【時事抄】 歴史的な金融政策の大転換
7月31日、日本と米国で金融政策会合の結果が公表されました。その前後から金融市場が大きく動揺し、特に日本の株価は歴史的ともいえる下落幅を記録しました。日銀の「早過ぎた利上げ」が主因と怨嗟の声が広がっているようですが、的外れでしょう。
引き上げ幅はわずか0.25%、示唆された継続利上げも欧米のように4~5%もの上げはありえず、また政策金利の上昇で収益増となる銀行株もが大きく売られているからです。今回の歴史的な日本株急落は、累積した円売りの「買い戻し」による急激な円高スパイラルで損失を被った海外筋が、目減りする日本株の損益確定を急いでいると見ています。よくある短期的な動きです。
今回の日米両当局の金融政策について、冷静に考察するべく日本経済新聞に掲載された解説記事を要約しました。
<要約>
日銀が意表をついた利上げを決断した。9月の利下げを市場に織り込むFBRの政策転換を見据えて、円安是正の機会を伺っていた可能性が高い。
植田総裁は利上げの理由として、賃上げが浸透して経済と物価のシナリオが想定通り(オントラック)だったことに加え、円安が物価の上振れをもたらしうる「リスクとしてはかなり大きなもの」との特筆すべき言及もした。
そして会見では「2%を超えるインフレがかなり長く続いている。(輸入物価上昇で)2%からさらに上に行ってしまうリスクも考えれば、この辺かな、と思った」と語った。
これまで日銀は2%を超えるインフレ率も表面上のもので、賃金上昇に根ざした「基調的な物価上昇率」は目標とする2%を依然下回ると説明してきた。輸入物価の上昇による「第一の力」、基調的な物価上昇である「第二の力」と二つに分け、第二の力に注目する立場をとった。
これが海外投資家に分かりにくいと映り、「インフレでも過度な金融緩和を放置している」「円安誘導を続けている」との見方を広めてきた。
今回、植田総裁は「第一の力」と「第二の力」を分けて説明することを避け、止まらぬ円安は「第一」も「第二」もなく物価高が定着するリスクとした。この円安リスクを強調しつつ、「データが見通しどおりに出てきて、ある程度の蓄積になれば当然、次のステップに行く」という利上げ継続の意思を示した。
日米の金融当局は、「日銀は金融引き締め」と「FRBは金融緩和」との方向感は定まってはいた。だが、植田日銀は金利復活による混乱回避に向けて「ハト派」の顔を強め、パウエルFRB議長は米景気の再上昇によるインフレ再燃の回避に向けて「タカ派」の役回りを演じてきた。この本音と役回りのねじれた関係が円売り・ドル買いを誘ってきた。
今会合で「ねじれ」は解消し、日銀とFRBは本来あるべき政策スタンスを整え、理論通りの円買い・ドル売りを誘発した。問題は米国のインフレが再燃してFRBが再び「タカ派」に転じざるをえなくなったとき、また米景気の急激な失速で米国が利下げを加速させるとき、ドル高が進み、円安圧力が蘇ることだ。
仮に11月の米大統領選でトランプ氏の勝利となれば、中国を標的にした高関税政策を取り、移民の流入制限を進め、減税規模を拡大してインフレ圧力が高まると懸念される。円安再燃の火種が残る。
日銀が利上げを継続すると、30年近く0.5%以上の政策金利を知らない日本経済に不測の事態を招く恐れがある。為替変動によって金融政策が左右され、経済全体に不必要な不安定化をもたらすリスクもある。植田日銀「豹変」の評価は、これからだ。
(原文2702文字→1100文字)
学者総裁、コミュ障と揶揄されていた植田総裁が、ついに大きな決断を下しました。23年4月に日銀総裁に就任して、1年以上が過ぎて「何もできない」「何もする気がない」と甘く見られていた感もありました。
しかし就任して1年で、「無風」に近い状態でYCCを一気に撤廃し、マイナス金利の解除という驚くべき成果を上げました。賃金物価の上昇が軌道に乗りつつある今、潜在需要の弱さなどの懸念はあっても、金融正常化に向けて一歩前進した決断は妥当なものです。
前任総裁が行った「異次元緩和」の後始末をつけるとの役割を、後任総裁は負わされる宿命にありました。その火中の栗を拾ったのが植田氏でした。東大で理系・文系の学問を両方とも修め、その後も我々凡人の足元にも及ばぬ国内外での学歴と実務経歴を重ねた現総裁は、超絶な秀才です。年後半に待ち構える荒相場のなか金融正常化の難事に今後も立ち向かいます。