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【A2話】やっぱり電卓は必要です

ばれてない!

若葉萌絵はパソコンの画面から目を離した。

振り返って休憩所の方を見る。

萌絵「ふぅー。大丈夫大丈夫。」

萌絵が期待に応えたい先輩。芹沢恭子は萌絵にカンタンな仕事を頼んで珈琲を淹れにいった。

先輩からメールで送られてきたExcelの、B列の値にC列の値をかけてD列に入力してくれという依頼であった。

CかけるD

萌絵は使い終わった電卓を自分の引き出しにしまった。

萌絵が先輩から電卓の使用を禁止されたのは昨日のことだった。

昨日、萌絵は先輩にExcelの使い方を教えてもらった。

その時に、Excelには計算機能が備わっているからと、萌絵は電卓の使用を芹沢先輩に禁止された。

萌絵はExcelの便利さには感動していたが、使いこなす自信がなかった。

だから、どうしても電卓を家に置いてくることができなかったのだ。

でも、今日は電卓を持っていてよかったと萌絵は思った。

萌絵は救世主「電卓」に微笑んで、引き出しをそっと閉めた。

【電卓つかってんの?】

萌絵が引き出しに電卓をそっとしまい顔を上げると、ななめ向かいの席に座る男と目が合った。

同期の金山 悠斗(かなやま ゆうと)だ。

金山は同期だが、萌絵よりも歳は2つ下。

塩顔、高身長でほっそりした体型、清潔感のある短髪。

萌絵の働く会社には服装の規程はないが、いつもスーツを着ている。

清潔感と知性を印象づける風貌ではあるが、それを台無しにする生意気さと猫背。

ちぐはぐな男ではあるが、そのちぐはぐさに惹かれる女性が多い。

萌絵の同期の女性社員の中でも数人が金山との社内恋愛を画策している。

さらに、金山には片想いの相手がいるらしい。その相手が社内にいるという噂であるため、同期の女性社員は大盛り上がりであった。

金山は萌絵をジッと見ていた。

萌絵「なに。どうしたの?」

萌絵は金山という男が苦手だった。隠れて電卓を使っていたせいか心臓の音がいつもより大きく聞こえる。

金山「電卓つかってんの?

【掛け算のやり方知ってる?】

金山「だーかーらー。電卓つかってんの?って」

とつぜんの刺客に萌絵は動揺して反応が遅れた。

萌絵「つ、使ってないわよ。Excelなんだから必要ないじゃない」

金山「へー。そう。俺の見間違いかな」

萌絵「そうよ。だいたい金山君はいいかげん敬語を使ってくれる?あなた私より2つも歳下じゃない」

金山はジッとこちらを見て何も言わない。

萌絵「なによ!自分の仕事しなさいよ」

金山「なあ」

萌絵「なによ」

萌絵は心臓の音が金山に聞こえていないか心配になってきた。

金山「お前、Excelで掛け算のやり方知ってんの?

萌絵の心臓が痛いほど脈うった。

萌絵「失礼ね!知ってるわよ!=(イコール)をうちこんで、計算したい場所を選んで×(かける)ってするだけでしょ!足し算と一緒じゃない!

芹沢恭子「おー。終わったのねー萌絵。ありがとー。」

萌絵「あっ、先輩おかえりなさい。はい。終わりました!」

芹沢恭子は萌絵の机に紙カップのカフェオレを置いた。

萌絵「ありがとうございます!いただきます!」

恭子「あれー。萌絵これ暗算でやったの?」

萌絵「えっ、あっはい。カンタンな計算だったので暗算でしました」

金山「引き出し」

恭子「ん?金山君何か言った?」

萌絵「もー。金山君また独り言?いつもいつもうるさいよ!さっ、先輩このExcelファイル保存しておきますね」

金山「引き出し」

萌絵「もう!金山君!あっ、先輩!!」

萌絵が立ち上がって金山に叫んだ瞬間、恭子は萌絵の引き出しを開けた。

恭子「ちょっと萌絵。電卓つかったの?」

萌絵「はい。すみません。」

恭子「嘘ついて。カフェオレは没収ね。金山君が飲む?」

萌絵「えっ、そんな」

金山「はい。いただきます。」

金山は萌絵が飲むはずだったカフェオレを、恭子から遠慮なく受け取った。

【*(アスタリスク)で掛け算】

萌絵「すみません。足し算みたいに、=(イコール)ではじめて計算したいマスを選んで、×(かける)ってうってみたんですけど、計算できなくて」

恭子「あーそうね。Excelで掛け算する時はね、×(かける)とは入力しないのよ。」

萌絵「えっ!やっぱりできないんですね!」

金山「アスタリスクだよ」

萌絵「アスタリスク?」

恭子「そう。アスタリスクよ。*この雪の結晶みたいなやつよ」

萌絵「ええっ!こんなので!?」

恭子「そうよ。例えばB列の2行目にC列の2行目を掛けるにはこう入力するの」

= B2 * C2

恭子「ほら、入力してみなさい」

萌絵「ん-ーと。あっ!ほんとだ!できた!」

CかけたD

恭子「そうよ。ちなみに割り算には /(スラッシュ)を使うのよ」

= B2 / C2

萌絵「それはなんとなくイメージできますね!分数みたい!」

萌絵は割り算も試してみた。

CわったD

萌絵「できました!」

恭子「そう。いい今度から嘘つかないこと。隠れて電卓なんて使わずに、しっかり質問しなさい。」

萌絵「はい。すみませんでした。」

恭子「そうだ!カンタンなことは金山君に聞きなさい!」

萌絵「えっ、金山君ですか」

あのめんどくさがりの金山が萌絵の面倒なんて見てくれるわけがない。うざがられるのも教えてもらうのも嫌だなと思いながら、萌絵は恐る恐る金山の方を見た。

恭子「問題なんてないわよね、金山君」

金山「まあ。うす」

意外にも金山は素直に承諾した。

萌絵は金山の耳がすこし赤くなっているのを見逃さなかった。

「ははーん。金山君が一目惚れした相手ってのはもしや芹沢先輩だな。」と萌絵は秘密を暴いた探偵のようにニヤリと笑った。


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