選手は誰でも参加できる訳ではなく、下馬評の高かったり、将来性を期待された選手達が集まってくるだけに、中南米の選手と個人契約を結びたがる企業もこのように集まってくる。
「休日用の服として、弊社のウエアを纏って頂きたいのですが?」とモリにまで何社から打診が来るので驚く。
「休日中の時間は安全上の観点から、非公開としております。誠に申し訳ないのですが」と辞退しても「それでも結構です。1点だけお願いなのですが、広告用の写真を何枚か撮らせていただきたいのです」と食い下がってくるので辟易していた。 宣伝が出来さえすれば、媒体など何でもいいのとでも考えているのだろうか。
また、中南米諸国の長の一人として、態々アジアまで稼ぎに来ている中南米の選手に対する報奨を「何にするか?」毎年のように頭を悩ませていたと、前任の越山が言っていた。
時計や自動車を贈呈となれば、その種の企業もスポンサーとして会場に集まっているのでバッティングするので、これまでは旅行やデパート等の商品券を進呈していた様だ。
今年は北朝鮮も独立国家として格を上げるので、例年よりも豪華なものにしようと企んでいた。今回はプレゼンター役の為に会合に出席しているようなものだ。
女優さんやアイドルさん達には、カリブ海で養殖している真珠のネックレスと日本製のブラッサム金貨を。スポーツ選手には日本の小型の金の延べ棒を用意していた。北朝鮮総督府もベネズエラ政府も出費を渋るので仕方なく自腹となる。去年までは大統領機密費から越山が出していたが、内容的にそぐわないと判断した。年間の北朝鮮顧問費用が吹き飛んでしまう額なので躊躇したが、必要な出費と判断した。
芸能人の方々はこの日の会合に出席することで、何らかのギャラを得ているのだろうが、選手にだけ渡して、芸能人の方々に手ぶらでお帰り頂く、という訳にもいかない。痛い出費だが、喜んでいただけるのがせめてもの救いとなる。
報奨を進呈すると、選手や芸能人が直ぐにその場で中身を確認して、手に取ったり、身につけたりする。昔の日本人なら、家に帰るまで開封しないかもしれない。昨今の日本人はどうなんだろう?と思いながら、商品を手に取って喜んでいる人々を見ていた。
周囲の人々は進呈された商品を見て、選手一人当たり、芸能人一人あたりの商品価格がどの程度の価値があるものなのか、目利きの人達が直ぐに鑑定を始める。忙しない時代になったものだと思いながらも、100名近い人数に提供した想定総額まで明かされるので、次第にいたたまれない気持ちになる。
「原価」というモノがあって、取り分け、貴金属類の「販売価格」とは桁が違うほどの金額乖離が生ずる。鑑定能力のある人は販売価格、定価を基準に考えるので「大統領は太っ腹」と褒め称え始めるが、実際に費やした金額は原価にすぎない。「太っ腹=金持ち」と誤解され、「お召し物もいつも素敵です」とオベンチャラが飛び交う。着用しているスーツや靴は体系にフィットしているので、人々が高いものだと勝手に解釈してくれたのかもしれないが、実際は「吊るし販売品」を採寸しただけだし、靴も定型品を甲高の足に寸法を若干変えただけだ。子供達が経営する企業の製品や商品しか持っていないのだが、ロボットが製造しているので原価は極めて安い。普段はスーツや革靴を身に纏わないので、全部で10着5足ぐらいしかない。普段はスニーカーとシャツ・チノパンで過ごしているので、スーツも靴もいつまでも草臥れないだけだ。それをベストドレッサー賞とかに選ぶのだから、「あなた方の目は節穴なのか?」と内心思っている。賞を辞退しているのは、数万円の定形商品を、若干カスタマイズしているだけだと知られると「それを商品化して欲しい」という要望が沸いて出て来るので、子供達から「辞退しろ」と命じられている。このような華やかな場になると周囲が着飾っているだけに厄介だ。場が場だけに、政治の話にもならない・・。
「大統領、彼女は・・中国人のハリウッド映画俳優の明蓬さん なのですが、大統領にお話したいと申しているのですが」時計メーカーの広報担当者の後方に、何処かで見た覚えのある女性が立っている。美人とは思ったが、最近顔面整形について学んだので鼻の形がヒトのものではないと分かってしまう。その「鼻」が気になった。
「アユム選手のご友人だそうです」広報担当者が日本語に切り替えて囁くのでドキッとする。慌てて円卓から離れようと立ち上がる。部屋の隅で話せば目立つし、ここでは人の耳がある。この場では当たり障りのない会話にするしかない・・。
「初めまして、モリと申します」軽く会釈しながら、今一度相手の顔を見る。「お会い出来て光栄です。明蓬と申します」仕草も立ち振舞いも優雅なものだったが、どうしても鼻に目が言ってしまう。「アイツ、本気なんだろうか?」と思いながら。
ーーー マスカットの空港に降り立つと、オマーン王室の甥っ子がモリ・アユムを出迎える。王室代理とでも言わんばかりの格式ある出迎えに、兄弟達もレイソルの選手達も、アユムはアラブ圏では別格なのだと、察する。中国とベトナムのクラブチームがやって来ても、さすがに王族は出迎えないだろうから。
マスカット市内のホテルも選手達には全室スイートが当てられる。同行の家族の部屋もグレードの高い部屋で、ホテル自体がレイソルの貸し切り扱いになっている。
モリの次男の火垂と5男の圭吾を従えるかのように、3男の歩が王室関係者の車両に乗り込む。3兄弟はスーツ姿に変わり、レイソルのメンバー達とはこの日別行動となる。
マスカット市内の王宮に到着すると、常連の歩を先頭に火垂と圭吾が後に続く。
「お前の商売の最初の一歩が、カタールとこの国から始まったっていうのは分かっちゃいたけどさ。あの王族がたの対応は、お前に任せていいんだよな?」兄とは言え、数ヶ月しか生まれが違わず、双子のように育った火垂が建物の前に居る王様らしき人物を見て、歩の背中に声を掛ける。
「うん。火垂は父さんにそっくりなその姿を見せるだけでいい。小麦の話以外は、ニコニコしてればいいさ」
「ホタル兄さんはともかくとしてもさ、僕は要らなかったんじゃないの?やっぱ、練習場に向かおうか?」五男の圭吾が言うので、アユムが立ち止まって振り向いた。
「いいんだよ。王妃がお前のファンなんだ。バイエルンのサポーターなんだから、しょうがない。ほら、これはお前から王妃に渡せ」アユムが鞄の中から小袋を取り出して放り投げた。圭吾がキャッチすると袋の軽さに驚く。
「なにこれ?わっ、ユニフォームじゃないか」 「マジックも入ってるから、王妃の前でサインして渡せ。それで今日は滞りなく終わるから」
「なるほど、今日の主役は圭吾か・・。お前、ここのお姫さんと所帯を持ったらどうだ?どうせ王には大勢妾さんも居るんだろうし、一人や二人、適齢期のお嬢さんがいるだろう?まぁ、幼児でもいいよな?婚約だけして、お前は日本とアラブを繋ぐ架け橋になれ」火垂が隣の圭吾を茶化すと、圭吾が苦虫を噛み潰したような顔をする。
「先々代の王の奥さんの一人は日本人なんだよ。今の王様とは血の繋がりは無いけどね。でも、そういう歴史があるから親日国なんだ」
「それで、十分じゃん・・」圭吾がホッとした顔をするので火垂も歩も笑う。
王宮に手慣れたように入ってゆく歩に、火垂と圭吾がやや気後れしながらも後をついて行く。「外交官資格を持ってるヤツはやっぱ違うな」「ただ慣れてるだけだって」と背後で二人が言っているのを聞きながら廊下を歩いてゆくと、いつもの場所で主要な王族が一行を出迎える。歩が早足になって王と握手を交わし始める。
王の第一声は意外なものだった。
「平壌で父上と、アユムの彼女だと噂されている女優が懇意に話している映像がメディアに流れているが、彼女との仲は実際の所どうなんだ?」 達者な英語に火垂と圭吾は感心し、歩は内心で動揺する。何故、平壌で遭遇したのか理解に苦しむ。しかし、表面には出ていない・・。
「在籍していた中国のクラブの選手達と食事をした程度です。そんな関係ではありません」歩が言うが、火垂は歩の動揺を察した。どの女優なのか特定していないのに、中国クラブ在籍時の話を話し始めたからだ。歩はイギリスでもドイツでも、噂されている芸能人が居る。「そうか、私の杞憂だったんだな。物凄く親しげに見えたんだ。まるで父と娘に見えたんだ。大統領の肩を叩いたり、頬を膨らませてみたりしてね・・」
「女優さんですから、たとえ初対面でも、政治家の扱いなんてお手の物なのでしょう」
嘯くような発言に、いつものアユムには無かった感覚、違和感に近いものを王族達も察知する。兄弟の火垂と圭吾は、歩の表情から、中国女優の線はどうやら無さそうだと察した。ーーーー スイスの時計メーカーが一部出資して、映画の制作をしているのだという。未知の海洋生物に襲われる人々と海洋生物と闘う人々の作品だと聞いて、モリは脱力する。
中南米諸国と軍は世界中の深海域も含めて探索しており、その手の生物が地球には存在しないのを確認しているからだ。少なくともクジラ以外の巨大生物は海洋ソナーに反応していない。
時計会社の広報もモリの腕時計をジロジロ見ている。 養女の会社の最新モデルで、針の色だけ変えた老眼対策モデルなのだが、何故か斬新な配色となった。これも特注モデルと言われれば其の通りなのだが。「ああ、これ実は特許なんです。老眼の人でも把握しやすい配色なんです。お二人にはまだ分からないでしょうけどね」
そう言って2人に時計を見せると、笑われた。
中南米諸国は映画産業に力を入れないのか、とか、映画産業に出資しないのかと聞かれて、特に考えておりませんと答える。元angle社社長の杏 筆頭秘書官殿が同席していれば、話も変わったのかもしれないが。
「では、映画音楽を手掛けて見ませんか?」 明蓬に言われて、AIが作曲するならまだしも、映画をあまり見ないので自分で作曲するイメージが湧いてこない。
「音楽に関与していながら、情けない言い訳なのですが、正直これ以上の時間は避けそうにありません。ベネズエラの大統領が定期的にアジアにノコノコとやって来ておりますが、移動時間は短くなったとしても、時差の問題は解消されていませんからね」と、賛同いただけるかどうか分からない他愛の無い話をするだけに留めたのだが、この模様をTVカメラがしっかり捉えていた。映す側は「義父候補と義理の娘候補」といった色眼鏡で撮影していたのかもしれない。
「名刺を渡したね、二人とも・・あれ?先生ってさ、名刺持ってたっけ?」
富山・五箇山でテレビを見ていた母親達と娘達が、樹里の発言に首を傾ける。
「議員だった頃は持ってたけど、それ以降は作ってないと思うよ」蛍が翔子に確認するかのように答えると、翔子も正解とばかりに頷く。 「事務総長になって一時帰国した時に、名刺頂戴って言ったら、持ってないって言ってた。学校に持っていって、みんなに自慢しようと思ってたのに・・」彩乃がムラで咲き始めたダイコンの花を花瓶に挿しながら言う。
「顔パスで済んじゃう人達だからね。でもさ、これではっきりしたよ。あの人は女優さんには関心を持っていない。歩が彼女をどう思っているかは別として、父親視点では、嫁として見ていないようね。モリの攻略対象でもないみたいね、彼女」蛍が言うと、翔子だけが頷く。
「えっ、あの短い映像でどうして分かったんです? アユミは分かった?」
樹里から振られた あゆみが、違和感を感じた箇所を言う。
「そうだな・・彼女の顔を殆ど見ないで、あの会社員と思われる男性ばかり見て話していた。しかも、彼女とは一定の距離を保ってね。彼女が肩を触ろうとして、一歩踏み込んだくらい離れてた。相手が時計の会社の人なのかな?頻りにお父さんの時計を目で追ってたから・・あの腕時計、玲子ちゃんの会社の新作なんでしょ?」 「うん。先生の 特注モデルなんだ。時計の針の色を浮かび上がるような配色にしたの。先生の色覚認識に合わせて、グレーの面に対してミッドナイトブルーの時針とマリンブルーの分針でね」玲子が言うと樹里が笑い出す。
「それって、老眼対策なの?」
「うん、特許なんだよ。盤の色に併せて認識しやすい針の色を組み合わせるの。先生の戦闘機の時計もストップウォッチも針の色と表示色を変えた。それから表示モニターの文字の色や発光具合もね。先生って、飛びながらAIと操縦を切り替えて、機体間の距離や弾道の時間を計ったりするでしょ?」
「それは知らなかったな。さすが玲ちゃん・・」あゆみが玲子に向かって頭を下げる。 こういった細かな気配りが命を繋ぐのかもしれない、と思いながら。
「うーん、参った。皆さんとの間には、まだまだ壁があるようですぞ・・あの子が肩を触った時に、随分馴れ馴れしいなとは思ったけど、何を話してるのか分からなくてもそこまで分かっちゃうとはね・・完敗です。参りました」
樹里がテーブルに三つ指付いて頭を下げると、「モリ・アユムと噂がある女優」という情報が影響したのか、各局がこの映像を撮れたことで満足してしまったのかもしれない。会が終わった後で、何故かこの場に居た日本の芸能人3人とモリが2次会に行ったのは、誰も気が付かなかった。
越山総督、櫻田外相の2世帯住宅に宿泊して居る金森鮎と杏の4人が、朝になっても帰ってこないベネズエラ大統領を、翌朝、しれっと総督府に現れたモリを囲んでとっちめる修羅場となったのは、後日談となる。
日本の芸能人の壁に遮られた明蓬は、平壌のアメリカ大使館に作戦失敗の連絡を伝える。大使館には香港と北京の米国大使が詰めており、明蓬がモリを食事に誘った店で大使達とバッタリ遭遇するという内容だったのだが、うまく行かなかった。
明蓬とは別部隊として、朝鮮族の米国大使館員が日本人4人の後を尾行したのだが、どこからともなくSPらしき人物が現れて、尾行者に警告を促して来る。アメリカが何とかモリに接触しようと、あの手この手を考え、毎週のように訪れる平壌で待ち構えていたのだが、上手くいかなかった。
また、明蓬はアメリカの息の掛かった芸能人ということになる。モリ親子はそうとは知らずに自然に一線を引いていたに過ぎないのだが、護衛に当たっていた北朝鮮駐留の中南米軍特殊部隊員からの報告で、明蓬がアメリカに雇われている芸能人だとするレポートを後日、受け取る事になる。
アメリカ大使館の担当者から、SPと思しき護衛が大統領の周囲に潜んでいて、こちらの動きがバレたようだと聞いた明蓬は、目の前が暗くなった。これでアユムに近づけなくなるかもしれないからだ。
ーーー
アメリカ政府は必死だった。ブリュッセルとマニラ近郊の事件は非難されるのも当然としながらも、西海岸と韓国で起きた、宗教団体同士の抗争が更なる問題としてのしかかっていた。襲撃した部隊を統率した人物達は行方不明となっている。教団が犯人を隠しているのか、逃亡を促したのか、まだ判明していないが、西海岸と韓国の実行犯達はアメリカのパスポートを所有し、米国籍の米軍出身者であるとの履歴書が残っていた。共に偽装と判明していたのだが、精巧なパスポートで全く判別が出来なかった。ナンバーと名前が登録されていないので偽造と断定出来たが、それなりの技術を持った組織が介在している可能性を示唆している。犯行に利用した武器はプラスチック爆弾や手榴弾、ロケットランチャー等で、どれも素人が扱える代物ではなく、ある程度の経験者の可能性が高い。
教団が持っていた履歴書の顔写真は何故が色褪せて変色しており、実行犯の顔の記録が教団側にも残っていない。そこで、利用した武器を衛星の画像で特定してみせたというモリ大統領の発言に期待して、衛星画像を提供して、捜査の協力を要請しようと考えた。
内々で動いたのも、衛星画像の精度は軍事機密に該当するので、正規ルートで正面から要請しても突っぱねられるだけだ、と見ていた。 教団施設の破壊に利用された武器は、米軍と韓国軍から奪われたものだと判明しており、偽装とは言え、「米軍出身者のアメリカ人」といった情報ともどもマスコミが嗅ぎ付けると、ブリュッセルの事件との関連性を疑われ、アメリカに火の粉が降り注ぐ可能性がある。
教団と共和党の懇意にしてきた これまでの歴史から、関与を疑われる可能性が極めて高い。一刻も早く中南米諸国の衛星画像を提供して貰う必要があったのだが、今回の接触は失敗に終わった。
アメリカ政府に悲報が重なる。韓国政府としてのこれまでの功績が極めて少なく、低支持率の韓国大統領が、再び功を焦って発言する。ベネズエラにとってはタイミングの良い発言で、アメリカにとっては失言となる。
お隣りの北朝鮮のテレビ各局はどこもお祭り騒ぎの様相だ。19年前の北朝鮮民主主義人民共和国の崩壊後、中露米英日韓の6カ国の分割統治が始まり、日本の統治が最も成果を上げてゆく。同じ民族で南北統一は既定路線だろうと誰もが想定していたが、韓国は統治能力を発揮することもなく停滞し、アメリカ政府の反発を受けて、統治をアメリカに委託する。最後の砦となったアメリカの衰退がアジアからの撤退と重なり、中国と共に日本に委託する。アジアの拠点確保を掲げていた英国も、遠距離統治が難しい財政事情となり撤退。5年前に日本による全体統治に移行すると、2040年の国家成立に向けて準備が始まっていった。この時点でベネズエラの再建を成功させていた日本は、ベネズエラでの成功例を北朝鮮に導入し、成長段階に突入していった・・GDP換算で世界5位の国家が隣国に成立するのだから、韓国が喪に服したかのように世界から忘れられ、埋没していた。独立国家への道を選択するのは間違いないと目されており、南北統一を達成出来無かった大統領として、生涯非難され続けるのも確定済みと見做されている。
人は残酷なもので、勝った者と負けた者を比較して論じ合う。得てして敗因を細かく分析して要因を更に追求する。「失敗し続ける韓国に学ぶ」「南北が勝敗を分けた分岐点はコレだ」といった文言で、啓蒙書のような評論が各国で書かれ、取り上げられる。「失敗国家」とも呼ばれるようになっている所へ、失踪事件が多発し、犯人をいつまでも特定できない状態が続き、更に韓国派生の宗教団体がアメリカとソウル近郊で大規模な抗争を繰り広げていると新たに取り上げられるようになると、また嘲笑の対象となる。長年に渡って霊感商法なる悪質な手段で金を集め、献金という名の収奪で私腹を肥やし、出会う機会の無い男女を掛け合わせるかのように安上がりな合同結婚式で信者世帯を作り上げる、そんなカルト組織の存続を容認する国家は、韓国だけだと書かれる。 「日本に比べて統治能力が無いのは、統治領の運営の失敗で明らかだ。韓国だからこそ怪しげな団体が生まれ、しかも韓国の団体だけに教団幹部同士で内部抗争が生じる」とまで書かれても反論する余地すら無いので、執筆者やコメンテーターを名誉毀損で訴える事も出来ない。この八方塞がりの状況を少しでも改善するなら、自分達の下の存在や、韓国以下の国に非があるかのように、突き放してゆくしかない。せめて、統一教会系のカルト宗教団体を抹消した大統領として、名を残そうと考えたのかもしれない。
「敬愛なる国民の皆さん、一昨日旧統一教会系宗教団体同士の抗争事件の実行犯が判明しましたので、お知らせ致します。
アメリカ国籍のイアン・ペイス容疑者、ドナルド・ジャッド容疑者、そしてキム・容疑者の米軍出身者の3名を教団が抱え入れたのです。手榴弾で教団が運営する店舗を破壊し、ロケットランチャーで教団の大型施設を破壊しました。
3人の容疑者は行方不明ですが、教団が匿っているのではないかと見て、3教団を韓国軍の監視下に置きました。同時に3人の人物照会をアメリカ政府に求めている所です。
また、容疑者達が利用したロケットランチャーや手榴弾についても、入手先の解明を急いでいる所です。この危険な武器の供給先が判明するまで、警備の強化を致します。特に児童が集まっている各学校に警備する軍人を配備します。他にも・・」
「このバカを黙らせろ!」 死に体となったアメリカ大統領がモニターを指差して、吠えた。
国務長官は、自分が韓国の大統領なら同じ事をしただろうと考えていた。アメリカとの共倒れを避け、アメリカに全ての責任を押し付けるしかないだろうと。どうせ、こちらの大統領は辞任するしかないのだから。それでも過去に同じ事をしようものなら、韓国大統領が逆には辞任に追い込まれていたかもしれない、と思いながら。
これで元米軍関係者3名の追求をマスコミが始めるのは、時間の問題となった。
ブリュッセル事件が燻ってるタイミングと重なるので、アメリカからの丁寧な説明が不可欠となる。偽の個人情報も含めて、容疑の数々が幾重にも折り重なりあって、アメリカに集中砲火のように伸し掛かって来るのは必至となる。偽りの情報だと説明しても、真犯人を特定、逮捕出来なければアメリカに掛けられた疑惑は払拭出来ないだろう。世界の人々からアメリカが疎まれる様に仕向けたは誰なのか、黒幕の犯人が誰なのか朧げながらに分かってはいても、決定的な証拠が何一つ得られない。 唯一の超大国と呼ばれていた頃であれば、ベネズエラに対して何らかの制裁を加えていたのだろうが、今のアメリカが嘗てのように力を誇ったとしても、ベネズエラはビクともしないだろう・・。
「終わりですな、もはや これまで・・」
国務長官が席を立って部屋から出てゆくのを咎める者は、誰も居なかった。
(つづく)
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