【A1話】電卓じゃだめですか?
16時15分。
スマホのアラームがなった。
若葉 萌絵(わかば もえ)は今にも泣きだしそうだった。
萌絵「まずいよー。まにあわないよー」
先輩に頼まれた仕事は30分までに終わらせる予定だった。
~15時30分~
先輩「若葉、今送ったメールのExcel開いて」
萌絵「はい。あ、これですね」
先輩「C列に、A列とB列の金額の合計をいれてみてくれる?」
萌絵「わかりました!」
先輩「大丈夫?」
萌絵「はい!電卓持ってますし!」
先輩「そう・・・間に合わなかったら早めに言ってね」
萌絵「大丈夫です!私、電卓うつのは早いんです!」
先輩「わかったわ。16時半までには終わらせてね。」
萌絵「もちろんですよ!」
【9000行もあるんですか?】
~現在~
まさか計算しなきゃいけない行が9000行もあるとは思わなかった。
最初の200行までは軽快なリズムで電卓をたたき、計算結果をC列にうちこんでいった。
萌絵はキーボードのタイピングにも自信があった。
400行あたりから異変を感じた。
あれ?多くない?
時間のムダと思いつつもExcelを下にスクロールした。
えっ!?9000行もある!
計算しなければいけない行数は全部で9000行もあった。
萌絵は絶句した。
萌絵が絶句したと同時に、スマホのアラームが16時15分を知らせた。
先輩に15分も早く終わらせましたと報告する予定だった。
【なんのためにExcel使ってるのよ】
先輩「どう?すすんだ?」
萌絵「ひっ!せ、先輩!?」
先輩が急に肩を揉んできた。
萌絵はとびあがった。
先輩「あれー?全然じゃなーい」
萌絵「す、すいません。9000行もあるなんて」
完全にやらかしてしまった。
萌絵は心の中で合掌して、天を仰いだ。
芹沢 恭子(せりざわ きょうこ)先輩は萌絵の憧れの先輩だ。
背は175cmと高く、長く伸ばした黒髪は、同じ性別の萌絵もうっとり見とれてしまうほどキレイだ。
萌絵の会社に役職というシステムは、社長を除いて存在しないが、恭子先輩の実力と担当範囲は、他の企業であれば、部長レベルだと噂されている。
それに何よりも萌絵を緊張させたのは、恭子先輩にまつわる逸話だ。
恭子先輩に興味を持たれた新人は、必ず活躍する人材になるという逸話があった。
恭子「思ったより進んだわね。あなた本当にうつの早いのね」
萌絵「えっ!怒らないんですか?」
恭子「そりゃねえ。怒る気にもなれないわよ。フフッ」
萌絵は再び、心の中で合掌した。
私のキャリアは終わった。
恭子「話にならないけど。そのガッツが気にいったわ。今回は許してあげる。フフッ」
萌絵「あっ、ありがとうございます!」
助かった!恭子先輩、私でツボってる!
本当に許してくれてるんだ!
萌絵「こんな、400行しかできてないのに」
恭子「そりゃそうよ。あなた、なんのためにExcel使ってるの?」
萌絵「えっ?」
恭子「あなたの自己紹介文に電卓が得意って書いてあったから、まさかと思って試してみたのよ。こんなの電卓でやるわけないでしょ」
萌絵「ど、どういうことですか?」
恭子「こんなの、Excelなら数秒で終わるのよ」
【C列には式を入れる】
恭子「見ててね」
恭子は、萌絵の席に座って慣れた手つきでExcelを操作した。
恭子「まず最初の行を見るの」
恭子「C列には式を入れるのよ」
萌絵「式?ですか?」
恭子「そう。式は=で始まるの」
萌絵「=で?」
恭子「そう。=から始めるとね。Excelに計算しなさいって命令できるの」
萌絵「Excelに命令・・・」
恭子「=を入れてから、A列の1行目をクリックしてみるとね」
萌絵「わっ、すごい!」
恭子「フフッ。でね、+を入れて」
恭子「今度はB列の1行目をクリックするの」
恭子「で、Enterをおすとね」
萌絵「すごい!」
恭子「ちょっと、あなたの消すわよ」
萌絵「えっ?」
恭子の一瞬の操作で、萌絵の苦労の400行は消し飛んだ。
萌絵「そ、そんな」
恭子「フフッ。見てなさい。」
恭子はマスの角にある深緑色の四角をダブルクリックした。
萌絵「わっ!すごい!」
恭子「フフッ。ちゃんと9000行入ってるわよ。」
萌絵「ほんとうに数秒で終わっちゃいました」
恭子「これがExcelよ。明日から、電卓の使用は禁止よ」
萌絵「はい。」
恭子「そんなに落ち込まないで。私がきっちり教えてあげるわ」
萌絵「あっ、ありがとうございます!」
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