見出し画像

御座へと落つ #逆噴射小説大賞2024

 淡い光に包まれた立方体が、濃紺の海中を下降していく。立方体の周りを、魚の眼と下半身を持つ女たちが取り囲んでいた。彼女らは側面に小さく開いた窓から中を覗き込んでは、下卑て不快な笑みを中の男たちに投げかけていた。

「深度1000を越えました。此処から先は文字通り、光届かぬ世界です」
 カランはズレた眼鏡を直しつつ、努めて冷静な口調でもう一人の男に語りかけた。
「サミア殿、貴方の協力なくては『方舟』は決して、この人跡未踏の深海まではたどり着けなかった。我らが錬金学と貴方の祈り、この二つを合わせてこそ」
「お静かに」
 サミアが厳かな口調で告げる。
「ど、どうなされたのです」
「外を」
 カランは慌てて外を見た。窓の外には、濃紺から漆黒へと様変わりした世界が広がっている。一体何が。カランはそう口にしかけて、人魚たちが姿を消していることに気がつく。
「ど、どこへ」
「来ます! お掴まりあれ!」
 『方舟』が激しく揺らぐ。乱杭歯だらけの口が、窓一杯に映し出される。
「ひッ」
 狼狽するカランを尻目に、サミアは手元で印を完成させていた。『方舟』を包む光が弾け、襲撃者の目を灼く。襲撃者――巨鯨に比する体躯の人魚は恨めしそうに『方舟』を一瞥し、漆黒の中へと消えていった。
 厭らしい笑い声が、闇に響く。

「さ、さすがはサミア殿。助かりました」
「何よりです」
「『方舟』はこのまま、この『大楔』を深度10000まで降下していきます。我々が求めるもの……旧神の遺構も、必ずそこに存在します。どうかこのまま、『方舟』に祈りのご加護を」
「無論です。それが我が責務ですから」
 サミアは静かに告げ、瞑想の体勢を作った。『方舟』を包む光量が増す。
 そう、我らが神の御座みくらは、確かにそこに存在するのだ。急がねばならぬ。神はお怒りだ。
 鎮めるには贄が必要だ。
 贄が。

 サミアの口角が微かに上がる。カランはそれに気づかず、窓の外を眺めていた。

【続く】

いいなと思ったら応援しよう!

タイラダでん
そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ