眩暈, 転倒, 骨折
先日、夜中外出中に突然めまいがして、近くの階段にへたり込んだ。感覚的には、サウナでととのいすぎてバッドに入ったような状態で、意識が朦朧とし、気づいた時には道端に転がっていた。おそらくだが、10分ほど気絶していたようだ。小雨に打たれながら、なんとか立ち上がり、とりあえずタクシーを探した。
タクシーの運転手のリアクションで自分が血だらけになっていることに気づいた。しどろもどろしている運転手の反応に違和感を感じて、スマホで自分の顔を確認すると、口と顎から大量の血が流れていて、服はパルプフィクションのジョン・トラボルタくらい真っ赤に染まっていた。最寄駅の名前を口に出そうとしたが、うまく発音できない。口の中に溢れ出る血を袖に吐き出して、もう一度顔を確認すると、前歯が2本とも半分ほど消し飛んでいた。
不思議なもんで、自分が怪我を負ったと分かった途端、顔全体がズキンズキンと痛み出し、さっきまでのめまいに対する意識が痛みに対する意識にバトンタッチするのを感じた。耳に鳴り響く血流のリズムと顔の痛みが同期している。体力ゲージが赤点滅してる感じだ。
家の近くに着いて、紙幣とシートに血がついていないことを確認してから、懇切丁寧にお礼の意を込めたお辞儀してからタクシーを降りた。いくら礼儀正しく振る舞っても、不審な人を乗せたという事実は揺るがないだろう。なんとか家に戻り、急な出血と雨による体温低下にぶるぶる震えながら、自宅の風呂場で体を洗った。
病院にて
翌日、近所の病院で紹介状をもらい、都内の大学の附属病院の形成外科に行った。顎の状態を確かめるために、看護師が顔を触れてきた時、激痛を感じて、反射的に思い切り振り払ってしまった。温厚そうな看護師の女性は、急に犬に吠えられたみたいにしゅんとなっていた。
レントゲンをとると、顎が3ヶ所折れていて、両耳の横2ヶ所と唇の真下から綺麗に亀裂が入っていた。記念に貰っておけばよかった。
「そっちセバスチャンいるー?」
奥の部屋に医師がそう呼びかけると、さっきの看護師がめちゃくちゃリアルな頭蓋骨の模型を持ってきた。こいつセバスチャンっていうのか。きっと楽しげな職場なんだろう。
折れた顎の状態を説明するために、レントゲンの写真を模型と照らし合わせながら、「本来はこうなってる骨が・・・」みたいな説明をされた。医師の女性が不器用なのか、そもそも立て付けが悪いのか、説明の最中に模型を何度も落としてたり、「ごめんなさいね」とか言いながら、ガチャガチャと上顎とのジョイントを確かめたりしていて、その度に自分の顎が痛んだ。自分の顎と、顎のレントゲンと、それを立体で説明するための模型を行ったり来たりしながら説明するから、脳みそが完全に錯覚を起こす。僕はセバスチャンであり、セバスチャンは僕だった。
「また院内でも相談はしますが、手術となるとボルトを入れて上顎と下顎を固定して、口の下は金属を入れる感じになると思いますけど・・・いつ空いてるぅ?」
と医師が急にタメ口になったかと思ったら、「いつ空いてるぅ?」の部分だけは、予定を管理してる看護師に対しての言葉だった。この病院では、手術は二週間後しか空いてないらしい。
「とりあえず、切れた顎は縫わなきゃですね」と言われて、さっき頭蓋骨の模型をゴロゴロ落としていた不器用な女性の医師に顎を縫ってもらうことになった。「チクッとしますよ〜」と言われて数回チクッとしたきり、顎の感覚がなくなった。痛みはないが、細い糸がスルスルと肉を突き刺していくのをはっきりと感じた。なんか気持ちいい。縫ってもらったのが初めてだったので、新鮮だった。自分がドデカいぬいぐるみになったような気分だ。後で確認したら、8針縫われていた。有刺鉄線みたいに無骨に縫われた糸のほつれがダンディな髭みたいで気に入った。
縫い終わってから、「それで、怪我したのは顎だけ?」と言われたので、ファイトクラブで、主人公が職場の上司に血だらけの歯を見せつけるみたいな感じで、折れた前歯を見せびらかしたが、医師は「それは私の仕事じゃないね」って顔をした。「歯の方は、顎が治ってから歯科を探してください」。病院は縦割り社会なんだなと思った。「私に全部お任せください」って言われるよりは信頼できるか。
「しばらくは鎮痛剤を飲んで安静にしてください」「一ヶ月くらいは流動食です」「しゃべるのは控えてください。しゃべれないとは思いますけど笑」という今後の指針をもらって病院を後にした。
とりあえず報告する
というわけで、突然の顎の骨折という惨劇によって、会話不可・流動食という新たなステータスが加わった。前歯が半分ないのも加わった。子供の頃、自分の前歯が出っ歯なのが嫌いだったが、ないよりはあるに越したことはない。
仕事で関わる人や普段連絡をとる人に迷惑をかけるから、とりあえずInstagramで怪我したことを報告をした。20%くらいは、「怪我したことを誰かに言いふらしたい」という気持ちが混ざっていた。小学校の頃、松葉杖をついて学校にきた奴の自己憐憫の裏に隠れたあのどこか誇らしげな雰囲気はこの感情に由来していたのか。
さて・・・これからどうしよう(会話編)
ステータスが加わったと書いたが、実際には当たり前だが失ったものが多いはずだ。整理しよう。
なにしろ会話ができないというのは難点だ。職場に怪我の旨を伝えるとしばらくは安静にするようにと言われ、さまざまな予定を変更してもらった。打ち合わせやオフラインのミーティングは自分が出ない形で調整してもらった。これまでは基本出社だったが、完全リモートワークになり、自分でできるタスクは自分でコントロールすることになる。最近、個人的に始めたばかりのポッドキャストの収録も延期になってしまった。撮り溜めていた収録分が溜まっているので、その編集に注力せざるを得ない。友達と会う予定も延期になり、しばらくは読書や映画を観たりするのに時間を使うしかない。まぁ、次会うときにはいいアウトプットが出せそうではある。
そうそう、そういえばあまり時間を使えていなかったが、もっとnoteの記事を増やしたいと思っていたんだった。いい具合に時間が取れそうだ。しゃべるという基本的なコミュニケーションスタイルが封じられてしまうのは確かに痛手だが、しばらく人に会わないとなると、あまりに多くの予定がシャットアウトされる。それに加えて、もはや外見を気にする必要もないんだから、もはや前歯がないことなど気にもならない。なけりゃなぁでええ。
そもそものそもそもだが、喋るって口を開かないとできないのか?腹話術・・・?その手もあるか。いっこく堂の公式YouTubeで腹話術のやり方をレクチャーしていた気がする。とりあえず、人形でも買うか。顔が怖くないのにしよう。とりあえずはなんとかなるかもしれない。
さて・・・これからどうしよう(食事編)
次は、食事の問題だ。これは致命的に困るはずだ。口が開かないのと、前歯がないのと、顎で噛めないので固形のものは食べられない。流動食オンリーの生活だ。外食は当然無理だが、節約と思って我慢するしかない。とりあえずウイダーやヨーグルトを買い込んだが、一応栄養のことも考えて雑炊のバリエーションを調べてみた。手始めに大量に作った卵雑炊は、なかなかの美味だったが、都度調味料を足し合わせることで味変するくらいしか楽しみがなかった。強いてできることといえば、米サイドで玄米や大麦という変数を試したり、ベースに関していえばベーシックな昆布だしや鰹だし、鶏ガラスープやトマト缶を使ってリゾットにするくらいのものか。ミルクや豆乳を使ったクリームリゾット、韓国風のクッパや中華風の坦々胡麻雑炊なんてのもありだが、雑炊のバリエーションなんてたかが知れている。
やはり、食事という楽しみを奪われるとメンタルも落ち込んでしまうのかもしれない。流動食だけでも楽しめるコース料理でも考案するしかないのか?
例えば、こんなのはどうだろう。前菜には、ほうれん草とフルーツ数種を使ったグリーンスムージーのショットで食前のフレッシュさを演出しよう。スープはかぼちゃと人参の滑らかで優しい甘みのあるポタージュ。魚介料理として、あさりを使った豆乳仕立てのクラムチャウダーにしよう。それか、鶏ささみをほぐしまくって、生姜を香らせたコンソメスープにするか。魚介料理か肉料理は選べるようにしよう。メインディッシュは、トマトの酸味とチーズのコクを感じられるビスク風のリゾット。さっき考えた雑炊のバリエーションはメインに据えてみよう。そして最後に、デザートは蜂蜜を混ぜたさつまいものミルクペースト。あぁ、完璧な流動食のコース料理だ。明日は買い出し行こう。
まとめ
想像以上にとりとめのない雑記になったが、顎は割れてもできそうなことは色々思い浮かんだ。しばらくは、会話不可・流動食オンリーの縛りプレイで生きていきますので、ご迷惑をお掛けしますが、縛り解けたら会いましょう。