小説『エッグタルト』第十九章
暑さのピークも過ぎたのか少し涼しくなってきていて、夏休みにも終わりが近づいていたとある日の夜、母さんと二人で夜ご飯を食べる機会があった。兄は塾講師のアルバイトで忙しいらしく、父さんも出張で大阪に向かっていた。
「あんた、学校で好きな子とかいないの? そろそろ彼女の一人でも作りなさいよ」
「いないよ。恋愛とか、よくわからないんだ」
「川野さんって子はどうなの? 仲がよさそうにしてるって水野さんのお母さんから聞いたわよ」
「水野か。あいつは本当になんでも喋るよな。川野さんは、よくわからない。なんか頭いいって聞いて面白そうだったから話しかけてみたんだ。友達みたいなもんだよ」
「でも、川野さんのほうからは気にかけられているかもしれないわよ」
「そうなのかな。そういうのは、よくわからないんだ」
本当は母さんに認めて欲しいんだけどな、と正直思った。母さんは、優秀な兄のことばかり気にかけていて、昔からあまりかまってくれていないような気がしていた。その代わりに、兄からはめっぽう可愛がられていたが、俺はどうしても母さんにかまって欲しかった。最近はもう気を引くのは無理なのかな、と半ば諦めかけている。兄が優秀すぎるから仕方がないのだ。そういうことにしている。
「母さんは父さんとどういう風に知り合ったの?」
「さあ、忘れちゃったわ。そんなこと。成り行きよ。人生、そんなもんよ」
「そうなんだ」
昔から、母さんは俺に対してやけにドライだな、と思う。普通はこういうものなんだろうか。そういうこともあってか、俺は恋愛についてまったくわからない節があった。もっと何か、ときめいたりすることがあるんじゃないだろうか。少なくとも、川野さんにはそういった感情を感じていないような気がしていた。本当は誰も、異性にときめいたりはしていないのだろうか。流石にそんなことはないとは思うのだが。
「ごちそうさま。おいしかったよ」
「あんたは、もっと勉強しなさいよね。兄さんを見習いなさいよほんと」
「わかってるよ」
そう言って俺は食器を流しに置き、自分の部屋に向かった。夏バテ気味なのだろうか、少し疲れたので、取りあえずしばらくベッドで横になろうと思った。