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【習作】白磁のアイアンメイデン 第1話「踏んでさしあげますわ」その2
「さて、お茶にいたしましょう」『イエス、マイ・レディ』
【その1】
「―――なんなんだ」
リザードマンの濃厚な血の匂いがいまだ残る中、いつの間にか準備されたテーブルセットに腰を掛け、いつの間にか準備されたお茶を振る舞われながら、魔術師へリヤは思わずつぶやく。
なぜ、お茶の誘いにフラフラと乗ってしまったのか。自分でもよくわからなかった。『幻術解呪』は密かに2度唱えていた。反応なし。幻術に囚われたわけではない。
ならば、これが現実だということをそろそろ受け入れねば。
驚異や怪異ならば何度も見てきただろうに。冷静さを失うなど、魔術師として恥ずべきことだ。
「あら、お気に召しませんでしたかしら」
そう微笑みかけてくる眼の前の女性(彼女は「ベアトリス」と名乗った)を、改めてヘリヤは注視する。(観察は実践魔術の第一歩だ)
長い黒髪。白磁の肌。ターコイズ・ブルーの瞳。ほのかに紅い唇。
上等そうなカップを優雅に口元へ運ぶ動作は、身についた気品を感じさせる。
裕福な貴族のご令嬢―――誰もがそう受け取るだろう。しかしここは、王都ではない。”忌み野”たるラシュ平原のど真ん中。
魑魅魍魎が跋扈し、一瞬の油断が死に、もしくは死ぬより酷い事態につながる地だ。そんな場所に、なぜこんな綺麗で素敵な人が―――そこまで思いを巡らせたヘリヤは、あわててベアトリスから目をそらす。
じ、自分は、魔術の習熟と知識の探究に一生を捧げると誓った者、女性の美貌に気を取られるなどありえない。あってはならない。さては何かの術か。『魅了解呪』を密かに唱えてみる。反応なし。そんな。
『お口に、合いませんでしたか』
混乱しかけていたヘリヤを救ったのは、執事の一言である。
だが、ベアトリス同様、お付きの執事とメイドも別の意味で彼を混乱させていた。
「まあ、アルフレッド。あなたのお茶はいつも完璧ですわ。満足しない方などいません。」
『無論です。しかしながら書に曰く、ヒトの好みは千差万別なり、と。例えばこの方が、こう、魔物の一番絞り汁的な、個性的なお味を好まれているとしたら…!』
おい。
「そんなわけ無いでしょうアルフレッド、口が過ぎましてよ」【チチチチ】「ほらご覧なさい。フローレンスも呆れてますわ」
信じられないことに、彼らはおそらく自動人形(オートマタ)だ。
アルフレッドと呼ばれたそれは、黒の執事服に鈍く輝く金属の身体を包み、微かな駆動音をさせながら表情一つ変えず(当たり前だ、彼?の顔には目鼻らしき部品がただくっついているだけなのだから)主人の世話をしている。
メイドの方は製作者が途中で飽きて放り出しでもしたのか、カチューシャの下、顔には目鼻は無く、紅く光る光点が六つ並んでいるだけだ。彼女?は口を利かない。チチチチと微かな音を立てながら光点を明滅させ、それをもってコミュニケーションを取っているらしい。
『む、しかし』【チチチチ】「フローレンスの言うとおりだわ。アルフレッド、あなたの負けでしてよ」【チチチ】「あら、謝る必要はないわフローレンス。あなたにそんな悲しい顔は似合いませんわ」
―――悲しい顔なのか。
ふう、とため息を一つつくと、冷静どころか、自分は混乱しっぱなしだな、情けない、とヘリヤは苦々しく思った。まったく気に入らない。
「それで魔術師様、どうしてこのようなところに?」
「……あんた方こそ、この”忌み野”になんの用があるんだ、お嬢さん。あんた、王都できれいなお花でも摘んでいるほうがお似合いとしか思えないぞ。」
「ええ、わたくし」ベアトリスは軽く微笑むと、
「ちょっと竜狩り<ドラゴン・ハント>に参りましたの」花でも摘みに行くような調子で朗らかに答えた。
【その3へ続く】
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