大切なのは「かたち」ではなくて。
2年前の誕生日に、父がコーヒーミルをプレゼントしてくれました。
私は実家の家族と、誕生日にプレゼントのやりとりをしています(毎回ではないけれど)。普段、実家とはそんなにコミュニケーション量が多いわけではないのですが、誕生日に何らかのやりとりをするのは、小さいころから続いている習慣のようなものです。
だいたい私への贈り物を選ぶのは母で、小物とか雑貨とか、化粧品をもらうことが多いのですが、2年前の誕生日は「今回はお父さんが選んだとよ」と、コーヒーミルが送られてきました。
その頃私は何度か、確かにコーヒーミルが欲しいと口に出していて、コーヒー好きな父はそれを覚えていてくれたようで、電動でも手動でも使えるシンプルなコーヒーミルが送られてきました。
(本当はクラシックな手挽きのミルに憧れていたのですが、電動で正解だった笑)
そのミルがやってきてからというもの、コーヒー豆は豆のまま買うようになり、飲みたい時に挽いて飲めるようになりました。
だいたいは仕事を始める朝で、コーヒーを飲むことが仕事モードに切り替わるきっかけのように使っています。
そんなミル。2年ほど使ったところで(まだ2年ですが)部品のプラスチック部分に若干ヒビが入ってきました。私の使い方が悪いのか?性能によるものか分かりません。とはいってもまだまだ使えるのですが、死ぬまで使い続けるというのは難しいのかもしれません。
そうなったら、買い直す??父に言う??と一瞬色々妄想したのですが、それは些細なことのように思いました。
私がもらったのは、「コーヒーミル」という「モノ」ですが、朝にコーヒーを飲むという「習慣」や、落ち着いた「時間」だ、と思ったのです。
もちろん、モノは大切に使いたいし、あえて買い直すことはしたくないですが、そこに執着する必要もないのかな、と。
モノはかたち。
私がもらったのはモノではなかったのでした。
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