棺桶と砲火 #01 #絶叫杯
「クソ忌々しい。毎度毎度飽きもせずに顔だしやがって」
俺は棺桶の中から、昇る太陽を睨みつけてそう吐き捨てた。
途端に耳元から、苦笑まじりの声が聞こえてくる。
<威勢がいいね。だが全開の遮光術式越しじゃあ、せっかくの悪態も届かないと思うよ>
「うるせえ。やるこたやってんだから、愚痴ぐらい言わせろ」
俺はその言葉に偽りなく、やるべきことをこなしていく。迅速に、かつ正確に。ぬばたまの闇に満ちる棺桶の中に、ほの青い光が灯っていく。
「チェック、コンプリート。問題を認めず。いつでもイケるぜ」
<了解(コピー)。じきに『夜』だね。『夜』は僕らの時間だ。きっとうまくいくよ>
俺はその言葉に、舌打ちで応じる。
「……なあにが」
『夜』、『夜』だあ?
そんなもん、ここ三百年ほど来たことがねえじゃねえか。
俺は背後を見る。地平線の彼方、血のように赤く染まりながら沈もうとしている、もう一つの太陽。
さようならクソ太陽、できれば二度と昇ってくるんじゃねえぞ。いい加減、棺桶の中に引きこもるのには飽き飽きしてるんだ。
だが無理だ。片方の日が沈み、もう片方の日が昇る。三百年間続いたクソサイクル。俺は小声で呪詛の言葉を吐き散らす。
<ふふ、もういい加減に……ん?>
「どうした」
<右前方、土煙>
「んだとお」
俺は術式を走らせ、視界を拡大する。映し出されたのは、草一本生えない荒野、その一角にもうもうと上がる土煙。
「……マジだな。まさか連中か?」
<だとしたら予定よりだいぶ早いね。どうする?>
俺は唇をなめる。
「罠の可能性は?」
<現状では、無くはないとしか言いようがないね>
「作戦の発案者はお前だ。お前の判断に従うぜ」
<おお、かの高名なる吸血鬼、彼の敵より『ナイトメア』と恐れられるアルノルト様より、かくも大なるご信任をいただけるとは! 不肖私ことヴァーニー・バナーワース、持てる力のすべてを尽くしてご期待に応えてみせましょうぞ!>
俺は眉間を揉む。反吐やら血やらを吐き出しちまいそうな気分だ。
「……つまらねえからやめろ」
<じゃあ真面目に。当初の予定どおりにいくよ>
俺の視界に、青白い文字列が並んでいく。作戦概要だ。
<僕らはここで連中を待ち伏せし強襲、痛撃を加えたら即座に離脱、と>
「了解(コピー)……まあそりゃあいいんだけどよ。連中、本当にここ通るのかよ。俺が指揮官なら、こんなところ絶対に避けると思うぜ」
俺は周囲を見回す。俺たちが潜んでいるのは、戦火に巻き込まれ無人の廃墟だらけとなった小さな街だ。待ち伏せには格好の場所だが、わざわざ訪れる価値などない。
<ああ、それなら心配いらない。実はひとつ仕掛けがあってね、連中はここに来ざるを得ないんだ>
「仕掛けだあ? なんだそりゃ」
<その話はお預け。来るよ>
人間どもの隊は、本当にこちらにまっすぐ向かってくる気配だった。ヴァーニーの言う「仕掛け」が効いたってことなのか。まあいい。事実だけを見ろ。
「待機モード解除。棺桶を起動する」
俺は操縦桿を握りしめる。鉤爪上の器官が飛び出し、手首や手のひらに食い込んだ。もう慣れちまった痛みだが、気持ちのいいもんじゃない。
鉤爪が俺の血を吸い上げる。吸い上げられた血液は、潤滑油と混ざりながら棺桶中を巡る。吸血鬼の血とは、魔力そのものだ。俺の血が、魔力が、棺桶に満ちていく。
棺桶が、かすかに震えだす。俺の周囲を包む青い光が、次々と赤く染まっていく。
人類どもが街に入ってきた。行軍速度がみるみる落ちる。隊の真ん中に、なかなかの大きさのコンテナを積んだ装甲トラック。それを守るように陣形を組み、周囲を警戒している。馬鹿が。罠に入り込んでからビクビクする奴があるかよ。
にしても、何だあのコンテナ。今日の目標が輸送隊とは聞いてないぜ。それともあれが、「仕掛け」とやらに関係しているんだろうか。まあ、今更そんなことはどうでもいい。
<噛みつけ(バイト)!>
ヴァーニーの号令と同時、俺は足元のペダルを踏み込んだ。機体足裏、ホバー機構に刻まれた浮遊術式に魔力が充填される。悲鳴のような甲高い音は、術式が起動する音だ。これにより棺桶は、人類の猿真似機動兵器ごときでは到底とらえられない爆発的な推進力を生み出す。
俺の操る第四世代型対人類大型魔導巨人兵――通称「棺桶(コフィン)」が、単眼を赤く輝かせた。突撃開始だ。
【続く】
そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ