【時事抄】 中東の報復合戦、誰かネタニヤフ氏を停めてくれ
中東の全面戦争など誰も望んでいません。にもかかわらず、いま中東で起こる出来事は、もはや戦争という状況です。イスラエル軍が今月1日、「限定的」と留保をつけていますが、国境を接するレバノン南部へ地上部隊を進行させて攻撃を始めました。イランはイスラエル本土に向けてミサイルを放ち一部が着弾してイスラエル側に死傷者が出たようです。報復の連鎖が広がっています。
ペルシャ湾の緊張は原油高に結びつきます。欧米諸国では、前年同月比10%以上にも達するような激しい物価高に見舞われていましたが、ようやく沈静化してきました。FRBやECBといった欧米の中央銀行が景気下支えに向けた利下げを始めたばかりです。
利下げの環境が整いつつあると胸を撫でおろしていた。そんな治癒しかけた欧米の経済情勢を、再びインフレが襲う事態にもなりかねない危機が迫っています。イスラエル軍によるレバノンへの地上戦侵攻を報じた日本経済新聞の記事を要約しました。
<要約>
ついにイスラエル軍がレバノンへの地上攻撃を始めた。パレスチナ自治区ガザを起点とした戦火は広がりは、「第5次中東戦争」を予感させる。しかし、過去の中東戦争と同列に扱うのは早計で、20世紀のそれとは異なる、新しい戦争の出現と見るべきだ。
かつてイスラエルとアラブ諸国が4度の戦果を交えた中東戦争は、長い苦難を経て獲得したユダヤ民族の郷土というべきイスラエル、「パレスチナ解放」の大義の下に結束したアラブ諸国。両勢力のとの戦いという構図だった。だが、アラブ対イスラエルという伝統的な構図で現代は語れない。
アラブ各国は自国の安全保障と経済成長を優先し、今やアラブ諸国は一枚岩でない。そして国家イスラエルに対抗するのはハマスやヒズボラのような非国家主体だ。イスラムの思想で連帯し、破壊されても復活し、国境を超えて結びつく。イスラエルが多くの爆弾を落としても根絶は困難で、非国家主体との戦いに終わりはない。
レバノン市民の携帯電話にイスラエルのメッセージが送られ、ヒズボラ戦闘員のポケットベルが爆弾に変わる。日常生活やサイバー空間にまで戦場が広がり、その先に待つのは戦闘が常態化した不安定な中東社会だ。そのとき、「世界の警察官」の役割を放棄した米国は、支援するイスラエルを抑制できず、拡大する戦線に為す術を持たない。
この新しい戦争にイランが引きずり込まれるとき、非国家主体と国家という戦いの構図が、国家対国家の第5次中東戦争へ代わる。原油輸送の大動脈というべきペルシャ湾の緊張は、世界経済に大打撃となる。
(原文1141文字→652文字)
この中東情勢の元凶が、1949年生まれのイスラエル首相のベンヤミン・ネタニヤフ氏です。米国バイデン大統領やブリンケン国務長官が繰り返し停戦を促すも、聞く耳もたず、権力に執着する74歳の老人を両人ですら持て余し気味です。ネタニヤフ氏とは一体何者なのでしょうか。
初めてイスラエル首相に就いたのは今から四半世紀も昔、1996年のことです。シモン・ペレス党首に僅差で勝利し、最年少の若さで首相に就きました。パレスチナとの和平交渉を推進し、歴史的な「オスロ合意」を結んだ穏健派ラビン首相が和平反対派に暗殺され、その数ヶ月後に行われた選挙でした。
ネタニヤフ氏は和平交渉をイスラエルの安全保障を脅かすものとして否定し、アラブ諸国との対立を躊躇しないという、初めから好戦的な右寄りの人物でした。ただ就任当時は米国の圧力から渋々パレスチナと和平合意に調印し、結果的には第一次ネタニヤフ政権がこれで崩壊します。この経験に懲りたのか、09年に返り咲くと、パレスチナが決して合意できないような条件を突きつけ、和平交渉を棚上げにします。
当時の米オバマ政権はイラン核開発を阻止する交渉を主導し、ネタニヤフ氏はオバマ氏の方針を好まず、米国とイスラエルの関係は悪化していました。しかし、トランプ前大統領の政策転換によって、米国、イスラエル、パレスチナの関係が逆転します。聖地エルサレムをイスラエルの首都と正式に認めると発表し、米国大使館をテルアヴィブからエルサレムへ移し、イランとの核合意からの離脱を表明したのです。ネタニヤフ氏はトランプ氏を「最高の友人」と称え、その政策転換を絶賛しました。
ネタニヤフ氏は汚職疑惑で退陣を余儀なくされますが、すぐに再び政権に返り咲いて今に至ります。昨年秋、ハマスの奇襲攻撃を防げなかったという政治的危機を前に、ファイティングポーズを取り続け、且つ自身の政治的延命のために中東各勢力との緊張状態を維持し、「有事状態」を意図的に長引かせたい。これがネタニヤフ氏の狙いと識者は指摘してますが、実際そうなのでしょう。
塗炭の苦しみにいるパレスチナですが、アラブの同胞たち、例えば軍事大国イラン、アラブの盟主サウジアラビアといったアラブ諸国はむしろ拡大を避けようと理性的に振る舞っています。ただ、戦争は水もの。予想しない形で事態が進んでしまう可能性が常にあり、落ち着くべきところに早く落ち着いてほしい。そう願いつつ遠い極東の島国から戦況の行方を見ています。