宗教と儀式
訳者コメント:
現実と精霊が一体だった時代には、宗教は存在せず儀式は生きる営みと一体だった。そんな生活を送っていたネアンデルタール人を、知性に勝る現生人類が一掃してしまった、のだろうか。そこにある可能性は、ネアンデルタール人が自然の調和を乱すテクノロジーの害を直感し、それを拒絶して身を引いたというもの。どうやら私たちは進歩と上昇の一本道を歩んでいるのではない、らしい。
(お読み下さい:訳者からのお知らせ)
2.10 宗教と儀式
現在私たちが儀式と理解しているものには象徴化が含まれていて、そこでは描写が対象そのものの代わりとなり、儀式で演じられる出来事が現実の出来事の代わりとなります。しかし言語や芸術と同じように、象徴儀式は象徴と対象が分断されず一体だった時代から徐々に発展してきました。それはおそらくかなりの可能性で、交尾や支配といった動物の儀式から発展したもので、全く象徴的ではなかったか、あるいは少なくともその象徴性は鳥のさえずり以下だったでしょう。
儀式が象徴的になったのは、精神が肉体とは別のものとして抽象化されたときでした。それは神が自然から切り離されたときに初めて起きたのであり、テクノロジーと文化が人間の領域を切り離したとき、特に農耕が自然の役割を敵対的なものに変えたとき、初めて起きたのです。二元論の目隠しをしていると想像し難いのは、象徴的でない儀式、描写ではなく現実の物語や原理や出来事〈そのもの〉である儀式のことです。あるものが何を意味するのか、何を象徴しているのかを問うことに、私たちがあまりにも慣れ切っているので、それ自体が〈何なのか〉を問うのが適切な質問だとは考えられなくなっています。そのものと私たちとの間に別の解釈のレベルを差し挟むことなしに何かを〈理解する〉ことなど、ほとんど考えられません。
象徴的な宗教儀式はそれ自体、人間と神という別々に考え出された二つの領域の仲立ちとなるものです。原初の宗教である精霊信仰に、そのような区別はありませんでした。アニミズムは、全てのものに精霊が宿るという信仰と誤解されがちですが、実際にはあらゆるものが精霊〈そのもの〉であり、あらゆるものが感覚を持ち、神聖で、特別な存在だと考えます。したがって、特定のものを言語や数に表現し抽象化することは、アニミズムの観点からすれば冒涜であり、唯一無二の場所や瞬間が途切れ無く連く世界を、単なる多くの物の集合に変えてしまいます。おそらく人類学者が研究した最も純粋なアニミズム宗教でさえ、真のアニミズムの劣化版であって、既に表象言語を受け入れた文化の中に存在するのです。
ネアンデルタール人が死者を(人工物とともに)埋葬する習慣は、彼らが認知的あるいは精神的に発達した証だと私たちは見なしますが、それは死後の世界を信じることを意味し、したがって肉体とは切り離された魂の概念を意味するからです。ネアンデルタール人がすでに二元論的な宗教を持っていたかどうかは知りませんが、上記の解釈は根深い文化的偏見を露わにしています。精霊のことはこの世の生活とは別の領域にあり、〈今、ここ〉とは別のものなのだと。動物たちの宗教とはどんなものでしょうか? 宗教(religion)とは、文字通りには「結び直すもの」あるいは「私たちを再び結びつけるもの」を意味するので、それが必要なのは分断のある場合だけです。充足感、贅沢さ、そして存在そのものが持つ無限性に常に触れている生き物には、宗教など必要ないでしょう。したがって私たちは宗教を分断の症状として見ることができます。
しかし、だからといって宗教が間違いだということにはなりません。宗教は分断の症状という以上に、分断への反応であり、切り離した全てのものと再び結ばれたいという原始的な衝動の現れでもあります。おそらく宗教が生まれたのは、一体性があった昔の時代へと呼び戻すためだったのでしょう。
宗教がどのように発展したかを見るため、この「一体性があった昔の時代」にもう一度立ち返ってみましょう。古生物学でほとんど疑問視されることのない仮定は、初期の人類は現代のホモ・サピエンスよりも重要な点で劣っていたというものです。その証拠は議論の余地がないように見えます。他のヒト属の種が全て絶滅しただけでなく、その道具は単純で、芸術や宗教など近代の知性による創造物の証拠をほとんど、あるいは全く残しませんでした。
しかし、古生物学や考古学の物的証拠に現代の偏見を投影しないよう注意しなければなりません。私たちが偏りがちな解釈は、死者の埋葬は死後の世界、つまり非物質的な魂を信じる証拠だとか、洞窟壁画は出来事のコントロールを目的とした呪術・宗教的儀式の証拠だとか、技術の進歩は生き残るための闘争が動機だというものです。これらの解釈は全て、私たち自身の二元論と不安の投影かもしれません。さらに、言語や技術などの発展を、文化や認知における「進歩」や「向上」と同一視する傾向は、私たちが勝手に思っている自文化の優越性に依存しているのです。しかし、言語、数、道具、農耕、時間の計測がもたらした前記のような悪影響を考えれば、それらを拒んだ人々が劣っていたという決めつけを再検討するのは当然のことでしょう。
スティーブン・オッペンハイマーが2003年に出版した『アウト・オブ・エデン』の中で厳密に示したように、3〜4万年前に遺伝子によってヨーロッパ文化が爆発的に発展したことが現代人の認知能力をもたらしたという神話は、最近の証拠によって打ち砕かれました。石器技術における最も重要な発展は、特別に準備された石の中心部から欠き取られた薄片状の道具が、約30万年前に開発されたことで、これは「何段階にもわたる工程で、最終的な作品が作り手の頭の中に常にしっかりと思い描かれていることが必要」でした[81]。ネアンデルタール人とその従兄弟のクロマニヨン人は、これとほぼ同じ技術を5万年前まで持っていました。
ヨーロッパのネアンデルタール人が消滅したことは古生物学の謎といって良いようなもので、特に約2万8千年〜4万年前のヨーロッパに同時に生息していたネアンデルタール人とクロマニヨン人の間には交雑がなかったという最近のミトコンドリア解析の証拠に照らすと、その謎は深まります。適者生存と欠乏に基づく通常の考え方では、後者がおそらく優れた武器、知性、社会組織を利用して前者を直接に殲滅したか、あるいは単に生息地を勝ち取ったかのどちらかだと推測します。いずれにせよ、約4万年前に始まった劇的な文化的転換の結果この2つの種は加速度的に分断され、紀元前2万8千年までにネアンデルタール人は絶滅したようです。
一部の例外は主張されていますが、ネアンデルタール人には芸術、交易、骨や貝殻や角の道具、死者の埋葬が欠けていたと一般的に考えられています。ネアンデルタール人の原始性は、ふつう次のどちらかに解釈されます。(1)ネアンデルタール人は現生人類のような技術を発展させるには知能が不十分であったということを暗に示す。 (2)それは文化の累積的な性質の証拠で、つまりネアンデルタール人は我々と同じような知性を持っていたが、技術が発達する時間がなかっただけ。最初の立場がますます怪しくなっているのは、5万年前までは石器時代の技術がどちらも同じように発達していたからで、ネアンデルタール人の脳がやや大きいことは言うまでもありません。いずれにしても彼らは、世界のほとんどの先住民族が技術の進んだ文化に遭遇したときと同じ運命をたどったようです。ほとんど議論されていませんが、ここに第三の可能性があります。それは、自然からの分断を拡大させることにつながる技術革新を、ネアンデルタール人が意識的に拒否したというものです。
このような拒絶が起きたのは、その時に限ったことではありません。最近のテクノロジーの歴史を見ても、テクノロジーが拒絶されたり放棄されたりした例が無いわけではありません。おそらくネアンデルタール人は、人類の加速度的な上昇カーブを進むための解剖学的・認知的な能力を持っていたにもかかわらず、ただそれを拒否したのです。おそらく、記号言語、数、芸術、時間、標準化された石器といった、引き離し疎外する技術を拒否したのです[82]。それ以降のシャーマンや宗教神秘主義者と同じように、自然や精霊、喜びから私たちを引き離すものだと直感したのです。おそらく、描写的なイメージに内包される偶像崇拝、記号言語に内包される落とし込み、自己と環境の分断に内包される苦しみを認識していたのです。おそらく分断はもう十分に進んだと考え、このまま上昇を続けても行き着く先は一つしかないと知っていたのです。
北半球の巨大動物の絶滅を考えてみましょう。これは意外なほど最近の出来事で、ネアンデルタール人がいなくなって現生人類が完全に定着した後に起きていて、その理由はふつう私たちの技術が優れていたためだとされ、暗に示すのは知性が優れていたということです。少し立ち止まって考えてみましょう。大規模な生態系破壊が優れた知性の証とされるのです。可能な限り多くを奪い取るのが人間の本性だと、私たちは考えます。その思い込みをちょっと捨てて、ネアンデルタール人などの前近代人には知性はあっても欲望が無かったのだと仮定してみましょう。おそらく彼らには自然のバランスを崩すような行いを避ける知恵があったのです。自然から遠く離れた後世の文化は、それでもなお失われつつある繋がりを維持することの大切さを理解していました。宗教的儀式と呪術を使ってそれを再確認して新たなものとし、人工的な結び直しの手段が自然との調和に必要なかった時代から、古代のシャーマンの系譜と原初の教師にまで遡る物語に頼ってきました。この考えには、ある種の土着神話や伝説の裏付けがあります。ジョセフ・エペス・ブラウンのご厚意により、特に印象的なものを紹介します。
この話と対応するように、ネアンデルタール人や他の人類がホモ・サピエンスの到来とともに実際に去っていったという歴史的事実は、きわめて注目に値するものです。人間たちが到来するとウォゲイは去っていったのです。紀元前4万年から2万8千年までのヨーロッパでは、ネアンデルタール人と現生人類の重複はごく短期間で、後者を前に前者が退くのはほとんど一瞬のことでした。この二つが長く共存した所はどこにもありません。この話はアジア全域の他の人類でも同じだったかもしれません。
おそらく、私たちの祖先が取って代わったネアンデルタール人などの人類集団は、進化の階梯の下方にいる劣等な人類などではなく、じつは私たちよりも思考や精神が進化していたのです。私はこんなふうに推測したいのです。彼らはむしろ私たちの教師であり、生き方の手本でした。それを4万年前に私たちはもう忘れ始めていましたが、神話と儀式に織り込まれ、今日まで受け継がれてきました。その断片は、シャーマン、スーフィズム、語り部、道家、ヨギ、神秘主義者の家系に保存され、そして時折、芸術家、詩人、恋人たちによって蘇り、胞子や種子のように、分断の時代が行くところまで行ったとき、再び花を咲かせるのです。
農耕の登場によって分断が加速するにつれ、「我々を結び直す」ために宗教を必要とする溝は、広がりました。人類は「世界の法則」からもっと遠く逸脱し、バランスを取り戻そうにも古い儀式は無力になりました。だんだんと、自然本来の神々しさは人間の目から見えなくなり、次第にただの物になっていきました。確かに、〈物である自然〉はイデオロギー以上のものではありませんが、私たちが心を開いて直接の体験を受け入れるなら、必ずそのイデオロギーと食い違います。とはいえ、そのイデオロギーは数千年にわたる支配と破壊、自然への従属と征服の道筋を示し、正当化するのに十分な力を持っていた(そして今も持っている)のです。前節で述べたように、農耕によって神々は自然の力と一体のものからその支配者へと徐々に形を変え、それと並行して人間は自分自身を自然の外へと抽象化しました。古代の王やファラオが神であったのに対し、紀元前2000年頃のメソポタミア以降、王は神の単なる使者あるいは代理人となり、神は天の領域に引き上げられました。
神と天界とを結びつけることで、神を自然の内部からその上にある領域へと引き離しますが、それ自体が農耕と機械という思考のもたらしたもう一つの結果なのです。古代の天文学者は、時間の計測と暦の作成に関心を持ち、惑星の運動に規則性を見出しましたが、それは自然の混沌とした不規則性から切り離された非人間的な周期運動でした。機械の設計者であり操作者である技術者なら、どちらを選ぶでしょう? より高くより完全な法則が天を支配しているのだと考えられていました。天空の秩序と完璧さと、生きた大地の乱雑な混沌との間に生じたこの分裂は、17世紀にアイザック・ニュートンがすべての運動をひとつの法則に統一したことによって初めて解決されましたが、その結果として神はさらに抽象化されました。
神が地上のものではない地位を与えられるとともに、人間は(結局この地上の存在なので)生来の神性を失い、単なる神の僕となりました。紀元前2000年ごろ、「メソポタミアの神話には、神々によって奴隷として創られた人間の話が登場するようになった。人間は単なる召使いとなり、神々は絶対的な主人となった。人間はもはや神の命の化身などではなく、まったく別の性質、つまり地上の、死すべき性質を帯びた。そして大地そのものは単なる粘土になった。物質と精神が分離し始めたのだ。[84]」その結果、この地域で生まれたユダヤ教、キリスト教、イスラム教には、神に対する罪という概念があって、これは自然の秩序や調和に反することとは全く別のものです。別であるだけでなく、しばしば真っ向から対立します。スピリチュアリティとは、精神の高揚と相反する欲望を持つ肉体に打ち勝つことを意味するようになりました。テクノロジーと人類の「上昇」との類似は明らかです。機械の秩序と規則性によって自然を克服しようとする文明の技術的探求は、私たちの手に負えない内なる性質、つまり「人間の本性」を克服する計画として宗教に投影されています。
こうして宗教団体は、本来の儀式や神話、教えが意図していたのとは正反対のものを意味するようになりました。ユロック族の伝説に暗示されている宗教の本来の目的は、自然の摂理との調和、とりわけ自然な自分自身との調和、つまり真の存在との調和を取り戻すことです。宗教を支配という目的のために利用しようとする社会制度の執拗な企てにもかかわらず、宗教本来の意図とメッセージはしばしば教義と解釈の層の下に埋もれながらも生き続けています。ときに宗教改革者たちはドグマの向こうを見通して、〈原初の宗教〉であるアニミズムの原理を思い起こさせてくれます。いくつか例を挙げましょう。「誰の中にもある神の作りしものに目を向けよ」(ジョージ・フォックス)。「私と最愛の神は一つである」(ハッラージュ)。「私と父は一つである」(イエス)。後の二人はともに十字架にかけられましたが、前の二人はただ殴られ、さらし者にされ、投獄されただけでした。三人とも、人間と神は別の領域であるという教義を否定したのです。イエスの場合、その教えはたちまち正反対のものに変えられました。「私は神であり、あなたも神である」は「イエスは神であり、あなたは神ではない」に変わり、イエスが反対せよと説いた分裂と二元性を、再び作り出しました。
東洋の宗教では、人間と神との二元論はあまり発達しておらず、聖典には二元論に反する教えが数多く残されています。特に道教は精神の道と自然の道が同じであることを強調しています。仏教には、仏陀は普通の人と変わらず(しかし全く違うのですが)、すべてのものに仏性があるという意味の戒めがたくさんあります。禅の公案には、「全てのものには仏性がある」という文が暗黙のうちに含む二元論を解体し、仏性があたかも「持つ」ことのできる別個のものであるかのように言っているのを示すためのものがあります。同じようにヒンドゥー教では、バガヴァッド・ギーターにこう述べています。「すべての身体に宿る至高の自己は、決して殺されることはない…。永遠、普遍、不変、不動にして、自己は永遠に同じである。」西洋の宗教に見られるような、聖なるものからの極端な分離は、テクノロジーをも特徴づける客観化と支配の考え方と同じです。おそらく近代技術が西洋で生まれたのも偶然ではありません。
宗教(つまり結び返し)の倒錯は、世界中でさまざまな形を取ってきました。東洋では、カルマ(業)の概念は義務へと曲解され、宇宙の秩序は封建社会の現世秩序への盲目的な隷属へと変質しました。その結果、インドでは各個人の役割を事細かに規定したカースト制度が生まれました。同じように、限定された自己が幻想だという教義は、個人の意志を社会大衆の中に埋没させることを奨励するために利用されました。極東では、道は自然と宇宙に内在する有機的な神性という原理から、厳格な社会階層を正当化するものへと堕落しました。
いっぽう西洋では、自然と神の区別はさらに一歩進みました。古代ギリシャの神々やレバントの神々は、自然の諸相を表す名前として始まり、その諸相を代表する別個の存在へと変化していきましたが、やがて気まぐれな大君主の地位を持つようになりました。神々は自然の側面ではなく、支配者になったのです。「一方、旧来の考え方では…神は単に宇宙の官僚のようなもので、宇宙の偉大な自然法則は、神が存在し、行い、行わなければならないすべてのことを支配しており、今私たちの頂く神は、どのような法律が作用すべきかを自ら決定する。神が『このようなことが起こるように!』と言えば、こんなことが起きるのだ。[85]」テクノロジーという精神構造との類似性は明らかです。神はもはや自然の為すがままではなくなり、神の創造の原理を理解するなら、もはや人である必要もありません。
気まぐれな天の支配者から人間の領域で必然的に導かれるのが、自由意志です。私たちは神の概念を手本にして、世界の他の部分を操る別個の存在が自分だと見なし、神が「獣」のために定めたのとは全く異なる掟に従うのだと考えました。私たちは従うか従わないかを選択することができ、既存の調和の中で単に役割を果たすだけでなく、自分の思うように世界を操ることができるのだ。ヘブライ、キリスト、モスレムの神は(これらの宗教の秘教的伝統とは異なりますが)、宇宙から私たち自身を究極的に切り離すためのモデルを提供していて、個別ばらばらの自己は物体ばかりの世界の中で疎外されます。やがて、自然を外から動かすものが無くても科学が世界の仕組みを説明できるようになると、私たちは神を完全に排除するようになりました。しかし別の見方をすれば、私たちが神に取って代わったのです。科学とテクノロジーによって、私たち自身が以前は神に属していた役割にまで進出しました。自然の監督者であり、「このようなことが起こるように!」と言う力を持った〈自由意志〉です。もし現状が気に入らなければ、それを変えることができ、別のことが起こるようにできます。〈テクノロジーの計画〉のバベル人の論理は、これを実行する私たちの力には限りが無いというものです。
次章で説明する科学の台頭は、宗教がその全体的で精霊信仰的な起源から離れていく流れの最終段階と見ることができます。それは必要な段階でもあり、古くから続く変化の頂点です。科学による〈世界の道理〉を説明する前に、私が語った「上昇の仮面をかぶった下降」という信じられないような物語について、別の解釈を提示したいと思います。
注:
[81] オッペンハイマー [Oppenheimer,] p. 101
[82]ダイアモンドが言及した標準化の欠如(p. 38)が非常に重要なのは、標準化は分業を意味し、製品が商品化される可能性を意味するから。
[83] ブラウン [Brown,] p. 17
[84] ジョセフ・キャンベル [Campbell, Joseph,] Myths to Live By, The Viking Press, 1972. p. 74
[85] 同, p. 76
原文リンク:https://ascentofhumanity.com/text/chapter-2-10/