”心地良い”を楽しむ dito
浅草から少し北に歩いた奥浅草エリア。
台東区のインキュベーション施設「浅草ものづくり工房」にまたお邪魔してきました。
お話をお聞きした方
増渕さんと石井さん、二人がどうやって出会ったのか、なぜ二人はタッグを組むことになったのか。是非お読みください。
ditoについて
―――事業の概要について教えてください。
石井:オーダー靴の製造と、靴のオブジェの製造をしています。今は革靴の製造をメインでやっているところです。
僕たちの革靴はフォーマルでもカジュアルでも合うよう、固くなりずぎずというところを考えています。
展示会での販売を目標に今動いているところです。
革製品には「革マジック」があると思っていて、例えば普通の帆布のトートバッグでも、持ち手など一部が革だと一気に高級感が出るんです。
革の”質感”と”存在感”って場を作る上でとても大切だと思っています。
革製品全般が好きだったこともあり、靴の道に進みました。
ditoのものづくり
―――靴の特徴を教えてください。
石井:僕たちの靴の特徴としては、3つあります。
①木型(※)を国別に取り揃えていること
②人の足の形を忠実に再現していること
③革へのこだわり
(※靴を製造する時の足型のこと。昔は木製だったため木型「きがた」と言うが、現在はプラスチック製が主流。)
3つあるんですが、すべて”履き心地”をよくするためにしていることなんです。
―――木型を国別に取り揃えている、というと?
石井:木型はそれ自体が靴の原型となるとても重要なものなんですが、それぞれの国によって形が微妙に違うんです。
これを話すと長くなるのですが……(笑)
増渕:もともと石井が木型を集めるのが好きだったんですよ。
石井:なんか変態みたいな言い方だけど(笑)その通りです。木型のタイプで選ぶ靴屋はないなと思って、独立すると決めたときから木型を大切にしています。
例えば、フランスやイタリアの木型はとても美しいラインなんです。一方、アメリカの木型は機能性重視で足が入りやすい、疲れにくいというものなんです。
お客さんがどういうときに使うのか、丁寧にヒアリングして提案できればと思っています。
―――木型にも国ごとの違いがあるのを初めて知りました。
石井:日本の木型っていうのもあるんですが、日本人の足は長らく幅広甲高って言われてきました。ですがそれはちょっと違ってて、日本人はかかとが小さく、つま先が薄いんです。
これをアメリカの木型と比べると幅が広く、甲が高く見えるんですよ。
これも面白い点の一つですね。
アメリカの木型は人間の足の形に近い木型なんですが、デザイン性はイタリアやフランスの木型には一歩及ばない部分があります。
マンソンラストという木型をご存じでしょうか。これは大昔にアメリカのマンソンという博士が開発した、米軍の兵士が戦場で動きやすくするための靴を作る際に開発された木型なんです。
デザイン性とかは一切無視で、履きやすさ、機能性だけを考えて作られているので、とても履きやすいんですね。
でも、これはやりすぎなんです。僕もそうですが、普段生活しているときには機能性ももちろん大事ですが、デザイン性も重視している方がほとんどだと思うんです。
だから僕たちはデザイン性もよく、機能性もいい木型を研究していきました。
―――どのようにデザイン性と機能性のバランスを取ったのでしょうか。
石井:木型の裏面を見てみるとわかるんですが、結構平らになっていますよね。
でも、実際の足の形はこんな平らではなく、かかとは丸みがあるし、土踏まずはゆるやかな曲面を描いています。
その凹凸に合わせて中底を作ったので、土踏まずのところを盛り上がるようにして、かかとを少し沈むようにしています。足にとてもフィットしやすくなりました。
増渕:僕たちは”履き心地”を追求する上で、フィット感を大事にしています。そこは大量生産品にはない、僕たちの強みなのかなと思っています。
よく、「市販の靴でも最初は固いけど、履いてくるうちに足の形に馴染んできますよ」って言われると思いますが、これを最初から馴染むようにしていきたいんです。
―――市販の靴でも履いているうちに馴染んでくるというのはよく聞く話です。
石井:市販の革靴は大量生産をするため、どうしてもある程度作りやすい靴を作るんです。足の甲の部分が左右対称だったり、靴の底が平面に近い形になっていたりします。
また、つり込みの日数も1~2日くらいと短くなりがちです。
僕たちが作る靴は、吊り込んだ後、革が馴染むまで数週間木型を入れ続けています。比較的柔らかい革を長い間形を崩さずにキープするため、長く馴染ませる必要があるんです。
このやり方は正直、生産性としては高くないんです。
ただ、”履き心地”を追求するとそこは避けて通れないので、時間がかかってもやりたいところです。
―――革へのこだわりを教えてください。
石井:革はロシアンカーフという幻の革があって、それを使いたいなと思っていました。
もともとロシアンカーフは帝政ロシア時代、およそ250年前に作られたものなんですが、それを輸送していた船が沈没してしまったんです。
作り方も失伝してしまったため、幻の革と呼ばれるようになったんですが、それを再現した革を作る会社があるんです。
フランスのHaas(アース)社という会社なのですが、「Utahcalf(ユタカーフ)」という名前で売り出しています。
この革は柔らかく、また菱形状にシボ目がついているのが特徴です。
このように美しい光沢や柔らかさを出しているのはアース社のみなので、この革を使っています。
高級靴っぽい靴といえば「ボックスカーフ」というものが有名かなと思っています。
見たことあるんじゃないでしょうか。
―――たしかに高級感がある革ですね。
石井:これもいい革なんですが、この革はあまりにも”カチッと”しすぎているんですよ。僕らが作りたい靴には当てはまらなかったので、使うのをやめました。
ユタカーフを使った靴は独特の温かみがあり、少しカジュアル目の雰囲気にもうまく合わせられる素敵なものだと思います。
ditoの出会い
―――おふたりのお話をお聞かせください。
石井:最初の出会いは、僕が働いていた会社に増渕が入社してきて、上司と部下の関係でスタートしました。
働いていくうちに、意気投合したという感じです。
増渕:もともと婦人靴の会社で型紙の製作をしていました。紳士靴についてはその時はあまり詳しくなかったんですが、教えてもらううちに段々興味がわいてきて、製作への意欲が湧いてきました。
婦人靴は婦人靴で難しいところがあるんですが、紳士靴へのチャレンジをしてみようと思いました。
―――最初のお互いの印象を聞かせてください。
増渕:最初の印象は「頑張ってる人だな」と思いました。
僕は会社に入ったばかりだったので、そんなに助けるってことはできなかったんですが、助けになりたいと思いました。
石井:その時は管理側だったので、ものづくりだけに集中できず、数字だけを追いかけるような仕事のやり方をしていました。
ある時、新しいデザインを何個か作らなくてはいけなかった時、型紙を作る関係で増渕とよく話していたんです。
その時に「イメージ通りのものが出来上がるな」「ラインが綺麗だな」と思うものを作ってくれたことで、丁寧な仕事をする人だな、一緒に仕事をしたいなと思いました。
増渕:そう言われるとやっぱりうれしいですね。
石井:靴のラインって男性っぽいライン、女性っぽいラインっていうのが結構はっきりわかるんですよ。男女の差が良いとか悪いとかじゃないんですけど、僕が好きな綺麗なラインは増渕が作ってくれるものなんです。
増渕:僕たちの靴を知らない人でも、1ミリ、2ミリの違いは分からないかもしれません。でも、お客さんが感覚で綺麗と感じてくれてるなというのはいつも思っています。
細かい技術的な部分は置いておいても、総合的に美しい靴だと評価してくださる。ここが伝わってるのが嬉しいところです。
―――独立のきっかけとなったのはなんですか。
石井:前職の頃から木型を集めていたんですが、オークションサイトやヴィンテージショップを見ていたとき、作りかけの靴が売っていたんですよ。
その時に閃いて、こんな形の靴は面白いんじゃないかということで話をしたのを覚えています。
仕事が終わったあとに試行錯誤を重ねて作ったのが、このオブジェになります。
石井:もともと見かけた作りかけの靴は本当に製作途中で吊り込みをした状態のものでした。これにアレンジを加えて、「ヒールがないのに自立している靴」が面白いと思って製作したんです。
最終的に完成に漕ぎつけるまでに1年くらいかかっちゃったんですが、満足できる出来になったと思います。
増渕:人に見せると「どうやって立たせているの?」と毎回聞かれます。謎があるほうがやはり人の気を引くんだなと思いました。
石井:型紙がしっかりしているからこそ出来ることでもあります。そこは増渕の技量があるからなので、彼には信頼をおいています。
今後このようなオブジェの数を増やしていって、展示会への出展や海外販路の開拓なども視野に入れていきたいなと思っています。
ditoのこれまで
―――最初から靴職人としてアトリエを構える志があったのでしょうか。
石井:僕はもともとイタリアに靴の修行に行っていたんです。その前はIT系の仕事をしていたんですが、面白くないなと思って退職しました。その流れでイタリアに靴の修行をしに行きました。
もともと靴づくりの教室に通ってはいたんですが、イタリアに渡った時点では靴づくりの経験は全くない、ほぼ素人同然の状態でした。
フィレンツェのオーダー靴工房に入らせてもらって、そこで修行をしました。
契約とかもなく、本当に出入りしてるだけでした。最初の仕事は事務のおばさんの家のトイレの鍵につけるタッセルのキーホルダーを作る仕事でした。(笑)
石井:その出来栄えを見た職人に「こいつは見どころがある」と思ってもらったのか、だんだんと仕事を任せてもらうようになりました。
最初は靴磨きから始まって、磨き終わった靴を発送する作業ばかりでした。
そのうち、靴底を付ける作業の一部を任せてもらえることになりました。
日本に帰るちょっと前には、型紙職人の作業の補助もやらせてもらって、いろいろとためになる経験ができたと思います。
帰る直前にようやく1から全て自分用の靴を作っていいよと言われ、一生懸命作りました。そこで作った靴は今でも大切にしています。
そうして帰国してから、浅草のエスペランサ靴学院での勉強を経た後、メンズのワークブーツなどを作る会社で働いたあと、増渕と出会った会社に行くことになります。
―――とても貴重なお話ありがとうございます。
増渕さんも修行をされたのでしょうか。
増渕:僕はずっと型紙を作っていました。型紙のプロフェッショナルを目指していますが、まだまだ極めていないと思っています。
型紙は靴の設計図のようなものなので、ここがちゃんと出来てないと革が必要以上に引っ張った状態で靴ができてしまいます。
もちろん革に良くない状態なので靴の保ちも良くないですし、なにより形が崩れちゃうんです。
サンプル品を作ることもしていたので、靴の見栄えの良さを追求していく方向に自然となっていきました。
―――事業を始めてからの出来事で印象に残っていることはなんですか。
石井:販売準備をしている段階なんですが、試着用の靴をサイズ違いでたくさん作っていた時なんですが、実際作った靴を履いてみると、アキレス腱に当たる部分がほんのちょっと、2ミリほど低かったんですね。
これでは履きづらいということで、いったん全ての靴をボツにして、もう1回作り直したということがありました。
増渕:正直結構大変だったんですが、”履き心地”を重視する上ではどうしても気になってしまったことで……
最善の状態で販売したかったという思いでやりました。
ditoのこれから
―――これからしたいことや、夢を教えてください。
増渕:僕らサッカーを昔からやっているんですけど、サッカーのスパイクってあるじゃないですか。
あれって昔から触ってきたので、とてもなじみ深いものなんですよね。
飲みに行ったとき、昔あったスパイクの「プレデター」が良かったとか、「パティーク」が好きだったとかの話で盛り上がるんです。
30~40代の部活をやっていた人たち向けにそういったスパイクの意匠を再現したような、何か懐かしいものが作れないかなと思っています。
石井:同窓会とかで履いていって「あれ、それって○○のスパイクじゃん!」ってなるような、そういった靴も作ってみたいなと思っています。
もちろんサッカーに限らず、野球やバスケにもそれぞれの靴があるので、いろいろとバリエーションも作れそうです。
―――今後のイベント出展予定などを教えてください。
石井:西武池袋でのオーダー会をはじめ、色々なイベントに参加します。下記のとおりになりますので、よければお越しください。
石井:あと、僕がイタリアにいたころに仲良くさせてもらっていたイタリアンの料理人が茅ヶ崎に店舗を出店していて、そこでも靴を並べてもらう予定です。
取材を終えて
増渕さん、石井さんありがとうございました。
今回はditoのお二人にお話をお伺いしました。
靴のオブジェは昔産業フェアで見たことがあったので、あれを作った人に出会えた!という感動がありました。
お話を聞いて思ったことは、お二人とも”履き心地の良さ”という明確なビジョンをお持ちで、目標に向かって突き進めるのがお二人の強みなんだなと思いました。
西武池袋でのポップアップはじめ、今後の動向が気になりますね。
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取材:北川・清水