仮権 心書
守屋洋訳 諸葛孔明の兵法 {徳間書店} より
{仮権}
将帥の権限
将帥というのは、部下将兵の生命をあずかり、勝敗の鍵を握り、国の運命を左右する重要な存在である。
もし君主が将帥の任命にさいして賞罰の権限を委譲しなければどうなるか。
それはちょうど猿の手をしばりあげて早く木に登れといい、離ロウの目をにかわで閉じ合わせて青と黄を見分けよというようなものである。軍の統率など、どだいムリな相談なのだ。
かりに、賞罰の権限が権臣の手に移って将帥の手にないのなら、部下はみずからの利益のままに行動し、本気で戦おうとしなくなる。そうなれば、将帥がイインや呂尚のごとき智謀をそなえて、韓信や白起のごとき武勇の持主であったとしても、自分の身を守ることさえおぼつかなくなる。
孫武が、
「将帥は、ひとたび出陣すれば、君命といえども無視することがある」
また、漢代の将軍 周亜夫が、
「軍中では将軍の令を聞き、天子の詔を聞かず」
と語ったのは、いずれもこのことをいったのである。