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白磁のアイアンメイデン外伝 タイーラとデンダ3 #白アメ

 王都クストルより西へ数里、地図では「サッガの森」と呼ばれる大森林地帯。この森は元より、訪れる人が多い土地であるとは言い難い場所ではある。だが、特に近年、森を忌むべき屍人(ズンビー)共がうろつき始めたといった噂が広まったせいか、輪をかけて人が寄り付かなくなってしまった……そんな土地であった。

 なかには、その屍人共に会いたい一心で森を訪れる酔狂な人間もいたが(屍人共は皆、酒場の踊り子のような可憐な容姿をしているらしい)、そういった者たちは皆、森に飲み込まれたかのように消息を絶ってしまう。そしてその事実がまた森から人を遠ざける……その繰り返しである。

 その森の奥、深く深く入り込んだ場所。昼なお暗いその場所に、突如響き渡る声!

「ザッケンナコラー!」「ア、アイエエエエエ!」

 なんということか! 訪れる人など無いはずの森の奥にて発せられた、恐るべきヤクザスラング! 

 声の主は森の奥まった場所、木々の合間に広がる開けた場所にて、威圧的な態度で立つ人影である。黒尽くめ、しかしながらところどころにハート型の意匠があしらわれた服に身を包んでおり、その顔の下半分をリボンめいた布で覆っている。

 ――懸命な読者諸君ならばお気づきのことであろう。顔を覆っている布はただの布切れではない。コレはメンポ、そう、ニンジャが己の顔を覆うために用いるメンポなのである! それが意味するところは明白であろう。この者はニンジャ、平安時代をカラテで支配した、あの恐るべき半神的存在なのだ!

「ゴコダ=サン……ゴコダ=サンよお……」
 ニンジャは男に――己の足元でドゲザしながら弱々しく震えている男に声をかける。
「なあ、ゴコダ=サン。これはどういうことだ? オイ」

 ニンジャは手元の携帯IRC端末の画面を見ながら、独り言のようにつぶやく。端末に映し出されているのは、パステルカラーで華やかに彩られた画面。去る8月11日にNHKの番組「プリキュアヒストリア」内にて発表された「全プリキュア大投票」9月14日にBSプレミアムにて結果発表が有るぞ! みんなも投票しよう!)の「あなたの好きなプリキュア」中間発表結果が掲載されているページである!

女の子に圧倒的な人気の「プリキュア」シリーズ。2004年に「ふたりはプリキュア」が「変身して戦う」女の子たちを主人公に大ヒットして以来、シリーズ名もプリキュアも一新しながら現在まで16シリーズが放送され、友情、そして多様性といったテーマが大人の女性の支持も得ています。映画も含めた42作品、プリキュア60人、プリキュア以外のキャラクター約900、歌約150曲のデータベ一スから、視聴者のみなさんがお気に入りを選べる投票がスタートします。(公式サイトの説明文より)
【一人】 しよう 【一票】

「ア……ブ、ブラックファミリー=サン、ぼ、ぼくにもなぜだかわから」「シバルナッケンゴラー!」「ア……アイエエエエエエエエ!!???」

 再びサッガの森に響き渡るヤクザスラング! コワイ! 恐るべき恫喝の言葉を直接浴びせられたゴコダは限界まで震え上がったのち失禁!

「ゴコダ=サン……あんた、言ってくれたよな……自信たっぷりに……『GO!プリンセスプリキュア』は近年のプリキュアシリーズの中でも出色の出来、だからその主役であるキュアフローラ=サンは人気投票でも圧倒的1位間違いなし、ってよお……」

 そう言って、ブラックファミリーと呼ばれたニンジャは再び携帯端末の画面に目を落とす。そこに記されているのは、おお、ナムサン! 「好きなプリキュア 14位:キュアフローラ」の文字ではないか! 

「キュアムーンライトやシャイニールミナスに負けるのは、まあ分かる……どちらもファンに長く愛されている人気キャラだからな……」

 画面を見ながら絞り出すように発せられるニンジャの声音は、極圏のブリザードめいてゴコダの心胆を寒からしめた。歯の根が合わなくなり、ガチガチと不快な音を立て始める。

「だがよお……なんだって、トップ10圏内にすら入っていない!? おかしいだろ! あの、あのキュアフローラだぞ!? グランプリンセスだぞ!? ナンデ? なぜ? ナンデ……?」

 小さい声で「なぜ」と「ナンデ」をひたすら繰り返すブラックファミリー。その瞳から、もともとさほど残っていなかった正気が消えゆく様子を見上げながら、ゴコダは自らの運命を――これから彼がどうなるかをおぼろげながら悟る。

 こんなはずではなかった。ゴコダの脳裏に浮かぶのは、このニンジャ――ブラックファミリーと出会ったときの記憶。

 ――2週間前。

(いっけな~い。チコクチコク! いそがなきゃ! 転校初日から遅刻しちゃうなんてバリシケもんだよ~!)
 脳内でそうナレーションを入れながら会社に急ぐゴコダ。かれは生粋のプリキュアファンなので、脳内で自分を架空プリキュアシリーズの主人公と設定し、それになりきることで過酷なサラリマン生活を乗り切ってきたのだ。

現在の設定:架空の新番組「ミスティックアニマルプリキュア」の主人公、背脂かため(中学2年生)。不思議な妖精「コナオトス」のちからで伝説の戦士「キュアラード」に変身し、みんなの夢と動物たちの権利を守るためにたたかうのだ。仲間はまだいない。
バリシケ……博多弁で「非常につまらない」の意。かための口癖。

 ここは、サッガの森より更に西に向かったところにあるネオサガシティ。イヤミ上司の叱責を避けるため、ゴコダは始業時間30分前出社を果たすべく走る。彼の視界の隅を「二本まで安い」「なんでもついてくる」「安心な上に太い」「素カニ」などの扇情的なネオン看板がかすめる。昼なお暗いここネオサガシティでは、早朝からネオンのけばけばしい光が絶えることはない。と、その時。

「アイエッ!?」「アイエエエッ!?」
 脳内でかため(精密動作性:E 超ニガテ)とシンクロ融合を果たしていたゴコダは、突如曲がり角の向こうから飛び出してきた人影を避けることが出来ず、まともにぶつかり合った。

「いたたた……バリシケ~。ええと、ダイジョブですか?」
「ご、ごめんなさい! 考え事をしながら走っていたので、あなたに気づきませんでした!」

 恥ずかしさで顔を赤くしながら謝ってきた相手は、制服姿のローティーン女子であった。鼻をくすぐる一瞬の香りに、ゴコダは思わず我に返る。

 ――我に返ったゴコダはただの独身男性で、しかも母親以外の女性とまともに話したことがほとんどない……否、皆無の男であった。

「あ、えと、あの、その」「あ!」
 少女が指差した先はゴコダの右手。ほんの僅かだが血が流れている。
「あ、血だ」「ご、ごめんなさい!
 突如あげられた大声に虚をつかれ、ゴコダは体を固まらせる。

「わたしをかばったせいで、怪我までさせてしまって……本当に、本当にゴメンナサイ!」
 少女が伸ばしてきた手を避けるように、慌てて自分の手を後ろに引く。
「いや! ダイジョブダッテ! 全然大したこと無いから! し、心配しないで」

 少女が何かを差し出してくる。見れば、それは可愛らしいオリガミの束であった。

「すみません、今こんなものしか持っていなくて。あの、これで拭いてください」
「い、いや。そんなの悪いよ」
「いいんです。それよりも、あの、ありがとうございました」
「エ」
 何に対しての礼なのかすぐには飲み込めず、ゴコダはまたまた固まってしまう。
「あなたがとっさにかばってくれたおかげで、私のほうは傷一つなくてすみましたから」

「アッハイ。アー、うん、そう。そうなんだよ。よかった。ヨカッタネ。ぶ、無事だったかい? そう、それはよかったよかった」
 かばったつもりなどまったくなかったが、少女がそう思っているところに水を差しては申し訳ない、ゴコダはそう考えてとっさに嘘を付く。

 そうして受け取ったオリガミを見て、ゴコダは目を見張った。

「キュア……フローラ?」
「!」

 そのオリガミの右下に描かれていたのは、プリキュアの一人であるキュアフローラの姿であった。

 だが、ただのイラストではない。ゴコタは自らの記憶を掘り起こす。このポーズ、どこかで見たことが有るような気がする。そう、これは―― 

 ゴコタは確かめるようにオリガミの束をめくっていく。果たしてそこに書かれていたのは、キュアフローラの変身バンク――それを一コマ一コマ再現したものであった。ゴコタはパラパラマンガの要領でオリガミを素早くめくっていく。色とりどりのオリガミの隅で、春野はるかだった少女がキュアフローラに姿を変えていく。

「プリキュア・プリンセスエンゲージ……」

 今度は少女が驚愕に目を見張る番だった。

「え、ご存知……なんですか?」
「ああ……もちろん、よく知ってる……」
 
 緊張のしすぎで何かしらの糸が切れたのか、ゴコダの口からはとめどなく言葉が溢れだしていた。
「キュアフローラはプリキュアシリーズ通算12作目、10組目のプリキュア『GO!プリンセスプリキュア』の主役、ピンクプリキュアのなかでは最年少の中学1年生だが、その夢に向かう姿勢とメンタルの強さは歴代の主役たちに勝るとも劣らない。そんな彼女の魅力が一番あらわれているのはなんと言っても第39話『夢の花ひらく時! 舞え、復活のプリンセス!』だろう。プリンセスになるという夢を追いかけるきっかけを与えてくれた相手から、あろうことか自分の夢を否定され、プリキュアに変身できなくなってしまったキュアフローラこと春野はるかが、自分の夢の原点を思い出すことで見事復活、再度変身して宿敵クローズと圧倒的バトルを繰り広げるんだ。ああ、今思い出すだけでも身震いするほどのキュアフローラの勇姿!!」

「……」「……」「あの、えっと」

 ――冷たい風が吹き付ける。その場を重い沈黙が支配していた。

 なんということを。なんということをしてしまったのだ。自分よりも10は年下の女の子に対して、よりにもよって早口で熱く推しプリキュアの魅力を語り倒してしまうとは。即座にマッポを呼ばれて囲んで棒で叩かれてもおかしくない愚行だ。ゴコダの顔が青キュアのコスチュームのように青ざめる。

「キュアフローラ、お好きなんですね」

「え」
「私も、なんです。その変身バンク、私が自分で描いたものなんですよ」
 そういって笑いかけてきた少女の微笑み。それはゴコダに名作『スマイルプリキュア』を思い出させた。

 ぎこちないやり取りのあと、少女と別れたゴコダは、夢見るようにおぼつかない足取りで会社へと向かった。時間ギリギリに会社に到着した彼は、始業30分前に出社するのが社会の常識である旨の叱責を上司から受けたが、それすらも上の空で受け止めていた。 

 その日から、ゴコダと少女は同じ曲がり角で何度も出会うこととなる。最初はぎこちなかったやり取りも、合う回数を重ねるほどに不自然さが取れていき、いつしか二人は数年来の友人のように親しい間柄となっていった。

 少女の名はコメメ。近くのジュニアハイスクールに通う学生らしい。彼女は幼い頃病弱で入退院を繰り返していたが、ある時偶然見たプリキュア、その傷ついても決してくじけない姿に心奪われたのだという。

 以来、彼女はその時見たプリキュア、『GO!プリンセスプリキュア』を心から愛するようになったのだった。

 コメメからそのような話を聞いて、ゴコダは運命のようなものを感じずにはいられなかった。彼自身にも『GO!プリンセスプリキュア』を心の支えとしていた時期が確かに存在していたのだった(というよりも、彼にとってはプリキュアシリーズ自体が生きる支えに等しかったのであるが)。

 その話をしてやると、コメメは心底嬉しそうな顔をして言うのだった。「やっぱりそうですよね! 『ゴープリ』は人に生きる気力を与えてくれる素晴らしい作品なんですよ! プリキュアシリーズの中でもナンバー1ですよね!」

 その言葉を聞くたびに、ゴコダは他シリーズの良さを語りたくなる気持ちをぐっとこらえた。彼女の熱情に水を差すのは野暮である気がしたし、何より熱く語りすぎてコメメに嫌われたくない、との思いが強かったのだ。

 そして訪れた運命の日。8月11日。その日放映された「プリキュアヒストリア」の中で発表された「あなたの好きなプリキュア」の中間順位が、彼らの運命を捻じ曲げたのだった。

 その日、ゴコタは生まれてこの方味わったことのない緊張感に身を震わせていた。コメメが、「プリキュアヒストリア」をゴコタと一緒に見たいと言いだしたのである――あろうことか、ゴコタの部屋で。

 女の子が自分の部屋に来る。しかも趣味を同じくする女性が。ゴコタは舞い上がり――その日は有給をとることにした。イヤミ上司には案の定イヤミを言われたが、全く気にならなかった。前日はイヤミ上司のイヤミを背に定時で帰ると、コメメを迎えるべく万全の準備を整えたのだった。

 放送開始の5分前、コメメは本当にやってきた。その瞬間まで彼女が部屋にやって来ることを完全には信じられなかったゴコダは、天に、地に、鷲尾プロデューサーに感謝の意を捧げた。

鷲尾プロデューサー……東映アニメーション所属のアニメプロデューサー。プリキュアシリーズの生みの親として知られている。

 放送はつつがなく進み、その堅実な作りに二人は引き込まれながら視聴していた。『ゴープリ』のことが語られた際には、思わず手を取り合っていた。

 放送終了間近、「私の好きなプリキュア」の中間順位が発表される直前、コメメの顔が青ざめる。それは期待と不安――彼女の愛するキュアフローラが、果たして何位にランクインしているのか――の現れであった。

 その表情を目にした瞬間ゴコタの頭に浮かんだのは、なにはともあれコメメを安心させることであった。

 ここで女性にさりげないフォローを入れられる男であることをアッピールできれば、という下心がなかったわけではない。だが、それよりも同じプリキュアを愛する者である彼女に、そんな顔をさせたくないという気持ちのほうが強く働いたのである。

「ダイジョブダッテ! コメメ=サン!」
ゴコダは努めて明るい表情でコメメに語りかける。
「『ゴープリ』はプリキュアシリーズでも近年まれに見る傑作だよ。その主役であるキュアフローラのことだから、きっと圧倒的人気でナンバー1間違いなし! このぼくが保証するよ!」

 そういって微笑みかけたゴコダを見て、コメメは微笑み返した。二人の間に、暖かな空気が流れた。

 だがその空気は、中間順位が発表された瞬間にキュアビューティーの「ビューティーブリザード」よりも冷え切った。テレビに映し出される「14位 キュアフローラ」の文字。

 ゴコダはその瞬間、コメメから目を背けてしまった。部屋に流れる、重々しい空気。コメメは何も言わない。黙ったままである。

 意を決して、ゴコダはコメメの方を見る。

 コメメは、目から、鼻から、耳から血を流していた。

「ア、ア、アイエエエエエエ!!!!???」
 ゴコダの悲鳴が、狭い部屋に響き渡る。コメメは顔中を赤く染めながら、ゆっくりと床に倒れ込んでいく。そのまま、微動だにしなくなる。

「コ、コメメ=サン! コメメ=サン! アイエエエエ!!??」

 ゴコタは混乱し、狼狽し、コメメの体を乱暴に揺すった。

「しっかり! 気を確かに……」

 コメメの指が、ピクリと動く。

「!! コメメ=サン……!」

 むくりと、コメメが上半身を起こした。倒れたときの様子をそのまま逆回転したような、不自然極まる動き。

「コ……コメメ、サン……?」

 もはや顔に留まらず、コメメの全身を赤く染めていた血が不快に蠢き出す。まるで命を与えられたかのようにおぞましく蠕動したそれは、次第に何かをかたどっていく。

 一介のサラリマンであるゴコダが、それが何かを「知って」いたはずもなかった。しかし、ゴコタにはそれが何なのか「わかって」いた。おそらくは、日本人のDNAに深く刻まれた畏れが、それを成さしめたのだろう。

 コメメの体を、血が姿を変えたニンジャ装束が覆っていたのである。血は最後にコメメの顔に集まると、リボン状の布に成って顔を覆う。ニンジャの……メンポ!

「ア、アイエエエエエエエエ!!! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」

 その声に応えるかのようにゴコタの方を振り向くコメメ。目と目が合った。コメメの瞳の中に底なしの虚無を見たゴコタは、激しく失禁した。

 コメメは静かに立ち上がると、死を告げる使いの如き声でアイサツした。

「……ドーモ、ゴコタ=サン。ブラックファミリーです」

「コ……コメメ」「イヤーッ!」「アイエエエッ!!??」

 恐るべきカラテシャウトとともにコメメ、否、ブラックファミリーと名乗ったニンジャは跳躍! ゴコタの後ろ襟を掴むとそのまま窓を突き破り外へとびだす!

「ア、ア、ア、アイエエエエエ!!!!???」

 わけも分からず叫び続けるゴコダを片手で振り回しながら、ブラックファミリーはネオサガシティの町並みの中を恐るべき速さで駆け抜けていく。ニンジャ動体視力を持たぬ身には、何か叫び声を上げながら奔る色付きの風としか視認できぬであろう、それほどの速度。

 ローティーンの少女の身に、何故これほどの膂力と速度が備わったのか――そのことについて、何一つ疑問を挟む必要はない。彼女はニンジャに成ったのだ。それが答えの全てである。

 どれほどの時間が経ったのか。長いこと振り回されていた気もするし、そいれは案外それほど長い時間ではなかったのかもしれない。気がつけばゴコタはここサッガの森で、ブラックファミリーの足元に這いつくばるようにしていたのである。

「ゴコタ=サン。あんたは嘘つきだ。デマカセばかりべらべらとひねり出す、三流の詐欺師だ」

 ブラックファミリーがゴコタの後頭部を見下ろし、話しかける。声色には親しい人間を相手にしているときの情のようなものが一切含まれていなかった。あるのは必要のなくなったものをくず入れに放り込むときのような、無の感情。

「嘘つきには」
 ブラックファミリーはしゃがみ込み、ゴコタの手をそっと取る。ゴコタは思わず顔を上げ、彼女の顔を見た。

 彼はブラックファミリーに、否、コメメにまだ何かを期待していたのかもしれない。ゴコタの脳裏に浮かび上がる、二人の思い出。プリキュアのことを語り合ったときの、コメメの笑い声。

 ニンジャの顔に浮かんでいたのは、加虐の悦楽だけであった。

「嘘つきには、罰が必要だろう?」「エ」

「イヤーッ!」「アバーッ!?」

 力強いカラテシャウトとともに、ゴコタの右手人差し指がありえない方向に曲がる!

「アバーッ!? アバーッ!? ア、アイエエエエ……」

「イヤーッ!」「アバーッ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!?」

 激痛のあまり地面を転がりまわるゴコタに対し、追い詰めるような無慈悲ストンピング連続攻撃! またたく間にボロ布のように成り果てるゴコタ。それを、汚いものを見る目で見下ろすブラックファミリー。

「嘘つきには、罰が必要だろう?」「ア、アバ……」

「イヤーッ!」「アバーッ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!?」

 更に追撃の無慈悲ストンピング連続攻撃! ボロ布を通り越しゴミクズのように成り果てるゴコタ。それを、汚いものを見る目で見下ろすブラックファミリー。

「嘘つきには、罰が必要だろう?」「ア、アバ……」

「イヤーッ!」「アバーッ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!?」

「嘘つきには、罰が必要だろう?」「ア……」

 ゴコダは薄れゆく意識の中で考える。なぜ、どうしてこんなことに。ぼくたちはただ純粋にプリキュアを楽しみたかっただけなのに。それなのに。なぜ。

「さて、罰は十分かいゴコタ=サン? それじゃあそろそろ――」
「まちなさい」

 人一人おらぬはずの森の奥から突如響く、年老いた男の声。

 はたして、声のした方から歩み出てきたのは、一人の老人であった。

「ナンダ、じいさん。誰だ。何か用か」
「わしの名はデンダ。お若い人よ、そんなことをしてはいけないよ。どうかやめてあげてほしい」

 老人は笑顔のまま、優しい声色で語りかける。ブラックファミリーは眉根を寄せた。この爺さん、ニンジャを目の前にしてちっとも動じていない。何者だ?

「……アンタには関係のない話だ爺さん。年寄りには人助けゴッコは似合わないぜ? 年寄りは年寄らしく、家で一人チャでも立ててな」
「ふむ、自分でも年甲斐もないとは思うんだがね」

「帰れと、言っているんだぜ?」
「そうもいかないと、言っているんだよ」 
老人は笑顔を崩さない。

「そうか。だったら」ブラックファミリーは老人に向き直る。「死ぬしか無いなあ爺さん。アノヨで悔やみな」

「……やめる気はないか。では仕方あるまい――タイーラ!
 そう叫んだ老人の背後から、光り輝く少年が飛び出してきた――あろうことか、羽をはやして、宙に浮いて!

「待ってたイラ!」
 タイーラと呼ばれた存在は小さい爆発音とともに煙に包まれる。煙が晴れたとき、少年がいた場所には鈍く輝くSMG――『KBP PP-90M』が現れる!

「プリキュア!」銃を展開! 天に向かって一斉射! 「ブラッドシャワーエキスパンション!!」

 読者諸氏の中にニンジャ動体視力をお持ちの方がおられれば、天に向かって放たれた複数の銃弾の行方を追ってみるがいい! 銃弾は赤い光の塊と化し、ホーミンレーザーめいた軌道を描きながら上空より次々と飛来する。軌道の先には老人が両腕を広げ、迎え入れるように光を受け止める。全身発光! 

 ニンジャですらまともには目を向けられぬ程の激しい光。ブラックファミリーは顔の前に手をかざし、光の直撃を避ける。

 まばゆい光の中、老人の体が変わって――変身していく。

 光が止み、静寂が戻った。

 先程まで老人がいた場所には、新たな人影が経っていた。

 全身をカワイイが凝縮したかのようなコスチュームに包み、ポーズを決める――十代の少女。ブラックファミリーの目が驚愕に見開かれる。

「荒野に吹きすさぶ、Mexicoの風!」少女は叫ぶ。

「ドーモ、キュアスリンガーです」(爆発SE)

「――ドーモ、はじめましてキュアスリンガー=サン。ブラックファミリーです。キュアスリンガー、だと。貴様、まさか」
「ええ、あなたの非道、プリキュアとして見過ごすわけには参りません。さあ」

 キュアスリンガーと名乗った少女は、人差し指をブラックファミリーに突きつける。
「血と硝煙を身にまとい、悪い子チャンにはお仕置きです!」

「ぬかせ! イヤーッ!」ブラックファミリーは瞬時の判断でキュアスリンガーに襲いかかる! タタミ4枚ほどの間合いが一瞬で潰される。ハヤイ! 踏み込みの勢いが十分に乗った右ストレート! 

「イヤーッ!」キュアスリンガーは顔をわずかにそらし拳をかわすと、カウンターのチョップ突きを放った! 

「ヌゥーッ! やるな!」ブラックファミリーは左手で突きをガード! そのままワンインチ距離に詰め寄る!

「イヤーッ!」右フック!「イヤーッ!」かわして右のロー!「イヤーッ!」足を上げガード、そのまま蹴り上げる!「イヤーッ!」バックフリップにてかわす! 着地と同時に水面蹴り! 「イヤーッ!」同じくバックフリップにてかわす! わずかに離れる間合い。だがすぐに二人のニンジャは必殺の距離に踏み込んでいく。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 二人のニンジャ――そう、そうなのだ。懸命な読者諸兄ならばもはやおわかりであろうが、ここで改めて断言しよう。

 プリキュアは、ニンジャだ。もういちど言う。プリキュアは、ニンジャなのだ!

「イヤーッ!」「グワーッ!」

 均衡が崩れた――打ち勝ったのは、キュアスリンガー。彼女のヤリのごとく鋭いケリ・キックがブラックファミリーの鳩尾に突き刺さっていた。膝から崩れ落ちるブラックファミリー。

「コレまでです、非道のニンジャさん」「オ、オノレー!」

 キュアスリンガーが右手を突き出す。

「浄化の光よ! 希望の魂よ! 今、邪悪を討ち滅ぼす魔砲となれ!」

 キュアスリンガーの右手に、再び銃が――『KBP PP-90M』が握られる。

「プリキュア――!」

 銃に光が集まっていく。光は銃を核として、ある形を――『砲』を、かたどっていく。

「ブラッドブレイク・エクゼキューショナー!」

浄化技です。

 砲口からほとばしる光は、あやまたずブラックファミリーを貫いた。光はそのままブラックファミリーの全身を包み込む。

「アアアアアアアーーーーーーー!!!!???」

 もがき苦しむブラックファミリー。と、その時、ブラックファミリーの体内からどす黒い液状のものが染み出しはじめた。黒液はしだいにのたうちまわるタール状の物質となり、ますます激しく暴れまわる。苦しんでいるのだ。

 やがて浄化の光に耐え切れなくなったのか、黒いタールは次第に力を失い、干からびて、消えていった。

 光が消えた後に、地面に横たわる少女――穏やかな顔をして眠るコメメの姿が現れたのを見ると、キュアスリンガーは満足げな笑みを浮かべたのだった。

 ◇ ◇ ◇ ◇

「ウーン」
「コ、コメメ=サン!」
「ア……ゴコダ=サン?」
「そうだよ、ゴコダだよ! よかった、気がついたんだね。平気かい? 体は大丈夫?」

 コメメは靄がかかったような意識のまま、あたりを見回す。記憶にない風景、ゴコダ、知らない老人と少年、一通り見て取ると、夢見るような口調で告げた。

「体は、平気だと思います。だけど……なんにも、なんにもわかりません。ここはどこで、あの人達は誰なのか……それに」

 コメメはゴコタの姿を見る。彼が来ている服はなぜかボロボロだった。何か、恐ろしいことがあったのだろうか。コメメは不安に襲われる。

 ゴコタ自体に傷は無い様子だった。そのことが、コメメをほんの少しだけ安堵させる。

「どうして、そんな格好を?」
「エ? こ、これかい? いやあ、ちょっとそこで派手にこ、転んじゃってね? ウン。ダイジョブ。ダイジョブだから、心配しないで」

 わざとらしく言い訳をしたゴコタは、先程から彼らを見守っている二人――老人と少年に目をやる。不思議な力で邪悪を浄化、ゴコタの傷も癒やしてくれた謎の二人組を。

アンチ」老人が口を開いた。 

「ア、ン…?」
「彼女に取り憑いていた魔物の名だよ。アンチは人の『スキ』という熱い気持ちにつけこんで心に取り付き、心を捻じ曲げて恐るべき怪物に――ニンジャにしてしまうのだ。そのスキという気持ちが強ければ強いほど、反転しときの邪悪さ、力強さは計り知れないものとなる」

 ゴコダはブラックファミリーを思い出し、全身が粟立つ感覚を覚えた。

「だがアンチは浄化した。もう大丈夫だろう。しかしだね、お嬢さん」

 老人がコメメの顔を覗き込む。穏やかだが同時に厳しさを感じさせる笑み。自然とコメメの居ずまいが正される。

「君が作品を愛する気持ちは誇るべきものだ。しかし、度が過ぎるとそれは大切なものを、大切な人を、傷つける刃となりかねないものなのだよ。そのことを、重々承知しておくべきだ」
「……ハイ」

 コメメは何を言われているのか、正直言ってはっきりとは理解してはいなかった。だが、すごく大事なことを言われていることだけはわかった。

「聞けばお嬢さん、キュアフローラが14位だということがショックだったそうだね」
「ハイ……あの、でも、それがなにか?」

「ふむ、忘れているかもしれないので一応伝えておくがね。全プリキュア大投票は8月11日以降、一度投票した人も再投票ができるようになっているのだ」

「エ……!?」
「したがって、中間発表時点での順位が思わしくなかったとしても、これからの投票で順位が入れ替わる可能性は大いにあるということだ。嘆いている場合では無いのではないかね?」

「そ、そうだよコメメ=サン! これからキュアフローラにもう一度投票しよう! IRC-SNSでも呼びかけるんだ! 投票期日は8月31日の午後11時59分まである。 こうしちゃいられない!」
「ウン……ウン!」
 手を取り合って笑う二人。

 ふと見ると、老人と少年は姿を消していた。

 ゴコダは心の中でもういちど二人に礼を言った。彼らが何者なのかは結局わからずじまいだ。だが、彼らからは大事なことを学んだ気がする。

 まずは、コメメに他シリーズの良さを伝えるところから始めてみよう。『ハートキャッチプリキュア』あたりから攻めてみるか。いや、『スマイルプリキュア』でもいいな。どちらにせよ、「プリキュアに貴賎なし」だ。全てのプリキュアが好きになれば、またアンチとやらに心を乗っ取られてしまうことはないだろう。

 ゴコダは空を見上げた。60人のプリキュアが、空で微笑んでくれているような気がした。

白磁のアイアンメイデン外伝 タイーラとデンダ3 完

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タイラダでん
そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ