小説『エッグタルト』第二十五章

 新入生の合同練習の日、別のグループのメンバーと一緒に練習をして交流を深める機会があった。その中で俺は別のグループのギターの杉野さんという人と一緒になった。
「杉野さんって、こういうのいつ始めたの? 俺は、高校のときに吹奏楽部で小太鼓とかを叩いていた延長でドラムを始めようと思ったんだ」
「私は、高校のときに軽音楽部に入っていたわ。女子校だったの。高校のときのアルバイト先で知り合った先輩がここのサークルの人だったから追いかけるようにしてこの大学に入っちゃったわ。もう必死で勉強したの」 
  そんな会話をしていると、遠藤さんが練習室に入ってきて、入り口の所でこちらを見て手招きをしていた。
「行ってきたら?」
 杉野さんはそう言っていたので、ひとまず練習をやめて遠藤さんの所に行くことにした。
「そうするよ、またあとでね」
 そう言って手を振ると杉野さんも軽く手を振り返し、すぐにギターの練習に戻っていた。切り替えが早いなあと思った。
「太田くん、ちょっといい? 食堂で一緒にご飯でもどう?」
「はい、是非」
 食堂は、多くの学生たちでごった返していた。
 遠藤さんは、
「先に席を取っておくわね」
 と言っていたので、俺は生姜焼き定食を頼みに行った。出来上がった生姜焼き定食を受け取り、席に向かうと、遠藤さんはかばんから手作りのおにぎりを取り出して食べていたのでその隣に座った。何か頼むわけではないのだろうか。
「先輩は、何か頼まないんですか?」
「私は、これでいいの。ダイエット中だから」
「そうなんですか」
 遠藤さんは、黙ってもさもさとおにぎりを食べ続けていたので、俺も生姜焼きに手をつけた。大学の食堂だったのであまり期待していなかったが、物凄くおいしかった。
「ここのご飯、おいしいでしょ。あなた、反応がわかりやすすぎよ。表情に出てたわ。ここに通うといいと思うわよ。友達とか連れてね」
「そうします。先輩はそのおにぎり、作ってきたんですか?」
「違うわよ、いつもお母さんが作ってくれるのを持ってきているの」
「そうなんですね」
 そう言いながら黙って生姜焼きをつっついていると、あまり喋らない俺を見かねたのか遠藤さんは話を繋げてきた。
「それよりあなた、さっきのギターを弾いていた杉野って子、私のバンドの渡辺さんって人と付き合っているのよ、知ってた?」
「いえ、知りませんでした。あのボーカルの人ですか?」
「そうよ、四回生のね。彼、杉野さんが高校生のころから付き合っていたの、凄いと思わない?」
「そう思います」
「そういう下調べをせずに、むやみやたらに行動しないほうがいいってこと。あなた、そういうのあまり気にしなさそうだから。渡辺さんもああ見えて案外怒ると怖いのよ」
「そうなんですね、気をつけます」
 遠藤さんにそう言われ、少し反省した。確かに、昔からそういったことはあまり気にしていなかったなあと思った。女の先輩に忠告してもらえたことはあまりなかったので少し驚いたが、アドバイスはありがたかった。
「先輩、もし暇な日があったら、遊園地とか行きませんか?」
「だから、もうちょっと考えてからそういうことを頼みなさいよ。サークルの人間関係とか、よくわかっているの?」
「どうしても行ってみたいんです。駄目でしょうか?」
「まあいいけど」
「いいんですか? ありがとうございます」
 意外とあっさり承諾してもらえたので驚いたが、嬉しかった。前から、女の人と遊園地に行ってみたいと思っていたのだ。そのあと二人で話し合い、次の月の最初の週の日曜日に遊園地に行くことになった。
「あなたって、子供みたいよね。同じ学科の友達とか、作っておきなさいよ? 頭のいい友達を作っておくことが重要なんだからね」
 そう言うと遠藤さんは立ち上がったので、俺も、
「はい、そうします」
 と返事をし、立ち上がって食器を返しに行くことにした。

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