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Adversaria-L #逆噴射小説大賞2024

 覚醒する。視界がクリアになる。まず目に入ったのは雲一つない青空、白い砂に覆われた大地、屹立するビルの群れ、息を切らせて走る私。
 ここまではすぐにわかった。わからないのは、なぜ走っているのか、だ。
 背後で轟音。振り向いた先には少女と、その背後に迫る極彩色の霧。
 このままでは二人とも食われる、身を隠せ。意識の底で訴える声がする。
 私は少女の手を取り、放置されている車のドアに手をかける。鍵はかかっていない。少女を押し込み、素早く車内に滑り込む。ドアを閉めるのと同時に、極彩色が車を包みこむ。霧が吠え渦を巻く。私は少女を抱き、目を伏せる。
「ミズリ!」
 少女が私に叫ぶ。
 その声が切っ掛けとなり、欠けていた記憶が浮かび上がる。

 あれはアムネイジア。記憶を食らう霧の化け物。私はあれに食われかけたのだ。この少女はハル。そして私は。私の名前は。

 痛みが脳の奥深くを貫く。短い悲鳴を上げてしまう。それを聞きつけてか、霧がますます猛り狂う。車が激しく揺れる。極彩色の大渦の中、私とハルは、お互いを強く抱きしめる。
 瞬間、私の左腕と左目が白砂となって崩れ落ちる。今度の悲鳴はこらえた。記憶を食われ尽くした人は白い砂となる、そんなことも思い出す。

 霧が諦めたように引いていく。
 私たちはお互いの拘束を解き、一息ついた。私は改めてハルの顔を見る。美しい子だ。
「ミズリ! 大丈夫!?」
 泣きそうな彼女に片目だけの笑顔を向け、私はヘッドレストに頭を預けた。そして、思い出せた記憶の最後の一つ、その意味を考え始める――私の名前はラナ。ミズリなどではない。
 そしてハル。彼女は私の何なのだろう。何もわからない。ただ、彼女を連れていかねばならないという思いだけが、かすかに食い残されている。
 でも、どこへ?
「ミズリ? ねえ、ミズ」
 ハルの声が不意に止まる。微動だにしなくなった彼女の瞳から、無機的な光が漏れ出し始める。

【続く】


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タイラダでん
そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ