警察人生 6章
交通課3年目に県下異動により山奥の駐在所へ転勤となった
妻は嫌がったが、紙切れ1枚でどこへでも行くのが宮仕えである
高い山に囲まれ、陽が昇るのが10時頃、陽が沈むのが3時頃であった
妻が夜、面白いことを言った
「星があんなに近くに」
と、星ではなく山の中腹にある家の灯りであった
事件はない
仕事はたまに国道で発生する交通事故の処理ぐらいだ
雨が多い6月と9月に多かった
スリップ事故だ
路面に生じたコケにより滑るのだ
子育てには良い環境だった
おじいさん、おばあさんが多く、子供を大事にしてくれる
近所の人に良く子守りを頼んだ
田舎はコミュニケーションが豊かというか、プライバシーはない
赴任した日、引っ越しの片付けが終わり、夕方、妻が商店に買い物へ行くと、初めて会うお店の人が
「今度来た駐在所の奥さんだね」
と向こうから声をかけて来た
というのだ
びっくりした、近所の人に引っ越しを手伝ってもらったが、少し離れたお店の人にまで伝わっているとは
情報伝達の速さに、
駐在所は国道沿いにあったので、観光シーズンになると道を尋ねる人は多かった
自分が外へ出かけると、妻が対応しなければならない
初めての駐在所で不安がっていた妻が慣れるまで、外へ出かける時間をセーブした
落ち着いた頃には、外へ出て活動する時間の方が多くなっていた
なるべく、住民とコミュニケーションを取りたかったのだ
対警感情(警察に対する感情_協力的か非協力的か)はすごく良かった
素朴で親切、真面目な人が多い
犯罪とは縁がない
パトロールで出会うのは、人間よりもサル、カモシカ、キジの方が多かった
とりわけ、サルは多い
道路の真ん中に座っている姿を見て
「危ないばあさんだな」
と思うと、大型のサルだったことは多い
警察官というより一住民として生活していた
子供は本当に大事にしてくれた
小・中学校は各学年10名程度しかいない
近所にはウチの子供を含めても3,4人だ
でも、子供会があり毎月のように行事があった
大人の方がその何倍もいて子供会ではなく、大人会であった
カルタ大会、豆まき、お花見、写生大会、キャンプ、お月見、旅行など
学校の先生は家庭教師のよう、落ちこぼれはいない、勉強のできない子はいなかった
ある日、おばあさんから電話が来た
畑の作業小屋の箱に入れていたイモが全てなくなっている
カンヌキで扉を閉めていた
と言うのだ
おばあさんは、誰かが持ち去ったと主張する
ここの土地柄でイモを盗んで行く人間がいるだろうか?
と疑問に思ったが、張り込み捜査をすることにした
張り込みを始めて数日後、サルの群れがやって来た
あたりを警戒している
一匹が小屋に近づいた
扉の前に立ち、カンヌキを外したのだ
たまげた、扉を開けて中に入りイモを抱えて出て来た
すると、他のサルが代わる代わる中に入りイモを抱えて出て来たのだ
もう、笑うしかなかった
カメラで証拠写真を撮った
本署で現像してもらった
鑑識の主任が何の写真だと言うので
「窃盗犯ですよ、現行犯です」
ど言って出来上がった写真を見せると、しばらく署の笑い話になった
世の中全て、こんな社会ならいいのに
と思った
警察署の雰囲気も家族的で和気あいあいだった
パトカー乗務員、刑事、警務、警備課員、隣接の駐在所員がよく立ち寄った
ある日、隣の駐在所員が立ち寄った
先輩の巡査部長だ
制服に星の階級章が3つ付いている
それを見た娘が
「おとうさんは1つしかないよ」
と言った
「おとうさんは巡査だから1つなん
だ」
と答えると、
「おとうさんがかわいそう」
「おとうさんも3つほしい?」
と言われた
30歳を過ぎていた
昇任試験の勉強を始めた
時間はたっぷりあったのだ
巡査部長の昇任試験に合格した
駐在所に来て3年、警察官になって10年経っていた
ーつづく