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濃いーー仕事をしよう

少し前に、プライベートで、
初めて自分主催のオンライン研修をやってみた。

研修の実施や、人の前で話すこと自体は初めてでは
ないけれど、何度やってもやっぱり緊張するな、と思う。

でも、一方で、最初は緊張しても、
始まると私自身が楽しく、熱が入って
あっという間に終わる研修もある。

今回の研修もそうだった。
2回やったけれど、2回目は1回目の参加者アンケートを元に
ブラッシュアップして実施したので、
2回目の参加者アンケートでは参加満足度も
全員満点をもらえた💮!

とすると、なんだか自分が話す研修でも、
うまくいかないな、あまり楽しくないな、と
思うものと何が違うんだろう??

それは、シンクロ率 だと思う。

自分の人生が詰まっている

ゴッホだか誰だか、さらっと描いた絵を100万円と言い、
買い手がそれは高すぎだ、と言ったら
この絵には自分の今までの何十年という
人生からできたものだから100万円だ、

て言った逸話があると聞いたことがある。
(かなりのうろ覚えでだいたい大枠の話で掴んでください)

それを言えるくらい、ゴッホ(だか誰だか)は、
自分の絵と向き合うときは、それなりの気持ちを持って取り組んでいたんだろう。

私のプレゼンや、研修も、これと同じ気がする。

自分の好きな、力を入れてきた、思い入れのあるテーマは、ゴッホにとっての「絵」と同じで、

私の今までの人生や経験や学び、考えてきたことの
エッセンスが、あちこちに散らばっていて、
私も自分の言葉で話せるし、熱もこもる。

研修のストーリーと、私の人生がシンクロするのだ。

結果、聞き手の心にも届くし、満足度も高くなる。

一方、会社の指示でこれやってーと言われたり、
誰もやる人いないから、、
と回ってきたような仕事では
色々調べながら体裁の整った資料を作っても、
それは「作業」の域を出ないもので、
結果資料の読み上げになってしまい、
聞き手の印象にも残らず、
最悪だと聞いていられず眠くなってしまう。

人の前で何かを話すというのは、
他ならぬ、自分について語ることなのではないか?

5分のアウトプット

研修に限らず、仕事というのは基本アウトプットで、
理想を言えば、いつも自分のその価値が最大に乗っていることで仕事をしていきたいな、と思う。

これからフリーランスで仕事をしていこう、
となったとき、この1つのアウトプットの価値を
意志決定していけるのも、自分だ。

自由だけど、責任も不安もある。

逆に、17時まで勤務だからあと5分
何かしら時間を潰さなきゃ、とか、
この仕事の意味は何だろう、と思いながら作業をこなす、
ということも工夫次第ではしなくていい。
少なくともコントロールしていく権利が自分にある。
と、同時に試される。

自分の大切な人生の時間、
自分が満ち足りた仕事をするために、
濃いーい仕事をしていこう。

聞き手が泣いたり震えたりしちゃえるくらいの、
濃い仕事。

それはきっと、とっても幸せな人生だ。

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かずみ|Mental Health Socialworker
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