エリートがダメになる理由の一つ。。



今の50代60代以上の大人たちが子どもの頃にあたり前に享受してきた生活からの学びの機会が失われています。
それを奪うことによる子どもたちの発達上の損失に気づいているでしょうか。
大人たちは学校外の時間を豊かにすることの大切さを考慮しているでしょうか。喧嘩して仲直りをして人との距離感を学んだり、家族のきずなを学んだり、嫌いな人との付き合い方や失敗のリカバリーの仕方、効率的な整理整頓の仕方や季節感、五感、家事の仕方、一日の家事を回すプログラミング、
近隣の人とのお付き合いの人間関係。
いわゆる非認知能力、社会情動的力と言われる脳幹や大脳辺縁系の発達は、幼少期に育つと言われていますが、勉学させることを低年齢化するということは、そういう脳の基本的な発達をおろそかにしてしまうということです。


教えすぎて、学ぶべき「日常」を学べない。

それが「エリート」って奴が、ダメな一因だろうね。



本当に「知っている」人は、自分の無知を知っている。

ので、謙虚なのだ。

いや、「無限の英知」を知ってしまうと、「学問の知」「受験のテストの能力」など、そのキッレパシでしかないのがわかるので、「知っている」など、恐ろしくて言えないのだ、


本当の知者は、顔回や劉邦のようにふるまうものだと思う。


才能がありながらまだ無能だと思って才能のない人にも問い、見聞が広いのになお無知だと考えて見聞の狭まい人にもたずね、道あって道なしと恥じ、内容充実しつつ空虚を感じ、横車を押れても取り合わない。

「学識が無い」ってことで、多くの知恵者・賢人の進言を聴いて判断し、実行できた。

中学受験では、顔回や劉邦の英知を損ない、「知識の持ったバカ」になるだけに過ぎない。

まさに「受験勉強とは教育虐待である」



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