小説『エッグタルト』第九章
中間試験を終えた翌週のある日に、試験の結果を受け取った俺は、生物の赤点を回避していたことに驚いていた。勉強、やってみるものだなと思った。数学は、赤点だった。
数学のテストの解答用紙を眺めながら廊下を歩いていると、山田がこちらに向かって歩いてくるのが見えたので、声をかけた。
「おう山田、テストどうだった?」
「まあまあかな。それより川野、全教科九十点超えだったんだって。やっぱりあいつ、ばけもんだな」
「数学はどうだったって?」
「九十八点だったらしいよ」
一問間違えたんだ、と思った。
山田の教室を覗くと、川野さんは席に座って窓から空を見上げながら、足をぶらぶらとスイングさせていた。公立校のテストでも、やはりいい得点を取れると嬉しいものなのだろうか。
「俺、数学赤点だったよ。生物はなんとかなったんだけどね」
「よかったじゃん。今度、俺が数学を教えてあげるよ」
「お前も、数学は大したことないだろ」
「じゃあ、川野さんに教えてもらったら?」
「そんな時間ないだろ」
「そうかな。なんかあいつ、いつも退屈そうにしているよ」
「いつ勉強しているんだろうね」
本当に、川野さんはいつ勉強をしているのだろう。数学をずっとやってきたからそんなに勉強する必要もないのだろうか。
そんなことを考えながらぼんやりとしていると、川野さんが教室から出てきたので、声をかけた。
「あ、川野さん! テスト、どうだった?」
「まあまあだったわよ」
普通、全教科九十点超えをまあまあとは言わないんだぞ、と教えてあげたかった。
「俺、数学で赤点取っちゃったよ。よかったら今度、教えてくれない?」
「うーん、私、勉強が大変だから、難しいわ。私もこう見えて忙しいのよ。期末は、頑張ってね。それじゃあ」
「そうなんだ、ごめん。またね」
そう俺が言うと、川野さんはにこっと笑ってから向こうの方を向いてすたすたと歩いていってしまった。
「あいつ、案外喋るんだな」
山田は少し驚いた顔をしてそう言ってきた。クラスでは本当にそんなに喋らないんだろうか。
「ていうかお前凄いよな、いきなり人に話しかけられて」
「まあね。なぜかこういうことはできるんだ」
「案外迷惑がられているかもしれないぞ?」
山田はそう言いながら俺の背中を叩いてきた。
「そうかもね」
そんなことを話していると、休み時間が終わるチャイムが鳴ったので、それぞれの教室に戻ることにした。