【エッセイ】『幽霊池』の思い出,記憶の誤謬
子供の頃、近所の公園でよく遊んでいた。緑の多い広い公園で、暗く生い茂った森の遊歩道に洗面台くらいの小さな池があって、そこがちょっとした心霊スポットになっていた。
どこからどう回ってきた情報なのか、その池の中に石ころを10個投げ入れると水の底から長い黒髪の女の人の顔が浮かび上がってくるという心霊話が出回っていて、僕は友達5人と一緒に本当なのか確かめに行ったことがあった。小学4年の夏のことである。
僕は当時も今も怖がりだが、そういう場であまりに怖がりすぎるといじられの標的になりやすいということを天性の勘で知っていた。だからあまり怖がってないふりをした。
グループの中でも特にお調子者キャラのシミズンが、先頭を切って池まで行った。僕は一番怖がってたコウキの後ろを歩いた。シミズンは今思えば、ホラー映画で最初に殺されるやつのテンプレみたいな口ぶりで、「幽霊なんて嘘に決まってる」的なことを豪語していて、たまにコウキをおどかしたりしていた。
池に着くと、近くの砂利から一人2つずつちょうどいい石を拾って、一つ一つ池の中に投げた。
チャポン、チャポン…
音を立てて、石が小さな池に沈んでいく。僕はそれまで心霊現象を体験したことがなかったので、幽霊なんてないに決まってると表面的には思ってはいたが、霊に失礼なことをしたら怒らせてしまうんじゃないかと思っている程度には、「不思議な現象」の存在を恐れていた。何もないところでもたまに振り返ってみたり、「お前」に見られていることは分かっているんだぞ的な素振りをたまにする、どこにでもいる子供だった。
チャポン、チャポン…
石が溜まっていく。6個目、7個目…と、なんとなく目配せしながら石を投げていったが、僕は最後の10個目の石を投げ入れるのは怖かったので、8個目の石が入った瞬間に、9個目の石をフライング気味にひょいっと投げた。僕の隣にいたコウキも同じことを考えていたようで、僕とほとんど同時に石を投げた。
チャチャポポンッ。
9個目と10個目の石がほぼ同時に入ってしまった。「あ、やべ」と僕は一瞬怯み、周りの子供達も何が起こったのに戸惑う一瞬の沈黙が生まれた。その刹那、シミズンが「うわぁー!!出たーッ!」と叫び出した。
僕は石が2つ同時に入ったことに気を取られていて、池の底に注意を払い忘れて見逃してしまったけれど、シミズンの叫び声に釣られてみんなが一目散に逃げ出したので、僕も置いていかれないように必死で逃げた。振り返るのが怖くて後ろは見れなかった。少し離れた場所まで走ってから、シミズンは本当に女の人の顔が見えたと言っていた。みんなも同意するように怖がっていた。僕も怖かったのは本当だったので怖かったと言っていた。
それからしばらくしてからも、ことあるごとに「あの時は怖かったよなぁ」という話になる度に、「女の人の幽霊が見えた」という架空の思い出を共有するために、話を合わせた。僕もその現場に立ち会ってちゃんと怖さを共有していることにしたかった。
だけど、僕はその時何も見てないし、他のみんなもシミズンも、多分誰も何も見てないんだと思う。