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CPBL史上最大のトレードを解説する

CPBL史上最大のトレード概要

 2023年8月10日。楽天モンキーズと台鋼ホークスの間で台湾球界に驚きを与える超大型トレードが成立した。

楽天モンキーズ獲得
林子偉(29歳 2B)

台鋼ホークス獲得
王柏融(29歳 OF 北海道日本ハム所属)の契約交渉権
藍寅倫(33歳 OF)
王溢正(37歳 LHP)
翁瑋均(24歳 RHP)

 見かけ上は1対4のトレードになっているが、手続きにおいては
・林子偉⇔藍寅倫、王溢正、翁瑋均の1対3のトレード
・王柏融の契約交渉権の譲渡

 に分かれる。

 何故手続きが二つに分かれるかを解説する。王柏融はCPBL・ラミゴモンキーズでプレーしていた18年オフに海外FAの資格を取得。ポスティングシステムを利用して北海道日本ハムに移籍したが、CPBLの規定によりポスティングで海外球団に移籍した選手がCPBLに復帰する際は元の所属球団(当時のラミゴモンキーズ、現在の楽天モンキーズ)と契約する必要があった。

 今回王柏融をトレードの対象にするにあたり、この点が大きなネックとなり、両球団がCPBLとも確認を取りながら慎重に手続きを進めることとなった。というのも、CPBLのトレードに関する規定により「契約交渉権」をトレードの対象とすることができない。しかしながら、契約交渉権をトレードとは別物として捉え、単に王柏融の契約交渉権を楽天から台鋼に譲渡することについては問題がない。(なお、手続き上は楽天が先に王柏融と契約しリーグへの選手登録を行った上で台鋼へ譲渡という形をとる必要がある。)これがトレードと王柏融の契約交渉権の譲渡が実際は別々の扱いとなる理由である。

 台鋼が全体ドラフト1位の指名権を他球団へトレードに出すのではないか、という噂はアメリカでプレーする林子偉がCPBLドラフトへの参加を表明した7月3日頃から流れていた。しかし具体的な進展はないまま7月12日にドラフトが終了。台鋼は大方の予想通り、全体ドラフト1位で林子偉を指名した。

 ところが8月10日の台湾時間午前5時頃に「台鋼が林子偉、楽天が王柏融の契約交渉権と数名の選手でのトレードを進めようとしている」との報道が出始め、台湾野球界は午前中トレードの話題で持ちきりとなった。そして台湾時間の午前11時に楽天がFacebookで公式発表し、トレードの全容が判明した。楽天の浦韋青GMによると、台鋼と楽天は約1ヶ月余りトレードについての話し合いを進めてきた。また台鋼には他球団からもトレードに関する提案があった中で、最終的には楽天の提示案を選んだという。

 また台湾現地の記者、コラムニストの王翊亘はコラムにおいて、林子偉、王柏融、王溢正の3名が同じマネジメント会社「悍創運動行銷」と契約しており、マネジメント会社が両球団の橋渡しをする形でトレード対象となっている選手の考えを聞き、両球団のトレードを推進する手助けになったことを指摘している。台鋼が果たして現在日本ハムでプレーする王柏融と契約できるのか、という点についてもこのコラムによれば既に台鋼はマネジメント会社を通じ、王柏融本人がもし今オフに自由契約となった場合、台鋼に入団する意向が強いことを確認しているという。
(ただし、8月12日時点でこの件に関する日本ハム側のコメントはない)

選手紹介

 ここからはトレードの対象となった各選手について紹介していく。
 (成績は8月12日時点)

林子偉(米独立・アメリカンアソシエーション) 29歳 2B
23年成績:45試合 打率.270 7HR 23打点 7盗塁 OPS.876
 台鋼が今年7月に行われたCPBLドラフト全体1位で指名した元メジャーリーガー。17~21年までメジャーで通算102試合に出場し打率.223 1HR 12打点 OPS.614。今年はABLでプレー後、台湾代表としてWBCに出場し、その後は米独立リーグ・アメリカンアソシエーションで安定した活躍を見せている。9つのポジションを守った経験のあるユーティリティー性が武器で、加えてCPBLでも平均以上の走力と打力を誇るため、メジャーを経験した大物内野手という位置づけで、後期から即戦力としての活躍が期待されている。

王柏融(北海道日本ハムファイターズ) 29歳 OF
23年成績(NPB二軍):55試合 打率.224 7HR 19打点 0盗塁 OPS.719
 日本の野球ファンにもお馴染み、台湾の大王。15年~18年までプレーしたCPBLでは2度の打率4割、17年には台湾人選手初の三冠王と大暴れし、鳴り物入りで18年オフに日本ハムへ入団。しかしながら日本では満足いく結果を残せておらず昨年10月に自由契約となったが、その後12月に育成契約。今年は7月30日に支配下契約を結び、二軍でリーグ6位タイとなる7HRを放っている。

藍寅倫(楽天モンキーズ) 33歳 OF
23年成績:25試合 打率.242 1HR 3打点 1盗塁 OPS.648
 ガッツ溢れるプレーを身上とするベテラン外野手。13年ドラフト7位の下位指名ながら、実質1年目となる14年に88試合 打率.339 4HR 39打点 20盗塁 OPS.835と活躍し新人王を獲得。その後2シーズンは重なる怪我で出場機会を減らすも、17年~20年までは打率3割以上をマークしラミゴの3連覇に貢献。しかし21年からは若手外野手の台頭もあり成績が下降気味。フルスイングからのバットフリップとハッスルプレーが持ち味で、左投手に強い左打者だが怪我が多い。規定打席に到達したのも18、19年の2シーズンのみで30代中盤に入った現在、シーズン通しての活躍は見込みにくくなっている。

王溢正(楽天モンキーズ) 37歳 LHP
23年成績:4試合 4.1IP ERA6.23 K/9 6.2 BB/9 13.2
 10~13年までは横浜、DeNAでもプレーしたベテラン左腕。13年シーズン途中にラミゴ入団後は計算できる左の先発として活躍。14~20年まで毎年100イニング以上を投げ、21年はリリーフに転向、22年は先発とリリーフを行き来した。今季は一軍での出番が大幅に減少し、二軍でリリーフメインに14試合に登板しERA4.41。130km台後半のストレートにスライダー、チェンジアップを組み合わせる技巧派左腕で、台湾シリーズに滅法強く通算5勝1敗。大舞台に強いベテランではあるものの、近年は成績を落としている。

翁瑋均(楽天モンキーズ) 24歳 RHP
23年成績:一軍登板なし
 怪我から復帰し先発ローテ入りを目指していた若手右腕。18年ドラフト1位でラミゴに入団。20年はホームに滅法強く、ビジターで打ち込まれる内弁慶ぶりを発揮しERA7.02ながら9勝7敗とローテーションの一角として活躍し、翌21年は7試合のみの登板ながらERA2.93をマーク。しかし昨年は21年オフに2度目となる肘のクリーニング手術を受けた影響で一軍で2試合の登板に終わる。今年はABLでプレー後に右肘に違和感を訴え6月にようやく実戦復帰。しかし登板間隔を空け、球数を抑えてのリリーフ登板しかできず、先発に戻るにはまだ時間がかかりそうな状態。多彩な球種を操る若手右腕も、相次ぐ怪我と他の先発右腕の台頭もあり立場が厳しくなっていた。

両球団の狙いは?

・楽天
 
楽天は今年の前期、序盤こそ好調ながらその後失速し3位に終わった。2年連続の台湾シリーズ進出、そして20年に楽天となって以降初の台湾シリーズ優勝に向けて後期に全力を注ぐ必要があった。そのような中で内外野を守れ、且つ打力にも期待できる林子偉は即戦力として願ってもない補強となった。前期は昨年のシーズンMVPである林立が怪我で離脱した際は2Bが穴となり、不動のレギュラー林承飛が調子を落としているSS、球界屈指の韋駄天である陳晨威が不振でCFもチームの課題だったが、林子偉が穴となっているポジションに入れば攻守で大きな利得を生むことが期待できる。

 また放出した3人について見ていくと、王溢正は年齢的にも今後成績を残すことは難しく、藍寅倫もチームで成晉などの若手外野手が台頭し、長距離打者である朱育賢がLFに入っている現状では出番を減らしているベテランであった。またトレードのパッケージで唯一の若手である翁瑋均についても、楽天には今季23歳の若手右腕である陳克羿が一軍でローテに定着。二軍には昨年トレードで移籍し活躍を見せた楊彬や、19歳ながら首脳陣の期待を集める劉家翔が控えており、先発右腕に不足のないチーム事情からトレードに出すことができたものと推測する。

 最後に王柏融については、仮に今年で日本ハムを自由契約となり、来季から楽天でプレーするとなった場合に彼のポジションをどうするかという問題があった。LFには主に朱育賢が入り、RFには昨年ブレイクした成晉、そして1Bも打力に強みを持つ選手が多く控えているため、王柏融の加入が彼らの出場機会を減らす形となる。王柏融も来季31歳となり打者としてのピークは過ぎていると仮定すれば、楽天でも不振に苦しむようだと、高い給与が不良債権となり、若手野手の出場機会を奪うリスクが大きい。たとえCPBLでリーグ平均以上の成績は残せたとしても、彼よりも1歳若く内外野をこなせ、走攻守での活躍が期待できる林子偉を加えた方がメリットは大きいと判断したのではないだろうか。

 楽天にとっては成績が下降傾向にあるベテラン2名に、戦力としてダブついている先発右腕を放出したとしても痛みは少なく、王柏融が戻る前提でのチーム作りをしていないため、今回一気に実質4名を台鋼に渡すトレードを決断できたと推測される。

・台鋼
 台鋼側からトレードを見る際に欠かせないのが、監督を務める洪一中の存在である。彼は04~19年までラニュー、ラミゴ、20~21年まで富邦で監督を務め、今年から新球団台鋼の監督に就任。現時点で一軍歴代最多の991勝を挙げ、7度の台湾シリーズ制覇を果たしたレジェンドで、オールドスクール型の監督であり、厳格で規律を重んじる。

 今回獲得した4選手はいずれも洪一中監督がラミゴ時代に率い、特徴や性格を把握している選手であり、「経験のあるベテランの加入により、若い選手達の成長を促してもらうことに期待している」とトレードの背景について語っている。洪一中は4選手に対して戦力としての期待よりも、彼らの持つ豊富な経験やグラウンドでの姿勢を若手選手が学び、成長に繋げることをより期待していると考えられる。

 「若手の成長を促す必要性」は台鋼が22年に創設された新球団である、という背景が大きく関係している。台鋼の選手は10代後半~20代前半が大半を占め、今季から二軍に参入し実戦経験を積んでいる段階だ。しかし8月11日時点で24勝24敗4分の3位と来季一軍に参入するには不安な成績で戦力不足の感は否めず、若手選手のレベルアップは喫緊の課題となっている。

 また戦力面の観点から見ると、台鋼の外野手は二軍でも打てている選手が少なく、来季王柏融がLFやRFに入ることで一定の戦力アップにはなるだろう。ただ王溢正、藍寅倫、翁瑋均の加入が戦力アップに繋がるかは疑問符がつく。DELTAが算出している各選手のWARは王溢正が22年 1.0、23年 -0.1、藍寅倫が22年 -0.1、23年 -0.5、翁瑋均が22年 -0.1と低い。翁瑋均が怪我から立ち直り先発投手としてローテを守れれば大きいが、計算しにくい投手で期待はできない。

評価

 今回のトレードは楽天が得をした、との見方が強い。トレードのメインは林子偉と王柏融だが、王柏融の日本ハム移籍後の成績を見るにCPBL復帰後に以前のようなリーグトップクラスの成績を残せるかは疑問が残る。且つ王柏融は林子偉のように走塁、守備面で価値を出せる選手でないことから、林子偉の方がCPBLで数字を残せる、と考えるのが自然だろう。

 ただし、トレードはある程度の時間が経たないとどちらが勝者か分からないものである。台鋼が勝者になるシナリオとしては、王柏融がかつての監督・洪一中のもとでラミゴ時代の打棒を取り戻し、翁瑋均が一軍のローテーションに入り一年間投げぬき、王溢正と藍寅倫が一軍で成績は残せなくとも指導やグラウンドでの存在感といった無形の力で台鋼の若手選手のレベルアップに貢献する…といったところだろうか。ただこれは希望的観測が強く、私も現時点では楽天が勝者となるトレードになる可能性は高いと予想している。

 CPBLではこれまで球団数が少ないことも影響し、近年トレードが活発に行われなかった。しかし昨年リーグ9年ぶりとなる楽天と富邦で2対2のトレードが行われ、今年この大型トレードが行われた。これは21年に味全が、来年に台鋼が一軍参入し08年以来の6球団制に戻ったことも関係していそうだ。
 今回の大型トレードが、人材の流動性が低いCPBLにおいて移籍がより活発となるきっかけになることを願うばかりである。


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