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ニコメド短編小説「復活」前編

こちらは「ニコニコメドレーシリーズ Advent Calendar 2023」への参加作品なります。
この場をお借りしまして関係各位に御礼申し上げます。



2023/12/11 25:26

「今日のゲストはニコニコ動画が産んだ歌い手の----さんです」
深夜の高速道路を流している時、たまたまつけていたラジオから「ニコニコ動画」という懐かしいワードが聞こえてきて思わずラジオに耳を傾ける。
どうやら深夜定番のあの番組のようだが、この日のゲストで出演していたのがかつてニコニコ動画で名を馳せた歌い手(これもまた懐かしいワードだ)なんだそうだ。
そういえば今パーソナリティを務めている子もニコニコ動画で歌い手をやっていたとかいうのをどこかで聞いたような気がする。
今や紅白出場やらレコード大賞受賞やらで、流行りに疎い自分でもこうしたラジオや街中で彼女の歌声を聞かない日はないほどなのだが。
「今までで一番印象に残ってる歌ってみたの曲はありますか?」
「これ例えば10年前の曲を挙げたとしていきなりそれでは聴いていただきましょう!て言って10年前の歌ってみたが再生されるとかないよね?」
「やりませんよそんな公開処刑みたいなことはwww」
……………
過去の動画を黒歴史と称しながらも、二人がいた"故郷"を懐かしむようなトークを聞き、自分もどこか胸をくすぐられるような、そんな気分に浸りながら次のICで高速を降りた。

2023/12/13 00:14

仕事から帰り仮眠を取った後も、あのラジオでのトークがどこか頭の中を過ぎり、本当に久々にニコニコ動画に行ってみようと思った。
学生の頃はいわゆるニコ厨という肩書きをリアルでも堂々と名乗っており、ネットブラウザを立ち上げたときのトップページをニコニコ動画にしていた自分だが、こうして訪れるのは果たして何年ぶりだろうか。下手したら10年以上か…?
そんな歴戦のニコ厨でも10年もログインしていなければアカウント情報を忘れてしまっているわけだが、どうやら今はログインしなくても動画とかは見れるらしいのはありがたい限りだ。
お知らせ欄みたいなところにある「ニコニコは本日で17周年」みたいなインフォに若干目が眩みながらもトップページで紹介されている動画をざっと眺めてみる。
………………
なんか、変わったなあという印象を受ける。
どこがと言われるとどう説明すればいいのかわからないけれど。
サムネイルとか昔はゲームとかのプレイ画面をそのままペタって貼っていたような気がするが今はきれいにタイトルとか作り込まれている。
試しに一つ再生してみたらゆっくりとも違う合成音声っぽいものが喋り始めてびっくりした。
今はこういうのもあるのか。
前はいわゆる実況者とか本人が喋ってるものが多かったが、今は似たような、というとアレだが同じ雰囲気を感じるサムネ(タイトルとゲーム画面にキャラクターが脇に立っている感じ)がランキングに並んでいるあたりそういうものが主流なのだろう。
そんなこんなで今度はランキングを漁ってみる。
周年の節目だからか自分がよく見ていた頃からあった動画もチラホラ見かけて懐かしい気持ちになる。
注目タグ内でのランキングみたいのもあるんだなあと音楽タグを手繰っていると"それ"が目に入った。
「ニコニコメドレーシリーズ」。
瞬間、頭がチリっとしたような気がして目を細める。
そうか、それもまだあるか…
まだ、というと失礼ではあるが、自分がいた頃もそれなりに小さい界隈だったと思うし、それがこうして注目タグでピックアップされる程度には支えられているのは結構驚きだ。
せっかくなので何個か見てみる。
今の流行曲はほとんどわからないが、さっき投稿されたらしいニコニコ動画17周年を記念したメドレーは久々にニコ動然りメドレーを見る人でもあっという間にそうそうこういうもんだったよなと懐かしい気持ちを思い出させてくれた。
対して同じ日投稿のシェアさんという人のメドレーは、今はこんな演出もニコニコメドレーとしてやっていいのかと、いい意味でカルチャーショックを受けた。
ちょうど今はメドベントカレンダーというイベントが行われているらしく、他にもそれ関連の動画でランキングは埋まっていた。
指定の人が指定の日付に順番に投稿していくイベントということでその予定表みたいなものも見てみたが、流石にもうあまり知っている人はいないな。
それだけ新規の人が入っているというのもすごい話だと思うが。
あ、浅丘ヒートンさんは確か当時からいた気がするな。
その年の流行をまとめたメドレーを作っていた人だったと思う。

あの頃ニコニコ動画の数ある動画の中でも一番ハマっていたのはニコニコメドレーシリーズだった。
それこそ自分も作ってみたいと思う程度には。
でも結局投稿することはできなかった。
頭の中の記憶が"そのとき"に引っかかろうとしてまたチリっとした感覚になる。
ダメだ、"それ"を思い出そうとするのは。
これ以上フラッシュバックする前に、ニコニコ動画のブラウザを閉じていろいろなものをシャットアウトした。
とりあえず寝てしまおう。

2023/12/16 18:57

あれからふとやることがなくなった合間の時間にちょくちょくメドレーをチェックしている。
とは言っても全部漁るとかではなくて、メドベントカレンダーに投稿された作品を見て、その人の過去動画をちょっと見るくらいなのだが。
…そのちょっとが1個見るだけでも10分超えているのがザラなので結局まあまあな時間がつぶれているのは、置いておくとして。

今日はウボァーさんという人の作品が投稿されるらしいので楽しみにしているが、その前に人と会う約束があったため、街に繰り出していた。
指定された中華料理屋の中に入ると、すでに先に入っていた2人はもう1本ほどビールを空けているようだった。
「悪い、遅れた」
「おう今井、久しぶり、先に飲んでるで」
「見りゃあわかるよヒトシ、しかも10分か20分くらいしか経ってないはずなのにもう1本空いてるのはまあまあなペースだろ」
「ハッハ、バレとるわ!」
「武田も久しぶり」
「いやあ久しぶりだね今井くん、2,3年ぶりくらいかな?」
「あれヒトシの結婚式がコロナで延びまくって…いつだったっけ?」
「21年の9月やから2年やな」
「ええもうそんなに経つのか」
「ハッハ、もう早いもんや!籍入れてからやともう3年経ってるで!」
「ヒェッ」
なんていう怖い話をしながら自分もいろいろ注文する。
この2人は高校時代の友人だ。
ヒトシは関西生まれだが小学生時代にこっちに引っ越してきてそこからの付き合いだ。
進学と就職でまた関西に行ったがたびたびこうして自分たちに会いに来る。
ちなみに苗字は高橋だが、本人は下の名前で呼んでくれとうるさい。
対する武田は高校のクラスメイトになってから、趣味、というか同じようにニコニコ動画を見ていることを知って仲良くなった。
まあどっちかというと武田は東方とか、音MADとかそういうのに傾倒していたので微妙に守備範囲は違ったのだが。
ちなみに武田はかなり頭がよかったのだが地元の役所に就職してずっと地元で暮らしている。
「あいつ何も言わんけど実は地元の県議会議員とか狙ってるんとちゃうか」とはヒトシの弁。

自分もビールを入れて一息ついたところで武田がこう切り出した。
「今日は集まってくれてありがとう。実は二人に報告したいことがあって」
「お?なんやなんや?」
「えーこの度、僕も結婚することになりまして…」
「おーーー!!おめでとうなぁ!!」
「おめでとう」
「いえいえいえいえ」
ヒトシが相手はどこで出会った人なんだ、とか結婚式はいつなんだ、とかいろいろ聞きだしているのを横目に、何かの付け合わせのたまごスープをすする。
今日こうして呼ばれたときからなんとなく予想していたことだった。
大学時代は何とはなしにやっていたこの集まりも、それぞれのライフステージが変わるごとにだんだんと開催する頻度は少なくなっていった。
今は何とか結婚という人生の節目に立ち会えているが、次に会うのは葬式だろうか、そもそもそこまでつながりを保っていられるだろうかと自嘲する。

「しかしこれで2/3が結婚したことになるんか。高校んときは全然想像つかんかったわ」
「まあ男子校だったからね。でも近くの女子高にことあるごとにアタックしに行ってたヒトシくんは早いだろうなと思っていたよ」
「よせよせ!今思い出しても嫁にバレたらシバかれるようなことばっかや!」
「そういえばそんなことあったな、文化祭でダブルブッキングして修羅場になりかけたとか」
「やめーや!…そういう今井はどうなんや、誰かええ人おらんのか」
「深夜のトラックドライバーにそういうのがあるわけないだろ」
「それは主語でかすぎるような気はするが…まあそうさなあ」
「休みの日とかはあるんでしょ?どこか遊びに行ったりはしてないの?」
「朝帰って寝ると夜になってるからなあ。そこからスマホ見てたりしたらあっという間に休みは溶ける」
「うーんそうなのかー」
「まあその話はどうでもいいんだよ、それよりこの前久々にニコニコ動画を見てみたんだけどさ」
話が変なところに行ってしまう前にそらしてみる。
まあこれはこれで変なところのような気はしないでもないが。
「うっわ久々に聞いたわそれ!」
「懐かしいね」
だが存外二人は乗ってくれたようで安堵する。
「ニコニコ?メドレーやっけ?なんやお前がいきなりそれ作りたい言うてアコギ弾きだしたりしてな」
「ニコニコメドレーは打ち込みのものが多くて、生楽器もいないわけではないけど多くはないからこれは注目してくれるんじゃないかって言ってね」
「武田は同じの見てたからようリクエストしとったけど結局オレは最後までわからんかったな」
「だからお前が大学行った後ラブライブ!にドハマりしたことが衝撃だったわけよ」
「ハッハ!しゃーないあれは海未ちゃんがかわいすぎたんや!」
なんて、またくだらない懐かしい話で盛り上がる。
酒も進んでいき、懐古に心地が良くなっていく中で、"それ"は思わずこぼれ出てしまったつぶやきだった。
「浜屋は、今どうしてるんだろうな…」

瞬間、空気が少し固くなる。
しまった、これはまずった。
頭がチリっとするどころか、目も開けられないくらいガンガンするものを感じる。
「ハマさん、か…」
「浜屋くん、ねえ…」
高校時代、自分たちがつるんでいた中にはもう一人いた。
一言でいえば豪放磊落。
ヒトシも一見その口に見えるが、あれでいて結構しっかりした生き方というか、ふるまいをしているのに対して浜屋は本当に豪快な人柄だった。
先のヒトシが女子高にアタックしてダブルブッキングしたという話も、そもそもは浜屋がヒトシを強引に連れて行って適当に声をかけまくったから収拾がつかなくなったというところもあったし、歴史の授業で男性器や女性器を模した石器があったことを知ると、突然それを自分で作り始めた上に完成したものを学校で売りさばくとか、そういった奇人変人伝説は数知れず。
自分がニコニコ動画やらニコニコメドレーを見るようになったのも浜屋がきっかけだった。
ある日教室で組曲「ニコニコ動画」をダンスしたものを上げたいからお前もなんか踊ってくれ、と突然言われてしぶしぶ振り付けを見始めたら、その音楽が思いのほか面白いことを知った。
そして組曲の他にもそういったものがあると知って…まあそれはともかく。
「ハマさんと今連絡取れるやつおるんかいな、控えめに言って行方不明やろ」
そう、毎日のように学校内に伝説を作り上げていた彼は、3年生のある日突然学校をやめて姿を消した。
嵐のように過ぎ去ったともいえるし、まるで最初からいない幽霊だったのではとも思うような、そんな幕切れだった。
「でも確か地元にはいるみたいだよ?」
「え」
「ホンマかいなそれ!?」
「う、うん、1,2年くらい前だけど同級生が彼を駅前の喫茶店で見かけたらしくて…」
「どうしてハマさんとわかったんや?」
「雰囲気というか面立ちが高校のときとほとんど変わってなかったんだって」
「まあ割と当時からおっさん顔やったからな…」
「で、テーブルも近かったし話しかけようかとも思ったけど、知らない人と一緒だったんだって。どうもそれがなんというか、情報商材を売ってそうな、というかそれっぽい単語がちらほら聞こえたって…」
「それは…なんともハマさんっぽい感じやなあ…昔から金にはがめつかったし…」
そこからまた懐かしい話がところところで出ていたが、覚えているのは締めのラーメンのスープの味ばかりで、何をしゃべったかは覚えていない。

2023/12/16 22:24

「じゃあまた、結婚式は来年の2月だから、そのときまたよろしくね」
「おう、ほな久々にあれやるか!別れの"バイなら"をな!」
「ヒトシくん本当に庶民先生のその挨拶好きだよね…」
「それで今日の店庶民にしてるくらいやしな!」
そんな担任の先生(なんで庶民なのかは、まあ内輪なので割愛)をネタにしながら、別れ際武田は自分に近づいて
「気になるようだったら、浜屋くんの現況をいろいろ聞いてみるよ」
「え?いやいいよそんな」
「まあオレもダチとして気になるしな。出てくるかわからんけど頼むわ」
こういうところで迷いなくダチと言えるのがヒトシのいいところだと思う。
対して自分は…
「ほなまたな!バイなら!」
「またね、バイなら」
「…バイなら」
この挨拶をそろえて言うことが当時から恒例だったわけだが、今は少し、恥ずかしいというか空しい心持ちになってしまうような気がする。
しょうもない内輪の挨拶でつなぎとめている何かを、次も保たせることができるのか、いつか綻んでしまうのか。
「振り返っても、あのころには戻れない…か」
夜の人気の少なくなったアーケードを歩いていると、学校から繁華街で遊んで、みんなと別れた後に地元のアーケードを歩きながら聴いていた思い出は億千万のフレーズを思い出す。
あの頃、この曲を聴いていた自分は自分たちもこの曲が本当の意味で分かってしまうときがあるのだろうか、と思っていた。
大人になるとよくある話だ、とは当時のコメントでも言われていたし、それは分かっていたことだと思うけど、どこかで自分たちはそんなことにならない、と根拠のない自信というか、そういう予感を持っていたようにも思う。
それが結局今じゃあこの曲自体をしばらく忘れていた有様だ。

信号で立ち止まり空を見上げる。
あの2人はきっと知らない、浜屋が自分たちのもとからいなくなった原因の一端を自分が、俺が担ってしまっているかもしれないことを。
思い出さなくても、ずっと頭がチリチリしていた感覚。

思い出したくはないが、忘れてはいけない、過ちの記憶。

つづく


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