ジャマイカのクラブは、ちと危険?
街灯一つないダウンタウンの中、僕はタクシーに揺られていた。
夜のジャマイカは人の気配が一切なく、静まり返っていて、昼の喧騒が嘘のようだった。
「太陽が落ちたら、出歩かない方がいい。」
宿についてまず最初に受けたアドバイス。
夜になると、強盗や殺人が増えるというのだ。
僕と入れ違いで帰国した日本人は、夜に出歩き、ナタで襲われて頭蓋骨を割られたとのことだった。
その話を聞いた、クソビビリの僕は、誓った。
うむ、夜は絶対に出歩かないぞ、と。
夜は絶対にお部屋で良い子にしておこう、そう誓ったはずだった。
途中、地雷でもあったのか?と言いたくなるようなでかい穴がいくつも道路のど真ん中に空いていた。
「車がスピードを出しすぎないようにするためさ」
そういいながら、運転手はスピードを緩めることなく、ハンドルを切って器用にその穴を避けて行く。
少し走ると、ゲットーの中に入った。
ゲットーはブロック毎にギャングの縄張りになっているとのことで、口元をスカーフで覆い、深々とキャップを被った人たちが道路沿いをウロウロしているのが所々で見られた。
その光景を目の当たりにして、少し後悔した。
「クラブ行かない?!」
あの一言さえなければ。
完全に他人のせいにしていた。
一説によると、クラブのルーツはジャマイカにあると言われている。
ジャマイカで行われていたブロックパーティー。これをニューヨークに移民したジャマイカ人がアメリカでも行ったことから音楽を爆音で聞く文化が広がっていったという。
ゲットーの中を少し走ると、後ろから獣の叫び声が聞こえた。
振り返ると、狂犬病にかかったと思われる10頭以上の犬が、タクシーの明かりに反応して走ってきていたのだ。
確認できる限り、どの犬も完全に目がイッていて、舌はだらんと力を失って口の外に出ていた。そんな顔が大きな叫び声を上げながら僕たちを追いかけて来ているのだ。
「あ、あ、あわわ!あ、あれ!大丈夫なんですか!?」
僕は上ずった声で横に乗っていた人に聞いた。
「んー、あー、あれ。あれはね、あれはー、うーん、あれ、全然大丈夫。」
大麻でブリッていたのか、それとも本当にそう思っていたのか。その人は妙に眠たげな声でそう言った。
しばらく走ると、犬も疲れたのか追いかけてこなくなり、叫び声も止んだ。
ホッとしていると、遠くの方で明かりが付いている場所が見えた。
「あそこだね。」
僕たちは1ブロック前でタクシーを止めた。
「ここらへんは、物騒だから、俺はゲットーの外にいる。また電話してくれ。」
運転手はそう言うと、早々と走り去ってしまった。
1ブロック離れていても爆音のレゲエが聞こえた。音のなる方へ歩いていると、チャイナ!チャイナマン!と僕たちはブリブリのジャマイカ人に指を指された。
僕たちは入口へと入って行く。
入口といっても、会場は空き地だった。
白い簡易的なテントの下でDJ(レゲエではセレクターという)がパイオニアのCDJを使っていた。
「アナログターンテーブルちゃうんや!」
その時とても驚いたのを覚えている。
サウンドシステムは豪華だった。
二階建ての家屋の様に何段ものステレオが組まれていて、クラブの低音で心臓が痛くなるほどだった。
僕たちはクラブの中で解散した。みんなは知り合いに挨拶に行くだの、勉強だの、DJブースの方へと入って行く。
僕は薄暗い空き地の中、一人取り残されてしまった。
恐怖心を取っ払う為にも、とりあえず酔っ払おう。
そう思った僕は、バーでハイネケンを買った。
机の上に叩きつけるように雑に瓶が置かれた。
栓が空いていない。
「ウッジュー、キャン、オープン、ディス、ビール?」
めちゃくちゃな英語で言う僕をバーテンは睨みつけて言うのだ。
「Do it yourself!!」 (自分でやれ!!)
ええええ……
僕は、クラブの真ん中で空いていないビールを持っていた。どうやって栓を抜けばいいのだ?
ビール飲めへんやん、栓抜き買ってこいってこと?鬼畜すぎやろ、ここゲットーやで、100均ないやん、そんなん無理に決まってるやん…
未開封の瓶ビールを持って立ち竦んでいると、誰かが横からいきなり僕のビールを奪った。
えっ!?
日本人だった。ポンっとライターを使って綺麗に栓を抜いて渡してくれた。
「ありがとうございます!」
「いえいえ!栓ないの不便だよね~!」
そう言うと、お兄さんは自分たちのクルーの場所へと戻っていった。わざわざ空けてくれる為に来てくれたことに感謝した。
あまりにも孤独だったので、人の優しさが数億倍嬉しく感じられた。
そのお兄さんを見ていると、横に見たことのある人が立っていた。
窪塚洋介の弟と、Rudebwoy faceだった。
その後も、僕は音楽を聞きながら空き地の中を探検した。
売り子が首から箱をぶら下げていて、タバコや、マリファナのジョイントを売って歩いていた。
僕は手元にあったマルボロに火をつけた。
そのイベントで面白いなぁと思ったのは、地元の老若男女が踊りに来ていたことだ。
おじいちゃんが若い女の子と楽しそうに踊っていたり、小さい子達が流れるレゲエを大合唱していたり、とにかく楽しそうにしていた。
地元のお祭り感覚なんだろうなぁと思い、ニコニコと笑いながらその光景を楽しんでいた。
暫く歩いていると一緒に来た人達と会った。
なにやら深刻そうな表情をしている。
「なにかあったんですか?」
聞いてみると少し怯えた表情で1人が言った。
「一緒に来てたアイツが消えた。」
その瞬間、僕は耳を疑った。
たしかに、1人いない…!
「電話が繋がらない。どうしよう。」
「とりあえず、ここは危険だから、すぐに帰ろう。」
もう1人がタクシーの運転手に連絡した。
運転手は電話に出なかった。
ここで豆知識。ジャマイカ人は、めちゃくちゃルーズなのだ。いや、日本人が律儀過ぎるだけかもしれないけども。
ジャマイカ人の「Soon Come!!」(すぐ行く)は、絶対に信用してはならない。平気で2時間待たされたことがある。
クラブの外で立っていると、その時、ある老人が僕に話しかけた。気管が空いているのか、シューシューと息をする音を漏らしながら、今にも消えそうなか細い声で何かを言っているのだ。
英語がただでさえわからないのに、余計に何を言ってるかわからなかった。
ただでさえパニックなのに余計パニックになった。
その時、地元のおばさん達がこっちに来た。
電話を持っていなかった1人が英語で話を始めた。おばさん達は鬼気迫る表情で何かを言っている。
しばらくすると僕に会話の内容を教えてくれた。
「早く帰れって。危険だから今すぐに帰れって。」
と。
さっき見た日本人達は既にいなくなっていた。クラブの中は地元の人しかおらず、さっきは気付かなかったが、こっちを睨みながら何やら深刻そうに耳打ちをしている若者が数人いることに気付いた。
地元のギャングかもしれない。
その時、直感でそう思った。
おばさん達は、必死に電話をしてタクシーを呼んだり、色々と手伝ってくれた。
そして、僕たちは数分後に無事タクシーに乗ることができたのだった。
おばさん達と握手をして、手を振りながら僕たちはその街を後にした。
そして、来た道をそのまま急いで帰った。行きとは違い、とてもシリアスな雰囲気だった。
道中、消えた1人とようやく電話が繋がったようだった。
「ごめん、ガンマンに捕まって逃げた。先に逃げて申し訳ない。ただ、あの時、逃げないと殺されるところだった。」
ガンマンとは、銃を持っている人、ということで、殺し屋ということだ。
あそこにガンマンがいたことに驚いた。
自分がいた空間で、殺しを生業としている人が存在している。
あの楽しい空間の中に、死の可能性があった。
なんとも現実味のない、得体の知れない恐怖に襲われた。
僕たちは無事に宿に着き、先に消えた1人とも合流することができた。
「何年かいるけど、今日ほどやばかったことはなかったよ。」
死が直前に迫っていたのに、その人は、やけにリラックスした表情で語っていた。
僕は思った。
もう、一生ジャマイカのダンスには行かないぞ、と。
死ぬくらいなら、ベッドで寝てた方がマシに決まっている!と。
絶対に行かねーぞ、もう絶対に行かない!
そう、心に誓った。
そして、次の日、僕は、廃墟がクラブになっているという話を聞き、居ても立っても居られず、夜のジャマイカの道をまたタクシーに揺られていたのだった。