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Shiny,Glory,Sunny Days #13 「エピローグ~受け継がれるもの」

【前回】   【目次】

 穏やかな秋の日差しの下、私はまた、ここに立っている。
 足元の芝の感触を、軽く確かめてみた。いつもと同じようで、やっぱり違うようで……よくわからなかったので、とりあえず気にしないようにする。
 ふと、空を見上げてみた。まばゆく輝く午後の日差しが目に入る。その輝きが、なぜだか私に一つのレースを思い出させた。
 東京優駿、日本ダービー。
 私はあのとき、当時のトレーナーさんの指示どおりに走り、そして破れた。完敗だった。
 そう、私はあのとき、言葉どおり完全に負けた。
 着順で劣ったのはもちろん、何よりも走りで。
 あのとき勝った彼女は、スタートから私の前に立ち、誰にも先頭の景色をゆずらないまま、ゴール板を駆け抜けてみせた。2400mの距離も、東京コースの坂もまるで関係ないかのように。
 あの走りこそ、私が追い求めていた走りそのものだった。

 その後、あの子とともに走る機会は二度と来なかった。私は今もなお、あの走りを、彼女の幻影を目に焼き付けさせられたままだ。

「……スズカさん、スズカさんってば!」

 物思いにふけっていた私に、呼びかける声がした。
 声の方を向く。そこにいたのは、同じチームで寮の部屋も同室のウマ娘、スペシャルウィークだ。「黄金世代」と呼ばれる子たちの一人で、彼女自身も相当な実力の持ち主だ。
「あ……どうしたのスペちゃん」
 
「もー、どうしたの、じゃありませんよ! 大事なレース前なのにぼーっと空を見てばかりで、私が呼んでもぜんぜん気づいてくれないですし! 本当に大丈夫ですか? 体調があまり良くないとか?」
 心配そうに話しかけてくる彼女。
「体調は大丈夫。今すぐにでも走り出したいくらいよ」
「それならいいんですけど……も、もしかしてなにか心配事とか?」
 あたふたする彼女を見て、つい口元が緩んでしまう。
「いえ、そういうことじゃないわ。空を……お日さまを見ていたの」
「お、お日さま? まぶしくないんですか?」
 眩しくないのか。
 その何気ない問いかけは、緩んだ私の口元を再び引き締める。
「そうね、すごく眩しい。直視できないくらい」
「ええ!? じゃあなんでわざわざ……な、なにかのおまじない、とかですか?」
「おまじない? ああ、そうかも。私もあんなふうに走りたい、っていうおまじない」
「?」
「ふふ……じゃあ、そろそろ行ってくるわね」
「あ、はい! がんばってください! エルちゃんもグラスちゃんもすごく強いですけど、私、きっとスズカさんが勝つって信じてますから!」
 そう、今日の私の相手は相当に手強い。
 無敗のGⅠウマ娘、『怪鳥』エルコンドルパサーに、長期の怪我からカムバックした無敗のジュニア王者、『怪物の再来』グラスワンダー。彼女らも「黄金世代」と呼ばれるウマ娘たちだ。その他にも実力のあるウマ娘が揃っている。なんでも、ハイレベルなメンバーのせいで、GⅡレースなのにGⅠ並みにお客さんが入っているらしい。
 ……関係ない。
 私は私の走りをするだけだ。スタートから先頭に立ち、そのまま他の誰にも先頭の景色を譲らずに駆け抜ける。ただそれだけ。
 そうだ。もう二度と私は先頭を譲らない。
 世界に私一人しかいない、あの美しい景色を、誰にも渡したくはない。

 そしてファンファーレが、高らかに鳴り響く。

「……さて。サニーの話はここまでにしておこうか」
「えー!? そんないいところで? なんでですか!?」
「なんでって、もうレースの時間だろうが。せっかくの晴れ舞台に遅刻していくつもりか?」
「え……わああ!?」
 あわてて駆け出していく後ろ姿を苦笑交じりに見ながら、俺はサニーのことを思い出す。
 彼女の勝利は、周囲の彼女に対する評価を一変させるに余りあるものだった。さらにその後、ダービーでサニーに敗れたグロスジャスティス、サイレンススズカ、メジロプライド、マチカネフクキタル、スピードロード……彼女らが次々にGⅠ級のレースを勝ったことで、いよいよ確かなものになったのだった。 
 俺への評価も変わっていった。ダービーの後から、俺とトレーナー契約を結びたいと言ってくる子たちが少しずつ増えていったのだ。
 そんな子の一人が、今日夢の舞台へ立つ。彼女は幼い頃にサニーのダービーを見たらしい。さっきも「レース前にサニーの話を聞いて、気合を入れたい」なんて言うものだから、得意でもない長話をする羽目になってしまった。まあいい。それで彼女が勝ちに近づくのなら、それはお安い御用というやつだ。

「トレーナーさ―ん! 一つ忘れてましたー!」
 ……なんで戻ってくるんだ。

「どうした」
「あのですね! 今日私が勝てたら、ひとつだけお願いしたいことがあるんです!」
「俺にできることならいいぞ」
「やった! ええと、あのですね……私のこと、『カル』って呼んでほしいんです! その、サニーブライアンさんみたいに愛称で!」
 なんだ、そんなことか。いまだによくわからないが、まあ彼女たちにとっては重要なことなんだろう。
「わかったから早く行ってこいカル。お前は右によれて走る癖があるから、それだけ気をつけろよ」
「え……えええ!? わ、私まだ勝ってませんけど!?」
「なに言ってるんだ。俺の育てた君が負けるわけないだろう。さあ、行くんだカル。おまえのスピードを、皆の目に焼き付けてこい」
「はい……はい!」
 カルは嬉しそうに何度もうなずくと、レース場に向けて駆け出していく。不思議なものだ。二人は全く似てはいないのに、カルの背中にサニーの姿が重なって見えた。
 そうだ。こうやって思いは受け継がれていくのだ。サニーの走りはカルに受け継がれ、そしてカルの走りも、まだ見ぬ誰かに受け継がれていくのだろう。それこそが、俺の愛するトゥィンクル・シリーズなのだ。

 ふと、人を育てる仕事をしてみたい、そう思う自分がいることに気がついた。ウマ娘だけではない、彼女たちに関わる多くの人を育てる仕事を。俺がいろいろな人からもらったものを、受け継いでもらうために。
 そんなことを考えていると、自然に笑みが浮かんでくる。

 ――素敵な笑顔、まるで太陽みたいですね! さすがはわたしのトレーナーさん!
 どこからか、そんな声が聞こえてきた気がした。

【完】

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タイラダでん
そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ