小学生時代 〜厳しい環境に身を置く〜
小学2年生から佐賀市内のFC BLASTに入団。
全く友達がいない中のスタートで不安しかなかったことを覚えています。
まずは、友達作りですが、最初はあまり馴染めずにいましたが、良いプレーをしていくことで仲良くなっていきました。
当時していたポジションは、ボランチ。
3年生の時に初めて地区トレセンに入り、そのままドリームという低学年の県トレセンに入りました。
しかし、あまり上の代の試合には出れず、悔しい思いをしていました。
5年生の時には、10番のユニホームをもらい、学童オリンピックでは、決勝でサガン鳥栖に3-1で勝ち、佐賀県一位になりました。
開始27秒で自分が放ったロングシュートがそのまま入って、みんなで喜んだのは今でも覚えています。
その大会の九州大会では、全く歯が立たず最初のリーグで負けました。
優勝をまた期待されて挑んだ6年生の大会は、2回とも序盤で負けました。
勝ち続けることの難しさや慢心や過信が成長の邪魔をすることをこの時期に知れたことは、成長スピードを上げたのかもしれません。
とにかくどうしたらサガン鳥栖に勝てるか考えていた小学生時代は、練習後に家からの距離5キロ以上あるグランドから走って帰ったり、家の近くの公園でボールを蹴りに行ったり、何が正解か分からなかったので、何かしらやっていた時だったと思います。
時には、練習に行くために家から10キロのグランド(鍋島低床公園)まで漕ぎ続けることだってありました。
スマホは、持っていなかったので、通るところのコンビニの店員に
「このグランドまではどうやって行けばいいですか?」
って聞きながら、行っていました。
最近の子供は、って言いたくないですが笑
最近は、雨が降ってるから、土日の疲れが残っているからという理由で休む人がいるそうです。
幼少期に何が正解か分かりませんが、前途したようなことがあったからこそ今にも繋がる負けん気・底力というのはついた気がします。