「民」を愚かに保てば、社会は脆い。



上記文抜粋
・・・・・・・・・・・

櫻井よしこ氏をはじめ「安倍シンパ」に早くから警戒していたのは、ここが理由。櫻井氏は当時「政府にはすごい情報が集まる」とよく発言。この裏メッセージは「庶民は触れることのできないような」という意味になる。どうも安倍シンパは、国民には重要な情報は明かさないという空気濃厚だった。

これはそのまま「民は愚かに保て」になりかねない。安倍シンパの一人でよくテレビにも出ていた「先祖は皇族」の人物は「納税多い人はその分選挙権を増やしたら」と発言。これは、庶民には重要な情報を与えず、政治に関心を持たせず、それによっていずれは投票権も庶民から奪うつもり?

竹中平蔵氏は、これらの流れを経済的側面から実現しようとしたと見ると分かりやすい。庶民を貧困層に叩き落とし、四六時中働かなければならない状態とし、政治に関心を持つゆとりを奪わせ、「納税額少ないのだから投票権失っても当然だよね」状態を、時間をかけてでも作ろうとしたのでは。

しかし収入低く、納税額小さいのは庶民のせいではない。収入大きく納税額大きいお金持ちが庶民から搾取しているから。なのに竹中氏は「カネ稼ぐのは有能だから、カネ稼げないのは努力と才能が足りないから」という転倒したヘリクツでその搾取構造を正当化してきた。しかし現実は搾取。

富裕層が支配し、貧困層は下僕となる構造を強化するために、「学歴」も利用しようとしていたと私は見ている。公立大学の学費を90万円以上にしようと安倍政権では検討していた。事実上富裕層しか大学卒になれなくし、貧困層の庶民は「学歴がないから収入低くて仕方ない」と納得させる構造に。

貧困層でもとびきり優秀な人間だけは特待生で入学を許可し、外国人で優秀な学生も入学を許可。そして富裕層はお金の力で大学に。こうすることで、あたかも富裕層の子弟も、特待生や外国人留学生らと同級生になることで「学力があるかも」というカモフラージュを可能に。

東大に推薦入学の制度を作ったのも富裕層が事実上、カネの力で最高の学歴を飾れる道を作るための布石の可能性がある。慶應義塾大学の学長が「公立大学の学費を150万円に」と発言したのも、富裕層のみ大卒とする布石?
このように、小泉政権から始まり、安倍シンパがここ二十年目指してきた社会像は、

・民は愚かに保て
・選挙権は富裕層のみに
・庶民は貧困層に叩き込み、必死に働かねば食えないように
・貧困による多忙とゆとりのなさゆえに庶民は政治に関心持てないように
・選挙権はいずれ納税額を基準に
・カネで学歴を買う社会に
・学歴で学力と実力があるかのようなカモフラージュを富裕層に

早い話が、江戸時代のような封建社会の実現を目指していたように思われて仕方ない。そうした思惑を第一次安倍政権発足の頃から感じていて、私はずっと薄気味悪かった。しかもなかなか巧みにそちらに誘導するから余計。しかしそんな階級社会が、幸せなものとは私には思えない。

やはり「風雲児たち」(幕末編23巻)を引用。勝海舟はアメリカと日本の違いを尋ねられ、「アメリカは偉い人ほど賢い。日本はその点が全く違っていた」と発言。富裕層に支配される階級社会は、勝が喝破した末期の幕府と同じものになってしまうだろう。

フランスで革命が起きたのもそのため。貴族王族富裕層が我が世を楽しみ、庶民の苦しみを全く考えなくなったとき、バスチーユ牢獄の襲撃は起き、王族をギロチンにかけることにもなった。庶民を虐げれば、支配者は自らの首を危険にさらすことになる。

私は支配層の人たちにも死んでほしくない。笑って生きていけるようであってほしい。そのためには、庶民も笑って生きていける社会でなければならない。大多数の人間を不幸に叩き込み、自らだけ幸福でいようなんてムシのよい話はうまくいかない。

リチャード・ウィルキンソン氏がTEDでプレゼンしているが、格差の大きい社会では富裕層ではさえ乳児死亡率が高くなる(11:08あたりから)。我が子を富裕層でも守れない社会になりかねないことに注意が必要。
https://digitalcast.jp/v/11187/

富裕層は富裕層でいてもらって構わない。しかし、貧困層が苦しんでいるのを見過ごすような富裕層では、翻って自らの不幸を招くということを肝に銘じていただきたい。貧困層をできる限りなくし、誰もが笑って生きられる社会を目指す。その努力を失ったとき、国は破れる。どうか、皆が笑顔の社会を。

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
抜粋終わり

余りに「貧富の格差」が拡大した社会は、「共産主義革命」しか、残念ながらその問題や不幸の解消の方法は無いのですよね。


民主党カマラ・ハリスのインド人の母親は故人だが、実はジャマイカ人黒人の父親は高齢だが健在である。
アメリカの名門大学のマルクス経済学者で、世界帝国アメリカ支配下のハイチやジャマイカなど貧富の格差が絶望的に拡大している中南米地域では共産主義革命しか処方箋が無い。欧米先進国の民主主義とか人権云々は絵に描いた餅なのです。何の力もない蜃気楼。空念仏である。

ハイチやジャマイカなど貧富の格差が絶望的に拡大している地域では共産主義革命しか処方箋が無い

明確なこの事実を資本主義の総本山であるアメリカのテレビや新聞などマスコミでカマラ・ハリスの実の父親ドナルド・ハリス(82)が喋れば、大騒ぎになるでしょう。
当然カマラ・ハリスのアメリカ大統領当選の目はありません。だから民主党もメディアも全員が「見ざる言わざる聞かざる」「知らぬ。存ぜぬ」で完璧にダンマリをきめこんでいるのである。

それを防ぐために

「庶民の教育を拡充」
「富裕層を管理して、その富を確実に社会に貧困層・庶民に還元するように管理する」

とかしなければ、共産革命を防ぎようはないのですは。


歴史を見ていると、、、「庶民の文化が高いと、その社会・国家の持久力が強い」てのは確実に思う。

「庶民を愚」にしていた、明治帝政は、70年持たず、植民地化した。

江戸時代は、そこまで「庶民を愚かにする」ことが無かったので、200年持った。

なら、結構優秀らしい「日本人」を「賢くする」ことが出来たら、どれだけ長く安定して繁栄を得られるのだろう。。

戦後日本は、「読み書きそろばんができる猿」を大量生産することに成功した。

学力があっても、人倫も思考力も無いので、簡単におかしくなる。

たびたび載せるけど・・


儒はこの時代の主要な学問であるから、こうしたイベントに兵士を参加させることは、兵士の教育に熱心であったことを示している。
 孔子はかつて「民を教えずして戦わせる、これを棄てるという」と述べた。兵士を教育してから戦わせることが肝要なのである。祭遵は、孔子の用兵を行っていたのである。
 人にもし立派な振る舞いをさせたいのなら、まず立派な人物として扱い、立派な人物であるという自覚を与えることである。相手を悪人であると見なして応対すれば、相手は悪人として振る舞うし、有能な人として応対すれば有能に振る舞う──これは心理学でいうピグマリオン効果として知られているものであり、集団に対したとき明確にあらわれる効果である。
 

富裕層や為政者が庶民を愚にしようとすれば、当然に愚かになり、その「侮蔑・軽蔑」に応じた報いを報復するのだ。

「人間は大抵のことは許せるが、軽蔑だけは受け入れない」

とか

「人を侮辱したがる男は、マトモな末路ではない」

とかいうね。


尊重し、庶民を「愚か」にせず、賢明にしようとすれば、

 すなわち、祭遵は兵士を立派な士人として扱うことにより、兵士に志と自覚を与えその質を高めたと考えられるのである。だからこそ、祭遵の指揮がなくとも自らの意志をもって戦うことができたのであろう。

「立派な人」として社会に貢献しようとするのだ。


お読みくださりありがとうございます。

いいなと思ったら応援しよう!