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白磁のアイアンメイデン 第4話〈2〉 #白アメ

1〉   目次

 ”忌み野”の大地が、その身を揺るがす。ヘリヤが胎動と評したとおり、揺れは一定の間隔で激しさを変えていた。

「うおっ!?」
 一際激しい揺れが起こり、ヘリヤは地面に転がる。
 片やベアトリスは無様に倒れることこそしないものの、やはりまともに立っていられずに地面に片膝をつく。つきながら彼女は震源と思しきものを、瓦礫の山を見た。

 瓦礫の山の中腹に、不自然に咲く一輪の、大輪の花。赤黒く開花したその花の周囲、瓦礫の中から何かが次々と飛び出してくる。

 それは、根であった。蔓であった。そして茎であり、幹であり、捻じくれた枝であった。人の胴回りの数倍もあろうかという太さのそれらは、まるで生きているかのように激しくのたうち回り、絡みつき、捻じ曲がり、より合わさり、一つになっていく。一つになったそれはやはり根であり、蔓であり、茎であり、幹であり、捻じくれた枝であり――太く、より太く育っていく。悪夢のような光景。

「フローレンス!」
 ベアトリスが叫ぶ。その声に反応し、地面に伏していたオートマタメイドは勢いよく上体を起こした。

【チチチ】
 目鼻の代わりに顔に備えられた六つの光点が明滅する。フローレンスは言葉を発しない。ただ、顔の光点の明滅で自分の意志を伝えている、らしい。

「傷の具合はよろしくて?」【チチチチ】
 答えるフローレンスの背面から、何かの薄片が剥がれ落ちた。それが先程の、竜の攻撃により焼け焦げたはずの彼女の外装であることに気づき、ヘリヤは驚愕する。

 再生、したのか。金属が、人の皮膚のように? しかもこの短時間で? そんな素材、そんな技術が存在するのか? 見たことも聞いたことも読んだこともないぞ。たしかに私は錬金術に明るいわけではないが、さすがにそんな物があればアカデミーでも何かしら話題になっているはずだ。全く、本当になんなんだこいつらは。

「そう、何よりですわ。さすがはお兄様の手によるものですわね」
【チチチチチチ】
「わたくしは大丈夫。心配は無用です」
【チチチチ、チチチ】
「フローレンス、いまはそんな事を言っている場合ではありませんの。魔術師殿を頼みたいのです」
【チチ】

 返事をするなりフローレンスは地面に転がるヘリヤを抱きかかえた。そのままベアトリスと二人、脱兎の勢いで駆け出す――とほぼ同時、彼女らが寸前までいた場所に、大神殿の主柱の如き枝が振り落とされた。衝撃が空気を震わせ、ヘリヤに届く。

 その場に留まっていればどうなっていたか、その想像がヘリヤの肌を粟立たせた。だが、それよりもさらにヘリヤの恐怖を煽っていたのは、彼の視界を埋め尽くしつつある異形であった。

 それは一見、大樹、と言って差し支えのないものであっただろう。ヘリヤは昔読んだ書物にあったエルフの郷を思い出す。深い森の中、もはや数え切れぬほどの年月を重ねた樹に、彼ら耳長の種族は居を構え生きていく。緑の大地に根を下ろし、自然と共に生きる彼らを緑の御手にて包み込む、慈愛の巨木。

 だが、膨張を続ける存在はその醜い写しといえるものであった。なぜなら大樹には大地を踏みにじる脚も、歪んだ鉤爪を備える手も、幾本もの蔓がよじれ合わさったかのような尾も存在しないからだ。全身に幾つもの毒々しい花を咲かせ、そこから紫紺色の毒素を吹き出したりはしないからだ。

 そして巨木もどきの頂点、見上げるような高さに生い茂る葉を押しのけるようにして姿を現す、巨大な蕾。めりめりと不快な音を立てて、ゆっくりと開花――六枚の花弁が開く。

 花の中央には、醜い乱杭歯を剥き出しにし、眼球のない眼窩から捻れた枝のごとき角を生やした、爬虫類じみた頭部。顔の周辺に広がる花弁の中央には血走った眼球、その六眼を忙しなく動かし周囲を見回す。

 ”忌み野の竜”が、その真の姿を表したのだ。”竜”は己の帰還を祝うかのように咆哮を上げ、”忌み野”の大気がそれに応えるかのように震えた。

 口から漏れそうになる悲鳴を、ヘリヤはすんでのところで抑えた。先程心に生まれた勇気や決意の灯火が、”竜”に一矢報いることを可能にしたほどのそれが、頼りなく揺らぐのを感じる。灯火を消さずにすんでいるのは、ひとえに横を走るベアトリス、その凛とした瞳のおかげだ。”竜”の圧倒的な力にさらされてなお衰えぬ、彼女の瞳の力強さのおかげだ。力あるものを目にするとき、目にした者もまた力を得るのだ。

 そんな恥ずかしいことは、死んでも口にはしないが。

 そんなヘリヤの内心のあれやこれやに気づくべくもなく、ベアトリスとヘリヤを抱いたフローレンスは”忌み野”の地を駆ける。”竜”からはだいぶ離れたはずだが、視界に入る”竜”の姿は決して小さくはない。”忌み野”の青い空を背景にそびえ立つ”竜”の姿に、ヘリヤは改めて戦慄した。

 それにしてもどこまで逃げるつもりか、そう訝しんだとき、ベアトリスの足が止まった。連れてフローレンスもその場に急停止する。

「そろそろいいでしょう。これで少々、本当に少々ですけれども、時を稼ぐことができますわ」
 ”竜”を視界から外さずにベアトリスが言う。
「アルフレッド!」『はい、お嬢様』
 主の呼びかけに応え、それまで彼女の強化外骨格装甲として務めていたアルフレッドがパーツ単位で次々とベアトリスを離れ、もとの人型に組み上がっていく。最後に頭が組み上がり、一瞬の閃光を発した直後、執事服を完璧に着こなしたオートマタ執事が現れていた。

「時間がありません、アルフレッド」「承知しておりますお嬢様、万事整えております」「さすがですわ――ならば」

 ベアトリスは”竜”を睨みつつ、高らかに告げた。

「紅茶を一杯、ご用意なさい!」「イエス、マイレディ」

 フローレンスの腕の中で、ヘリヤの心の灯火が消えかけた。

続く

そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ