【時事抄】 プロアマ混在の発信者が創る宣伝に囲まれた現代
ブログ(今はnoteか)やSNSを通じて個人が発信し、そこに多くのフォロワーがつけば、時に大手メディアに匹敵する発信力を得られる時代になりました。ネットが広がる以前から、世間の注目を集めるために、手段を選ばぬ安易で過剰な表現(暴力、指弾、デマ、性描写など)に走る発信者が数多くいました。当時その多くは組織に組み込まれたプロ集団たちでしたが、プロとアマの境目がほとんど無くなったのが現代と言えます。
広告としてのSNSを悪用?して、名誉毀損で社員から訴えられ敗訴した会社と会社代表について、日本経済新聞が報じた記事を拾い上げてみました。
<要約>
SNS活用の巧拙は、今や企業の業績を左右するほど重要となった。だが、「バズ」ることに固執してモラルを欠けば諸刃の剣となる。社長の「男気」を売りにフォロワーを増やした京都市の内装会社は、動画で取り上げた従業員から名誉毀損で訴えられて敗訴。裁判所は会社側の責任を糾弾した。
20年5月、動画共有サイト「TikTok」にアカウントを開設して社内での日常を投稿し始めた。最初は当たり障りのない内容で、工事現場を見回り従業員に休憩を促したり、飲み会では社員に感謝の意を示す社長の姿があった。
投稿者の40代の会社社長は、会社設立から10年、軽量鉄骨を用いた新店舗の内装工事やトイレの改修などで事業を広げてきた。TikTokの活用は営業促進だけでなく、知名度を上げて従業員確保につなげたいとの思いもあったようだ。HPには「求人募集中」の文字が目立ち、「職人急募」と題した動画も複数回投稿されていた。
◆叱責
だが、時とともに動画の中の会社は「働きやすい職場」とは程遠い姿を映し始めた。例えば「メーキング」と題した投稿には、従業員に工具の重要性を説く一方で、片づけが不十分との理由で「どつくぞ」と声を荒げてやり直しを命じる場面もあった。
過激な内容であるほど注目が集まる。社長の激しい「説教」にはニーズがあったか、開設2年でフォロワーは7万人を超えた。投稿内容はさらに過激さを増し、内容が過激になるほど再生回数が伸びた。X(旧ツイッター)で拡散されるなどして80万回以上再生された動画もあったという。
犠牲になったのは22年2月から働き始めた30代の男性従業員だった。ある動画で、社内トラブルで男性が虚偽の説明をしたと社長は糾弾し、「噓つきが直りますように」などと半裸の上半身に油性ペンで書き込んだ。男性が必死に謝罪する姿を、社長と別の従業員らが笑っている。
◆職務
男性は入社2ヶ月で出社を拒否するようになった。謝罪の強要、性的嫌がらせを含む言葉の暴力、果ては殴る蹴るの暴行を受けたと警察に駆け込む事態にまで発展した。
一方、社長の行為はエスカレートし、事情聴取に来た警察官との応対までも撮影して投稿、当の男性の顔写真を公開して、男性に対して会社貸与の作業服や工具が未返却だと激しく非難した。視聴者に向けて「目撃情報を募ります」と煽る動画も投じた。22年9月、男性は社長に名誉を傷つけられたと損害賠償を求めて提訴した。
◆判決
民法上の名誉毀損は(1)不特定多数の人に対し(2)社会的な評価を下げる(3)具体的な事実を告げる、の3要件で成立する。大阪地裁は23年10月、一連の動画が男性を「ろくに謝罪もできず他人に迷惑をかける人物」との印象を与えるし、名誉毀損の成立を認め、社長に動画削除と22万円の支払いを命じた。
会社法では代表取締役などが職務で第三者に損害を与えた場合、会社もその責任を負うと定める。動画が会社アカウントで投稿されていたことで社長の「職務」と判断、裁判所は会社の賠償責任も認定した。社長は控訴したが、24年3月、大阪高裁で判決はそのまま確定した。
しかし、同社社長が登場する同社アカウントは今も投稿が続いている。従業員を叱責する様子は依然として残る。法的責任を負ってまでも、再生回数を伸ばすことに果たしてメリットがあるのだろうか。
(原文2109文字→1375文字)
マーケティングの一分野に「広告」があり、古典的な広告理論のひとつに「AIDMA(アイドマ)モデル」があります。消費者の購買プロセスを5つ段階で分析し、モノやサービスに対する効果的なアプローチを各プロセス毎に構築しましょう、というものです。
最初のステップ「Attention(注意)」で、消費者の注意を喚起し、製品やブランドに興味を抱かせ、意識づけの獲得を目標とします。TV-CMや雑誌の表紙で時に過激な表現が物議を醸すときがありますが、表現者(広告製作者)の狙いは消費者の「Attention(注意)」を獲得することにあります。
一般に広告のプロが狙うのは消費者の意識を宣伝する対象に結びつけることです。一方、記事に取り上げられたような「他者への攻撃」が狙うは、単なる自己顕示欲と承認欲求で、ベクトルが自分自身(エゴ)に向いている点に顕著な違いがあります。
ただ、もし名誉毀損とされた動画の投稿によって、この会社が当初の目的だった採用応募者数の増加を実現させていたとしたら。率直に言って応募した人たちの気が知れないのですが、非難された当の社長の対応は、一面において正当化されると言えるでしょう。理想と現実の間です。
個々人の事情というのも当然あるので論評は難しいわけですが、残念ながら記事は応募者数の増減までは触れてません。溢れる宣伝に対する自身の判断力が問われるとしかいいようがないですね。