正しくではなく 楽しく生きる┃MAKAMI 久津真実さん インタビュー
ジビエレザーブランド『MAKAMI』で革小物・カバン・靴の企画製造販売を行う、久津 真実さん。蔵前のアトリエショップと浅草ものづくり工房を拠点にモノづくりをされています。MAKAMIを立ち上げるまでの経緯、製作へ込める想いなどお聞きしました。
お話をお聞きした方
MAKAMI 久津 真実さん
大学卒業後、大手企業のシステムエンジニアとして7年働く。退職後、東京都立城東職業能力開発センター 台東分校にて趣味であった靴作りを本格的に学ぶ。婦人靴メーカーでの企画・営業を経験した後、フリーランスの靴職人として「shoes fiction」を立ち上げ、2017年にオリジナルブランド「JIGEN2.8」をスタート。
その後、ジビエレザー(※)との出会いをきっかけに『MAKAMI』を立ち上げ、ジビエレザーを使用した革小物・鞄・靴の企画製造販売を行う。2020年9月台東区蔵前にアトリエ兼ショップをオープン。2022年より浅草ものづくり工房に入居している。
自分に正直になった結果、靴業界に飛び込むことを決めた──独立までの経緯
好きなモノづくりではなく、システムエンジニアの道へ進む
──大学などからデザイン関係やものづくりをしていたのでしょうか?
久津 真実さん(以下 久津):幼少期から手を動かしたり、ものを作ることが好きでした。学校で美術や図工などの授業があると時間が過ぎても夢中になってずっとやってしまうような、そういうところがありました。
そのため、大学でもデザイン系や美術大学などに進みたかったのですが、経済的な理由により地元の工科大学へ入学することに。
学校では情報工学を学び、その流れでシステムエンジニアの道へ進みました。
ものづくりという点では共通してましたね。
会社にも慣れてきた2年目の頃、自分の時間も取れるようになったので趣味としてものづくりが学べる習い事を始めたいと思いました。
靴作りと鞄作りのどちらかで迷った結果、鞄は袋物だからなんとなく工程のイメージができましたが、靴ってどう作れば良いのか全く分からない。
こっちの方が難しそうだからやってみようとなり、革靴製作のスクールに週に1回のペースで通い始めました。
そこのスクールでは先生がある程度準備をしてくれて、生徒は縫製や吊り込みの部分だけなど若干簡易的なものでしたが、6年以上通い続けたため、先生の指示なくできるようになっていました。笑
その頃には「靴を1人でゼロから作れるようになりたい」という思いがどんどん強くなっていました。ちょうど今後のキャリアについて悩み、転職なども考えていた時でしたが、靴業界への転職は給与などの待遇面や今後のキャリアを考えると、当時の私の人生観では踏み切ることができず、結局転職はできませんでした。
価値観の転機
──その後、システムエンジニアからものづくりの世界へ進まれることになりますが、どういったきっかけがあったのでしょうか?
久津:結婚もしてシステムエンジニアとして約7年働いたところで、会社という組織で働くことに対してのストレスがピークに達しました。
今後のキャリアのことを考えると、正直辞めることに対して大きな抵抗がありましたが、色々と葛藤した末、夫の勧めもあり退職することとしました。
すると不思議なことに、今まで積み上げてきたキャリアが一度全てフラットになったことで人生観が一気に変わりました。
私自身、今まで生活してきた環境的にも「堅実的」や「将来のことを考えて」や「終身雇用」というような世間的に”正しい”と考えられている生き方を選んできました。
しかし、退職したことで、『1年後もどうなってるか分からないんだし、これからは”正しい生き方”ではなく、”楽しい生き方”をしていこう』と今までの自分の考え方が180度入れ変わり、給料やキャリアに縛られずやりたいことをやろうと思えるようになりました。
自分に正直になった結果、靴業界に飛び込むことを決め、東京都立城東職業能力開発センター 台東分校に入校しました。
組織に向いていないと確信を得る
──台東分校で靴作りを本格的に学ばれた後はどこかに就職されたのですか?
久津:はい。台東分校に入る前から将来的に独立したいという思いはありました。学校で基本的な技術こそ身につきましたが、実績がなさすぎる上にどのように販促・展開をしていけば良いかも分からなかったため、企業で働きながらノウハウを学ぼうと婦人靴メーカーに入社しました。
──そこではひたすら靴作りしていたという感じでしょうか?
久津:いいえ、その婦人靴メーカーでは企画・営業として働き、検品などを経験しました。原価の計算方法なども覚え、そこでの経験は独立してからも活きてますね。
しかし、メーカーのものづくりとは方向性が合わず、1年以内に退職しました。その経験で私は組織に向いてないんだなと確信することができました。笑
いざ独立、MAKAMIをスタートするまで
いざ独立
──そこからは独立して事業をされるんですね
久津:製作拠点は自宅の一部屋で、「shoes fiction」を立ち上げ、2017年から「JIGEN2.8」というブランドをスタートさせました。
しかし、自分のデザインでサンプル制作などするものの、どう売ればよいか分からないし、どうSNSを使えばよいかも分からない。とりあえずホームページを作ってはみたけど、みたいな感じでした。
そこから2年ほどは売上から見ても事業をしているとは言えない状況でした。
ジビエレザーとの出会い
──ジビエレザーにはどのようにして辿り着いたのですか?
久津:初めてジビエレザーの存在を知ったのは、独立後に相談に行った「TOKYO創業ステーション」のアドバイザーさんからでした。「東京都で野生の動物の革を使用した事業を行っている」というお話を聞いたときはまだ世にジビエレザーという言葉すら知られていない状況でした。
そのため、”エシカル”や”サステナブル”という言葉は耳にしていたものの、「うちのブランドとはテイストが違うしなぁ」くらいにしか思っていませんでした。
その後訪れた革の見本市でとある事業者がジビエ革を展示しており、「あの時聞いたジビエ革か」くらいの気持ちで覗いてみたところ「熊ってこんな革なんだ!」「これが野生の傷か。どんな感じでついたんだろう?」と強い興味が湧いたと同時に、ジビエ革ならではの”格好良さ”に惹かれました。
ジビエ革を使って何かやってみたら面白いかもと思い、事業のメインである靴とは別のラインで始めようとしましたが、当時ジビエ革を扱う業者がほとんどおらず、どこから仕入れることができるのかすら分かならい状況でした。
今後事業にしていくためにどうすればいいのかと四苦八苦する中、知り合いのクリエイターとの繋がりで、現在兵庫県たつの市にあるタツノラボ(株式会社A.I.C.)さん(当時は株式会社レオン・インターナショナルの企業内ベンチャーであり、渋谷に営業所があった)を紹介してもらうことができ、小ロットでもジビエ革を仕入れることができるようになりました。
2019年にはデザインフェスタにJIGEN2.8として出店し、その時力を入れていた革のスリッパの商品とは別に、ジビエ革を使った商品も販売することに。
いきなりジビエ革で靴を作っても手に取りづらいと思い、鹿革を使用したティッシュケースを販売しました。
その頃から徐々に「MAKAMI」という新ブランドの立ち上げを構想していきました。
クリエイター起業塾で自分自身と向き合う
──そこからMAKAMIへどのように移っていくのでしょうか
久津:軌道にはまだ乗れていませんでしたが、今後もビジネスとしてやっていきたいという思いが強く、2019年にデザイナーズビレッジの入居者募集があったので応募しました。
しかし、残念ながら結果は補欠合格となり入居することはできませんでした。
その後2020年2月、自分のビジネスの軸や方向性を考えるために、同じくデザイナーズビレッジで開催する「クリエイター起業塾」の7期を受講し、自分自身と徹底的に向き合いました。
そこで自分の考えを深掘りできただけでなく、他のクリエイターさんと繋がりを持てたことや、何より今まで頭で考えるだけで右往左往して行動に移せなかった部分がありましたが、”まずはやってみよう”と行動できるようになりました。
行動量が変わり、積極的に動く中で成果も出始め、今後も「MAKAMI」でやっていきたいという思いや、ブランドのコンセプトも明確にしていくことができました。
その時の1ヶ月の行動量は、それまでの2年分と同じくらいあったんじゃないでしょうか。笑
MAKAMIのこだわり
──他にもジビエ革を使用した同業他社がいらっしゃると思いますが、違いはどのようなところにありますか?
久津:私が始める10年以上前から取り組まれている方などいましたが、その時は少数でした。
しかし、既にエシカルやサステナブルの流れがあり、増えていくことは目に見えていたので、今後ブランディングに力を入れ、他社と差別化していかなければならないとは考えていました。
ジビエ革を扱う多くの事業者が、柔らかさを特徴とした鹿革を使用し、色もパステルカラーなど女性向けの商品となっています。
一方、MAKAMIは30〜40代の男性をメインターゲットとし、クールでカッコイイ、ワイルドな商品を展開しています。少し珍しい”熊革”や”猪革”を扱うだけでなく、鹿革についてもあえて”固め”に鞣(ナメ)したものを使用しており、他社の鹿革とは触り心地も異なります。
また、革と鹿の角と組み合わせた商品展開なども扱っているところはあまりないのではないのでしょうか?MAKAMIの特徴的な商品だと思います。
さらにMAKAMIでは革の色にもこだわりがあり、「自然界に存在する色」をテーマに革の加工を行っています。
タツノラボ(株式会社A.I.C.)(兵庫県たつの市)さんで鞣した革を使用していますが、画面上だと風合いがわからない部分もあるので、今までに2回現地まで実際に訪問し、自分好みの色や硬さとなるよう依頼をしています。
ちなみにnote上で「どのような流れ・工程を経てジビエ革になっているか」をまとめているので、興味のある方はぜひ読んでみてください。
📕ジビエになるまで〜①捕獲→お肉編
📘ジビエになるまで〜②革の加工編
革の加工工程についてより詳しく知りたい方はコチラも!
📗「皮」が「革」になるまで ~ 皮なめし工場 / タツノラボ
2020年 蔵前に店舗をオープン
アトリエ兼ショップを出店
──アトリエだけでなくショップを出店された理由を教えてください
久津:イベントに出展していく中で、もっとお客さんに商品に触れてもらえる機会を作りたいという気持ちが芽生えていきました。
クリエイター起業塾でお世話になった鈴木村長に相談したとろ、蔵前に古いビルをリノベートし、クリエイターや雑貨屋さんなどの入居を募集している建物があることを教えていただきました。
蔵前という土地柄や複数のショップが集まるという建物のコンセプトが面白そうだったので、2020年7月からの入居を決めました。
その後、台東区産業振興事業団さんのアトリエ・店舗出店支援を活用し、店舗の改装や必要な什器などの費用を一部補助していただくことができ、前向きにオープンすることができました。
コロナの影響が直撃
──コロナの影響はいかがでしたか?
久津:元々契約をした2020年3月は2階が既に埋まっていたため3階で契約していましたが、コロナの影響でキャンセルが出て2階で契約できることに。
全体で10店舗以上入居できるこの建物は、本来全体で時期を合わせて一斉にオープンする予定でしたが、実際にお店を始めた2020年9月は3部屋しか埋まっていませんでした。
1階もシャッターが閉まっていて、外からみるとお店をやっているとは分からないので、お客さんも全然来てくれませんでした。
結局そこから半年程そのような状態でしたが、1年ぐらい経ち全てのお店が揃ってから人も来てくれるようになりました。
蔵前という土地柄もあり、若い人がよく来てくれます。
通年を通して1番人気はブックカバーで、他には鹿革のキーケースなども人気があります。
熊革の商品が男性には人気なのですが、この前小学生の女の子が熊革のスマートケースを買ってくれた時は少しびっくりしましたね。笑
2022年 浅草ものづくり工房へ入居
──2022年4月から浅草ものづくり工房へ入居されましたが、どのような理由があったのでしょうか
久津:商品数が増えてきたことやショップスペースの狭さが一番の理由でしたね。あと入居しているビルは革製品の他にアパレルやカフェなどのお店も入っているため、音などの問題もあり制作時間に制約がかかることも課題でした。
浅草ものづくり工房に入居してからはショップエリアも拡張できましたし、音なども気にせず製作に集中できる環境も手に入れることができました。
それに加えて、他の入居者さんと繋がりもでき、実際にOEMをされている入居者の方に私の商品のOEMを依頼したりしてますし、先日イベントに出展した際に什器として使用した棚を作ってもらったりもしました。
今後について
──今後について考えられていることや挑戦したいことがあれば教えて下さい。
久津:MAKAMIとして2年以上続けてきた中で、もう少しビジネスとして向き合っていかなければならないと感じています。
SDGsの流れもあり、以前よりも興味や手に取ってくれる機会も増えてきましたが、社会にとって当たり前のものとなればなるほど、さらなる差別化や個性が必要となるため、現在ブランドコンセプトの方向性の見直しなど、色々と模索中です。
現在、製作や販売など全てを1人で行なっているのですが、正直手が回りきっていない状況です。
事業の拡大をしていくためには、私でなくてもできる部分は委託していくなどしていき、もう少し企画の方にも力を入れていきたいですね。
今頭の中で考えていることだけでも、
「卸をしてみたい」「合同展示会に出展したい」「ビジネスマンに向けた商品の展開」「ハイブランド化」「経理関係をもう少しマメにする」などなど、やりたいこととやらなきゃいけないことがたくさんありすぎます。笑
少し告知できるとしたら、今年は熊Yearとなる可能性アリってところですかね🐻
今後も”正しいか”ではなく”楽しいか”どうかという自分の直感を信じて進んでいきたいです。
編集後記
久津さん、インタビューにご協力いただきありがとうございました。
自身の人生観が逆転したことで、システムエンジニアから靴職人を経てジビエ革に辿り着くという、珍しい経歴をお持ちの久津さん。
個人事業主としてお忙しい日々を過ごされているはずですが、ご自身の”楽しい”に従って進んでいるからなのでしょう、インタビュー中はイキイキとお話していただけるのが印象的でした。
事業を継続してきた中でビジネスへの意識も高まり、ブランディングや効率化など、ものづくり以外の視点からも事業に取り組む姿は、2020年に初めてお会いした頃よりも逞しく、キズを負いながらも1つ1つ挑戦してきた証なのだと感じました。
今後もご自身の直感に従い、ジビエの魅力とそこから感じる自然や命の美しさを作品を通して伝えてくれることでしょう。
この記事は台東区産業振興事業団 額田・中川が担当いたしました。
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