棺桶と砲火 #05 #絶叫杯
それから、半年後。
「……どうやら、我らがウエスト秘密基地の所在が露見したようなんだ」
ウエストがヤツらしからぬ深刻な顔でそう告げてきたとき、俺は思わず自分の耳を疑った。
「マジかよ。地下1200メートル、血管みたいに入り組んだ洞窟の一角に存在してるって話だろココ。どうやって察知しやがったんだ」
「あー、その、怒らないでくれるかい?」
「……テメーの話次第だな」
ウエストは頬を人差し指でぽりぽり掻いた。
「どうも、先日街に色々と調達しに行ったとき、コイツを忍ばせられたみたいなんだ」
そう言って摘みあげたのは、見覚えのあるごくごく小さな装置。
「発信機、か」
「面目ない……」
俺は天を仰ぐ。『棺桶』がその動きに同期する。
「けどよ、なんでオマエが吸血鬼ってバレたんだ? いつもの、似合わねえ仮装していったんだろ? 何も知らなきゃ、人間のオジョーサマに見えないこともないこともないかもしれねえあの格好」
「あー、うん、そうなんだけどね。久々のお出かけで、ちょっとテンション上がっちゃってね」
「……お前、吸ったのか」
「吸っちゃった」
「しかも、そいつを目撃された訳だ」
「見られちゃった」
俺がこの瞬間、切れてコイツを殴り潰さなかったことを褒めてくれてもいいぜ。まあ正直、このときの俺はバカに構っている暇はなかったのさ。俺の脳みそはフル回転、今すべきことを必死に考えていた。
俺は俺の目的を、今こそ果たすべきだ。
ヴァーニー・バナーワース。
だが、俺は底なしの阿呆って訳じゃない。俺はこう見えて、結構キレるほうなんだぜ。頭が。
例の『杖』での不意打ちも、ヴァーニーには一度しか通じないだろう。その一度でヤツをヤレればいいが、現実はそう甘くない。そもそも、アイツの前に立つこと自体がなかなかに至難の業だろう。
策を練る必要がある。だが残された時間もそう多くないだろうから、あまり凝ったことはできない。
シンプル、かつ効果的な策を。そしておそらく、そのためにはこのクソ女を殺しちまうのはよろしくない。俺の脳内計算機はそう結論づけた。
結論が出たなら、あとは動くだけだ。
「ここを放棄するぞウエスト。準備しろ。例の『杖』、それからあの液体」
「『ナイトロ』だよ」
「そう、そのナイトロ、あるだけ持って出るぞ」
「と言っても……どうやって運べば良いのやら……」
「知るか、自分で考えやがれ。天才様なんだろ? そうだ、おい、『アレ』も持っていくぞ」
俺の言葉に、ウエストは心底驚いた顔をする。
「『アレ』って……アレのことかい? いや、でもアレはまだ試作品もいいところだよ? 荷物にしかならないと思うんだけど……」
俺は『棺桶』の足を動かし、ヤツの近くに踏み下ろした。
「……ハイハイ、仕方ないなあ」
「早くしろよ」
◇
「……来たみたいだよ」
小型の『棺桶』(ウエストが各種作業用にと余剰パーツで組み上げたものらしい)からの報告を受け、俺は舌なめずりをする。視界を操作、遠方に上がる土煙に焦点を合わせた。
人型巨大機動兵器の、群れ。『棺桶』よりも洗練されたシルエットは、見たことのないタイプのものだった。新型か。案外あれも、ヴァーニーが持ち込んだ情報で改修された代物なのかもしれねえな。
「お手柄だぜウエスト。お前の撒いた餌に、キチンと食いついてきやがった」
「……例の作戦、ホントにやるつもりかい?」
ほんの少し、ごくごくわずかだけ沈んだような声でウエストが尋ねてくる。
「やるさ。こうでもしないとアイツの前に立てねえからな」
「立って、そしてどうするんだ。不意打ちで、首尾良く彼を撃てたとして、その後は? 周りを人間どもに囲まれているんだぞ。上手くいこうがいくまいが即座に蜂の巣だ。蜂の巣はごめんこうむる、と言ったのは君じゃないか」
「そうだったかなあ。そうだったかもな。すまねえ、もう忘れちまったよ」
俺のぞんざいな返事に、ウエストは何も応えなかった。まあ、それなりの間こいつには付き合ったんだ。コイツが俺の心配をしているってわけじゃないことはわかっていた。
「……そのときは、私の研究成果も蜂の巣だ。ああもったいない、なんてもったいない」
……ほらな。
「潔く諦めるのも大事だぜ……よし、じゃあ行ってくる」
俺がそう言って『棺桶』の手を振ると、ウエストはつぶやくような声で答えた。
「逝っちまえバカ吸血鬼。せいぜい見事に死に花咲かせるといいさ」
「ああ、そうするぜ」
だが、一人では死なねえよ。
◇
「よう、久しぶりじゃねえかヴァーニー。元気してたか?」
「……アルノルト、本当に生きていたとはね」
数分後、俺は投降のサインを出しながら、ヴァーニー機とその御一行の前に姿を現していた。
「本当に久しぶりだ。よお、この場所覚えてるか? 忘れるわけねえよな? なんせここは、テメエが俺にクソ太陽を運ばせた思い出の地だしなあ」
「……投降するっていうのは本当かい?」
俺の皮肉にはまるで反応せず、ヴァーニーの野郎は事務的に尋ねてきた。ヤツの機体のカメラアイが、感情のこもらぬ目で『棺桶』を凝視してくる。
「嘘なんかつかねえよ。なにせ、俺とお前の仲だからなあ」
「……どうだい?」
俺の言葉をやはり無視して、ヴァーニーは仲間の一機に尋ねた。
「は、機体の駆動に必要な最低限の魔力しか検知できません。魔術兵装、銃火器の類いは所持していないものと思われます」
「そりゃそうだろ。なんせトーコーするってんだからな。丸腰に決まってる」
明滅するカメラアイが、俺の『棺桶』を凝視し続ける。まるで俺の真意を測るかのように。
「分かった。君の投降を受け付けるよアルノルト。ようこそ人類社会へ」
罠にかかった。
だがまだ早い。俺はどうしても、コイツに聞きたいことがあった。ことを起こすのはそれからだ。
「投降の前に、一つだけ聞かせてほしいことがあるんだけどよ」
「ああ、わかるよアルノルト。君が聞きたいことはよく分かる」
「そうかい、話が早くて助かるぜ……」
俺は機体を一歩前に踏み出させる。途端に、周りを囲む敵機が『棺桶』へ『杖』の照準を向ける。反応速度、そして一糸乱れぬ動きは、彼らが高練度の部隊であることの証左だ。
ヴァーニー機はそいつらの動きを片手で制す。
「あまり無闇に動かないほうがいいよ。彼らは『棺桶』狩りのエキスパートだ。操縦技術もそうだけど、何より吸血鬼に対する容赦や慈悲をまるで持たない、鋼の意志の持ち主たちだ」
俺はその言葉を、鼻で笑い飛ばす。
「そのエキスパートくんたちが、よりによって吸血鬼であるオマエさんの部下だって訳だ。可哀想すぎて涙が出るね」
そう言ってせせら笑っていた俺は、次にヴァーニーが放った言葉に凍りつくこととなる。
「……僕はもう、吸血鬼じゃない。人間さ。人間なんだ」
「……な、に」
「すごいだろう。僕らが暗がりでコソコソとしている間に、人類の技術は自分たちと吸血鬼の、種族の壁すら超えていたんだ……今や、投降した吸血鬼たちはこぞって施術を受け、人類へと生まれ変わっているんだよ」
脳が、焼き切れそうになる。今すぐに駆け出して、このクソの顔面に一発叩き込んでやりてえ。だが俺は、そんな自分を必死に抑えていた。まだだ、まだ早い。
「人類に、生まれ変わる、だと……吸血鬼の誇りすら捨てちまったっていうのかよ」
「その誇りとやらが、吸血鬼に何をもたらしたというんだい?」
ヴァーニーの機体から発せられる声の、トーンが下がる。
「君ら吸血鬼はいつもそうだ。家畜と蔑んでいた人類にここまで追い詰められても、まだ誇りだの何だのと口にする……救いがたい、本当に救いがたい愚か者の集まりだ」
ヤツの口調が徐々にヒートアップしていくのを、俺の中の冷静な部分は聞き逃さなかった。今か――いや、まだだ。
「だから、だから僕は、人類に与したんだ! 歴史の本道が選んだのは、間違いなく人類の方なんだよアルノルト。僕は裏切ったんじゃない。大いなる流れに沿おうとしたなんだ……!」
「言い訳ご苦労さん。もう聞き飽きたから、続きは地獄で抜かしやがれ」
俺は奥歯を噛み締め、そこにあったスイッチを入れる。
俺たちの周囲にあった廃屋、廃墟、その全てが同時に吹っ飛んだ。突然の大爆発に、ヴァーニ―を始めそこにいた全ての機体が、固まったように動きを止めた。
その瞬間、全てがスローモーションになる。
俺は、『棺桶』は、足もとの地面を強く蹴る。衝撃で地面に潜ませていた『杖』が、『棺桶』の手元に跳ね上がる。素早くつかみ、照準を合わせ、引き金を引く――!
『杖』に仕込まれたナイトロが爆ぜ、重金属の弾丸が唸りを上げながらヴァーニ―の機体に襲いかかる。
どうだ――!
俺は盛大に舌打ちをした。放たれた弾丸はヤツの機体、その右腕部を吹き飛ばした……それだけだった。
だが俺は、『棺桶』は止まらねえ。『杖』を捨てながら勢いよく踏み出すと、渾身の力を込めて右ストレートを繰り出す。
「ヴァーニ―、バナーワース! くたばりやがれえ!」
一瞬傾きかけたヴァーニ―の機体は、俺の叫びに反応したかのように体勢を立て直すと、同じく左のパンチを繰り出した。
「アル……ノルトぉ!」
交差したお互いのパンチは、ほぼ同時にお互いの頭部に打ち込まれた。衝撃で機体がぐらつく。だがすぐさま体制を立て直す。二撃目を打ち込む。打ち返される。さらに打ち込む。打ち返される。
巨大な機体が殴り合っているさまは、周りからはさぞかし滑稽に映ったんじゃねえだろうか。だがそんなことはどうでも良かった。本当に、本当にどうでも良かった。
永遠に続くかとも思われた殴り合いは、だが着実に終わりへと近づいていた。もちろん俺のほうが有利だ。なんせやつの機体は左腕一本。両手をフル回転させて殴りかかる俺に勝てるはずもない。
ああ、くそ。だけどよ。これは、拳闘の試合じゃあないんだ。
そう思った瞬間、『棺桶』に数多の魔弾が降りそそいだ。
◇
見事に蜂の巣にされた『棺桶』が膝をつく。そんな俺の周囲を、見事に統率を取り戻したエキスパートくんどもが取り囲む。
ああ、やっぱりこうなっちまったか。
俺は苦笑しながら、最後の賭けの準備を始めた。
「哀れだねアルノルト。実に哀れだ」
俺を、『棺桶』を見下ろしながら、ボロボロになったヴァーニ―の機体から哀れそうな声が響く。
「不意打ちには正直驚いたけれども、その後はなんだい? 原始的な格闘戦を挑んでくるなんて、誇り高い吸血鬼が聞いて呆れるよ」
蔑む声。いい感じだ。いくらでも馬鹿にしやがれ。そして俺のことを、「ただ一度の不意打ちにたよって次善の策を用意しない、愚かな吸血鬼」だと思い込んじまえよ。
俺は『棺桶』のハッチを開けた。糞太陽の光と熱気がコクピットに流れ込み、俺の体を焼き始める。
「アルノルト……その体は……」
「ああ、すげえだろ……こんなんでも、なんとか生きているんだぜ……忘れるなよ、こいつは、全部、お前の、せい、なんだぜ」
太陽が俺を、容赦なく焼いていく。
「アルノルト」
「どう、した、あわれな、吸血鬼の、さいご、しっかり、その目で、みねえのかよ」
ヴァーニ―が、機体のハッチを開け、俺の方に身を乗り出してくる。
さようならだぜ、ヴァーニ―・バナーワース。
俺は笑いながら、奥歯の奥、もう一つのスイッチを噛み締めた。
爆発。
俺の体が、血と、肉片が、弾丸となってヴァーニ―に襲いかかった。
それで、どうなったのか、だって?
どうにもならねえよ。
俺の最後っ屁は、ただヴァーニ―の野郎を俺の血肉で汚しただけだった。
だから、俺の話はこれでおしまいだ。
そうだ、俺のお話はこれでおしまいなんだ。
【お前の話へと続く】