自分を切りつける言葉を持っていた人 行きたいところがあるんだぜ!通信  その2 2023.3.6

自分を傷つける歌

遠藤ミチロウは4年ほど前に死んでしまったけど、ぼくはたぶん5回ライブを見たことがある。はじめの2回はスターリンで、あとはソロである。スターリンを知らない人もいると思うけど、日本で初めてくらいの、本格的な暗さを持ったパンクバンドだった。それまでのジャパニーズパンクというと、ぼくが知る限りでは他者、特にインテリめいた連中を馬鹿にするもの、あるいは単におどろおどろしいとかいやに皮肉っぽいもの、果ては音楽のスタイルだけ並行輸入しているものだらけで、少々嫌気がさしていた。まあ、それらもまたパンクの一つのあり方かもしれないし、本当に狭い見聞の範囲の話ではあるわけだけど。

スターリンは全然違っていた。彼らの歌には自虐でも自責でもない、いわば根底的な自己嫌悪と、自己破壊の願望が渦巻いていた。「私は決して怒らない/どんなにバカにされようとも/私は決して怒らない/どんなにいじめられようとも/告白ばかりで思い出せない/告白ばかりで思い出せない/私は今から私は今から/私は今からお前を殺す」(玉ネギ畑)とか「それでもおまえは耳を閉じないでくれるか/体が重い 時間は背中を向けてる/声が沈む 空気はカミソリ/何も見えない時でさえ すべてを許してかまわない」(ストップガール)とか「気味の悪いヤツだな 胸をつかまないでくれ/おまえなんて知らない/どこかへ飛んでけ」(虫)とか「おまえと一緒に消え去る事もない/おまえと消え去ることができない」(溺愛)とか。これらの言葉はもっぱら自分を傷つけるものとして現れ、自分を傷つけるとともに、周囲を、聞くものを、世界を傷つけていた。
他人を切り裂くための刃は、自分の胸を断ち割って取り出すしかない…これらの歌を聞いていると、そんな言葉が浮かび上がってきたりした。

フォークシンガー

ミチロウが死んだとき、いろいろなインタビューが行われたようで、元スターリンのメンバーが「ミチロウはもともとフォークだから、俺たちが気を付けていないとすぐフォークにもどってしまう」と言っていたという話を教わったりした。これはかなり納得であって、何度かのスターリンの解散と再結成を経てソロとなったミチロウは、もっぱらソロで全国を巡っていた。生ギター一本でロックをやっているという感じなのだが、根っこのところにフォークシンガーがいるという感じがはっきりとあった。デビュー前から友部正人と親交があったという予備知識があるからでもあるが、何より「カノン」という歌を聞けばそうとしか思えなかった。
これは金魚鉢の中の金魚が、中途半端に浮き上がった空間にいてどこに行くことも何をすることもできずにいるしかない自分を恥じて、いっそ殺してほしいと願う歌である。「僕は上へも下へも行かないところで/まるであなたの知らないところで/泳ぐ 赤い金魚」「柔らかい 膨らんだ腹の中には/黒ずんだ緑のフンが 所狭しと詰められて/一日に数センチの悲しさを絞り出し/この透き通った水を 汚し 汚し 泳ぐのです」「だから僕をあいしていると言うのなら このビンを手にとって/あの硬いコンクリートの壁に 叩きつけてください」(カノン)
思わず全文引用したくなるのだけどそこは我慢するので、CDなりサブスクなりユーチューブなりで聞いてください。胸を断ち割って取り出した刃が、自分以外に向かう場所を見つけ出せず、やみくもにまた自分を切りつけていく…これはそういう歌だと思う。

ミチロウが残した手帳と友部が語った言葉

3年半ほど前にツイッターに、友部正人のライブを見た人の投稿が載っていた。友部はそのライブで、少し前に死んだ遠藤ミチロウが残した手帳を見た時の話をした。いわば死の床にいた、たぶん余命宣告まで受けていたミチロウは、手帳にありもしないライブのスジュールをあれこれと書き込んでいたのだそうだ。〇月〇日にどこそこでだれだれとライブをする、また〇月〇日には…といった具合で。ここではだれそれと一緒にこの曲をうたうとか、曲名まで決まっていたらしい。ああ、人間にとって生きている時間はそんなにも大事なものなんだと、胸を衝かれた。 

ミチロウが亡くなって半年ほどたって、彼の音楽葬「死霊の盆踊り」というのが行われた。そしてちょうど1周忌にあたる日、その音楽葬の動画が48時間限定で配信され、ぼくはそれを見ることができた。登場した友部正人はさっき紹介したエピソードを語ったのち、スケジュール帳に書かれた夢想のライブの中でミチロウが友部と一緒に歌うことになっていた「誰も僕の絵を描けないだろう」を歌い、続いて「カノン」を歌うのだが、それが始まる前に「カノン」のコード進行にのせて、ミチロウに語りかけていた。「歯ブラシをくわえて傘さして/ぼくの人生を横切った人だから/もう二度と君に会えなくていい/ぼくは君のことを忘れない/金魚のいない金魚鉢/上映時間はもう過ぎたから/ぼくは君にこのうたをうたう」これまた全文引用したくていけないけど、やめておきます。ぼくは配信を聞きながらこの語りをメモしたので、希望の方がいれば言ってください。友部正人に怒られるかもしれないけどメモくらい送ります。でも本当はこの動画をいつでも見られるようにしてほしいものだと、心から思います。 

そして何より、友部の歌う「カノン」がすごかった。おなじみのあの声を、次第に大きく張り上げながら歌う「カノン」には、悲しみと懐かしさと憤りとやりきれなさが渦巻いていた。まるで聞くものを「ミチロウが死んだのになぜあんたたちは生きてるんだ」と責めているようだった。まるでミチロウに「馬鹿はみんな放っておいて二人で死のう」と言っているようだった。ぼくにはそう聞こえた。なぜミチロウはこの歌声を聞くことができないんだろう。

#遠藤ミチロウ #スターリン #友部正人 #音楽葬