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棺桶と砲火 #04 #絶叫杯

  【前回】 【総合目次

 世界は変わった。
 ヴァーニーの野郎が人間どもにもたらした吸血鬼のテクノロジー、特に魔術に関するものは、俺たち吸血鬼が唯一得ていたアドバンテージを完全に無にしてしまった。
 効率の良い魔力の精製、集約、制御……俺たちの専売特許だったそれらを手にした人類は、いよいよ吸血鬼殲滅に向けて、本格的な攻勢をかけてきやがったのさ。
 やつら、膨大な魔力を手に入れてから、まず何をやったと思う?
 太陽の量産だ。
 地上のそこらじゅうで、太陽が弾けた。そしてそのたびに、同胞たちが灼かれていった。
 俺たちは今まで以上にコソコソと隠れ潜むしかなくなってしまっていた。その隠れ家ごと、派手に吹き飛ばされちまっていたが。
 俺たちは、もう滅びるしかない存在だった。けどよ、ただ滅ぼされるのを待つってわけにはいかねえだろ?

「そのとおり。というわけで、秘密兵器の出番というわけさ!」
「秘密兵器、ねえ」
 ウエストの嬉しそうな声。嫌な予感しかしねえ。しばらく付き合ってわかったが、コイツは外道だ。誇り高き吸血鬼の風上にも置けないクズだ。そいつのおかげで生きながらえているってことに吐き気がしそうだ。
 だが俺は、死ぬわけにはいかなかった。死ぬのが怖いわけじゃねえ。ヴァーニー・バナーワースの喉元に牙を突き立てる、その日まで死ねないってだけだ。だからコイツの、医者兼マッド・サイエンティストたるドクター・ウエストの『実験』にもつきやってやった。
 『実験』。そもそもウエストが俺を生かしていたのは、やつの研究に今の俺の状態が最適だったからだ。目と、両手足を失った俺が。
「今度はうまくいくんだろうな。この前は、思い出したくもないくらいひでえ目にあったからな」
「ダイジョーブ、私を信じなさい♪」
「おい、ヤブ医者。テメーは知らないかもしれねえが、人を信じるには『根拠』が必要なんだよ。コイツは信じるに値する、って根拠がよ」
「ふうん。で、君は根拠に基づき信じるに値すると思った男に、盛大に裏切られてこんな目にあってるってわけだ。信じるって、何なんだろうね?」
「……殴っていいか」
「できるならね」
 我慢だ。我慢しろ俺。すべてはヴァーニーに、あのクソ野郎の前に立つために。
「おしゃべりはおしまい。実験開始といこう」
 頭に、全身に牙が食い込む感触。
 俺の体中から、血が、魔力が抜き取られていく、おぞましい感触。ああ、きっと俺に血を吸われていった人間どもも、こんな感触を味わっていたのかもな。同情する気はちっとも起きないが。
「魔力回路、正常に稼働中。各種パラメータも安定している。では、リンク開始といこう」
 その途端、俺の頭の中に送り込まれてくる情報情報情報。俺はこみ上げてくる吐き気を必死にこらえる。脳ミソに手を突っ込まれて、グジャグジャにかき回される感触ってわかるか? そんな感じだ。
「……接続完了。どうだい、アルノルトくん。『見える』かい?」
 目のない俺の目の前に浮かび上がってくる、各種情報ウインドウ。パラメータを示すグラフ群。そしてノイズ混じりの景色。薄暗い洞窟の中、わけのわからない機械に囲まれて、ひらひらと手をふる白衣姿の女。
「ああ、『見える』ぜ。てめえの顔もバッチリだ。想像通り、殴りたくなるような面してやがったな」
「残念、腕部のリンクはまだ確立していないんだ。殴るのはまた今度で頼むよ」
「だったら急げ。時間ねえんだろ?」
「ああ、まったく。ようやく第一歩が踏み出せたというのに、なんと情緒のないことだ……」
 ウエストはブツブツ言いながら作業に戻っていった。俺はその後姿を見ながら、視界の『操作』を試みる。
 俺はウエストの、白衣越しのケツに視線を合わせる。そのまま、拡大、縮小と思考してみる。俺の思考に合わせ、視界の中でウエストのケツが大きくなったり小さくなったりを繰り返す。オッケーオッケー、問題なし。
「……何を、見ているのかな」
「お前のケツ」
 ウエストが近づいてきて、『俺』に殴りかかってくる。衝撃。だが俺は痛くも痒くもない。それはそうだ、ウエストが殴ったのは『棺桶』の頭部ユニットだからだ。
 何? 言ってることの意味がわからない、だと? 意外と鈍いんだな。まあ、要するにだ。俺はウエストの開発している新型の『棺桶(コフィン)』に、生体ユニットとして組み込まれちまった、ってわけさ。

 ペダルと操縦桿による操作ではなく、登場者の脳と『棺桶』を直結し、思考によってダイレクトに操作する。そういうアイデアは、別にウエストの専売特許ってわけじゃなかった。ただ、技術上の問題が多すぎて実現が難しかっただけの話だ。それをクリアできたんだから、このウエストというやつは一種の天才なんだろう。クソ野郎だけどな。
 手足を失った俺にとっても、この『棺桶』は唯一の希望だった。コイツをまともに動かすことができれば、俺はもう一度あいつの前に立つことができるからな。

 ヴァーニー・バナーワース。

「ヴァーニー・バナーワースだけどね、彼もなかなか大変そうだねえ。聞くところによると、吸血鬼の残党狩りを任命されたらしいよ彼。同胞を狩りたてることで、人類への忠誠を示せってことなんだろうねえ」
「そいつは良いことを聞いたぜ。つまり俺が『ここに殺しそこねた吸血鬼がいますよ~』って手を振ってやれば、あいつはノコノコと面見せにやってきてくれるってわけだ。手間が省けて何よりだぜ」
「振る手は『棺桶』のだけどね」

 それから、一か月。

「……どうだい。調子は」
 俺はその問いかけには答えず、『手足』を動かそうと念じる。俺の思考に答えて、『棺桶』はその腕部、そして脚部を不器用に動かし始める。
「ご覧のとおりさウエスト。まあせいぜい、生まれたての赤ん坊ってところだな」
「いやいや素晴らしいよ。これでお互いの目的にまた一歩近づけたね。今夜は、祝杯といこうじゃないか!」
 俺はウエストを殴る真似をするよう思考した。残念ながら、『棺桶』はただ不器用に右手を上げただけだったが。

 それから、一か月。

「こんな洞穴の中じゃあ、これ以上激しくは動かせねえな。なあおい、そろそろ外に出ても良い頃じゃねえか」
「そうだねえ、君もだいぶ操縦に慣れてきたことだし。実戦のデータも収集したいことだしね……よし、じゃあアルノルトくん。我々の悲願達成のため、いよいよあの忌まわしき太陽の下へ馳せ参じようじゃあないか!」
「待ってたぜ、と言いたいところだがよお」
「なんだい」
「武器がねえだろうが、武器が。まさかお前、『素手』で人間どもの真っ只中に送り込もうってんじゃないだろうな。ニンゲン踏み潰して喜んでたら、敵の機動兵器が現れて即座に蜂の巣です、じゃあ笑い話にもなんねえぞ」
「……」
「……忘れてたな、オメー」
「ははは、まさかそんな! この天才に限ってそんなことあるわけがないだろう! 少し待ち給え、今の君にピッタリの武器を用意してやるから!」
「用意して『やる』ねえ。用意して『ある』じゃねえんだな」
「……いじめないでくれよう」
「いじめねえから、早くしてくれよ」
 コイツに頼らなくてはならねえのはシャクだ。だが仕方ねえ。全ては、たった一つの目的のためだ。

 ヴァーニー・バナーワース。

 それから、一か月。

 生体ユニット内でパックの血液を堪能していた俺の『視界』に、やけにはしゃいだ様子のウエストが映り込んできた。近づいてきたウエストは、『棺桶』の頭部をバンバンと叩く。
「アルノルトくん、起きているかね!? 朗報を持ってきたぞ!」
「うるせえよ! で、何だ朗報ってのは」
 ウエストは満面の笑みを浮かべると、そばの機械を弄くり、俺の『視界』にいくつかの図面を送ってよこした。
「へえ、こいつが新しい武器か……おい、ちょっと待てよ」
 俺は記載されている仕様を穴のあくほど見つめた。そこには、当然記載されているはずのものが記載されていなかった。
「何だこの『杖』……必要な魔力、ゼロ? おいおい、どうやって魔力もなしにタマをぶっ放すっていうんだよ」
 俺がそう言うと、ウエストは待ってましたとばかりに喋り始める。
「さすがアルノルトくん! すぐに気づいてくれたねえ。そう、君の言うとおりコイツは魔力を一切必要としない。そう、一切、だ! すごいだろう?」
「いや、いいから仕組みを教えろよ。何が何だか分からねえモノなんか使いたくねえぞ」
 ウエストはニヤリと笑い、白衣のポケットから試験管を取り出す。視界を拡大してみると、中には無色透明の液体がたっぷりと入っているようだった。
「なんだそりゃ」
「これこそ、世紀の大発見! これが何なのかは、実際に見てもらったほうが早いかもね」
 ウエストはそう言って、試験管の蓋を開け、中の液体をほんの一滴床垂らしてみせた。
 派手な破裂音が洞穴の中に響く。液体は、地面に接した途端に弾けてしまったのだ。俺は思わず、下手な口笛を吹こうとしてしまう。
「……すげえ」
「そうだろうそうだろう! 研究の副産物なんだが、ご覧の通り、少量でもかなりの破壊力を有する物質だ。量産も可能、固形化などの加工も容易、なにより」
「発動に魔力を必要としない。つまり、攻撃の直前までそうと悟られない……マジかよ」
 俺は、頭の血管が切れそうなぐらい興奮していた。イチモツが残っていれば、情けなくおっ勃てていたかもしれねえぐらいだ。

 さあ、狩ってやるぜヴァーニー。この悪夢(ナイトメア)が、文字どおりオマエの悪夢となってオマエの前に現れる、その瞬間を楽しみにしているといいぜ。

 【続く

そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ