Shiny,Glory,Sunny Days #12 「日本ダービー③」
《さあ直線に入った! 先頭はサニーブライアン、依然としてサニーブライアンが先頭だ!》
俺は叫んでいた。
サニーに俺の声を、思いを届けるために。
だが十万を超える大観衆、その歓声に俺の声はかき消されてしまう。
だからどうした、知ったことか!
俺は血でも吐かんばかりに声を振り絞った。吐いても構わなかった。
サニーは、先頭のまま走り続けていた。最後の直線、彼女の走りは衰えるどころか、逆にスピードを増していく。ついていこうとしていた子たちは、スタミナ切れで後方へと沈んでしまう。後続との差がぐんぐん開く。
なんて……なんて強い走りだ。まさに王者の走りだ。
サニーは勝つ。ダービーに勝つぞ。
俺がそう思った瞬間、それはやってきた。
◇
肉食獣の群れ。
わたしが背中で感じた気配は、一言でいうとそれだった。ここまでじっと我慢してきたライバルたちが、伝家の宝刀を――ここまでため込んだ末脚を解放し、わたしをかわそうと襲いかかってきたのだ。
牙が、爪が、歯が、わたしを食いちぎらんとしているような、そんな気配。重低音の足音が、少しずつわたしの背中に迫ってきているのがわかる。
「逃がすかあ! テメーにだけは絶対に負けねえ! アタシはテメーに勝つためだけに、ここまで来たんだ!」
ジャスティスさんが叫ぶ。
「ウチかて、ウチかてやれるんや! いつまでも、ジャスティスちゃんに守られてばかりやない! ライトニングちゃん見ててや、うちは負けへん!」
ソーヤさんが吠える。
「メジロ家のため、いいえ、私自身の誇りにかけて! 同じ相手に二度負けるわけにはまいりません! 必ず、必ず勝ってみせます!」
メジロプライドさんが猛る。
彼女たちの夢が、願いが、希望が、祈りが、わたしの全身を絡めとろうと追いすがる。
だからどうした、知ったことか!
わたしは腕を振り、誰かの夢を振り払う。わたしは芝を蹴り、誰かの祈りを踏み潰す。そうして一歩ずつ、前へ、前へ、前へ、前へ、誰よりも前へ!
《さあ、外目をついてエアロベルセルク、メジロプライド、さらに、グロスジャスティスも飛んできているが!》
わたしは負けない。絶対に負けない。
トレーナーさんと二人で練り上げてきたんだ。
《残り200m! 坂を上がって! サニーブライアン先頭!》
すぐ後ろ。迫る気配。背中に爪をかけようとしてくる。負けるもんか、負けるもんか、負けるもんか!
《外からグロスジャスティス、グロスジャスティスだ! 間を割ってフリーストロームも来た!》
わたしは勝つ、絶対に勝つ! 勝って、わたしたち二人で、輝く太陽に、なるんだ!
《――サニーブライアンだ、サニーブライアンだ! これはもう、フロックでもなんでもない! 二冠達成!》
◇
《これはもうフロックでもなんでもない、サニーブライアン堂々と、二冠達成です!》
サニーがゴール板を駆け抜けた瞬間、俺は思わず隣の師匠を抱きしめた。
「や、やめろ馬鹿野郎! とっとと離しやがれ!」
師匠の叫びに我に返る。その途端、嬉しさよりも恥ずかしさと申し訳無さが勝り、俺は平謝りに謝る羽目になってしまった。
「ったくよお。気持ちはわかるが相手を考えろってんだ」
師匠はあきれたようにそう言うと、手元のストップウォッチを覗き込み、軽く口笛を吹いた。
「こりゃあすごい。嬢ちゃんの上がり3Fのタイム、35秒1だ。この上がりじゃあ、後ろの連中は絶対に届かねえな。たいしたもんだぜ」
俺は、師匠の言葉に何もこたえられなかった。ただ黙って、うなずくことしかできなかった。師匠の前で黙り込んでしまうのは、これでもう何度目だろうか。
「勝ち時計は2分25秒9か、アイネスフウジンのレコードタイムに0.6秒遅れとはな。今日の芝の状態から考えると、レコードにも劣った数字じゃないと思うぜ」
師匠は何度かうなずくと、俺の顔を見て笑った。
「文句なしの強い走りだ。フロックだなんだと笑っていた連中の顔を見るのが楽しみだな。それはそうと、どうだ? ダービートレーナーになった感想は?」
「……です」
「は?」
「夢みたい、です」
俺は、ようやくそれだけ答えた。師匠はなにも言わず、俺の肩を何度か優しく叩いた。
そのときだった。レース場中の観衆が、一斉にコールを始めたのは。
――サ・ニ・イ! サ・ニ・イ! サ・ニ・イ! サ・ニ・イ!
サニーは驚くような顔をすると、恥ずかしげに観衆に向かって右手をあげてみせた。とたんに地鳴りのような大歓声が沸き起こる。
俺は空を見上げた。雲ひとつない青空の真ん中、輝く太陽がそこにあった。だが、今この地上には、決して劣らないもう一つの太陽が、まぶしく輝いていると思った。
みんなを明るく照らす、太陽みたいなウマ娘。
今の彼女は、間違いなく太陽そのものだった。
◇
日本ダービー(GⅠ) 結果
1着 サニーブライアン 2:25.9
2着 グロスジャスティス 1バ身差
3着 メジロプライド 1/2バ身差
4着 ソーヤジェントル クビ差
5着 フリーストローム クビ差
◇
《それでは、勝ったサニーブライアン選手のインタビューです》
《は、はい、よろしくおねがいします》
《ダービーウマ娘になった感慨は、今いかがですか?》
《よ、よかったです》
《道中の手応えはいかがでしたか》
《ええと、手応えは十分でした。あとはもう、自分の力と、トレーナーさんの教えを信じていくだけでした》
《正直、皐月賞を勝ったわりには、評価が今ひとつだったと思いますが》
《あ、評価は別にどうでもよかったです。一番人気はいらないから一着だけほしい、そう思っていましたから》
《当然、3つ目のタイトルも視界に入っていると思いますが》
《は、はい。がんばります》
《淀の3000でも、今日のように逃げますか?》
《逃げます!》
《これまで支えてくれた皆さんに、一言お願いします》
《は、はい……応援、ありがとうございました。また秋には最終決戦が残っていますので、応援、よろしくおねがいします!》
《ダービーウマ娘、サニーブライアン選手でした! おめでとうございました!》
――サニーがこのインタビューで言った「一番人気はいらない、一着がほしい」という言葉は、のちにトゥインクル・シリーズ史に残る名言扱いを受けることになるのだった。