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Shiny,Glory,Sunny Days #9 「The Sting」
「ダービーですか? 当然、うちのサニーブライアンが逃げて勝ちますよ! 多分20バ身くらい突き放しちゃうんじゃないですか?」
「距離延長が心配? 何言ってるんですか! サニーブライアンは三冠とる子ですからね? ダービーの2400mくらい、余裕で逃げきって見せますって!」
「え? サイレンススズカ? ああ、彼女も逃げるんでしょうねきっと。でも、サニーブライアンは絶対に引きませんからね! 来るなら来いって感じですよ!」
「お、久しぶり、元気だったか? え? 俺が別人みたいだって? 当然だろ! なにせ俺は、あのサニーブライアンを育てたGⅠトレーナーだからな! 前までの俺とは一味違うのさ!」
「あ、ツモった。緑一色に四暗刻でダブルだな。いやあ、運も味方につけたんじゃ、これはもう負けるのが難しいってもんだな! ほら、『ダービーは最も運の強いウマ娘が勝つ』って言うだろ!」
「逃げます!」
「何がなんでも逃げます!」
「相手が誰であろうと、サニーブライアンは絶対に、絶対に逃げます!」
◇
「お前、大丈夫なのか」
久しぶりに顔を合わせた師匠から開口一番そう言われたとき、俺は自分の策がうまくいったことを確信した。握ったこぶしに思わず力が入る。
「……なにがですか?」
「なにがって、お前……」
言葉を濁す師匠。もちろん俺は、師匠が何を言いたいかわかっていた。
「どいつもこいつも噂してるぞ。サニーブライアンのトレーナーは、まるで酔っ払ったみたいに浮かれている、ってな」
「そうでしょうね。なにせ人に会うたびにサニーの凄さをアピールしていますから。正直、この一週間で百年分ぐらいしゃべった気がします」
師匠は渋い顔を作る。ほんの少しだけ申し訳ない気分になってしまった。
「ったく。お前がそんなザマで、嬢ちゃんがダービー勝てると思ってんのか」
「何言ってるんですか。サニーがダービーに勝つためにやってるんですよ」
俺がそう言うと、師匠は目を見開いた。
「お前、今なんて言った」
「全ては、サニーをダービーで勝たせるための布石です」
師匠がいぶかるように俺を見る。まあ、それはそうだろう。俺以外の人間がそんなこと言っていたら、俺はそいつの正気を疑っていたに違いない。
「師匠、一つだけうかがいたいんですが」
「……なんだ」
「たとえばの話なんですが。ここに一人のウマ娘と、そのトレーナーがいるとします」
「それで?」
「そのウマ娘とトレーナーは、たまたま運が味方して大レースに勝てたにすぎないのに、それを自分たちの実力だと勘違いしてしまっています」
師匠はボリボリと頭をかきながら、黙って俺の話を聞いてくれている。
「調子に乗った三流トレーナーは、あちこちで言い放ちます。彼いわく、『なにがあっても絶対に引かない、今度のレースも全力で逃げる』。前走でたまたま上手く言ったから、今度もそれで勝てるぐらいに思っているわけですね。フロックだということに気が付かない、哀れな連中です」
「……ふん」
「さて師匠。師匠の担当するウマ娘が、次のレースでそいつの担当と一緒に走るとしましょう。どんなアドバイスをしてあげますか」
師匠は腕を組み、思案顔をつくった。
「そりゃあ、お前……そんなアホウにわざわざ付き合うな。どうせそいつは最後まで持ちゃしねえ。2番手以下に控えて様子を見つつ、バカが力尽きるのを待つのが賢いやり方だ……そんなところか」
さすがは師匠。まさに模範解答だ。
「ええ、まともで優秀なトレーナーなら、きっとそうアドバイスするでしょうね。そしてサイレンススズカのトレーナーは、間違いなくまともで、この上なく優秀なトレーナーなんですよ」
そこまで聞いた師匠が、信じられないものを見るような目つきで俺を見た。
「お前……」
「サイレンススズカのトレーナーは、まさに師匠の言うようなアドバイスをしたそうですよ。もっとも、言葉づかいはもう少し違ったものでしょうがね」
「……なるほどなあ」
師匠がまた頭を乱暴に掻いた。しばらくボリボリとやって、息を一つつく。
「たしかに、間違いなくあちらさんは控える作戦を取るだろうぜ。いや、それどころか、ほかの連中も同じように考えて、嬢ちゃんを無理に追いかけようとはしねえだろう」
「ええ。世間じゃサニーが勝てたのは、実力者たちが後方で牽制しあってスパートが遅れてしまい、たまたま彼女が楽に逃げられたから――ということになっています。実力じゃない、あくまでもまぐれ、フロックだと」
俺は口の端だけで笑ってみせた。
「だったらこちらとしては、それを再現すればいいわけです。勝ち方を教えてもらったようなものですね。ありがたいことです」
「しかしお前……ずいぶんと思い切った策に出たもんだな。それじゃお前さんも嬢ちゃんも、周りから鼻で笑われっぱなしだろう」
「それは問題ありません。俺もサニーも自分自身を信じていますから。周りの評判なんて気にせず走って、そして勝つだけです」
師匠はうんうんと何度かうなずくと、豪快に笑い出した。
「わははは! やるじゃねえか! お前さんの捨て身の作戦がどうでるか、ダービーが俄然楽しみになってきたぜ!」
「ええ、楽しみにしておいてください。そうだ。俺を助けると思って、師匠も『サニーブライアンのトレーナーはワシが育てた!』とかなんとか言ってくださいよ」
「……言うわけねえよ、そんなこと。お前さん、冗談はまだまだド下手クソだな」
「……精進します」
冗談のつもりはなかったんだが。
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