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CINEMORE magazine|『哀れなるものたち』ロビー・ライアン撮影監督 【Director’s Interview】
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今回は、『哀れなるものたち』でヨルゴス・ランティモス監督の世界感をフィルムを駆使した作った、撮影監督ロビー・ライアン氏のインタビュー記事をお届けします。
『オッペンハイマー』『マエストロ』『パスト・ライブス』『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』そして『哀れなるものたち』。第96回アカデミー賞にノミネートされた作品の一部だが、ここに挙げた全ての作品がフィルムで撮影されたものだ。そして『パスト・ライブス』以外の作品は撮影賞にもノミネートされている。
デジタルカメラの性能は日々向上し、もはやデジタル撮影なのかフィルム撮影なのかを見分けることは難しい。前述した作品たちを見ても、その違いが分かるわけではない。しかし前述のどの作品からも、映画全体から漂う“何か”に気づいてしまう。その“何か”こそが、まさにフィルム独特の“空気感”であり“質感”なのではないだろうか。監督:ヨルゴス・ランティモス、撮影:ロビー・ライアンが手がけた『哀れなるものたち』も例外ではない。凄まじいまでの世界観にただただ圧倒され、フィルムを駆使した画作りと空気感には息を呑む。
二人は如何にしてこの世界を作り上げたのか? ヨルゴス・ランティモスとは一体どんな監督なのか? 撮影を手がけたロビー・ライアンに話を伺った。
『哀れなるものたち』あらすじ
風変わりな天才外科医ゴドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー)の手によって死から蘇った若き女性ベラ(エマ・ストーン)が、世界を知るために大陸横断の冒険の旅へ出る。時代の偏見から解き放たれたベラは、平等と解放を知り、驚くべき成長を遂げていく―。
モノクロとカラー、それぞれのフィルムを使用
Q:モノクロとカラーの色使いに息を呑み、モノクロでさえもその豊かさに心を奪われます。本作はフィルム撮影ですが、その色調整はフィルムタイミングで行ったのでしょうか?それともデジタルのカラーグレーディングを活用されたのでしょうか?
ライアン:そこに興味を持ってくださり嬉しいです。今回はカラーフィルムとモノクロフィルムの両方を使って撮影しました。カラー撮影では、昔よく使われていた「エクタクローム」というフィルムを全体の3割くらいで使用しています。すごく色彩が豊かなフィルムで、この作品の色彩設計を決めるのに非常に役立ちました。コントラストも色彩もとてもはっきりしているので、ある種ガイドになるんです。
最近はカラーで撮影したものをグレーディングでモノクロに変えることが多いのですが、今回は最初からモノクロフィルムを使用しました。モノクロ専用のフィルムを使うことにより、とても美しい画が撮れる。そこは大きな違いですね。
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もちろん作品としての一貫性を持たせるために、全体的なカラーグレーディングは行っています。エクタクロームがはっきりとしたカラーベースを持っているからこそ、グレーディングでやるべきことを決めてくれた部分がありました。また、フィルムはデーライトタイプを使ったので、室内撮影の際にはタングステンライトを使い、暖かめの灯りづくりをしました。それをベースに色々と調整していったのですが、フィルム自体が素晴らしい質感を持っているので、その特性からあまり乖離しないように気をつけました。
今回はCompany 3(CO3)というグレーディングを専門とするポスト・プロダクションと一緒に仕事をしたのですが、そこのグレッグ・フィッシャーというスタッフが非常に勤勉で、私たちが望むルックを理解してくれて、それを叶えるために辛抱強く尽力してくれました。グレッグはヨルゴスと一緒に仕事をした経験もあるようで、ヨルゴスが望む感覚的なものや色彩の感性を理解しているようでした。僕らは2〜3週間くらい一緒にグレーディングルームで作業をしました。かなり長いプロセスでしたね。でもグレーディングルームって面白い場所なんです。一度に12時間ぐらいその部屋に篭るわけですが、ずっと作業をして外に出ても、また戻りたくなる。それはあの部屋が、「自分が望む色を精査して見つけていく」という“ものづくり”を楽しめる場所だからなのでしょうね。
また今回はVFXのフッテージもかなりありました。ここまでVFXを駆使した作品は初めてだったので、そこも非常に興味深いプロセスでした。
人工の光も自然光のように扱う
Q:色使いやその世界観には、ダリやキリコなどシュールレアリスムの絵画のような印象を受けました。何か参考にされたものはありますか。
ライアン:劇中に出てくるリスボンの空や、バクスター家の屋敷、屋敷の壁に描かれている風景画など、映画全体からファインアートやシュールレアリスムの世界を感じますよね。世界観に関しては、プロダクションデザインのジェームズ・プライスとショーナ・ヒースが主導となり、色々とリサーチしていました。ヒエロニムス・ボッシュの絵画について、ヨルゴスと話していたようで、ヨルゴスはボッシュの絵画を「この映画にぴったりだ」と、気に入っていたようです。この映画を見るとボッシュの絵画との共通点を誰もが感じると思いますよ。映画のストーリーがシュールなことも、その理由の一つです。ボッシュの世界もかなり普通じゃないですから(笑)。
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Q:本作の舞台の多くはセットだったそうですが、太陽光が無いスタジオで外のシーンを撮るという挑戦はいかがでしたか。これまで手掛けてきた作品は太陽光を自在に捉えていた印象もあり、これまでとは全く違うアプローチだったのではないでしょうか。
ライアン:それは非常に興味深い質問ですね。今回の撮影のアプローチは、「自然光ではない人工の光も自然光のように扱う」というものでした。よって僕らは「自然光」を自分たちで作り出したんです。室内の撮影でも、昼間のシーンであれば窓から自然な光が入ってきますよね。だからスタジオ内のセットで作った大部分は「空」なんです。常に「空」を作っているような現場でした。ただ、実際にスタジオの中で空を作ろうとすると、やはり相当な数の照明が必要になる。これはチャレンジしてみて初めて分かりました。自分としては楽しかったのですが、かなり大きな挑戦でしたね。
またバクスター家の庭のシーンは屋外で撮影しているので、そこで使われているのは本物の自然光です。このように、この映画の屋外シーンでは、本物の自然光で撮影したものと自分たちで作り出した自然光で撮影したものと両方あるので、「両方とも屋外で撮ったのか?」もしくは「こっちはスタジオで、こっちは屋外で撮ったのか?」など、皆さんどのように思われるか楽しみですね。
この記事の続きは、CINEMOREサイトにてご覧いただけます。
▶︎ ワイド、ズーム、ペッツパール、駆使したレンズ群
▶︎ キューブリックとの共通点
撮影監督:ロビー・ライアン
1970年、アイルランド生まれ。ヨルゴス・ランティモス監督の『女王陛下のお気に入り』(18)でアカデミー賞(R)撮影賞にノミネートされる。また、ケン・ローチ監督から厚い信頼を得て、『天使の分け前』(12)、『ジミー、野を駆ける伝説』(14)、『わたしは、ダニエル・ブレイク』(16)、『家族を想うとき』(19)、新作『THE OLD OAK(原題)』(23)を手掛ける。その他の主な作品は、スティーヴン・フリアーズ監督の『あなたを抱きしめる日まで』(13)、ノア・バームバック監督の『マリッジ・ストーリー』(19)、サリー・ポッター監督の『選ばなかったみち』(20)、マイク・ミルズ監督の『カモン カモン』(21)など。
『哀れなるものたち』
1月26日(金) 公開
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
取材・文: 香田史生
CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。
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