~太陽にほえろ!~『ジーパン刑事誕生物語』
今回は、ドラマ「太陽にほえろ!」にて松田優作さんが起用された経緯について解説していきます。
各参考資料をベースに、当時の日本テレビプロデューサー、岡田晋吉(おかだひろきち)さんの視点で話を進めていきたいと思います。
松田優作さんの起用には、様々な人間の思惑、そして多くの偶然が絡んでいました。
これ自体でドラマが一つできるストーリーです。
動画でも語っています、是非チェックしてみたください。
では詳しく見ていきましょう!
1972年、マカロニ刑事時代
物語の始まりは1972年。
当時、太陽にほえろ!ではショーケンこと萩原健一さんが新人刑事・マカロニとして活躍していました。
グループサウンズ出身の彼はもともと大スターであり、「太陽にほえろ!」でも相当な人気を博していました。
ショーケンさん「番組を降りたい」
しかし、ドラマ開始から半年ほどたった1973年初頭、岡田晋吉プロデューサーはあることに頭を悩ませていました。
番組の主役であるショーケンさんが降りたいと言ってきていたのです。
ショーケンさんの主張は、「自分はマカロニ刑事としてやるべきことは全部やった、もうやることがないから降板したい」というもの。
常に新しいことを求めていく、なんともショーケンさんらしい言葉です。
しかし、太陽にほえろ!のメインコンセプトは「新人刑事の成長物語」です。
何も知らない新人刑事(=マカロニ)が、先輩刑事の助けを借り、時には失敗しつつも一人前の刑事に成長していく、これが醍醐味なのです。
主役である新人刑事がいなくなれば、番組を続けることはできません。
「太陽にほえろ!」は開始半年あまりで存続の危機に瀕していました。
辞める、辞めさせない
番組を存続させるため、岡田プロデューサーは必死にショーケンさんを引き止めます。
「まだマカロニでできることはある、辞めさせない。」
しかしこれにはショーケンさんも一歩も引かず、「辞める」、「辞めさせない」という問答を繰り返す期間が続きました。
岡田プロデューサーは悩んでいました。
「おもしろい役者がいる」
ショーケンさんが降板を言い出したのと同じころ、岡田プロデューサーはある男に出会っていました。
その男とは松田優作。
俳優・村野武範さんが「おもしろい役者がいる」と紹介してきた男でした。
ちなみに村野さんは、岡田プロデューサーが手掛けていた番組「飛び出せ!青春」で主演を務めていた男。
岡田プロデューサーも信頼する俳優の紹介ということもあり、さっそくその男が所属している文学座の稽古を見学しに行きます。
ひとり輝いていた男
岡田プロデューサーが文学座の稽古場に向かうと、そこには30人ほどの研究生がいました。
男女一組でペアになって、恋人同士のエチュードをしている様子。
その中で、岡田プロシューサーはひとり輝く男を発見します。
岡田プロデューサーはすぐに気付きました、「彼こそが村野が言っていた男だ」と。
文学座の研究生といえども、いきなり恋人同士の役柄というのは恥じらいを覚えるもの。
多くの研究生が思う存分芝居ができない中、その男だけは違いました。
相手の女優にどんどん迫っていくと思いきや、最後にはキスまでしてしまいました。
とてつもなくスケールの大きな男がいる、岡田プロデューサーはそう思いました。
ほかの局にとられたくない
松田優作さんを見た瞬間、岡田プロデューサーはすぐに自身の番組に起用したいと考えます。
というのもこれほどの逸材、手をこまねいていたら他の局が引き抜いていってしまう、という不安があったからです。
当初、彼が起用を考えていた番組は一連の青春シリーズ。
前述の村野武範さんの「飛び出せ!青春」もその一つです。
しかしこのシリーズは、松竹制作の「おこれ!男だ」という企画がすでに森田健作さん主演で進んでいました。
松田優作さんを起用するとすれば、その後になってしまう。
しかし待っている時間はない。
ここで岡田プロデューサーはあることを思い出します。
「ショーケンが『太陽』を降りたいと言っていた。」
この瞬間、岡田プロデューサーは松田優作さんの「太陽にほえろ!」起用を閃きます。
太陽にほえろ!第35話「愛するものの叫び」
松田優作さんに可能性を感じた岡田プロデューサーは、すぐに彼をテスト出演させます。
それが1973年3月16日放送、第35話「愛するものの叫び」です。
この時は、まだショーケンさんがマカロニ刑事として出演していたころ。
松田優作さんの役どころは、ショーケンさんに対して「規則なんですよ」と涙ながらに説明する施設職員。
出番の短い、いわゆるちょい役ですが、松田優作さんの芝居からは並々ならぬエネルギーを感じます。
この役で岡田プロデューサーは周囲の反応を見ることにしました。
すごい役者が現れた
松田優作さんの評判はすぐに岡田プロデューサーのもとに届きました。
現場スタッフたちは「すごい役者が現れた!」と大騒ぎ。
そして岡田プロデューサーが特に驚いたのは、フィルム編集の神島帰美さんまでもが松田優作さんを褒めていたということ。
フィルム編集者は、フィルムをつなぎ合わせて最終的に作品を作り上げる人間。
NGシーンやOKだけど使われなかったシーン、完成品だけ見ている視聴者と違い編集者は役者の芝居すべてを見ています。
そんな彼女が芝居を評価しているということはただ事ではない、ということです。
この瞬間、岡田プロデューサーは松田優作さんの起用を心に決めました。
無名の新人、松田優作
意を決して松田優作さん起用を決めた岡田プロデューサーでしたが、まだ一つ壁が立ちはだかっていました。
日本テレビ上層部です。
彼らは無名の新人、松田優作の起用に難色を示していました。
それもそのはず、この時松田優作さんはまだデビューすらしていない研究生だったからです。
そんな人間がグループサウンズのスターであったショーケンさんの後釜を務められるわけがない、と言う上層部。
これは至極全うな考えです。
そして、ショーケンさんが降りるなら「太陽にほえろ!」は打ち切りだ、という意見もありました。
「太陽にほえろ!」はもともと、急遽打ち切りとなったプロレス中継の穴埋めとして用意された番組。
そもそもが付焼刃的な位置づけだったのです。
ショーケンが降りるなら、「太陽」をやめて音楽番組をやるという輩まで現れました。
視聴率取れなければ年内打ち切り
松田優作さん起用に反対していた上層部でしたが、実際「太陽」以外に枠を埋められる番組がない、というのも事実でした。
そうした経緯で、「太陽にほえろ!」は幸運にも継続を許可されます。
「もし松田優作で視聴率が取れなければ、年内打ち切り」という条件のもとに。
番組の存続は、松田優作さんが数字をとれるか、ということにかかってきます。
13日金曜日、マカロニ死す
1973年7月13日、ついにショーケンさん演じるマカロニ刑事は殉職します。
第52話「13日金曜日マカロニ死す」は試写の時点で異様な盛り上がりを見せていました。
試写開始時点で熱心なファンはすでに目を赤らめ、ショーケンさんが刺される瞬間はファンの悲鳴でセリフが聞こえなかったといいます。
そしてこの回は視聴率は24.1%(ビデオリサーチ)
当然ながら他の回と比べても圧倒的な高視聴率。
通常回の視聴率は平均しても10%台後半。
高くても20.3%などと、20%を大きく超える数字は出ていませんでした。
この一週間後、ついに運命の日が訪れます。
ジーパン刑事登場!
マカロニ刑事の殉職から一週間後、ついに松田優作さんのデビュー回が放送されます。
第53話「ジーパン刑事登場!」
番組の存続がかかった重要な回です。
この回で松田優作さん演じるジーパン刑事は意外な形で画面に現れます。
刑事という身分らしからぬ無銭飲食、そして留置場から初出勤。
ボス(石原裕次郎さん)を目の前にあくび姿で登場したこの青年に、視聴者はいささかの困惑を覚えたのではないでしょうか。
松田優作大暴れ
登場こそ間抜けなものでしたが、この作品の中で松田優作さん演じるジーパン刑事は大暴れします。
拳銃を持たない主義の彼は、基本的に徒手空拳。
しかし長い手足を存分に活かした芝居からは、マカロニ刑事にはなかったダイナミズムを感じます。
番組ラスト、犯人が持つ拳銃を足で蹴り上げるシーンには美しさすら感じます。
かくして印象的なデビューを飾った松田優作さん、あとは視聴率が取れるかどうかです。
マカロニを越えたジーパン
第53話「ジーパン刑事登場!」の視聴率は26.8%でした。
なんとマカロニ刑事殉職の回を2.7ポイント上回ったのです。
無名の新人が、スター萩原健一の数字を塗り替えたのです。
岡田プロデューサー曰く、この後から日テレ上層部は何も言わなくなったそうです。
かくして華々しいデビューとともにジーパン刑事は誕生し、「太陽にほえろ!」はその後15年続く番組として存続する機会を得たのでした。
マージャンが射とめた役
ここで、村野武範さんが松田優作さんを紹介した真相をご紹介しましょう。
実は村野さんが松田優作さんを紹介したのは、マージャンに負けたことが理由だったのです。
負けた村野さんが、勝った松田優作さんの頼み事を聞くという形で、彼は紹介したのでした。