Shiny,Glory,Sunny Days #10 「日本ダービー①」
時刻は午後3時過ぎ。大歓声が府中の空に響きわたり、コースと初夏の青空を揺らす。
数千人のウマ娘たちの中から選び抜かれた18人――そう、たったの18人だけが、世代の頂点を目指して挑む、一生に一度の大勝負。
東京優駿、日本ダービー。
いよいよ本バ場入場の時間だ。出走者の面々が、コース上に姿を現し始める。俺は手元のタブレットで事前情報を確認する。サニーは18人中7番人気。皐月賞を勝ったウマ娘としては、異例の低評価だと言ってよかった。
俺は内心でほくそ笑む。人気薄、上等だ。誰もかれも、せいぜいサニーを甘く見ていればいい。
「お、嬢ちゃん出てきたぞ」
横に立つ師匠が指した先に、勝負服に身を包んだサニーが現れた。ゆっくりとした足取り。口元に笑みを浮かべ、だが金色の瞳は煌々と輝いている。
「おお、気合入ってるな。今までで一番の出来じゃねえかこりゃ」
「ええ、やれることは全部やりましたからね。最高のコンディションですよ。それこそ、これで負けたら仕方がないってレベルです」
「そいつは楽しみだ」
そう、やれることは全てやってきた。トレーニング、作戦、はては運試しまで。全てはこの日、このときのために。
さあ、目に焼きつけろ。お前たちがフロックだなんだと笑い飛ばしたあの子が、ウマ娘たちの頂点に立つその瞬間を!
◇
「よう、約束どおり、ブッ潰しに来てやったぜ」
「サニーはん、お久しぶり〜」
「調子はどうだ……いや、尋ねるまでもなさそうだな」
ゆっくりとストレッチをこなしているところに声をかけられて、わたしはなぜだか、温かいものが胸の中に生まれてくるのを感じていた。不思議な感覚だった。彼女たちとはこれから、お互いの死力を尽くして競い合う間柄だと言うのに。
きっと、これがライバルというものなんだろうな。かけがえのない大切な存在、そして、だからこそ絶対に負けたくない相手。
「調子は、もちろん最高です。今日も逃げ切ってみせますから。覚悟しておいてくださいね」
「ハ! 言うじゃねえか、さすがチャンピオン様だぜ。けどよお、残念だったな。今日でオメーは“元”チャンピオンになっちまうんだぜ」
「……それは、みんなまとめてメジロプライドさんあたりに負けちゃうってことですか?」
「チゲーよ!」
「……私が、どうかしましたか」
静かな、だけどよく通る声。
「おっと……これはこれは、本日の一番人気サマじゃねーか」
声の主は、令嬢の優雅さと強者の雰囲気をまとう、名門メジロ家の秘蔵っ子。そうだ。ライバルはライトニングさんたちだけじゃない。
「な、なんでもないんです。メジロプライドさん」
あははと笑ってごまかしてみる。メジロプライドさんは少し小首をかしげ、すぐに真顔に戻る。つられて私の顔もひきしまってしまう。
「人気はそうかもしれません。ですが、今日の私はあくまでも挑戦者。あなたの胸をお借りするつもりで挑ませていただきます」
「は、はい。よろしくおねがいします!」
「ひゃあ!?」
勢いよく言ったわたしの声に、ソーヤジェントルさんが激しく驚いた。あ、しまった。
「テメー、コラ! ソーヤがビビっちまうからいきなり大声出すのはやめろって言っただろーが! ソーヤ、平気かオイ!?」
「ひえええ!?」
ジャスティスさんの大声が、ソーヤさんに追い打ちをかけていた。
「……全く、決戦の前に緊張感のないことだ。すまないなメジロプライド」
「いえ、レースの直前だというのに、ライバルの方たちと自然体で交流できる……正直うらやましいぐらいです」
「そ、そうですかね……?」
「……このダービーは、私自身にとってはもちろんですが、メジロ家にとってもリベンジマッチなのです」
「え?」
メジロプライドさんは、私から視線を外さず語り続ける。
「私は、メジロ家を背負ってこの場に立っています。その重さが、私に勝利をもたらしてくれるはずです」
そう言って、メジロプライドさんはくるりと背を向ける。一瞬、彼女の背中に、とても大きなものが背負われているような……そんな幻が見えた。
「レース、楽しみにしています」
「……はい!」
歩み去っていくメジロプライドさんから視線を離せずにいると、急に背中を強い力で叩かれた。
「うひゃ!?」
「おい、オメーよお……」
わたしの肩を抱くように後ろから腕を回し、ジャスティスさんが不満そうにつぶやく。
「勘違いしねえように一応言っとくけどよ、このレース、テメーが一番意識しなきゃいけねえのはアイツじゃねえ、このアタシだろ」
わたしはうなずく。
ジャスティスさんのレースは、何度も繰り返し見た。特に前走、最後方から見せた末脚には鳥肌が立った。ライトニングさんに勝るとも劣らない、切れ味。
そうだ。このジャスティスさんも、ライトニングさんも、そしてソーヤさんも、みんなみんな恐るべきライバルだ。
「メジロ家のリベンジ……か。おそらくは、メジロライアンのことだろうな」
「メジロライアンさん、ですか」
ライトニングさんはうなずき、去っていくメジロプライドさんの背中を見つめつづける。
「名門と名高いメジロ家だが、ダービーだけは一度も勝てていなかった。メジロライアンはそんなメジロ家の期待を背負い、一番人気でダービーに臨んだ……しかし」
「結果は……2着」
そのレースも何度も見ている。
勝ったウマ娘の名はアイネスフウジンさん、わたしと同じ逃げウマ娘だ。彼女はスタートから先頭に立つと、メジロライアンさんの猛追を凌ぎきり、見事な逃げ切り勝ちをおさめた。レコードタイムを叩き出したその走りからは、いろいろなことを学ばせてもらえたと思う。
「ライアンは逃げる相手をつかまえきれずに敗れた。そして今日のダービー、おそらくは同じ流れになることだろう。逃げる君、追う我々――なるほど、たしかにこれはリベンジマッチだな」
なるほど。
彼女の負けられない理由、それはわかった。だけど。
わたしは目をつぶり、軽く首を振る。
「冗談じゃありません。わたしはアイネスさんじゃない。わたしたちのレースに、勝手にそんな意味付けをしてほしくないです」
そうだ。これはわたしたちの勝負、わたしたちのダービーだ。それ以上でもそれ以下でもない。勝負するのはわたしと彼女で、アイネスさんとライアンさんじゃない。
そのとき、歓声がひときわ大きく響いた。
たった今、コースに足を踏み入れてきたウマ娘に対してのものだ。
「サイレンス……スズカさん」
サイレンススズカさんはわたしのほうをちらりと見ると、すぐに目を背けてしまった。そのまま、コースを確かめるように走り出す。
「お、感じわりいな。ちょっとシメとくか?」
「やめておけ……全く、どこを見ても強敵ぞろいだな。さすがはダービー、といったところか」
「へへ……よっしゃ!」
ジャスティスさんが私の肩から手を離し、軽く数度飛び跳ねる。いかにも軽やかな動き、彼女の調子も万全のようだ。
「アタシたちも軽く流してくるとすっか。いいかサニーブライアン。くれぐれも準備運動でケガして出走除外、なんてドッチラケなことにならねーように気をつけろよ!」
「もちろんです。いいレースにしましょうね!」
東京優駿(日本ダービー) 芝2400m 晴れ 良
1枠1番 グロスライトニング(6番人気)
1枠2番 アオノリューオー(8番人気)
2枠3番 スピードロード(16番人気)
2枠4番 エノシマカウント(14番人気)
3枠5番 グロスジャスティス(3番人気)
3枠6番 エアロベルセルク(11番人気)
4枠7番 ソーヤジェントル(9番人気)
4枠8番 サイレンススズカ(4番人気)
5枠9番 ギガントホリデー(15番人気)
5枠10番 マキシマムマイン(10番人気)
6枠11番 トライストラグル(18番人気)
6枠12番 フリーストローム(2番人気)
7枠13番 マウントアカフジ(13番人気)
7枠14番 マチカネフクキタル(12番人気)
7枠15番 メジロプライド(1番人気)
8枠16番 テイエムダンシング(17番人気)
8枠17番 エクスゴールデン(5番人気)
8枠18番 サニーブライアン(7番人気)